天使は女神を恋願う

紅子

文字の大きさ
9 / 20

壊される安寧

しおりを挟む
いつものように、朝、ミカエル様を訓練に送り出した後、昨日から楽しみにしていたお菓子作りだ。鍛冶屋さんに頼んでいたお菓子の道具が昨日の夕方届けられたからだ。この世界では、砂糖が出回り始めたばかりで、貴重な上、レシピがまだ開発されていない。それでも、ここは王宮だけあって、果物の砂糖漬けが時々出された。私の頭の中には、山のようにお菓子のレシピが存在する。料理長と話し合って、それらのうち簡単なものから教えることになった。美味しいものが増えるのは嬉しい。早速、取りかかろうと、仲良くなった料理長と材料を揃え、量を計っていると、玄関がにわかに騒がしくなった。

「・・・・殿・・、・・ぶれもなくお越しに・・・・、・・・・・・・・か」

「・・・・、・・・・・・・・、我々・・・・」

「・・・・・・・・、おま・・・・」

爺やとお客様?の話し声が微かに聴こえる。この感じだと招かれざる客かな?

「姫様、声を出さずに、この食料庫の中へ。ベルン、殿下に知らせに行け。急げよ!」

料理長の指示に従い、それぞれ動き出す。

「プリシラは、いつも通りでいい。俺も昼飯の支度に切り替える」

この離宮は、使用人の数がとても少ない。爺やとプリシラの子達とその家族、それに、古参の料理長とその弟子、庭師とその家族くらいだ。だから、連携がとてもいい。

「ええい!早く出さんか!居るのは分かっているんだ!!!」

「第二王子殿下、ですから、「贈り人よ。俺が、化け物の元から連れ出してやる!返事をしろ!俺は、第二王子だ。安心して出てこい!」」

うわー、最悪だ。こういうタイプが一番苦手なんだよね。ぎゅっと膝を抱える手に力を込めた。

バタン!

バタン!

「何処に居る!聴こえるなら、返事をしてくれ!助けに来た!」

複数人の足音が聴こえる。扉を開いて中を確認して廻っているようだ。なんて、横暴な人なんだろう。爺やに怪我がなければいい。

1階を見終えて、バタバタと2階へ上がったようだ。2階には私とミカエル様の私室があるだけだ。

「この部屋に女物のドレスがある。ここが贈り人様の滞在されている部屋だな。やはり、居るではないか!さっさと連れてこい!」

最低。人の部屋に勝手に入った上に、クローゼットを開けるなんて!まずい。ウォークインクローゼットの一番奥に、ここに来たときに着ていた和装が仕舞ってある。見つかると厄介だ。私をここに隠してくれた料理長に感謝だ。もし、あの着物が見つかっても、ここなら、ミカエル様が来るまで少しは時間が稼げる。見つかれば、問答無用で連れていかれるだろう。あんな奴のところになんて、絶対にいかない。

膝を両手をぎゅっと組んでミカエル様を待つしか出来ない。あいつらはまだ探している。粗方の部屋を見終えたのか、今度は、使用人達の部屋まで探そうとし始めた。どうやら、着物は見つかっていないようだ。

「何をしている?ここは、私の離宮だ。勝手な真似は止めてもらおう」

漸く、待ち望んでいた声が耳に届いた。すぐにでも駆け寄りたいが、今は、我慢だ。

「はっ!贈り人様を閉じ込めている化け物が!お前の元から救いに来てやったんだ。さあ、贈り人様を解放しろ!」

ムカムカする。ムカムカする。ムカムカする!!!

「贈り人とは、何のことだ?」

「嘘をつくな!貴様と父上が話しているのを聞いた。何処に閉じ込めている!」

「ハァ、話しのわからない者は困るな。例え、贈り人が本当に居るとしても、礼儀のなっておらん者に渡すつもりはない。礼儀を学んでから出直すことだ」

「殿下、今は、引き下がりましょう。先触れもなく伺ったのはこちらです。使者を立て、贈り人様をお迎えにあがった方が心証がよろしいかと。さすれば、贈り人様も快くこちらに来てくださるはずです」

「ぐぅ。わかった。贈り人よ!明日、今日と同じ頃に俺が直々に迎えに来よう。必ず助けるから、支度をして待っているがいい」

「おらぬと言っておるだろうが。耳まで悪いとみえる」

誰が行くかぁ!!!!!

やっと、招かれざる客が居なくなった。ここから出ようとしたが、震えて足に力が入らない。思っている以上に怖かったらしい。今更、身体まで震えてきた。どうしよう?

「プリシラ、スミレは何処に居る?・・・・え!」

ミカエル様の驚いた声がした。

「ここで俺と料理をし始めたときにあの方達が見えたんで、そこに隠しました」

「そうか。スミレ、もう出てきてもいいぞ」

「・・・・ウック」

涙まで出てきて、声を出せない。

カタン

「スミレ?」

暗闇に光が差し込んだ。ぽんぽんと頭の上で何かが弾む。

「怖かったな」

耳許で聴こえるその声の主に無言で抱きついた。安心して涙が止まらない。怖かった。ミカエル様は、泣き止まない私を抱き上げて、自分の私室へと連れていってくれた。私の部屋は、あいつらに荒らされていて片付けの最中だ。

「あの・・人の・とこ・・ヒック・・行きたく・・な・い。こ・わい。ここが・・いい。・・・・ウック」

「スミレは、スミレの好きなところにいればいい。無理にどこかへはやらない」

「ほん・と・・グス、に?」

「ああ」

心の安寧のため、絶賛、抱きつき中だが、ミカエル様の膝の上で少し落ち着いてきた。ここに来てから、ミカエル様には甘えてばかりだ。あちらでは、泣くことも人にすがることもなかった。唯一、甘えることができた父とも最近では、殆ど会うことはなかった。ここは世界一安心できる場所だと私のどこかが認識して、感情を制御するのが難しい。

「あの人、明日も来るって。だ。会いたくない。怖い」

「そうだな。ここに贈り人はいない。居るのはスミレだ。あやつはスミレが贈り人だと名乗り出ても、貴女があやつを拒めば、贈り人とは認めないだろう。今まで女性に袖にされたことがないから、自尊心を踏みにじられたと感じて、貴女に敵愾心を抱くかもしれぬ。会わない方がいいだろう」

ミカエル様に迷惑をかけているのは重々承知している。でも、あの傲慢で乱暴な人の前では萎縮して震えてしまう。異母兄を彷彿とさせるあの人は、私にとって、敵に等しい。何より、怖い。

「さあ、もう落ち着いたであろう?調理場で何か作る予定ではなかったか?まだ、昼食までには時間があるし、作ってはどうだ?」

「ミカエル様は、何処にも行かない?」

「ああ、暫くはスミレの傍にいよう。そうだな。昼まで私は、執務室にいることにしよう」

そして、私は調理場へ、ミカエル様は執務室へと別れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する

雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。 ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。  「シェイド様、大好き!!」 「〜〜〜〜っっっ!!???」 逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

美醜逆転の世界に間違って召喚されてしまいました!

エトカ
恋愛
続きを書くことを断念した供養ネタ作品です。 間違えて召喚されてしまった倉見舞は、美醜逆転の世界で最強の醜男(イケメン)を救うことができるのか……。よろしくお願いします。

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

処理中です...