【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧

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1章

2話 クリスの新生活(2)

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◇◆◇

 午前中は自主練をして、昼の少し前に厨房に顔を出してルークの我が儘を伝えると快く迎えてもらえた。
 カリッと焼けたバケットにシャキシャキのキャベツと輪切りにしたトマト、チーズと塩味の効いたハムを挟み込んだボリュームのあるサンドイッチを二つ包む。
 一緒に、干しぶどうを入れたカップケーキを焼いた。あの人、素朴な甘い菓子が好きなようだ。
 これにサラダを添えてバスケットに放り込むとフェリックスに行き先と用事を伝えて出る。
 向かうのは共同宿舎の訓練場だ。

 事件以降、あまりここには寄りつかない。
 そもそも所属の決まった新人はその部隊の宿舎で生活を開始する。雰囲気に慣れる為だ。
 第三騎士団は少数精鋭であり、扱う事件があまりに多い為に独立した宿舎がある。
 第一騎士団は近衛騎士で、本来は城の中の一角を借り受けている。
 この共同宿舎は本来、一番人数が多い第二騎士団の宿舎なのだ。

 入って直ぐの事務所で要件を伝えると、慣れた職員がルークの居場所を教えてくれる。今日は第一訓練場らしい。
 エントランスを右手に行くと各訓練場が見えてくる。因みにここには第五訓練場まである。
 そうして一番手前のドアを潜って外に出ると……屍累々というのが似合う光景が目の前にあった。

「温い。まず根性がない。お前達、自分が殺されるかもしれない瀬戸際で腰が引けたら本当に死ぬぞ。根性見せろ」

 叩き出されたのだろう新人が訓練場の外で倒れて呻いている。今も最後の一人が訓練場に沈んだ所だ。

「……まず、人を呼ぼうか」

 機嫌悪かったんだろうな。もう少しいい目覚め方をしてもらわないと、新人が潰されかねない。そんな危機感すら抱いて廊下に戻ると、丁度訓練を終えたらしい巨体が目に入った。

「ガイス騎士団長!」
「ん? おぉ! ルークのお気に入りの……え……」
「クリスティアンです。ご無沙汰しております」

 バッキバキの体を惜しげも無く晒した巨躯の持ち主は豪快な笑みを浮かべて近付いてくる。この人の体はオーガでも敵わない……そんな気がする。
 そしてもう一つ、言いたい事がある。あの人のお気に入りと認識されているようだが、それを止めてもらいたいのだが……訂正は無意味と瞬時に悟った。

「どうした?」
「実は、ルーク団長の機嫌があまり良くなかったようで、新人が完全に伸びているのです」
「またか。あいつもまだ子供みたいな部分があるからな」

 短い白髪をガシガシ掻いた人は困り顔はするが、咎める様子はない。困った弟がおいたをした、くらいの認識だ。いいのかそれで。あと、あの人は存外子供だと思う。

「人をやるよう言っておく。報告ご苦労だな。後は頑張れ」
「え?」

 苦笑した人に目を丸くしていると、突然後ろから羽交い締めにされて慌てた。気配を完全に消した人が首に腕を回してそのまま引き摺るのだが……首! 首!

「死ぬ! 首締まってる! 阿呆か!」

 暴れて騒ぐとサッと手が離れたけれど……何故か睨まれている。

「遅い」
「あんたの不始末を報告して対応してもらいに行ってたんだ」
「自力で起きて自力で移動させればいいだろ」
「それが出来る状況だとでも? 完全に伸びて動けないでしょう」

 呆れて言えばふて腐れる。本当にこの人年上か?

「軟弱だ」
「団長の力で伸せば、最悪死人が出ます。ご自分の力量をちゃんと理解してください」
「お前ならついてくるだろう」
「俺だって無理ですよ。努力と鍛錬はしていますけれど」

 アホ程強いのは知っている。一度鍛錬をつけてもらったが、秒で腹に木刀が食い込んで伸びた。まぁ、回復かけられて即刻リベンジしてまた伸びたわけだが。

「お前は根性があるからな」
「根性論だけじゃどうにもならない壁があるんですよ」

 おそらく天才型であり、同時に努力もするのだろうこの人に正しく認知してもらう事が、今のクリスの目標だ。

 首ロックは解除され、今は少し強引に宿舎の裏側につれてこられた。
 人の出入りが少ないそこには丁度良い木陰があり、この人はここがお気に入りらしい。
 影を作る木に背を預け、早速バスケットの中を漁った人が手に大きめのバケットサンドを持ち上げ、「いただきます」と声を掛けてから大きくかぶりつく。顔立ちに品のある人が大きな口を開けて豪快に食べる姿は、案外悪くないものだ。

