特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重

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第16章 -勇者 VS 魔王-

†第16章† -37話-[神格者の誕生]

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 お茶会が終わった翌日———。  
 宗八そうはちはアスペラルダ城の廊下を歩いていた。  
 子供たちは目的地である城の一室で既にスタンバイしていて、宗八そうはちだけが遅れて入ってくるようにと無精アニマに指示されていた。  
 案内するのは宗八そうはちの闇精クーデルカだった。  
 彼女も他の姉弟も加階が進み、全員の見た目は十二歳ほどに成長していた。  

「こんな格式ばってやる必要があるかな?」  
 前を歩くクーデルカの猫耳がそのぼやきを拾い、ピクリと動く。  
『クーたち姉弟からすればただの妹の我儘ですが、実際は統治神でありながら無精王でもあるアニマからの祝福となれば、それだけ特別なものなのでしょう』  
 二人の足音しか聞こえない静かな空気に、彼女の尻尾に付いた鈴が微かに鳴る。  
 クーデルカたちも儀式的な今回の祝福に前向きなようだ。  
 宗八そうはちは小さく息を吐き、窓から差し込む日差しに目を細めた。  

 * * * * *
 時は遡り———。
 闇精クーデルカが宗八そうはちを呼びに現れる前。謁見の間。

『お爺様、お婆様。この度はわたくしの無理なお願いを聞いていただきありがとうございます』
 玉座前で深く頭を下げる無精アニマ。
 向かいに立つギュンター王は微笑ましげに頷き、肩の力を抜くよう声をかける。
 隣のナデージュ王妃は、水精王シヴァの分御霊わけみたまとして、古神であるアニマに頭を下げさせてしまっている状況に青ざめていた。
「よいよい。これだけの顔ぶれがそろってなお小規模な催しだ。この程度甘えると良い」
 参列者の中には各国の王族も混じっていた。
 いくら孫のためとはいえ自国では有り得ない懐の広さに、アスペラルダの穏やかな国風を改めて目の当たりにして内心度肝を抜かれる。

「(いや、逆にこのくらい物事に寛容でなければ宗八そうはちの行動力を肯定できないか……)」
「(武力が確実に選択肢に並ぶうちの国風とは違い過ぎて、気が抜けるな……。宗八そうはちが気を張り詰め過ぎない点の原点を見た気がする)」
 フォレストトーレ国王のラフィートと、ヴリドエンデ王太子のアルカイド王太子が、互いに似た感想を抱いた。
 もちろん宗八そうはち自身が行き当たりばったりの適当かたぎである部分は否めないが、そのうえで実家となったアスペラルダの国風がこれでは、いきなり登場したりいきなり提案してくるのも仕方がない気になってくる。

 普段なら二つ並ぶはずの玉座は、今日は一つだけ。  
 アニマはそこに腰掛け、足を組み、式典の宣言を高らかに行った。  

『これより、精霊使いへの神格授与式を執り行う! 主役の登場に先立ち、まずは精霊王たちに感謝を述べたい』  
 その声に乗る威厳に各国の王族も、参列した精霊王も、珍しくけんかせずに大人しく並んでいる竜たちも背筋を伸ばした。  

『シヴァ』  
「はいっ!」  
 大精霊がそろって並ぶ列にいたナデージュ王妃が返事をし前へ出る。  
『アルカンシェを介して亜神の加護を祝福してくれたこと。———救世主の一歩を定めてくれた忠義、私は誇りに思います』  
 真なる加護では、六精霊の加護を受けることはできない。  
 亜人の加護だからこそ他の属性の加護の祝福を許容できるのだ。  
 何よりも先に事情を知る精霊王の手の者が亜神の加護を祝福することは、破滅ヴィネアに対する絶対条件であった。  

「はっ!勿体ないお言葉、過分にして光栄にございますっ!」  
 普段、人間には見せない精霊としての立場でひざまずいて首を垂れる姿は、誰であろうと見せるわけにはいかない姿だ。  
 唯一弱みを見せても良い相手であるギュンター王だけがこの場にいるからこそ、精霊としての低姿勢を見せることができていた。  

『テンペスト、セリアティア』  
『はいっ!』  
 シヴァが下がり、次に呼ばれたのは風精。  
 初代風精王として君臨し続けてきたテンペストと、次代風精王となったセリアティアは前へ出る。  
『媒体を利用した加階のヒントを宗八そうはちに伝えてくれた事。———貴女の忠義を通した“未来への風”に感謝を』  
 セリアティアはテンペストの眷族だったため、その指示に従って誘導しただけだ。  
 故にアニマを前にしても、どちらかと言えば宗八そうはちの娘の印象が強く、感情は表に出なかった。  
 しかし、テンペストは違う。  
 初代風精王。つまり、アニマがその身を隠す前に使命を託された存在だった。  

