天使は女神を恋願う

紅子

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知られた秘密

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ミカエル様に促されて入ったのは、朝、洗面所に連れられたときに通った寝室だった。座り心地のよい椅子へと案内された。ミカエル様は、ベッドの端に腰かけている。

「本来なら、婚姻もしていない男女が寝室で二人きりなど許されることではない。食事も専用のダイニングで給仕に供されながら摂る。女性が男の私室に入り、扉を閉めること自体あり得ない」

簡単に着いてきた私に、分かっているか?と視線で問われる。爺やもプリシラも何も言っては来なかったから、この世界ではこれが普通なのかと思っていた。でも、さっき読んだ本から、なんとなく、二人の思惑が透けて見えた。私にとっては、願ってもないから気にしてはいない。

「そうまでして、私に聞きたいことはなんでしょう?」

誰にも聞かれたくない話しなのは、間違いない。寝室の鍵は閉めていないけど、私室の入口は鍵を閉めていた。

「・・・・。貴女は、女神様から神力を頂いたようだ。記憶力、あるいは、・・・・情報処理の能力か」

「・・・・」

「間違ってはいないと思ったが・・・・」

「何故、そう思うのですか?」

真剣な目が射るように私を凝視してくる。

「あの書庫で片付けた本。1冊もたがわず同じところに戻していたな」

ドキリと心臓が跳ねた。同じところにないと気持ちが悪いから必ず元の場所に戻す癖がついている。冷や汗が背中を伝った。

「思い過ごしではありませんか?」

「いや、あれは、私が使いやすいように並べてある。違うところに仕舞われた本は、必ず元に戻しているから、すぐにわかった」

そんな几帳面なことしないでよ。細かい男は嫌われるよ?

「・・・・。ハァ、仮に、私がその神力を得ているとして、何か問題でも?」

「神力を持つ者は貴重だ。故に・・・・、貴女が神力まで持っている場合、この王宮に監禁される恐れがある。神力は、子に遺伝されないと分かっているが、その子が神力を得やすいのも周知の事実だ」

「!!!」

絶句した。何と言うか、何と言うか。言葉にならない。

「神力を得ているならば、隠し通せ」

隠し通せと言われても、できる気がしない。既にミカエル様には気付かれているんだから。これは、ちゃんと話しをしてミカエル様を味方に取り込んだ方がいい。

「隠し通せ、ですか。出来る気がしません。だって、ミカエル様は分かったのでしょう?それに、私のあれは、神力ではありませんよ。あちらの世界にいたときから持っている能力です。あちらでもとても珍しいものなので、隠していました」

「あれで隠せていたのか?貴女のいた世界は随分と・・・・。いや、そうだな。隠す努力は必要だ。だが、神力でない能力、か。それはそれで、厄介だな。どのような能力か聞いても?」

ビックリしなくても、隠せていましたよ、たぶん。

「速読と完全記憶です」

「速読?聞いたことはないが、本を速く読む能力か?」

「そうです。普通の人の1/10の時間で読めます。もっと速いかもしれません。完全記憶は、読んだもの、聞いたこと、見たもの、触れた感触などの経験全てを忘れない能力です。遺伝はしません」

「それはまた・・・・辛いな」

大抵の人は、羨ましいと言い、嫉妬の眼差しを向けてくるが、哀れみの目を向けてくるこの人は、この能力の非情さを分かってくれている。だから、この人の傍は安心するのだ。

「もう、慣れました」

忘れることはできなくても、思い出さないことならできる。

「・・・・そうか。・・・・」

だから、そんなに苦しそうな顔をしないで?貴方はこんなにも優しくて、繊細で心豊かなのに。

ゆっくりとミカエル様に近づいて、そっと頭を撫でた。

「私は大丈夫ですよ?」

ちゃんと笑えたはずだ。なのに、ミカエル様は、私をふわんとその腕に包み込むと、ぽつりと溢した。

「貴女は強いな。強くて、美しい。羨ましいな」

いえ、強くて、美しいのは貴方です。羨ましいは、私の台詞です。

「どちらにせよ、貴女のその能力は、知られれば厄介なことに代わりはない。神力でないと言ったところで、聞き入れられるかは・・・・。まあ、無理であろうな。私もフォローするが、スミレも気を付けてくれ」

「・・・・善処します」

「頼りない返事だ。まあ、よい。爺が呼びに来る前に出よう」


午後からミカエル様は、執務を行う。私は、部屋で待機を言い渡された。「お茶でも飲んでのんびりしていろ」との心配りだけど、インターネットもゲームもないこの世界で、どうやって時間を潰せばいいかわからない。私の手には読みかけの本が一冊あるだけ。仕方ないので、プリシラに無理を言って、庭のガゼボでぼんやりと過ごすことにした。ガゼボには、バラが絡まり色とりどりの花を咲かせ、芳しい芳香を放っている。周りに咲く花を見る限り、今は、春の盛りらしい。可憐な花に隠れるようにハーブや薬草が勢力を広げつつある。

ふと、午前中に読んだ調薬が浮かんだ。ここには、それらに使う薬草が多く栽培されている。所々に、種が飛んできたのか、毒草に分類される物が雑ざっている。暇をもてあました私は、その毒草を抜くことにした。

・・・・そして、執務の合間に様子を見に来たミカエル様に、例のごとく、呆れ顔で叱られたのだった。

そんなに働きたいならと、翌日から、朝は、ミカエル様と朝食を摂り、騎士団の訓練に送り出す。その間は、裏庭でハーブや薬草、季節の花を眺めながら、毒草を抜く。そして、書庫で読書をしていると、訓練から戻ったミカエル様に中断され、昼食を摂る。午後からは、執務をするミカエル様のお手伝い。時折、午睡をとるミカエル様を起こすのも私の仕事だ。ミカエル様により私が男性恐怖症であることが離宮内に周知されているので、男性は一定の距離以上は近づいてこないが、それでも気さくに話しをしてくれる。私にとっては、今までで一番暮らしやすく、のんびりと平安な日々を過ごさせてもらっていた。

そんな穏やかな日々は、いつも突然に壊される。心無いものによって・・・・。
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