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1章
3話 パーティー潜入(2)
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クリスはクリスで情報を仕入れる予定だ。なので、この状況は正直有り難い。
「それほど、他領でも魔物の被害が?」
「えぇ。今は領兵や冒険者でどうにか凌いでおりますが」
「強力な魔物が出ているわけではないんだ。元々居た魔物の数が増えている感じがしているよ」
「そんなにですか……」
確かに、第三騎士団にも魔物討伐の依頼はきていて、それに応じて先輩達が小隊で向かっている。正規五十人程の騎士団で、今宿舎にいるのは二十人以下くらいになっているそうだ。
「なんだか不安だわ」
そう呟く夫人に、クリスは微笑みかけた。
「現王陛下も対策を考えてくださっておりますよ。それもあり、本日私と夫は呼ばれたのですから」
その笑顔の破壊力たるや、絶大だった。皆、間違いなく夫のある身なのだが顔が僅かに赤くなっている。それに首を傾げていると、不意に後ろに気配があり、スッと腰を抱かれた。
「皆様、私の夫が世話になっている。このような華やかな場は不慣れなので、どうか仲良くしてもらいたい」
「旦那様!」
「カイル、少しこちらに」
何事だ? とは思うが、それなりの力で引かれるので仕方なく一礼して前を辞してついていくと、何故か会場の外の庭園へと連れていかれた。
夜とはいえここの庭園は美しい花で彩られている。明かりの魔道具で仄かに明るく、密会するなら最適と思えた。
「まったく、お前は少し目立つな。髪色を地味にしたくらいじゃ意味がなかったか?」
「はぁ? 普通だっただろ」
溜息をつくルークにクリスは反論する。が、何故かジトリと見られた。
「あの夫人達、お前に見惚れてたぞ」
「はぁ? 皆夫のある身だぞ。貞淑にだろ?」
「お前、そんな幻想信じてるのか? 全部とは言わないが、貴族の結婚なんざ夢の無い政略がほとんどだ。その後愛されて幸せでも、ちょっと脇見して浮気なんて往々にしてあることなんだぞ」
呆れて言われて……そういえば、自分の父親がクズだったことを思い出してガックリする。彼女達はそんな雰囲気なかったのに。
「まぁ、お前が相手していた夫人達は大丈夫だろうが、それでも気をつけろ。惚れられたら大変だぞ」
「俺、一応今はあんたの夫なんだけど?」
「同じ苦労を共有しながら深い仲に……なんてこともあるだろ。付いてんだし」
「品がありませんよ、旦那様」
すまし顔で嗜めたクリスに、ルークはどこか不満そうな顔で後をついてくる。その後はなんとなく会話もなく、庭園を一周して戻ってきた。
会場に戻ると場は温まり、王太子の挨拶の最中だった。ウエイターが乾杯のグラスを配っていて、それを手にすると丁度乾杯の音頭があって皆がそれを一口飲み込む。
クリスもルークも一口だけ飲み込み、残りは側のウエイターに返してしまう。悠長に酒を飲んでいる場合ではないのだ。
楽団が音楽を奏で始めると、高位貴族達が伴侶と共に前に出る。ファーストダンスは主催とその伴侶が踊るのが本当だが、今日王太子は伴侶を連れておらず、最初に踊る気がないことを明言していた。だからこそ最初は高位の者だ。
本来はルークもだが、今は男爵。何よりこの人は人前で目立つことをあまり好まない様子で、任務でなければ年末の国王主催のパーティーも行かないというのだ。
無事に最初の曲が終わると、後は好きに踊ってよい。クリスも一曲は踊る予定だ。これは仲睦まじい夫夫の演出として効果的だ。
手を差し伸べられてエスコートされ、舞踏会場へ。腰に手が回り、手を組む。そうして奏でられるワルツを、二人は実に優雅に踊った。
「まぁ」
「素敵ね」
元々黙っていても華やかな雰囲気のある二人が、互いを見つめ合い身を寄せて躍る。ステップの軽やかさ、息のあった様子もうっとりと見とれるものがある。
ただ、内心クリスは大変だ。身を任せることが苦手なのを必死に「これは任務」と言い聞かせて踊っている。しかもルークは練習の時以上に密着させて、滑らかに導いていく。こんな所で男の包容力を見せつけるのはどうなんだ。
……おかげで、足も痛くなかったのが癪だった。
曲が終わり、優雅に一礼。
下がった途端、他の男性陣から声がかかった。
「実に素晴らしいダンスでした。よろしければ、次は私と」
「では、その次は」
「あ……」
これは、どうしたものか。彼らは見た目からして、伴侶を探している若い貴族だ。本来未婚の者に顔を繋ぐべきなのに、これは……。
その時、すっと自然に肩を抱かれる。少し引き寄せるように。そして、頭一つ高い所から声がかかった。
「すまないが、私の伴侶は貞淑なのだよ」
「旦那様!」
「カイル、先程はとても素敵だった。一層惚れ直す」
とても自然にこめかみにキスが落ちてドキリとした。何が始まっているんだ!
