80 / 197
第1章
77.新たなる出発
しおりを挟む
カルネリスの町に、ようやく静寂が訪れていた。数日前まで街を覆い尽くしていた黒い霧も、異形の怪物も、すべては消え去った。けれども残されたのは、破壊された建物、焼け焦げた石畳、そして人々の胸にこびりついた恐怖だった。だが――それでも町は止まらなかった。
朝日が昇るたび、瓦礫を片づける音が響き、壁を立て直す音が続く。泣いていた子どもたちの目にも、少しずつ笑顔が戻っていく。恐怖の後に訪れた静けさは、まるで新しい始まりを告げるかのようだった。
事件の中心にいたザイル=マグヌスは、拘束され王都へ護送されることとなった。王族であるリアの報告も加わり、カルネリスで起きた一連の騒動は王都の耳に届き、国家全体の問題として扱われるようになっていた。
町の再建はすぐに始まった。新たな町長に就任したのは、かつてから町を支えてきた男――ベリックだ。
「西と東を分ける壁を壊すのだ」
彼は再建の指揮を執る広場の真ん中で、力強く宣言した。
「壁をなくせば、東と西がひとつになる。身分の差も、少しずつだが、なくなっていくはずだ」
その言葉に、町の人々は顔を上げた。誰もが心の奥で望んでいたことだった。ベリックはさらに、西地区の住民たちを雇い、町の復興事業に携わらせる政策を即座に打ち出した。かつて差別され、見捨てられた西地区の人々に、新しい未来を示すために。
そんな活気を取り戻しつつある広場の片隅で――リアたちは荷物をまとめ、旅立ちの準備を進めていた。
「結局、バタバタしたまま終わっちゃったわね」
ヒナが腰に手を当て、復興に追われる町を眺めながら言った。
「でも、これで少しは町も良くなるだろう」
アレスは笑い、背負った荷物を軽く叩いた。目元には疲れが残っているが、その瞳は確かに明るかった。
その時だった。ゆっくりとした足取りで近づいてくる人影があった。カヴァレットだ。
「リア王子」その声にリアが振り返る。カヴァレットは深々と頭を下げ、懐から長い包みを取り出した。
「約束の品だ。遅くなったが……これを持って行きなさい」
リアが受け取ると、包みの布が滑り落ち、中から一本の剣が現れた。赤い光を帯びた刃、柄には炎を思わせる紋様――それはただの武器ではなく、職人の魂が込められた芸術品だった。
「……これは」
リアの瞳が、わずかに見開かれる。
「あなた様の力をさらに伸ばすための剣です。これからもっと過酷な戦いが来るでしょう。だからこそ、これが必要になります…。」
カヴァレットの皺だらけの手が、剣の鞘を優しく叩いた。
「必ず、あなた様の旅の力になる」
リアは静かに剣を見つめ、そして腰に差した。
「感謝する、カヴァレット。必ず、無駄にはしない」
リアは少し空を見上げ、深呼吸をひとつした。
「……行こう。先に南方に向かったシャリスたちに、追いつかないと」
ヒナとアレスが頷く。こうして、リアたちは南へと旅立った――。
+++++
一方その頃、別の街道で。王都に向かう街道を、一台の護送馬車が走っていた。中には鉄格子がはめ込まれ、鎖で縛られたザイル=マグヌスが座っている。顔には布がかけられ、表情は見えない。だが、かすかな呼吸がまだ続いていた。護衛の兵士が周囲を警戒しながら進んでいたが、異変は突然訪れた。
――ゴゴゴゴッ。
大地が鳴り始めた。最初はかすかだった震動が、瞬く間に大地全体を揺らし、馬が悲鳴を上げる。
「何だ!?」
兵士が叫ぶより早く、それは起きた。
土の下から、巨大な鉄の柱が突き上がったのだ。
ガシャァンッ!!
