【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧

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1章

3話 パーティー潜入(1)

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 パーティー潜入が決まった翌日から、クリスの受難は始まった。

「笑顔が硬い。体も硬い。お前、ダンスくらい出来るだろう?」

 城の一室を借りてのダンスレッスンに、クリスは痛む足首をさすりながら睨んだ。

「俺が出来るのは男性パートです!」
「それは仕方がない、お前は伴侶役なんだから」

 そうですね! そうでしょうけれどね!

 言いたいことは多々あるし、必要だからこそのレッスンだし、それに付き合ってくれるのは大変有り難いのだが! 何か反論したくてたまらない。
 ちゃらんぽらんな部分を知っている。騎士として憧れは当然持っているのだが、それ以外に幻滅できる部分が多すぎる。なのに……どうして所作がこんなに美しい!

「納得いかない!」
「まぁ、これで公爵家嫡男だからな」

 しれっと言われて泣きたくなるクリスだった。

 とはいえ放棄もできない。危険があるかもしれない場所に何も知らない女性を連れて行くことも憚られる。最悪何があっても対処できるようにと、ルークはこの人選をしたのだ。

「ハロルド先輩とか、フェリックス先輩でも良かったのに」
「ハロルドは顔が派手で知られすぎているし、フェリックスはあれで気が短すぎるしな。お前以上に社交の場が苦手だぞ」
「くそ」

 滴る汗を拭い、力を込めて立ち上がる。そして、睨むようにルークを見た。
 涼しい顔で、ムカつく。ずっと不慣れなクリスをリードして、倍は疲れているはずなのに汗一つかいていない。余裕過ぎる。

「っ! お願いします」
「だから、その顔が険しすぎるんだって言ってるだろうが」

 溜息一つ。でも苦笑して、手を差し伸べてくる。それに手を添えて、向き合って組んでステップを踏む。リードする動きに素直に従えばある程度動ける。ただ、他人に身を預けるということが苦手なだけ。
 それでも今だけ……寄り添って。

「少しは俺に甘える気になったか?」

 不意に聞こえた声は可笑しそうだ。それに腹が立つ。いっそ足でも踏んでやりたいが……それよりは、完璧な所作で踊りきってみせるほうが鼻を明かせる。
 曲と、この人の動きを見て、優雅に……。

 一曲を踊りきるとやはり不慣れなステップに足がパンパンになっている。少し動きにくく感じるくらいだ。
 そんなクリスの腕をルークは取って、そっとソファーに座らせると靴を脱がせてふくらはぎに触れてくる。そして、眉間に皺を寄せた。

「お前、俺とのレッスンの前に一人でどれだけ練習した?」

 これには答えたくなくて知らんふりをする。それに眉根を寄せた人が一番張って痛い所をムギュッと摘まんだ。

「いっ!」
「無理をしすぎるなと言っただろう。やり過ぎだ」
「あんた相手に無様は晒したくないんだ!」

 口を大にして反論すると、驚いた顔がこちらを見返す。開かれた紫色の瞳を見返して、クリスは僅かに口を尖らせる。悔しくて。

「当たり前だろ。俺だってちゃんとあんたの伴侶役、したいんだ。俺が無様じゃあんたが恥をかくだろう。それは、俺のプライドが許さない」

 恥ずかしいから言いたくなかったのに、暴かれたみたいでバツが悪い。
 目を泳がせてしまうと、不意に大きな手が前髪をくしゃっと撫でた。

「お前、存外可愛いな」
「……はぁぁ!」
「健気で努力家なのは好ましいが、それでも体を痛めたら元も子もない。今でも恥ずかしくない程度に踊れているから、無茶なレッスンはやめろ」

 ……なんだよ、それ。まだ、納得なんて出来てない。
 でも、一瞬嬉しいとも感じてしまった。それが余計に癪なんだ。

「特に最後は良かった。立派で格好いい伴侶に見えたぞ」
「あんたのリードが上手すぎる。俺の実力じゃない」
「だとしてもだ。そうだな……お前は俺に甘えて寄りかかる練習をする方がいいんじゃないか?」
「なっ!」

