エレンディア王国記

火燈スズ

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第1章

77.新たなる出発

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 カルネリスの町に、ようやく静寂が訪れていた。数日前まで街を覆い尽くしていた黒い霧も、異形の怪物も、すべては消え去った。けれども残されたのは、破壊された建物、焼け焦げた石畳、そして人々の胸にこびりついた恐怖だった。だが――それでも町は止まらなかった。
 朝日が昇るたび、瓦礫を片づける音が響き、壁を立て直す音が続く。泣いていた子どもたちの目にも、少しずつ笑顔が戻っていく。恐怖の後に訪れた静けさは、まるで新しい始まりを告げるかのようだった。
 事件の中心にいたザイル=マグヌスは、拘束され王都へ護送されることとなった。王族であるリアの報告も加わり、カルネリスで起きた一連の騒動は王都の耳に届き、国家全体の問題として扱われるようになっていた。

 町の再建はすぐに始まった。新たな町長に就任したのは、かつてから町を支えてきた男――ベリックだ。

「西と東を分ける壁を壊すのだ」

 彼は再建の指揮を執る広場の真ん中で、力強く宣言した。

「壁をなくせば、東と西がひとつになる。身分の差も、少しずつだが、なくなっていくはずだ」

 その言葉に、町の人々は顔を上げた。誰もが心の奥で望んでいたことだった。ベリックはさらに、西地区の住民たちを雇い、町の復興事業に携わらせる政策を即座に打ち出した。かつて差別され、見捨てられた西地区の人々に、新しい未来を示すために。
 そんな活気を取り戻しつつある広場の片隅で――リアたちは荷物をまとめ、旅立ちの準備を進めていた。

「結局、バタバタしたまま終わっちゃったわね」
 ヒナが腰に手を当て、復興に追われる町を眺めながら言った。

「でも、これで少しは町も良くなるだろう」
 アレスは笑い、背負った荷物を軽く叩いた。目元には疲れが残っているが、その瞳は確かに明るかった。

 その時だった。ゆっくりとした足取りで近づいてくる人影があった。カヴァレットだ。

「リア王子」その声にリアが振り返る。カヴァレットは深々と頭を下げ、懐から長い包みを取り出した。

「約束の品だ。遅くなったが……これを持って行きなさい」

 リアが受け取ると、包みの布が滑り落ち、中から一本の剣が現れた。赤い光を帯びた刃、柄には炎を思わせる紋様――それはただの武器ではなく、職人の魂が込められた芸術品だった。

「……これは」

 リアの瞳が、わずかに見開かれる。

「あなた様の力をさらに伸ばすための剣です。これからもっと過酷な戦いが来るでしょう。だからこそ、これが必要になります…。」

 カヴァレットの皺だらけの手が、剣の鞘を優しく叩いた。

「必ず、あなた様の旅の力になる」

 リアは静かに剣を見つめ、そして腰に差した。

「感謝する、カヴァレット。必ず、無駄にはしない」

 リアは少し空を見上げ、深呼吸をひとつした。

「……行こう。先に南方に向かったシャリスたちに、追いつかないと」

 ヒナとアレスが頷く。こうして、リアたちは南へと旅立った――。

 +++++

 一方その頃、別の街道で。王都に向かう街道を、一台の護送馬車が走っていた。中には鉄格子がはめ込まれ、鎖で縛られたザイル=マグヌスが座っている。顔には布がかけられ、表情は見えない。だが、かすかな呼吸がまだ続いていた。護衛の兵士が周囲を警戒しながら進んでいたが、異変は突然訪れた。

 ――ゴゴゴゴッ。

 大地が鳴り始めた。最初はかすかだった震動が、瞬く間に大地全体を揺らし、馬が悲鳴を上げる。

「何だ!?」

 兵士が叫ぶより早く、それは起きた。

 土の下から、巨大な鉄の柱が突き上がったのだ。

 ガシャァンッ!!

 柱は護送馬車を真上から突き破り、天に向かって突き上げる。その衝撃で馬車は宙に浮き、次の瞬間、ぐしゃりと潰れ、地面に叩きつけられた。鉄格子がねじれ、車輪が千切れ飛び、あたりに血の匂いが広がる。

 兵士たちは慌てて駆け寄った。
「ザイルは……!」

 だが、中にいた男の姿は、もはや原型を留めていなかった。

 遠く離れたどこかの、暗い部屋の中。

 ひとつの円卓を、複数の人影が囲んでいた。顔はフードや仮面に隠れ、誰ひとりとして正体はわからない。

「……終わったか?」

 ひとりが低い声で問う。

「ああ。裁きは下り、、馬車ごと押し潰した」

 別の声が、淡々と答える。

「証拠も残らない。あの男の口から、何も漏れることはないだろう」

 しばし、重い沈黙が流れる。やがて、別の人影がゆっくりと口を開いた。

「これでいい。情報の漏洩は阻止せねばな」

 そして、少しの間を置き、別の声が重ねた。

「だが――王子が目障りだな」

「……次に狙うのは、あの王子か?」

 暗い部屋の奥で、笑い声が響いた。低く、嗤うような声だった。

「まあ……時が来れば、な」

 その瞬間、円卓の中央の蝋燭が、音もなくふっと消えた。

 深い闇が、再び世界を包む。

――銀翼の影は、まだ、完全には消えてはいなかった。
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