周囲もザワつく。こんな公衆の面前でイチャイチャするつもりなのか!
「旦那様、それは流石に恥ずかしい」
「いいではないか。子はまだないが、近いうちにと話し合うくらいには睦まじいだろ? それとも、私では不満か?」
「そのようなことはありませんが、それをこのような場所で口にするのは」
「人の夫に堂々と粉をかけようなんて子達だからな。私も、気が気ではないんだよ」
そう言いながら本当に睨んだ! おかげでチャレンジャーな若者達は半泣きで立ち去っていき、若干雰囲気もおかしな感じになってしまう。
というか、これは作戦の内に入っていないじゃないか!
「ゾーフィスは愛妻家だと聞いていたが、本当のようだな」
呆れた笑いを含む声がして、見れば王太子が苦笑している。この顔はガチ苦笑だ。
ただ、受けるルークは涼しいもので、軽く会釈をしている。
「悪いが、少し席を外せるか? 辺境での話も聞きたい」
「畏まりました。カイル、構わないか?」
「えぇ、構いません。どうぞ、お気になさらずに」
丁寧に礼をしてルークを送り出す。これが作戦の第二段階、目を付けた貴族達が動き出した合図なのだが……残されたこの雰囲気をどうしろと!
すっかり針のむしろに座らされた感じのするクリスだった。
「それほど、他領でも魔物の被害が?」
「えぇ。今は領兵や冒険者でどうにか凌いでおりますが」
「強力な魔物が出ているわけではないんだ。元々居た魔物の数が増えている感じがしているよ」
「そんなにですか……」
確かに、第三騎士団にも魔物討伐の依頼はきていて、それに応じて先輩達が小隊で向かっている。正規五十人程の騎士団で、今宿舎にいるのは二十人以下くらいになっているそうだ。
「なんだか不安だわ」
そう呟く夫人に、クリスは微笑みかけた。
「現王陛下も対策を考えてくださっておりますよ。それもあり、本日私と夫は呼ばれたのですから」
その笑顔の破壊力たるや、絶大だった。皆、間違いなく夫のある身なのだが顔が僅かに赤くなっている。それに首を傾げていると、不意に後ろに気配があり、スッと腰を抱かれた。
「皆様、私の夫が世話になっている。このような華やかな場は不慣れなので、どうか仲良くしてもらいたい」
「旦那様!」
「カイル、少しこちらに」
何事だ? とは思うが、それなりの力で引かれるので仕方なく一礼して前を辞してついていくと、何故か会場の外の庭園へと連れていかれた。
夜とはいえここの庭園は美しい花で彩られている。明かりの魔道具で仄かに明るく、密会するなら最適と思えた。
「まったく、お前は少し目立つな。髪色を地味にしたくらいじゃ意味がなかったか?」
「はぁ? 普通だっただろ」
溜息をつくルークにクリスは反論する。が、何故かジトリと見られた。
「あの夫人達、お前に見惚れてたぞ」
「はぁ? 皆夫のある身だぞ。貞淑にだろ?」
「お前、そんな幻想信じてるのか? 全部とは言わないが、貴族の結婚なんざ夢の無い政略がほとんどだ。その後愛されて幸せでも、ちょっと脇見して浮気なんて往々にしてあることなんだぞ」
呆れて言われて……そういえば、自分の父親がクズだったことを思い出してガックリする。彼女達はそんな雰囲気なかったのに。
「まぁ、お前が相手していた夫人達は大丈夫だろうが、それでも気をつけろ。惚れられたら大変だぞ」
「俺、一応今はあんたの夫なんだけど?」
「同じ苦労を共有しながら深い仲に……なんてこともあるだろ。付いてんだし」
「品がありませんよ、旦那様」
すまし顔で嗜めたクリスに、ルークはどこか不満そうな顔で後をついてくる。その後はなんとなく会話もなく、庭園を一周して戻ってきた。
