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しおりを挟むレイチェルには、キリアン・バーンズという婚約者がいた。爵位も家格も財力も釣り合った相手だった。
レイチェルが幼い頃、祖父同士が酒の席の勢いで決めた婚約だったらしい。盛り上がったのは祖父たちだけで、両家の両親は寝耳に水だった。勝手に決めた祖父たちと相当に揉めたそうだ。結果、両家の関係はぎくしゃくし、婚約を苦々しく思うようになった。祖父たちは決めるだけ決めて、後は放置し、お互いの家が関わらないまま、年月だけが過ぎていった。
両親たちは祖父たちに隠れて話し合い、本人たちが望むなら婚約を白紙にすると決めた。
そんな経緯もあり、婚約者といっても交流は皆無に等しかった。贈り物や手紙をやり取りしたこともなければ、誕生日を祝い合ったこともない。会ったのは子供の頃に一度きりで、今では顔もよく思い出せない。かろうじて名前だけは覚えていた。
なんとも奇妙な婚約だった。
将来を考えれば、今の関係性は深刻な状況だろう。しかし、レイチェルにロマンチックな結婚観はなかった。所詮は政略結婚、こんなものなのだろう。レイチェルから関係を改善する気はなかった。それは婚約者も同じだったようで、あちらから接触してくることもなかった。異常性を認識しつつも、交流は断たれたまま、とうとう婚約して10年が経とうとしていた。
ある日、レイチェル宛に婚約者から手紙が届いた。真っ先に感じたのは不信感だった。喜びではなく疑いを抱いている。その事実が二人の関係の破綻を物語っていた。眉間に皺を寄せたまま、レイチェルは封筒を見つめた。至って普通の白色封筒だった。
女性に媚びるようなデザインではないことに、ほっと息をつく。見た目に怪しいところはなかった。それなのに、どうしても疑念が拭えなかった。傍らで家令も渋い顔をしていた。
「そりゃそうよね、誕生日でさえ何の音沙汰もなかったのに。それが、今になって…」
レイチェルは呟いた。机に頬杖をついて、封筒の端をつまむと、視線の先でぷらぷらと揺らした。
「不幸の手紙だったりして」
自嘲気味に笑った。良好な関係を築いていない以上、良いことが書いてあるとは思えない。開けねばならないが、読む気が起きなかった。詐欺や、融資の勧誘。はたまた、借金の相談かもしれない。結婚適齢期になったからと、下心で近づいてきたのだとしたら、それも気持ちが悪い。
レイチェルは、ため息をつきながら手紙を開いた。神経質そうな細く角ばった字が紙面を走っていた。手紙は、季節の挨拶文からはじまった。畏まった貴族らしい、だらだらと回りくどい表現で書かれていた。途中、読むのをやめようかとも思ったが、最後まで読み切った。
ざっくり要約すると、『好きな女性ができたので、婚約を解消してほしい』というものだった。
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