【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧

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1章

2話 クリスの新生活(3)

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 午後からは第三宿舎に戻り、訓練用の簡素な格好に着替えて修練場に登る。クリス以外は全員先輩で、これまでの訓練がままごとくらいに思える厳しさがある。

「動きちゃんと見て隙を突く!」

 ハロルドの鋭い言葉に耳を傾けつつ、目の前の相手にくいついていく。肩で息をするくらいもう動いているのに、目の前の三年目は息も切らしていない。
 自分的には鋭く相手の脇を狙うが、読まれる。弾かれると同時に蹴りをもらって痛みで呻き声が出て、よろけそうになる足を踏ん張っている。

「硬いね」
「諦め、悪いので」

 感心した対戦相手の先輩にニヤリと笑い、クリスは更に迫った。今度は流れるような斬撃。二段構えで挑み、相手の動きも見ている。なのに読まれてしまって、結局膝をついてしまった。

「そこまで! クリス、大丈夫?」
「だい、じょうぶ! です。お手は、いりません」

 息が切れて滝のように汗が出る。苦しくて言葉も切れるけれど手を貸してもらいたくはない。自分の足でちゃんと退場したい。
 立ち上がって、相手に礼をして、よろよろしながら訓練場から降りて……壁際までが精一杯だ。
 壁に背を預けて座るともう立ち上がれない。少し、腹の中気持ち悪い。
 そこに冷たい水筒が首筋に当たって、見ればさっきの対戦相手の先輩だった。

「大丈夫か? 医務室行くか?」
「いえ、お気遣い」
「まぁまぁ、そんな事言うなよ。水飲め」
「……ありがとう、ございます」

 渡された水筒から冷たい水を飲み込んで、少し咳き込んで、まだ胸の中で心臓は暴れているけれど少し楽になって顔を上げた。

「新人でここまで動けるなら上々だよ」
「悔しいです」
「その根性があれば大丈夫。それに、俺も流石に新人に負けられないよ」
「いつか潰す」
「うわ、こわ」

 素直に引いた先輩はその後笑って、肩を叩いて行ってしまう。
 ……これは、激励だと分かる。これはこれで嬉しいとも思うけれど、あの人の頭ポンポンとは違う感じだ。

「……変なの」

 明確な違いは分からない。でも、何かは違う。そういうもどかしい感覚に頭がグルグルするルークだった。

 この後も訓練をつけてもらって、夕方。もう大半の人が引き上げている訓練場に一人、クリスは残って素振りをしている。
 やはり基礎体力が足りない。スタミナが切れると剣の冴えがなくなるし、思考が鈍る。これじゃ実践で使い物にならない。
 新人の中の一番でいい気になっていちゃいけない。もっと鍛錬して、二年目、三年目にも……いつかルークにも届く剣に磨き上げる。強くなって、誰にも負けないようになって、それで……。

 思考がまたグラつく。麻の服はぐっしょりと汗を吸っている。踏み込みが甘くなって、膝の力が抜けて倒れそうなクリスの腕を後ろから、力強い手が引いた。

「訓練しすぎだ、バカが」
「団長?」

 見れば難しい顔のルークがいて、引き寄せられる。抜きっぱなしの剣は鞘に収められ、あろうことか抱き上げられた。

「ちょ!」

 慌てて抵抗するも体に力が入らない。そのまま彼はクリスを運んで、馬用の水場近くに下ろすと頭から冷たい水をひっかけた。

「ちょっと!」
「体に熱が溜まりすぎると倒れるぞ。お前、今真っ赤なの分かってるか?」
「うっ……」

 反論しづらい。多分、その通りだ。
 俯いている所でもう一度水をかけられる。次にタオルが渡されて、ちょっと落ち着いた。

「焦るなって言っただろ」
「焦りますよ、こんなの。俺、クソ弱いじゃないですか」

 強いと思ってきたのに、このところ負けっぱなしだ。
 落ち込んでいるとルークは大笑いする。そしてまた、ポンポンと頭を撫でた。

「精進できていいだろ」
「……悔しい」
「ばーか、新人にポンポン抜かれてやるほど、第三は甘くない。個人の武が物を言う部隊だぞ? 負けたら先輩達が絶望するっての」
「……強くなりたい」

