偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

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末路

13 炎にのまれる王都

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 王太子妃アリーヤ様が、奇跡的に妹と再会したと伝え聞いたのは少し前のことだった。

 その時を境に雨と雪が止み、氷に閉ざされた世界に日が差し、人々は姉妹の再会が天候を回復させたのだと、歓声をあげていた。

 でも、僕は、あの人のことが嫌いだ。

 あの人が来たから、聖女エルナト様は殺されたんだ。

 エルナト様が殺されたから、この国は至る所で無惨な死を見る事になったんだ。

 空が晴れたのだって、結局のところは王都に降り注ぐ災いを助長させるためだったって、それを皆が知ることになるのはすぐのことだった。






 僕は王都の片隅で、おばぁちゃんと二人で細々と暮らしていた。

 特別お金持ちでも、貧乏でもなかった。

 両親が亡くなる前に、生活に困らない程度のお金を残してくれていたんだ。

 だから、一日一日に感謝して、聖女エルナト様が守ってくださるここで、穏やかに暮らしていけるのだと思っていた。

 でも、あの日、真っ青な顔で家に帰ってきたおばぁちゃんが、僕に言った。

「エルナト様が殺される。この大陸はもうおしまいだ」

 おばぁちゃんが何を言っているのか分からなかった。

 どうして、聖女エルナト様が殺されなければならないの?

 両親が亡くなった直後に大聖堂に行くと、優しく僕達に話しかけてくれたあの方の姿を思い浮かべる。

 たくさんの“星”に囲まれて、エルナト様から心地良い何かが広がっているのが感じ取れ、悲しい心が慰められたんだ。

 あの方が、どうして……?

 その日は、処刑場の周りを王都中の人達が取り囲んでいたそうだ。

 僕はもちろん、おばぁちゃんもそこには行かなかった。

 家の中で、必死に祈りを捧げていた。

 無駄だと分かっていても、奇跡が起きてエルナト様が救われることを願っていた。

 でも、そんな奇跡はもちろん起きなかった。

 だから、今、この大陸は災いに侵され、この国は業火に焼き尽くされようとしているのだ。

「聖女様を殺した罪は、この国全体で負わされる……」

 王都に攻め入ってきた他国の兵士が叫んでいた事を、おばぁちゃんが呟いた。

 少しの土地と食料を奪うために、聖女エルナト様を処刑した罪を償わせるために、王都が他国から攻め込まれ、あちこちで炎があがった。

 僕達の国の民の命で、神へ赦しを乞うつもりだと、誰かが言った。

 攻める勢いは、略奪が終わっても止まらなかった。

 攻めるだけ攻めて、奪うだけ奪ったら、あとは火を放ったんだ。

 火を放ちながら、浄化の炎だと、罪を燃やし尽くすのだと、兵士は口々に叫んでいた。

 僕とおばぁちゃんは、幸いにも略奪の被害からは免れたけど、でも、どこにも逃げ場がなかった。

 グルリと炎に囲まれて、火に巻かれる人がそこら中にいた。

 全身を燃え上がらせた人は、火種そのものとなって暴れまわりながらその辺に引火させている。

 そこからまた新たな炎が巻き起こる。

 おばあちゃんは、足が不自由な僕を抱きしめて、祈りの言葉を呟いていた。

 数日前まで降り続いていた雨が、今こそ降って欲しいのに、青空を覗かせている。

 皮肉なものだった。

「エルナト様を死なせてしまったから、これは、当然の報いなんだ……」

 僕は空を見上げ、炎を見つめた。

 大きな炎が、すぐそこまで迫っている。

 徐々に熱風が吹き込み、離れた向こう側では炎の竜巻が見えた。

 もう間もなくここも、あの竜巻に呑まれてしまうのかもしれない。

 今の内に逃げて欲しかったけど、おばあちゃんは、僕を離そうとはしない。

「孫を置いて生き延びなければならないほど、わたしの寿命は長くない」

 それでも、苦しんでほしくない。

 炎や煙で苦しむおばあちゃんを見たくない。

 僕の足が動かないばかりに、どこにも行けない。

 おばあちゃんが泣いていた。

 エルナト様を助けられなくて、申し訳なかったと。

 ポツリと、僕の頬に小さな雫が落ちていた。













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