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1章
4話 しばしの休暇を(3)
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「お前は、ずっと王都住まいだろ? その割に町になれてないな」
「余裕がなかったんですよ。気持ちにも」
そう、なかった。自分を立てる為にそういうものを全て犠牲にしてきた。それを間違いだなんて言うつもりはないが……惜しいことは、したのかもしれない。
僅かに手が止まる。その手に、ルークがパンを一つ置いた。顔を上げたら彼はジッとこちらを見ていた。哀れみでもなんでもない、穏やかな様子で。
「じゃあ、これからは連れ出すか」
「え?」
「騒がしい阿呆の集まる酒場とか、偏屈だけどいい腕した武器屋の爺さんとか、怪しいけれど効果ピカイチのポーション売ってる薬屋とか」
「あの」
「知りたいなら教えてやる。別に、何をしようにも遅いってことはない。お前はまだ若いしな」
その言葉は何気に、クリスの気持ちをずっと軽くしたのだった。
そんなことでお腹もしっかりと膨れて満足して店を出た。
辺りを見る余裕も少し出来てきて、連れられるまま何処に向かうのか分からずに今は歩いている。階段を登っていることから、高台に行くのだろうとは思ったが……。
「わぁ……」
圧倒的な景色に、思わず息が漏れる。そこは町を見下ろせる場所で、背後には教会があった。
「いいだろ、ここ。風通しが良くてさ」
「凄い景色……王都がよく見える」
城の大きさ、家々の彩りの違う屋根。人が通っているのは分かるけれど、それはもう個では見えない。階段や……あっちの屋根の上には猫がいる。
風がザッと吹いて、クリスの長い髪を揺らした。後ろの教会前では子供達が遊んでいる。古いもので、周囲は庶民が多い。
クリスも教会には足を伸ばしたが、ここではなく貴族の多い場所だった。
「ここは、この国で一番古い教会だ」
「え?」
隣に並んだルークが遠くを見ながら言う。頑丈な柵に腕を乗せて。
「大聖堂が建つよりも前にあったんだ。庶民の保護をしていた」
「庶民街を上がった所ですしね」
遠く、明らかに大きな家が連なって見えるのは貴族の邸宅が多い区画。一方、今眼下に広がっているのは小さな屋根がひしめいて見える。こちらは庶民の区画だ。
「俺はこっちのが好きだ。あと、ここの司教面白いぞ」
「え?」
そんなことを話していると、誰かが近付いてくる気配があって穏やかに二人とも振り向いた。
近付いてきていたのは白い神官服を着た四十代くらいの男性で、目尻の下がった優しい眼差しで二人に笑いかけていた。
「ルークさん、お久しぶりですね。おかわりありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。それより、前に話してた奴を連れて来た」
それは……自分だろうか?
疑問符を浮かべるクリスに司教が嬉しそうに頷く。笑い皺を浮かべ、やんわりと二人を教会の中へと案内してくれた。
教会は質素だが、よく手入れがされている。空気がとても清浄で、辺りを見回してしまう。
その様子も分かるのか楽しそうに微笑む司教が連れて来たのは、祭壇の前だった。
祭壇の前に来て、ルークは騎士の礼をして黙祷を捧げる。それが何を意味しているのかは分からないが、クリスも同じように黙祷した。
司教はそんな二人を見て頷き、十字を切って神へ祈りの言葉を捧げた。
「あの、ここは団長と何か関係があるのですか?」
黙祷を終えて正面を向いたタイミングでクリスが問う。これにルークは静かな様子で頷いた。
「ここは殉職した第三騎士団の奴等が眠っている教会なんだ」
「え!」
とても静かに告げられた言葉。だがこれは矛盾している。
騎士団で殉職した者は国の礎として、国が管理する立派な墓碑に合葬される。それは第一から第三まで変わらないはずだ。
なのに……。
言いたい事が伝わったのだろう。ルークは苦笑して頷いた。
「第三は魔物討伐なんかが多いからな、綺麗な死体が少ない。それを見た第一の騎士団長が、魔物に穢された死体と合葬されるのはあり得ないと猛抗議したんだよ」
「そんな!」
でも、それは誰よりも国や人を守ったからで……なんて、言った所でなんだろう。
「時代も古いのです。四代くらい前ですから、百年以上前ですよ」
「そんな時から、第三は不遇なのですか?」
少数精鋭で、国で最も強い者達の集まりだ。訓練の苛烈さは何より知っている。そんな彼らは大抵、小貴族や地方貴族、既に没落している家の者が多い。
ルークがおかしいのだ。高位貴族でありながら第三にいるのが。
「これで、現王陛下になって良くなった方らしい。前任者なんて引き継ぎの時に『死ぬなよ』と言って去ったくらいだ」
「皆さんの尊い犠牲の上に、今の生活はあります。それを感じているのは寧ろ庶民なのでしょう。埋葬場所をなくし、途方に暮れる彼らをここへと導いた過去の司教達は、彼らの魂を誰よりも救って欲しいと引き継いでいくのです」
「まぁ、そういう場所だからな。案内したかった。お前も俺もいずれここに入るかもしれないから、生きてるうちに顔見せだ」
「嫌な理由だな……」
生きてるうちから死んだ後のことを頼むというのは、死ぬのが確定しているようで嫌だ。
だが同時に、今回そうなりかけたのも否めない。ルークが遅ければ確実に……それこそ頭から食われて何も残らなかったかもしれない。