『うぅ……うぐぅ……あいあだぎ……うぅぅぅ……』
 泣いていらっしゃった。
 アニマからの直接の感謝の言葉に感極まり、おばあちゃんが滂沱の涙を流している状況に全員が息を詰める。
『過分なお言葉、感謝いたしますと申しておりますわ。』
 結局、セリアティアが代弁する形で返事をすることで、風精のターンはこれで終わった。
 最後まで泣き崩れていらっしゃった。

『アルカトラズ』
『はっ!』
 次に呼ばれて前に出たのは、闇精王アルカトラズ。
 実はこのご老人も例に漏れず初代闇精王であり、同じくアニマから指名を託された張本人であった。
『宗八《そうはち》が持ち寄った核を次の段階へと進めてくれたことでこの世界の最後の門を開きました。———よくぞ成し遂げてくれました』
 普段、ダンジョンの隠し部屋に潜む時はガシャドクロの姿を取るアルカトラズだが、今は風格にふさわしい老人の姿だ。
 その老人が若者に負けず劣らずただただ深く深く腰を曲げ頭を垂れる。
 尊敬の意が十二分に表現された奇麗な所作のお辞儀に、その場の全員が彼の胸中で爆発している感動に気付かないはずもなかった。

 * * * * *
 何度も通った覚えのある道程を進んでいくと、予想通り巨大な扉が見えてくる。  
 その扉の前には、マリエルが立っていた。  
『お父様を連れてまいりました』  
 クーデルカの報告に頷き、視線が宗八そうはちに向く。  
「中でアルシェと一緒に待っているかと思っていた。どうして外にいるんだ?」  
「一応、尊い方々がそろっているので、姫様からの命令で番人を仰せつかりました。隊長はこのままクーちゃんと一緒に入室してください」  
 マリエルは一人であったが、実際は水精ボジャノーイと《ユニゾン》している。  
 戦闘力に関しては護衛隊の中でも頭一つ抜けているので、番人にしては過剰戦力だ。  
 しかし、宗八そうはちは聞かされていないものの、室内の気配からして大物が多く参加していることは確かなようで、安心を買うためのこの配置は良い選択だろう。

水無月宗八みなづきそうはち、入室します!」  
 良く通るマリエルの声が扉に向けてたせられた。  
 それを合図にギギィっと重厚感のある両開きの扉が開かれていき、室内からの光が廊下に漏れてくる。  
 開かれた謁見の間には、仲間と各国の王族、精霊王、さらに小さく変化した竜たちまで参列していた。  
「(精霊信仰があるとはいえ、ここまで仰々しい式典にするとは……)」  
 謁見の間の奥には王座が二つ設置され、通常であれば王と王妃が鎮座している。  
 しかし、今回は王座が一つしか設置されておらず、かつそこには無精アニマが足を組んで鎮座していた。  
 本来その玉座に収まるべきギュンター王はアルカンシェや他の王族とともに、ナデージュ王妃は他の精霊王とともにカーペットの端に並んで立っている。  

 とりあえず、アニマの悪ふざけに大人も協力していることがわかった。  
 宗八そうはちは全力で乗っかるしかないらしい。  
 謁見時と同様に一定の距離を残してアニマの前でひざまずき、頭を垂れる。  
『頭を上げなさい』  
 アニマの声が室内に響く。  
 声音は四女アニマとしてではなく、凛とした無精王アニマとしての威厳ある声だ。  
『頭を上げなさい』  
 二度目の声掛けでようやく頭を上げた宗八そうはちとアニマの視線が交錯する。  
 天窓から降り注ぐ光がアニマを照らし、幼くともその神秘的な美しさを際立たせる。

『まずは、貴方に感謝を。何も伝えず何もわからない状態からよくぞここまで来てくださいましたこと、元統治神として感謝します。精霊王となった者たちには、いずれ救世主が現れる事と自分達では成し得ない新たな加階の道を言い伝えるよう含めていましたが、破滅ヴィネアの本格的な侵攻を前によくぞ成長してくれました』
 慈愛に満ちた瞳だった。
 力を失ったとはいえ古神だ。自身の手でなくとも、世界を護る為の種を蒔くほどには世界を愛している事はわかっている。

『これより行う祝福は、これまで貴方が見てきたものとは次元が違います。わたくしが分けた六属性の加護をその身に宿し、最後に統治神であった無精の祝福を受ける。それは———神の座に足を掛けることに他なりません』
 宗八の表情が強張った。
 分かっていたつもりでも、いまアニマから賜る“祝福”の重みは想像を超えていた。
 宗八そうはちだけではない。
 自分たちでは理解しているつもりだったが、実際の重さは想像を超越している。
 精霊信仰が根付くこの世界で、精霊の王が跪き、言葉を掛けるだけで感動で涙するほどの上位存在。
 まして古神である無精王アニマが、人間へ祝福を授けようとしているのだ———。