柱は護送馬車を真上から突き破り、天に向かって突き上げる。その衝撃で馬車は宙に浮き、次の瞬間、ぐしゃりと潰れ、地面に叩きつけられた。鉄格子がねじれ、車輪が千切れ飛び、あたりに血の匂いが広がる。
兵士たちは慌てて駆け寄った。
「ザイルは……!」
だが、中にいた男の姿は、もはや原型を留めていなかった。
遠く離れたどこかの、暗い部屋の中。
ひとつの円卓を、複数の人影が囲んでいた。顔はフードや仮面に隠れ、誰ひとりとして正体はわからない。
「……終わったか?」
ひとりが低い声で問う。
「ああ。裁きは下り、、馬車ごと押し潰した」
別の声が、淡々と答える。
「証拠も残らない。あの男の口から、何も漏れることはないだろう」
しばし、重い沈黙が流れる。やがて、別の人影がゆっくりと口を開いた。
「これでいい。情報の漏洩は阻止せねばな」
そして、少しの間を置き、別の声が重ねた。
「だが――王子が目障りだな」
「……次に狙うのは、あの王子か?」
暗い部屋の奥で、笑い声が響いた。低く、嗤うような声だった。
「まあ……時が来れば、な」
その瞬間、円卓の中央の蝋燭が、音もなくふっと消えた。
深い闇が、再び世界を包む。
――銀翼の影は、まだ、完全には消えてはいなかった。
朝日が昇るたび、瓦礫を片づける音が響き、壁を立て直す音が続く。泣いていた子どもたちの目にも、少しずつ笑顔が戻っていく。恐怖の後に訪れた静けさは、まるで新しい始まりを告げるかのようだった。
事件の中心にいたザイル=マグヌスは、拘束され王都へ護送されることとなった。王族であるリアの報告も加わり、カルネリスで起きた一連の騒動は王都の耳に届き、国家全体の問題として扱われるようになっていた。
町の再建はすぐに始まった。新たな町長に就任したのは、かつてから町を支えてきた男――ベリックだ。
「西と東を分ける壁を壊すのだ」
彼は再建の指揮を執る広場の真ん中で、力強く宣言した。
「壁をなくせば、東と西がひとつになる。身分の差も、少しずつだが、なくなっていくはずだ」
その言葉に、町の人々は顔を上げた。誰もが心の奥で望んでいたことだった。ベリックはさらに、西地区の住民たちを雇い、町の復興事業に携わらせる政策を即座に打ち出した。かつて差別され、見捨てられた西地区の人々に、新しい未来を示すために。
そんな活気を取り戻しつつある広場の片隅で――リアたちは荷物をまとめ、旅立ちの準備を進めていた。
「結局、バタバタしたまま終わっちゃったわね」
ヒナが腰に手を当て、復興に追われる町を眺めながら言った。
「でも、これで少しは町も良くなるだろう」
アレスは笑い、背負った荷物を軽く叩いた。目元には疲れが残っているが、その瞳は確かに明るかった。
その時だった。ゆっくりとした足取りで近づいてくる人影があった。カヴァレットだ。
「リア王子」その声にリアが振り返る。カヴァレットは深々と頭を下げ、懐から長い包みを取り出した。
「約束の品だ。遅くなったが……これを持って行きなさい」
リアが受け取ると、包みの布が滑り落ち、中から一本の剣が現れた。赤い光を帯びた刃、柄には炎を思わせる紋様――それはただの武器ではなく、職人の魂が込められた芸術品だった。
「……これは」
リアの瞳が、わずかに見開かれる。
「あなた様の力をさらに伸ばすための剣です。これからもっと過酷な戦いが来るでしょう。だからこそ、これが必要になります…。」
カヴァレットの皺だらけの手が、剣の鞘を優しく叩いた。
「必ず、あなた様の旅の力になる」
リアは静かに剣を見つめ、そして腰に差した。
「感謝する、カヴァレット。必ず、無駄にはしない」
リアは少し空を見上げ、深呼吸をひとつした。
「……行こう。先に南方に向かったシャリスたちに、追いつかないと」
ヒナとアレスが頷く。こうして、リアたちは南へと旅立った――。
+++++
一方その頃、別の街道で。王都に向かう街道を、一台の護送馬車が走っていた。中には鉄格子がはめ込まれ、鎖で縛られたザイル=マグヌスが座っている。顔には布がかけられ、表情は見えない。だが、かすかな呼吸がまだ続いていた。護衛の兵士が周囲を警戒しながら進んでいたが、異変は突然訪れた。
――ゴゴゴゴッ。
大地が鳴り始めた。最初はかすかだった震動が、瞬く間に大地全体を揺らし、馬が悲鳴を上げる。
「何だ!?」
兵士が叫ぶより早く、それは起きた。
土の下から、巨大な鉄の柱が突き上がったのだ。
ガシャァンッ!!
柱は護送馬車を真上から突き破り、天に向かって突き上げる。その衝撃で馬車は宙に浮き、次の瞬間、ぐしゃりと潰れ、地面に叩きつけられた。鉄格子がねじれ、車輪が千切れ飛び、あたりに血の匂いが広がる。
兵士たちは慌てて駆け寄った。
「ザイルは……!」
だが、中にいた男の姿は、もはや原型を留めていなかった。
遠く離れたどこかの、暗い部屋の中。
ひとつの円卓を、複数の人影が囲んでいた。顔はフードや仮面に隠れ、誰ひとりとして正体はわからない。
「……終わったか?」
ひとりが低い声で問う。
「ああ。裁きは下り、、馬車ごと押し潰した」
別の声が、淡々と答える。
「証拠も残らない。あの男の口から、何も漏れることはないだろう」
しばし、重い沈黙が流れる。やがて、別の人影がゆっくりと口を開いた。
「これでいい。情報の漏洩は阻止せねばな」
そして、少しの間を置き、別の声が重ねた。
「だが――王子が目障りだな」
「……次に狙うのは、あの王子か?」
暗い部屋の奥で、笑い声が響いた。低く、嗤うような声だった。
「まあ……時が来れば、な」
その瞬間、円卓の中央の蝋燭が、音もなくふっと消えた。
深い闇が、再び世界を包む。
――銀翼の影は、まだ、完全には消えてはいなかった。
34
あなたにおすすめの小説
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる