恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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1章:騎兵府襲撃事件

9話:拷問

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 軽い頭痛を伴う覚醒は酷く不快だった。手足の自由が利かない事はすぐに分かったし、硬い床の上に転がされている事も分かった。体の全てで感じるそれらを確認するように、ファウストは目を開けた。
 薄くぼやける視界はやけに低い。床に転がされているのだから当然か。辺りは薄ぼんやりと明るい事から、最低限の明かりのある牢なのだろうと思った。それにしては綺麗なのが多少気になるが。
 だが何よりもファウストを驚かせたのは、薄ぼんやりとした視界に薄らと見える人物の、自分以上に酷い姿だった。

「ラン……バート?」

 低く掠れた声に、人影がこちらを見る。夜に輝く月のような金髪がさらりと揺れるのを見て確信する。この人影は、ランバートだ。
 しだいに視界がクリアになってくると、現状がより鮮明になる。ファウストは頑丈な木製の手錠をかけられ、両足は壁に取り付けられた鎖に繋がれている。
 そして目の前のランバートは、天井から吊るされた太いロープに両手を吊るされていた。両膝が床につくくらいに調整されているが、自由はきかないらしい。ぐったりと項垂れる姿を見ると、既に疲れ果てている事が分かった。

「ランバート」
「ファウスト様?」

 声に気づいたランバートが、虚ろな瞳をファウストに固定する。見た所目立った外傷はないが、辛い体勢を強いられている苦痛は見て取れた。

「お前、なぜ」

 信じられないものを見るような目をするファウストに、ランバートは苦笑した。少し弱った姿は妙な色香がある。こんな状況でそれに見入った不謹慎な自分を、ファウストは叱責して追い払った。

「なんでお前がいる」
「嫌な予感がして、貴方を探したからです。そして、自分の失態のせいですかね」
「失態?」
「俺の報告以外に、潜伏者がいました。それに気づけなかった俺の失態です」

 苦々しく笑うランバートの表情は自責の念が強そうだ。ファウストは短く「お前は十分にやってくれた」と言う事しかできなかった。
 それ以上の言葉を繋げようと思った時、こちらへ向かってくる複数の足音が聞こえたからだ。


◆◇◆

 ランバートは声を殺し、鉄製の入口に視線を注いだ。それが重苦しい軋みを上げて開くと、六人の男達が入ってきた。

「サイラス」
「やぁ、起きたんだねリフ。それに、軍神も」

 皮肉を込めた視線で声をかけるサイラスをファウストは睨み上げる。どれだけ無様な恰好でも、ファウストの視線はかなりきついものがあるだろう。顔立ちが整っているから尚のことだ。
 だがサイラスは、それにも嘲笑を浮かべた。

「貴方に用があったんだよ、俺は。でも、あんたはなかなか城から出てこないから引きずり出すのに苦労した」
「その為に、襲撃事件を起こしたのか」
「その通り。人数を減らして警備を手薄にしないと、騎兵府は怖いからな。それに、貴方の疲弊も狙いだった。事実、こうして俺の目論見は成功した。意外なおまけつきで」

 サイラスの視線はランバートを見ている。絡みつくようなその視線を受けて、ランバートは薄々感じていたものが確信に近づくような気がした。
 一緒に働いていた時にも、サイラスの視線はどこか好色に思えた。熱……とまでは言わない。チャンスがあれば味見がしたい、というのが正解だろう。
 だが、この状況になったらこの男はどうする? 方法は様々ありそうだが、結果は同じところに繋がっていそうだ。

「リフ、辛いだろ? 自由にしてやろうか」

 ランバートの顎を指で持ち上げて上向かせるサイラスの目を、ランバートは真っ直ぐに見た。やはり、好色な目をしている。
 ランバートはこの手の男は好みではない。相手を支配下に置きたがる相手なんて御免だ。縛られる事が嫌いな性質だからだろう。

