エレンディア王国記

火燈スズ

文字の大きさ
79 / 197
第1章

76.決着の時

しおりを挟む
 夜が裂けるような咆哮が、カルネリスの空を揺らした。爆ぜた石壁の向こうから、黒い霧と無数の蛇の影をまとった異形が這い出してくる。ザイル――いや、もはや黒蛇そのものと化した存在だった。骨が変形し、腕は鞭のように長く、背中からは影の蛇が幾十も生えて蠢いている。
 リアは一歩、前に出た。その背に炎が揺れる。ヒナが思わず叫ぶ。

「リア様……!」

 リアは振り返らず、短く言った。

「ヒナ、アレス。住民の避難を」

 アレスは歯を食いしばる。

「リア様、一人でなんて――」

「行け。今の俺なら、届く」

 静かに、だが確信を込めた声。その言葉にヒナもアレスも一瞬迷い、そして頷いた。

「……必ず、勝ってください」

 二人が駆け出す。残されたのは、リアと、黒蛇だけだった。

 黒蛇が低く笑った。

「王子よ……王族の血で、俺を殺せるか?」

 影の蛇たちが一斉にうねり、地を這い、空を裂いて襲いかかる。リアは剣を抜いた。瞬間――轟音とともに、炎が剣を包む。だが、いつものそれとは違った。炎は赤から黄金色へ、そして白く輝く熱光へと変わっていく。

(……見通す目が、冴えている……)

 周囲のすべての魔力が、色となってリアの視界に広がっていた。黒い蛇たちの動き。ザイルの体を走る黒い魔力の流れ。その中心――核とも呼べる一点までが、はっきりと見えていた。

「……覚悟しろ、ザイル」

 影の蛇が襲いかかる。リアは踏み込む。踏み込んだ瞬間、地面が爆ぜ、空気が焦げる。炎の剣が、舞った。ひと振りで、蛇たちが焼き切れ、影が霧散する。黒蛇が苦悶の咆哮を上げた。

「グアアアァァッ!」

 だが、それでも止まらない。影は何度も形を成し、蛇となり、牙を剥く。リアはすべてを見切っていた。

 ――炎が奔り、影を断ち、踏み込む。
 ――剣が閃き、黒い鞭のような腕を弾き飛ばす。
 ――蹴り上げた炎の弧が、夜空を赤く染める。

「なぜ……なぜお前のような小僧がッ!」

 黒蛇が吠える。影が暴走し、街全体を覆い尽くそうと広がった。

「……これ以上は、誰も巻き込ませない」

 リアは剣を構え直す。炎が剣を包み込み、轟音とともに天へと昇った。炎はもはや剣の形を超え、一本の“炎の大剣”となっていた。

「――奥義」

 リアの声が、闇を切り裂いた。

神炎イグニス

 一瞬、空気が静止した。そして――炎が、世界を断ち割った。白炎の閃光が、黒蛇を斜めに薙ぎ払った。影の蛇たちが一斉に悲鳴を上げ、消え、ザイルの巨体が弾き飛ばされる。

「……グッ……あ……」

 黒蛇の姿が崩れ、黒い霧が消え、ザイルは人の姿に戻っていく。倒れたまま、動かない。

 静寂――

 そして、その瞬間、東の空が白み始めた。夜が終わり、朝日が地平線から顔を出す。ヒナとアレスが駆けつけ、光を背に立つリアを見た。

 剣を下ろしたリアの表情は、ただ一言――

「……終わりだ。」

 その声に、朝日が応えるように街を照らした。カルネリスの長い夜が、ようやく終わったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...