特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重

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第16章 -勇者 VS 魔王-

†第16章† -23話-[羊獣人の家族②]

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 お互いがテーブルを挟んで応接室のソファに向かい合いに腰を落ち着けたところに、先ほどの受付嬢がお茶を持って入室して来た。
「お茶です。部屋が暖かいので冷しています」
「ありがとう、サルビア」
 テーブルに置かれたお茶に浮かぶ氷がカロンッと音を鳴らす。
 クシャトラの感謝を受け、少し重たい空気に受付嬢は足早に部屋を退室して行った。

「……さて、まずは何から話しましょうか?」
 喋り出したのはエンハネであった。
 宗八そうはちとしてはここまで空気を重くするつもりはなかった為、まずは互いに話したかった内容から片付ける事にした。
 隣に座るメイフェルの頭に手を乗せ、宗八そうはちは言う。
「まずは、メイフェルの養子縁組について話しましょう」

「——え?」

 小さい声が隣から聞こえた。
 しかし、それよりも目の前の二人から大音声だいおんじょうが上がった。
「わあー!やっぱりっ!」
「ついに決心してくださいましたかっ!うおおおおおおっ!」
 寝耳に水を掛けられたメイフェルと違い、二人は以前から養子縁組の話を宗八そうはちに勧めていた。
 クシャトラに関しては初対面の時にも養子縁組の話を持ちだしていた。苦戦二年だ。
 心に傷を負い、声を失っていた当時のメイフェルは警戒心も強く人見知りでもあった。自分達保護者にようやっと慣れ、生活に関する言う事は聞いていくれる様になった段階で人に懐くなど有り得ないはずのメイフェルが、関所に黙って付いて来た事も驚いたし突然メイドさんに手を引かれて現れたことも心の底からクシャトラは驚愕していたのだ。
 メリーと闇精クーデルカから離れた後は宗八そうはちにべったりだった。
 宿泊中はずっと共に居り、椅子に座れば膝の上に収まる。精霊の子供達が嫉妬するくらいに彼女たちの場所を占領していたのだ。

 大喜びする大人二人を前にメイフェルが袖を引いて来る。
「お、お兄ちゃん……。どういうこと……?」
 混乱しながらも自分の養子縁組の話と聞いて、期待と不安がぜになった瞳と声音で宗八そうはちに訴え掛けて来る。
 その様子に宗八そうはちも自身の気が急いていた事に気が付いた。それはそうだ。出会ってから二年間、幾度となく宿泊には来ていたものの、当時は自分の立場も曖昧で勇者が魔王を倒した際に一緒に帰還する可能性があったからだ。
 後日、無精アニマが宗八そうはちの正体を暴露した事で、宗八そうはちはこの世界に根を張って良い事が判明。その後はアルカンシェとの婚約、公爵位を授爵しミナヅキ家が建ち、やっと気に掛けていたメイフェルを迎え入れる準備が整ったのだ。

「ごめんな、先に話してあげれば良かったな……」
 メイフェルの頭を撫でながら宗八そうはちは語り掛ける。
「今回来た目的はいくつかあって、そのひとつがメイフェルを家族に迎えたいって話をする事だったんだ。二年間そんな話を一度もしなかったのにって思うかもしれないけど……」
 潤む瞳に浮かぶ涙を指で拭いながら決定的な言葉を告げた。

「———俺と家族になってくれないか?」

「———う”ん”っ!か”ぞ”く”ぅ……な”る”ぅ……っ!」

 溢れ出した涙は指では拭いきれない量となった。
 こういうシチュエーションに慣れていない宗八そうはちがどうしたものかと困りつつ、クーデルカに持たされたハンカチを思い出し優しく拭い続ける。
 その様子を先ほどまで騒いでいたエンハネとクシャトラが嬉しそうに見守っていた。
「う”わ”あ”あ”あ”あああああんっ!」
 最終的には涙の収まらないメイフェルを宗八そうはちが抱き上げ、幼い子供をあやす様に背を軽く叩き頭を撫でて落ち着かせることになった。胸元に顔を埋め大声を上げながら嬉し泣きするメイフェルの涙の跡は、宗八そうはちの胸に“家族”という証を刻んでいた。

 * * * * *
 メイフェルは泣き止んでからも宗八そうはちと向かい合って抱き着いたままだった。
 再開された会話に耳を傾けてはいるが、もう離さないとばかりに宗八そうはちを全身で締め上げている。
「それでは、こちらの書類にサインをお願いします」
「はい」
 メイフェルを抱えたままで書きづらくはあるが、ここで「離れて」とも言えないので頑張って文字が崩れない様にゆっくり丁寧に書き上げる。養子縁組登録書類に宗八そうはちの名を綴っている間、エンハネとクシャトラが先ほど書き上げた養親申請書類の不備がないかの確認をWチェックしていた。
「メイフェル、ここに名前書けるか?」
 書類には養親の名前だけではなく、養子の名前も書く欄があった。
 宗八そうはちの声に反応したメイフェルが振り返りテーブルの上に置かれた書類を見る。
「任せて」