「自由に? お前のペットなんて俺は御免だ」

 軽く嘲るような視線を送るランバートを見下ろして、サイラスは少し驚いた顔をし、その後で盛大に笑った。その瞳に、加虐の色が浮かんでいる。

「そういう所が好きなんだよ、俺は。そういう、意に染まらない奴を屈服させるのが好きなんだ」

 悪趣味極まりない。醜いものを見る目をしたランバートに醜悪な笑みを浮かべたサイラスは、だがすぐにその視線をファウストへ移した。

「だが、今はお預けだ。まずはこいつに吐いてもらわないとな」

 サイラスを睨み付けるようにして見るファウストに、奴は近づく。体を屈め、ニヤリと嫌な笑い方をする。

「さて、どういたぶろうか。貴方のような人は並の拷問では吐いてくれないだろうが。まずは……指の爪から始めようか」

 そう言うなりファウストの手を掴んだサイラスに、ランバートは焦った。ファウストなどはむしろ平然としたものだが、ランバートはそれを見ている事がどうしてもできなかった。
 誰よりも強くて、誰よりも気高いものが目の前で汚される。その姿を見たくなかったのか、はたまた違う感情なのか。細かな事などどうでもいい。ただ目の前でこの薄汚れた人間がファウストに害を及ぼす事だけは、許せなかった。
 そして気づくと、自分でも驚くことを口走っていた。

「やめろ、その人に触るな!」

 強い言葉は大貴族として、他を平伏させる力を持った声だった。張りのある声音、そして瞳。それら全てがサイラスを止めた。
 だが、止まったのはいいとしてもその後の策が未だ出てこない。さて、これからどうする。とりあえず生爪を剥ぐなどという愚劣な行為だけは止められたが。

「リフ、お前はこいつの部下というだけだろ。何をそんなに必死になっている? 騎士の忠誠心というやつか?」

 その言葉に、止まっていたランバートの思考がフル回転する。勝率は悪くない。だが、賭けだ。勝つか負けるかの勝負だが、他に考えつかない。これに賭けるしかない。
 ランバートは視線をファウストに向けた。視線がぶつかり、何かは伝わったように思えた。でも言葉は出せない。完全な意思疎通は無理だ。それでも「任せろ」という意志を込めて、ランバートは再びサイラスへと視線を移した。

「忠誠心なんて、俺は持っていない」
「では、なんだというんだ? この男に執着する理由が他にあるというのか?」
「……」

 あえて何も言わず、視線だけでファウストを見る。絡むように熱く、憂いと熱と色を浮かべて。まるで愛しい相手を見つめ、手が届かない事を悲しむように。
 ファウストは驚いた顔をしている。多分この視線の意味は伝わっていないし、混乱しているのだろう。だがサイラスには、ランバートが意図した通りに伝わったらしい。
 嘲笑を過分に含む高笑いが室内に反響する。よろよろと足元が危ういほどに笑ったサイラスの目には、ランバートが睨んだ通り加虐の色が濃く滲んでいる。面白い遊びを思いついた、残酷なものだ。
 その予想以上の感触に、ランバートは内心覚悟した。

「何だお前、軍神に惚れていたのか」
「なっ!」
「っ」

 サイラスの言葉に驚いた声を上げるファウストがこちらをジッと見る。目を丸くし、信じられないという表情で。
 それを見て、ランバートは視線を合わせずに顔を逸らし、床を見つめる。知られてはいけない想いを暴かれ、羞恥と悔しさに震える。伝えられない気持ちを本人の目の前で暴かれた少女のようにランバートは振る舞った。

「なんだ、軍神は気付かなかったのか。案外鈍いな。でも、それならそうと言って貰わないと。おかげで、楽しいイベントを思いついた」
「やめろ、そいつに手を出すな! そいつは何も関係ない。拷問したければ俺を痛めつければいいだろ!」
「勿論、これは拷問だ。ただ、貴方のような人は自分の苦痛には強い。でも、可愛い部下ならどうだろうね」
「下衆が!」

 凄味のある瞳でファウストはどうにか逃れようと体を動かすが、簡単に外れる枷ではない。その様子を嘲笑しながら、サイラスは背後に控えていた五人の男に手で合図をした。
 男達は最初目を見合わせて動かなかったが、やがて諦めたように指示に従った。五人の男が動けないランバートを囲み、おもむろにワイシャツの前に手をかける。そして一気に両側へと引き裂いた。
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