【完結】没交渉の婚約者より、図書館で会った人の方が素敵でした

ぽぽよ

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 ある日、友人がお茶に誘ってくれた。
 友人は最近婚約したばかりだった。

「正直、見た目は好みじゃなかったのよ」

 友人は笑いながら言った。

「でも、話してみたらすごく良い人で。共通の話題もたくさんあって。今は幸せよ」

 幸せそうに微笑む友人の姿が、眩しかった。

「レイチェルも、婚約者様と交流を持ってみたら?顔も知らないままじゃ、もったいないわよ」

 友人の言葉に、レイチェルは曖昧に笑うしかなかった。
 交流を持つべきなのは分かっていた。
 しかし、あまりにも交流がなかったために、今さら連絡をとる気にすらなれなかった。
 割り切ってはいたものの、幸せそうな友人を見ると、複雑な気持ちになった。

 友人と別れたあと、レイチェルは気分転換に図書館に行った。

 そして、ある本棚の前で、ハンカチを拾った。
 藍色の木綿のハンカチだった。
 男性の持ち物だろうか。
 レイチェルは、周囲を見渡した。
 近くで本を探していた男性が目に入り、声をかけた。

「あの、すみません」

 栗色の髪の優しげな男性が振り返った。

「なんでしょうか」

 優しい口調で問い返される。
 こちらを見つめる穏やかな瞳に、心臓が跳ねた。
 こんな気持ちになるのは初めてだった。
 レイチェルの胸の中に、じんわりと温かなものが広がる。
 これは、運命かもしれない――レイチェルは予感めいたものを感じた。
 この人をもっと知りたい。もっと親しくなりたい。
 しかし、それはできない。
 芽生えた感情をレイチェルは理性で押し留めた。
 残念ながら、レイチェルには幼い頃に婚約を結んだ相手がいた。
 好き合って結んだ縁ではない。
 祖父同士が勝手に決めた婚約だった。
 そんな経緯だったので、婚約者との関係は希薄だった。
 幼い頃に会ったきりで、今は顔もよく思い出せない。
 だからだろう。
 余計に目の前の彼に惹かれてしまった。
 だが、どんな状態であれ婚約者がいることに変わりはない。
 残念に思いながら、ハンカチを差し出した。

「ハンカチを落としませんでしたか?」

 男性が目を瞬いた。
 レイチェルとハンカチを何度も見比べる。
 その様子がおかしくて、レイチェルは思わず吹き出してしまった。
 男性が呆けたようにこちらを見つめた。
 しばらくぼうっとしていたが、やがて我に返ったように左右の上着のポケットをパタパタと叩きだした。
 ひとしきり確認した後、慌てた様子でレイチェルの手からハンカチを受け取った。

「ありがとうございます」

 男性は、はにかんだ笑顔を浮かべた。
 レイチェルの心臓が一瞬きゅっと締め付けられた。
 細めた目尻が垂れて、童顔の彼が笑うと更に幼く可愛い印象が強くなった。
 穏やかな物腰。優しい口調。
 彼と話せば話すほど、レイチェルの心が傾いた。
 もっと親しくなりたい。
 けれど、婚約者がいる以上、彼と関わるべきではない。
 名残惜しい思いはあったが、適当なところで話を切り上げ、その場を離れた。
 帰りの馬車の中も、頭の中はあの男性のことでいっぱいだった。
 柔らかな髪も。緑の瞳も。
 優しげな眼差しで、穏やかに頷くその仕草も。
 全てが好ましく、ほんの短い間、言葉を交わしただけだというのに、心はすっかり奪われてしまっていた。
 しかし、あれだけ魅力的な男性ならば、既に思い合う相手がいるだろうことは容易に想像できた。
 彼と、似合いの優しい風貌の女性が並び歩く姿が目に浮かんだ。

「私には縁のない相手だったのよ」

 自分に言い聞かせるように呟いた。
 あのハンカチは、もしかしたら彼の思い人から贈られたものかもしれない。
 思い人からハンカチを受け取って、彼は、はにかんだ笑顔を浮かべる。そして、彼女に贈り物を返す。
 そんな姿を想像して、たまらなく虚しくなった。
 一方、自分の婚約者は名前しか知らない没交渉の相手だ。
 会うこともなければ、誕生日に贈り物を贈り合う最低限の交流すらない。
 今さら仲良くなるつもりはないが、肩を並べて笑い合える関係性は素直に羨ましかった。
 ため息をこぼした。
 気分転換に来たつもりが、逆に気持ちを沈めてしまった。
 これから先、どうなるのか。
 幸せな結婚などできるのだろうか。
 未来には暗雲が立ち込めているように思えてならなかった。
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