 膝を抱え、顔を伏せて呟く。焦りが強くて空回っている。
 その頭に、今度はしっかりと手が乗って、撫でられた。

「強くなるさ。素質がある」

 この言葉を、信じられる。根拠もないのに……この人の言葉なら。

「俺が鍛えてやるから、心配するな」
「……お願いします」

 いつか、貴方を越えてみせる。その誓いが煌々と、胸の奥で光る気がした。

◇◆◇

 夕飯を軽く食べて、風呂に入るともう眠くなってくる。ぼんやりしたまま髪を乾かすまでが限界で、部屋のソファーに座ったままやや意識を飛ばしているとガチャと音がして……気配が近付いてきた。

「お前、こんな所で寝ると体痛くするぞ」
「ん……」

 反応はしたが動きたくはない。ぼやっとしていると溜息が聞こえて、ふわりと体が浮く。そしてそのままベッドに連れていかれて、布団を掛けられ頭を撫でられた。

「頑張り過ぎるのも考え物だな。少し気を抜け」
「いや、だ」
「我が儘だな」
「……いつか、貴方を抜いてみせる」

 ぼやけた意識のまま呟くと、目の前の人は想像とは違う顔をする。柔らかく目を細め、微笑んで、ポンポンと撫でられるのが心地よくて自然と目を閉じた。

「まだ数十年早いっての、ばーか」

 柔らかく、どこか嬉しそうな声がこの日最後の記憶だった。


 翌日は流石に自重して、軽くした。それというのも体中がバキバキなんだ。

「筋肉痛だね~」
「う……」

 可笑しそうなハロルドに言われて面目なくて俯いてしまう。空回りもいいところだ。

 それにしても、何故ここに呼ばれたのか。現在クリスがいるのは団長執務室で、側にはハロルドとフェリックスもいる。呼びつけた本人はまだだが。

「何があるのでしょう?」
「我々を呼んだとなれば極秘の任務だろうな」

 落ち着いた様子で伝えるフェリックスに、余計に首を傾げる。そんな任務なら新人のクリスが関わるはずもないのに。
 そう思っているとドアが開いて、部屋の主が顔を出した。

「揃っているな」

 立ち上がり、一礼する。そこに居るのは普段のルークではなく団長のルークだ。雰囲気は張り詰めていて、茶化す隙などなにもない人。彼が団長の席に座ったのを確認して、クリス達も座った。

「ハーマンの横領はほぼ確定した。が、その資金がどうやら貴族派の中枢に流れているようだ。奴等、何やらヤバい事もしているという噂も出てきた」
「ヤバい事?」
「魔物に村や町を襲わせて、騎士団の戦力を削ぎ、王族の失脚を狙っている」
「っ!」

 その大それた内容に思わず顔が引きつるが、十分にあり得る。
 現国王は庶民派の王様で、同時に武闘派。貴族の特権を約束し、大きな権力を与えていた前政権を一蹴した豪胆な人だ。故に貴族の反発は大きい。
 あの人を支えているのは国民の支持だ。民の側に立ち、貴族の横暴を許さず法を遵守し、時には貴族だって処罰する王様だからこその人気だ。
 その支持を挫かれたら……現王とその方針を継ぐ王太子の失脚に繋がる。

 ルークの目は冷たく厳しく光った。

「近く、王太子殿下がパーティーを開く。大規模で自由なものだ。表向きは広く交流できる社交の場を設けるとの事だが、疑わしい貴族派も多く招いている」
「尻尾を掴むための情報を、こっそり集めたいという事ですね?」
「あぁ。ハーマンは捕らえたが、未だ罪状はなく表向きは『過労による療養』としている。貴族連中も金蔓が動けないとなれば話し合いの場を持ちたいはず。その為に潜入する」

 そこで、すっと視線がクリスへと移った。

「騎士団長として警戒されるわけにはいかない。変装して、伴侶を連れての潜入を考えている。クリス」
「はい」
「お前、俺と一緒に潜入してくれ。俺の伴侶役だ」
「……はぁ!」

 いや、流石にそれは!
 思うが、どうにも真剣な様子。反論も出来る雰囲気じゃない。口を数回パクパクさせて……クリスは諦めた。

「分かりました」
「よし。正確には後日伝える」
「はい」

 なんか、とんでもない方向に転がった。
 痛くなる頭に手を置いて軽く振って、クリスは今後の事に頭を悩ませるのだった。
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