 宗八そうはちを抱き締めていた手足を外したメイフェルは、テーブルに向き直り宗八そうはちからペンを受けとる。
 この孤児院兼共同牧場は孤児に読み書きや計算も教えているので、彼女も慣れた手つきで自身の名を養子の欄に記入した。
「そっちに問題はありましたか?」
 ペンを置いたメイフェルは再び宗八そうはちに抱き着き直した。
 それを受け入れつつ書類の不備確認をしていたエンハネとクシャトラに声を掛ける。
「いえ、大丈夫ですね。これで今この時からメイフェルはメイフェル=ミナヅキとなりました」
「おめでとう、メイフェル!私も口説き続けて良かったわぁ!肩の荷が下りた気分よっ!」
 エンハネが嬉しそうに宣言する。
 その隣でひと際大袈裟に喜びを表し目元を赤くしたクシャトラは、テーブル向こうから上半身を伸ばしてメイフェルの頭を激しく撫でる。
 雑ではあるが、メイフェルもクシャトラが心の底から喜んでいる事を理解し、髪が乱れる事にも文句を言わず頬を染めながらされるがままだ。

「あ~……水を差す様で悪いのですが……」
 宗八そうはちもメイフェルを無事家族に迎え入れる事が出来て嬉しいのは確かなのだが、話はここで終わりではない。
 宗八そうはちの事情を再度説明してメイフェルには選択してもらう事があった。
「さっきも伝えた通りミナヅキ公爵家の屋敷は建築が始まったばかりで土台しか出来ていないんです。あと、土地を持たないとはいえ貴族になったので娘となったメイフェルにも、それなりの教育を受けてもらう必要が出ます」
 宗八そうはちを言葉が耳から頭に伝達されたのか、先ほどまで舞い上がっていた大人二人はひとまずの落ち着きを見せソファに腰を下ろし聞く態勢を整える。

「ご予定としては?」
 元・保護者として聞かない訳にはいかないクシャトラの鋭い視線と圧を受けながらの質問に宗八そうはちは答える。
「俺自身も貴族の勉強をしなければなりません。俺やアルシェが関わっている事案もあるので外出も多いですが、基本的にはメイフェルと一緒にアスペラルダ城でお世話になる予定です」
 メイフェルが孤児から公爵令嬢になると共に、宗八そうはちも一般人から公爵家当主になるのだ。
 今まではアルカンシェが上手く立ち回って宗八そうはちが動きやすいように調整してくれていたが、貴族になればアルカンシェに甘えてばかりもいられない。破滅ヴィネア関係での功績と第一王女アルカンシェの旦那となる関係上、公爵家を立ち上げる事となったが、貴族社会としての本当の役割はアスペラルダ家の血を絶やさない為の予備王家スペアを生産する家ということになる。

 もちろん心優しいアスペラルダ領の国柄、そんな冷たい関係というわけではない。
 宗八そうはちも状況が落ち着けばアスペラルダ軍の教導隊隊長の立場が確約している。
 アスペラルダ国の軍事力を高水準に維持する為の戦力を整えることが宗八そうはちに求められた表向きの仕事だった。その子供も、孫も。子孫が同じ立場を維持できるように、家と家族を制御するのが当主としての宗八そうはちの役割だ。
「メイフェルは俺の子供、という立場になるけど無理にお父さんとして扱う必要は無いよ。ただ、貴族としてパーティに参加する時には父と子として出席する必要が出て来るから、取り繕うための手段を覚えないといけない」
 メイフェルは宗八そうはちを「お兄ちゃん」と呼んでいる。そう兄なのだ。
 既に子供は居るが、精霊なので大きくなっても自由に過ごして欲しいし、メイフェルに関しても同じ考えを持っていた。もちろん、希望するなら指導も視野に入るけれど、ミナヅキ公爵家の仕事は教導隊として兵士を指導できる強さと指導力だ。
 厳しい指導になるだろう。そこにあるのは親と子の立場ではなく、師匠と弟子の立ち位置だ。
「貴族は色々と面倒だから、早いうちに身体に叩き込まないといけないんだ。だから呼び方とか、関係に関してはゆっくりと整理してくれて良いからな」
 語り掛けながらメイフェルの頭を撫でる。
「うん、頑張る」
 メイフェルの返事は小さかったが、その目には確かな決意の光が宿っていた。

 ——“お兄ちゃん”のままでも、“父”でも。呼び方より大事なのは、一緒にいられること。
 自分の居場所がここにある、それだけでいいのだ。
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