「美味い」
「それはよかった」

 ほぼ素材そのままだけれど。

 別口に持ってきた水筒は魔道具で、温かな物を温かいまま持ち運べる。そこには紅茶が入っていて、鉄製のマグカップに注いで渡すと彼はクッと飲み込んだ。

「これも美味い。本当に貴族の子息か?」
「嫌味か。俺は母が平民出で、それなりに自分で生活してきたんだよ。バイトもした」
「許したのか、あの好色侯爵」
「無断ですよ。貴族学園時代、成績優秀者はある程度自由が約束されていたでしょ? その時間でバイトしまくりました」

 思えば青春の思い出はそればかりだ。レストランの厨房、ホールは勿論、ホテルの裏方もやった。いい経験になったものだ。

 これを聞きながら、ルークは綺麗に一つ目のサンドを食べ終えもう一つに手をつけている。最後の一個はクリスので、慌てて手に持って口をつけた。

「苦労してるな」
「あの親に、俺の人生を好き勝手されるのは我慢ならなかったので。騎士になれないなら卒業後、上手く姿を眩ませて他国で生きる事も考えました」

 それ程、クリスは実父を嫌っている。
 この父という人はシーラン侯爵でもあるが、とにかく女にだらしない人だった。上に兄が二人、姉が一人いるが、長男と長女は正妻、次男は第二夫人の子だ。この時点で妻が二人。経済に余裕があれば複数妻を持てるとはいえ、そんなの実際は王族か公爵家であって多くはない。
 更にこいつは町でウエイトレスをしていたクリスの母を見初め、当時恋人がいたのに連れ込み、好き放題したうえに妊娠させたのだ。
 妊娠を知った父は流石に焦って母を放り出そうとしたが、当時健在だった祖父が知る事となりこれを許さず、妾として離れをくれた。
 お陰様で生きるに苦労はしなかったし、無事にクリスも生を受けたのだが……今度は産まれた息子の顔がいいってことで政略結婚のコマにしようとしたのだ。

 この世界、特別な魔法薬を飲めば男でも妊娠可能な為、男も十分政略結婚のコマになる。

 最初に宛がおうとしたのが貴族派のじじい、齢六十五でぶん殴りたくなった。当時クリスは十三歳。阿呆か!
 当然、無理やり連れ出そうとした奴の腕をふん縛って外へと逃れ、衛兵の前で「身売りされようとしています!」と大きな声で訴え、泣きながら六十五歳の爺の五番目の後妻になれと言われていると大演説してやって、この話は立ち消えた。

「くくっ、お前らしいな」

 この話をするとルークは可笑しそうに声を上げて笑う。互いにサンドイッチは綺麗に平らげ、サラダも食べ終えようとしている。

「笑い事じゃありませんよ」
「嫌いじゃないさ。お前はチビの頃からいい根性したクソガキだったわけだ」
「親の勝手で人生滅茶苦茶にされてたまるか」

 ズズッと紅茶を飲み込む、その横合いから手が伸びて、ポンと撫でられる。最近これが少しムズムズしてきた。

「よくやった」
「……まぁ、はい。頑張りました」

 最近、こんな風に褒められるとどうしていいか分からなくなる。嬉しいけれど素直にそうも言えず、目線を逸らしてしまう。それでもこの人は気にした様子もないからそのままで……調子が狂う。

「おっ、カップケーキか」

 バスケットの下の方に入れていたカップケーキを一つ、ヒョイと嬉しそうに取り上げた人が早速一口。そして、随分嬉しそうに笑う。

「好きですよね、団長。もっと高いケーキも食べられるでしょうに」

 この人の生家は公爵家だ。五男ともなれば家督問題はないが、公爵家出身の騎士団長となればかなり権力は持てる。マクレラン公爵家は国王派でも筆頭の家柄だ。
 当然金もある。その割に、この人は贅沢はしていない。味覚も庶民寄りに思う。

 言えば、ちょっと嫌な顔をされた。

「高い物が美味いとは思わないな」
「庶民的ですよね」
「贅沢が嫌いなわけじゃない。酒はそれなりに拘りがある。飯に関してはゴテゴテ油っこいものよりも赤身のガツンとしたのが好きだ。生クリームよりも小麦の味のする菓子がいい」

 自ら選んでいる。その中に、クリスの料理は入ったのだろう。
 少しだけ、嬉しいかもしれない。

「機嫌、直りましたか?」
「まぁ、それなりに」
「俺の起こし方が気にくわなかったと?」
「優しく起こせ」
「起こしましたよ」
「目覚めのキスでもしてみせれば、起きるかもしれないぞ」

 ニヤリと俗物っぽく笑った人はきっと面白がっている。そしてこういう挑発が腹立たしくて乗ってしまうのがクリスという人間だ。

 正面にきて、触れるだけキスをしてみせる。これにルークは目を丸くして、クリスはニヤリと笑う。このマヌケ面が報酬ならやってみるものだと思ったのだ。

「どうしました? 団長」
「……くそ」

 顔を赤くして触れた唇を手の甲でグッと拭った人の悔しそうな顔が、今日一番の報酬かもしれない。
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