 ニヤリとからかう顔で笑った人を真っ赤になって睨んだクリス。悔しくてたまらないが……諦めた。どうしたってこの人に、今は勝てないんだから。


 こんな涙ぐましいレッスンを経て、パーティー当日。
 この日の為に用意した薄紫のドレススーツに身を包み、クリスは隣のルークの腕に自身の腕を絡ませる。
 今は普段の印象を消すために髪色は黒にしている。
 ルークも同じで、黒いドレスローブに金の髪をしている。見慣れなくてたまらない。

「設定は覚えたか?」
「はい。俺達は辺境伯領で功績をあげた新興の男爵とその伴侶。貴方はゾーフェス男爵で、俺はその夫カイル」
「何で名を上げた?」
「辺境に巣くう魔物の討伐で、夫夫揃って勇ましい活躍をし、辺境伯の兵を多く救った功績で男爵に取りたてて頂きました」
「……よし」

 これは王太子とも相談して決めた設定だ。今は社交シーズンではないが、貴族学園への入学シーズン。学園に通う生徒の付き添いで王都のタウンハウスに地方からも人がきている。この機会に中央との顔つなぎをしたい辺境貴族は多くいる。
 これに紛れる腹づもりだ。

 馬車が用意された社交場へと滑り込む。今回は城ではなく、王都内にある大きな社交場で行われることになった。流石に怪しい人間を王城に招くのは精神的にも警備的にもよろしくないということだ。

 馬車が止まり、御者がドアを開ける。先に立って馬車を降りたルークが手を差し伸べてエスコートしてくれるのに、ドキリとする。素直に、かっこいいと思えてしまった。
 それも少し悔しいから、今は何も言わないでおく。

 手を添えて馬車を降りて、そのまま会場へ。既に人は集まっていて、思い思いに歓談していく中を進む二人に自然と注目が集まっている。値踏みの目が大半。残りは……見惚れたような溜息だ。
 見た目に騙されるよな、この人は。雰囲気は圧倒的に覇を感じるし、顔がいい。キリッとした端正な顔立ちをしている。
 なんて、顔のことで散々嫌な思いをしているクリスは口には出さないし、中身はだらしないズボラと知っているし……含めてまぁ、狡い人だ。

 何となく居づらい。誰も新興の辺境貴族など知らないから声を掛けにくいだろう。
 その空気の中、不意に近付いてくる人影があってドキリとした。

「ゾーフェス、よく来た」

 その声に皆が一斉にザワつき、頭を垂れる。ルークとクリスも同じだ。
 この様子にも鷹揚な様子で、王太子ウィルフリード・ミルドゲインは笑みを絶やさず近付いて、ルークの肩に触れた。

「辺境伯領での活躍、聞いている。夫夫揃って武芸で身を立て、多くの民と兵を導き魔物の脅威を払いのけたそうだな」
「はっ、勿体なきお言葉です」
「そう硬くなるな。この国の魔物被害については私も頭が痛い悩みの種だ。是非、お前の話を聞きたいと思い招いたのだ」
「有り難きお言葉です。私に出来ることがあるならば」
「うむ、期待している」

 そう言って、彼は立ち去り他の者にも挨拶を始める。ほっと息を吐き出したクリスは、普段あんなにも気さくな様子でいる人の一面を見て肝が冷えた。圧倒的な王族の空気と雰囲気だったのだ。

 ただ、この紹介は良い効果をもたらした。何者か分からなかった美麗な夫夫ではなくなり、更に王太子の覚えもめでたいとなって話しかけてくる人が出たのだ。

「まぁ、辺境で魔物退治を!」
「うちも最近魔物が増えたと報告を受けていて、とても怖い思いをしているのです」

 寄ってきたのは主に地方に拠点を置く貴族の夫人達だ。女性が多いが、数人男性伴侶もいる。ルークは当主陣営に囲まれていた。
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