改めて見上げた教会の祭壇。そこに向き直り、もう一度クリスは祈りを捧げた。
「余裕がなかったんですよ。気持ちにも」
そう、なかった。自分を立てる為にそういうものを全て犠牲にしてきた。それを間違いだなんて言うつもりはないが……惜しいことは、したのかもしれない。
僅かに手が止まる。その手に、ルークがパンを一つ置いた。顔を上げたら彼はジッとこちらを見ていた。哀れみでもなんでもない、穏やかな様子で。
「じゃあ、これからは連れ出すか」
「え?」
「騒がしい阿呆の集まる酒場とか、偏屈だけどいい腕した武器屋の爺さんとか、怪しいけれど効果ピカイチのポーション売ってる薬屋とか」
「あの」
「知りたいなら教えてやる。別に、何をしようにも遅いってことはない。お前はまだ若いしな」
その言葉は何気に、クリスの気持ちをずっと軽くしたのだった。
そんなことでお腹もしっかりと膨れて満足して店を出た。
辺りを見る余裕も少し出来てきて、連れられるまま何処に向かうのか分からずに今は歩いている。階段を登っていることから、高台に行くのだろうとは思ったが……。
「わぁ……」
圧倒的な景色に、思わず息が漏れる。そこは町を見下ろせる場所で、背後には教会があった。
「いいだろ、ここ。風通しが良くてさ」
「凄い景色……王都がよく見える」
城の大きさ、家々の彩りの違う屋根。人が通っているのは分かるけれど、それはもう個では見えない。階段や……あっちの屋根の上には猫がいる。
風がザッと吹いて、クリスの長い髪を揺らした。後ろの教会前では子供達が遊んでいる。古いもので、周囲は庶民が多い。
クリスも教会には足を伸ばしたが、ここではなく貴族の多い場所だった。
「ここは、この国で一番古い教会だ」
「え?」
隣に並んだルークが遠くを見ながら言う。頑丈な柵に腕を乗せて。
「大聖堂が建つよりも前にあったんだ。庶民の保護をしていた」
「庶民街を上がった所ですしね」
遠く、明らかに大きな家が連なって見えるのは貴族の邸宅が多い区画。一方、今眼下に広がっているのは小さな屋根がひしめいて見える。こちらは庶民の区画だ。
「俺はこっちのが好きだ。あと、ここの司教面白いぞ」
「え?」
そんなことを話していると、誰かが近付いてくる気配があって穏やかに二人とも振り向いた。
近付いてきていたのは白い神官服を着た四十代くらいの男性で、目尻の下がった優しい眼差しで二人に笑いかけていた。
「ルークさん、お久しぶりですね。おかわりありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。それより、前に話してた奴を連れて来た」
それは……自分だろうか?
疑問符を浮かべるクリスに司教が嬉しそうに頷く。笑い皺を浮かべ、やんわりと二人を教会の中へと案内してくれた。
教会は質素だが、よく手入れがされている。空気がとても清浄で、辺りを見回してしまう。
その様子も分かるのか楽しそうに微笑む司教が連れて来たのは、祭壇の前だった。
祭壇の前に来て、ルークは騎士の礼をして黙祷を捧げる。それが何を意味しているのかは分からないが、クリスも同じように黙祷した。
司教はそんな二人を見て頷き、十字を切って神へ祈りの言葉を捧げた。
「あの、ここは団長と何か関係があるのですか?」
黙祷を終えて正面を向いたタイミングでクリスが問う。これにルークは静かな様子で頷いた。
「ここは殉職した第三騎士団の奴等が眠っている教会なんだ」
「え!」
とても静かに告げられた言葉。だがこれは矛盾している。
騎士団で殉職した者は国の礎として、国が管理する立派な墓碑に合葬される。それは第一から第三まで変わらないはずだ。
なのに……。
言いたい事が伝わったのだろう。ルークは苦笑して頷いた。
「第三は魔物討伐なんかが多いからな、綺麗な死体が少ない。それを見た第一の騎士団長が、魔物に穢された死体と合葬されるのはあり得ないと猛抗議したんだよ」
「そんな!」
でも、それは誰よりも国や人を守ったからで……なんて、言った所でなんだろう。
「時代も古いのです。四代くらい前ですから、百年以上前ですよ」
「そんな時から、第三は不遇なのですか?」
少数精鋭で、国で最も強い者達の集まりだ。訓練の苛烈さは何より知っている。そんな彼らは大抵、小貴族や地方貴族、既に没落している家の者が多い。
ルークがおかしいのだ。高位貴族でありながら第三にいるのが。
「これで、現王陛下になって良くなった方らしい。前任者なんて引き継ぎの時に『死ぬなよ』と言って去ったくらいだ」
「皆さんの尊い犠牲の上に、今の生活はあります。それを感じているのは寧ろ庶民なのでしょう。埋葬場所をなくし、途方に暮れる彼らをここへと導いた過去の司教達は、彼らの魂を誰よりも救って欲しいと引き継いでいくのです」
「まぁ、そういう場所だからな。案内したかった。お前も俺もいずれここに入るかもしれないから、生きてるうちに顔見せだ」
「嫌な理由だな……」
生きてるうちから死んだ後のことを頼むというのは、死ぬのが確定しているようで嫌だ。
だが同時に、今回そうなりかけたのも否めない。ルークが遅ければ確実に……それこそ頭から食われて何も残らなかったかもしれない。
改めて見上げた教会の祭壇。そこに向き直り、もう一度クリスは祈りを捧げた。
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