エレンディア王国記

火燈スズ

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第3章

135.強者の証明

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 骨飾りの門をくぐると、集落はすでに逃げるための手順へと切り替わっていた。皮袋に乾燥肉を詰める者、幼子を背負い紐で身体に固定する母、火を落として灰を樹皮で包む老人。焚き火は次々と土で覆われ、煙の匂いが薄くなるにつれて、人の声は逆に荒く高くなっていった。風が焦りを運び、テントの幕をぱたぱたとはためかせる。

「ハラン!」リアは人波の隙間から声を放つ。肩の上で小さくなったティグノーが金の瞳を細めた。

 長弓を背負ったハランが、縄束を担ぐ若者に指示を飛ばしていた手を止め、こちらへ早足で来る。額にはうっすら汗、顎の筋肉に固い決意が浮かぶ。

「来たか。北の縁だ。瘴気が濃い、近い……住まいを捨てて森の奥へ逃げる」

「お任せください。」ヒナが一歩進み、落ち着いた声で告げた。

「リア様がおられます。私どもで討伐いたします」

 ハランの眉が僅かに跳ねた。

「無茶だ。あの瘴気の濃さは並ではない。誰が行こうと――」

「サーシャを救ったのは我々です。」カイラが低く言葉を継ぎ、柄金具をぎゅっと締め直す。

「あの時と同じく、前へ出るときです」

 短い沈黙。ハランは奥歯を噛みしめ、眼だけで広場を横切る風の流れを読むように遠方を見た。そして唇から重く息を押し出す。

「……わかった。任せる。ただし――戻れ。死ぬために行くな。誰か一人でも戻って、ここにできるという記憶を残せ」

「承知しました。」リアが頷く。彼の声は静かだが、焚き火の芯みたいな熱をはらんでいた。シャリスは指先で印を切り、仲間の胸に淡い光の加護を落とす。

風足フェザー・ステップ薄盾ヴェイル耐毒クリアランス……重ねます」

 出立の支度を終え、リアたちが草原側へ駆けだす。その背を見送る集落の空気が揺らぎ、押し殺した囁きが漏れる。

「どうせ死ぬ――」

「あれらが魔獣を呼んだのでは? 昨日といい今日といい――!」

 さっと杖が掲げられた。長老だ。白い髪が風にばらけ、その目は若者よりもずっと鋭い。

「口を慎め。風の向きと、風そのものを見誤るでない」老いた声は澄んでいた。

「信じよ。あの者たちは灯だ。焼き尽くすだけの火ではない、灯火じゃ」

 しかし、一人だけ頑なに唇を歪める男がいた。頬骨が尖り、目だけが爬虫類のように湿って光る男。肩には灰色の斑毛皮、腰には骨ナイフ。ラウラ族のティーダだという。

「信じる? 笑わせますねぇ、長老。」舌足らずの、粘つく声。

「あの光輪の連中は、東の悪魔の野の血だ。災厄を呼ぶ鳥葬の鳥と同じ。来れば死体が増える。あんたら、死ぬ覚悟はできてるのかねぇ? 俺はごめんだ」

 サーシャが目を吊り上げかけたが、ハランが手で制す。「口を慎め、ティーダ。今は逃すのが先だ」

 ティーダは肩を竦め、唇の端をぬるく上げただけで黙った。その笑いは、焚き火の消え残りより始末が悪かった。

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