会場に戻ると場は温まり、王太子の挨拶の最中だった。ウエイターが乾杯のグラスを配っていて、それを手にすると丁度乾杯の音頭があって皆がそれを一口飲み込む。
クリスもルークも一口だけ飲み込み、残りは側のウエイターに返してしまう。悠長に酒を飲んでいる場合ではないのだ。
楽団が音楽を奏で始めると、高位貴族達が伴侶と共に前に出る。ファーストダンスは主催とその伴侶が踊るのが本当だが、今日王太子は伴侶を連れておらず、最初に踊る気がないことを明言していた。だからこそ最初は高位の者だ。
本来はルークもだが、今は男爵。何よりこの人は人前で目立つことをあまり好まない様子で、任務でなければ年末の国王主催のパーティーも行かないというのだ。
無事に最初の曲が終わると、後は好きに踊ってよい。クリスも一曲は踊る予定だ。これは仲睦まじい夫夫の演出として効果的だ。
手を差し伸べられてエスコートされ、舞踏会場へ。腰に手が回り、手を組む。そうして奏でられるワルツを、二人は実に優雅に踊った。
「まぁ」
「素敵ね」
元々黙っていても華やかな雰囲気のある二人が、互いを見つめ合い身を寄せて躍る。ステップの軽やかさ、息のあった様子もうっとりと見とれるものがある。
ただ、内心クリスは大変だ。身を任せることが苦手なのを必死に「これは任務」と言い聞かせて踊っている。しかもルークは練習の時以上に密着させて、滑らかに導いていく。こんな所で男の包容力を見せつけるのはどうなんだ。
……おかげで、足も痛くなかったのが癪だった。
曲が終わり、優雅に一礼。
下がった途端、他の男性陣から声がかかった。
「実に素晴らしいダンスでした。よろしければ、次は私と」
「では、その次は」
「あ……」
これは、どうしたものか。彼らは見た目からして、伴侶を探している若い貴族だ。本来未婚の者に顔を繋ぐべきなのに、これは……。
その時、すっと自然に肩を抱かれる。少し引き寄せるように。そして、頭一つ高い所から声がかかった。
「すまないが、私の伴侶は貞淑なのだよ」
「旦那様!」
「カイル、先程はとても素敵だった。一層惚れ直す」
とても自然にこめかみにキスが落ちてドキリとした。何が始まっているんだ!
周囲もザワつく。こんな公衆の面前でイチャイチャするつもりなのか!
「旦那様、それは流石に恥ずかしい」
「いいではないか。子はまだないが、近いうちにと話し合うくらいには睦まじいだろ? それとも、私では不満か?」
「そのようなことはありませんが、それをこのような場所で口にするのは」
「人の夫に堂々と粉をかけようなんて子達だからな。私も、気が気ではないんだよ」
そう言いながら本当に睨んだ! おかげでチャレンジャーな若者達は半泣きで立ち去っていき、若干雰囲気もおかしな感じになってしまう。
というか、これは作戦の内に入っていないじゃないか!
「ゾーフィスは愛妻家だと聞いていたが、本当のようだな」
呆れた笑いを含む声がして、見れば王太子が苦笑している。この顔はガチ苦笑だ。
ただ、受けるルークは涼しいもので、軽く会釈をしている。
「悪いが、少し席を外せるか? 辺境での話も聞きたい」
「畏まりました。カイル、構わないか?」
「えぇ、構いません。どうぞ、お気になさらずに」
丁寧に礼をしてルークを送り出す。これが作戦の第二段階、目を付けた貴族達が動き出した合図なのだが……残されたこの雰囲気をどうしろと!
すっかり針のむしろに座らされた感じのするクリスだった。
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