 文字通り、を目の当たりにしようとしていた。

 アニマの口から言葉が綴られるにつれて、彼女の存在が神に近づいていくように感じた。
 宗八そうはちからしてみれば娘が手の届かない、いと高い存在に変質していく恐怖が胸を支配するほどだった。

『ふふ……。お父様、そんなに気負う必要はありませんよ。存在としては現神うつつかみになりますが、所詮一時的に対抗する為のチカラを得るだけですから、すべてが終わった後は人として普通に生活出来るのでご安心してください』
 一瞬、娘の顔を覗かせたアニマが宗八そうはちの緊張を解そうと語り掛けた。
 この程度で参列者の緊張が緩和されるわけはない。
 だが、この程度で身体から不必要な力を抜くことが出来るのが、宗八そうはちだ。
 アニマから見ても、先ほどまでの空気に飲まれた瞳ではない。救世主として頼りがいがあり、父としても大好きな宗八そうはちに戻っていた。

宗八そうはち、前へ』
「はい」
 娘から再び無精王に戻ったアニマが宗八そうはちを呼ぶ。
 宗八そうはちが立ち上がり前進する間に、アニマも玉座から降り堂々とした立ち居振る舞いで待つ。

『≪———われ無精王むせいおうにして統治神とうちしんであるアニマ=アルストロメリアが宣言する。≫』
 儀式が始まった。
 アニマの詠唱と共に謁見の間全体が光を帯びる。

『≪———いにしえの理。にしてぜん成る蒼天そうてん聖壁せいへき翠雷すいらい赫焔かくえん闇光あんこう星光せいこうよ。今こそ円環えんかんに帰し無と成らん。≫』
 アニマの身体も浮き上がり、光を放ち始める。
 その光の正体が”神性”である事は誰の感性を持ってしても疑い様がなかった。

『≪———世界の宿命に立ち上がる救世主に、我がいとに。無にして全成る加護を与えん!≫』
 アニマが腕を伸ばす。
 輝くアニマの指先が宗八そうはちの胸に触れ、彼女が放つ輝きが、神性が、ゆっくりと流れ込んでくる。

 員が息を呑む中、アニマの輝きは完全に宗八そうはちへと注ぎこみ、謁見の間を満たしていた光もゆっくりと退いていく。
 その内側——。
 宗八そうはちの精神世界には、視界すら持たぬ深淵から押し寄せる“無精の潮”が満ちていた。
 自我を塗り潰さんばかりの圧、しかしそこには確かな暖かさがある。
 支配ではない。寄り添い、調和しようとする意志。
 それでも、その“強大な力”に、心は震えた。

『(怖がる必要はありません。力を抜いて受け入れてください)』
 アニマの念話は、混沌の中心に射す一条の光だった。
 娘であり、かつ古き神でもあるアニマの言葉を今更疑うことはない。
 宗八そうはちはその声を信じ、力の奔流へと身を投じた。
 ———ドクンッ!

 途端に宗八そうはちの存在感が変質した。
 一人の人間が、神の座に足を掛けたのだと参列者が理解するのに時間は掛からなかった。
 ある者は肩を震わせ、ある者は拳を強く握らざるを得ない。
 無意識に跪きそうになる精神と身体に鞭を打ち、儀式が完了するのを耐えるしかない。

 浮かんでいたアニマも地に足を着け、瞳を閉じた宗八そうはちを眺めている。
 どのくらい時間が経っただろうか。
 数秒にも数時間にも思えた時間は、あっという間に過ぎ去った。
 宗八そうはちに移った輝きが浸透するように、同化するように。徐々に彼が人間に戻っていく。

 やがて———宗八そうはちの瞳がゆっくりと開かれた。

『おはようございます、お父様。ご機嫌如何でしょうか?』
 わざとアニマは子として声を掛けた。
 再び瞳を閉じて深呼吸をする宗八そうはちは、自分の内側に意識を集中させた。

「大丈夫。俺は俺だ。何も変わっちゃいない」
 人と神には絶対的な差がある。
 精神構造も考え方もその力の振るい方も何もかもだ。
 そのチカラを手に入れた初めての人間。神格位を得た宗八そうはちは、そのチカラに流されることは無かった。
 宗八そうはちという精神を保ったまま、彼はチカラを得たのだ。

『皆様お疲れ様でした。宗八そうはちは無事、無精王の加護を得て神格位を得ました。これで破滅ヴィネアを討伐する準備は整ったと言えるでしょう!ありがとうございました!』
 アニマの宣言を受け、拍手が起こる。
 竜達は祝福の咆哮をあげた。

 今日、この時をもって。水無月宗八みなづきそうはちはこの世界の本当の救世主としての存在を確立させたのであった。
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