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末路
12 処刑人の苦悩
しおりを挟む*【序】では、縄を引いていた執行官と、斧を持ってきた処刑人がいます。処刑人の方の話です。
醜い顔を隠す頭巾を被り直し、重い足を引き摺りながら家に向かう。
隠した顔の左半分の皮膚は爛れている。
生まれつきで、治ることのないものだ。
だから俺は、誰もがバケモノと呼ぶような容貌をしていた。
仕事の時には上半身まで覆う黒い頭巾を被っているが、それ以外でも顔を隠すものは必要だった。
その顔を覆っている布に触れると、ボロボロとこぼれる涙で濡れていた。
半分壊れかけている家の前に立つと、一度深呼吸をしてから、ドアを開ける。
そうしなければ、妹に心配をかけてしまうからだ。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
妹が手で周囲を確認しながら近付いてきた。
妹は目が見えない。
赤子の時に高熱を出した影響で、それからずっと暗闇の中で生きている。
微笑を浮かべている妹の顔を見ると、堪えた涙がまたあふれそうだった。
妹が俺に手を伸ばす。
咄嗟に一歩下がったから、不思議そうな顔を向けられた。
「ごめん、今は、俺に、触らないでくれ」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
何を感じたのか、不安そうな声をかけてきた。
妹には言えない。
聖女、エルナト様を、俺が殺した。
これ以上の罪はない。
俺も、即座に命を絶たなければならなかったのに、賤しくも、ここにまだ存在している。
妹を、一人置いて逝けなかった。
いつの時代からなのか、俺の生まれた家は、代々処刑人を担っていた。
元は罪人の家系なのかもしれないが、それもいつの話なのか分からない。
先代の処刑人であった両親が死に、目の不自由な妹と二人で生きていくために、体だけは大人のように大きかった俺は、12の時から多くの者の命を奪ってきた。
人殺しが生業の家系だから、俺は醜い容貌で生まれ、妹は目が見えない。
こんな俺たちがまだ生き残って、エルナト様を死なせてしまった。
俺が、殺したから。
何もできなかった。
処刑台の上で、怯え、震えているエルナト様を、そこから連れ出して助けてあげることなんか、できなかった。
斧を握る手が震えていた。
その俺以上に、エルナト様は震えていた。
俺ができたのは、あの方をこれ以上苦しませないように、一振りで、首を落とす事だけだった。
「お兄ちゃん、見て。星が流れているよ」
妹がまだ明るい窓の外を指差した。
何も見えないはずだ。
妹が指差した方向を見たって、何もない。
空想の“星”を、指差しているんだ。
「アレを追いかけて行こうよ」
無邪気に笑いかけてくる妹の顔を見つめて、これからの事を考えていた。
どうせこれからは、聖女様を失ってこの大陸は破滅へと向かうのだ。
どこにいても生きてはいけないし、船に乗る許可証なんかないから、この大陸と運命を共にするしかないんだ。
妹が望む場所へ向かってもいいのではないか。
そこを死地としても。
「分かった。俺が背負っていくよ。お前の行きたい所に」
妹が望むがまま、歩いた。
町を出て、昼も夜も歩いた。
どんよりとした曇り空は、やがて雨を降らしたが、足を止めることはなかった。
辿り着いたそこはもう港町で、ここから先は果てのないような海が広がっていた。
そして、時間切れだった。
よりにもよって俺が高熱を出し、動けなくなっていたんだ。
ごめん。
妹に謝る。
どこにも連れて行ってあげられなくて、ごめん。
俺が死んだら、まだ6歳の妹もここで野垂れ死にだ。
俺は死んでも、妹ともエルナト様とも同じ所へはいけない。
多くの命を奪った俺は、エルナト様の命を奪った俺は、誰にも、謝ることすらできない。
どうすれば償えるのか。
地面に倒れ込んで意識が朦朧とする中、でも、これでもう、誰も殺さなくて済むと、それだけは安堵していた。
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