天使は女神を恋願う

紅子

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壊される安寧

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いつものように、朝、ミカエル様を訓練に送り出した後、昨日から楽しみにしていたお菓子作りだ。鍛冶屋さんに頼んでいたお菓子の道具が昨日の夕方届けられたからだ。この世界では、砂糖が出回り始めたばかりで、貴重な上、レシピがまだ開発されていない。それでも、ここは王宮だけあって、果物の砂糖漬けが時々出された。私の頭の中には、山のようにお菓子のレシピが存在する。料理長と話し合って、それらのうち簡単なものから教えることになった。美味しいものが増えるのは嬉しい。早速、取りかかろうと、仲良くなった料理長と材料を揃え、量を計っていると、玄関がにわかに騒がしくなった。

「・・・・殿・・、・・ぶれもなくお越しに・・・・、・・・・・・・・か」

「・・・・、・・・・・・・・、我々・・・・」

「・・・・・・・・、おま・・・・」

爺やとお客様?の話し声が微かに聴こえる。この感じだと招かれざる客かな?

「姫様、声を出さずに、この食料庫の中へ。ベルン、殿下に知らせに行け。急げよ!」

料理長の指示に従い、それぞれ動き出す。

「プリシラは、いつも通りでいい。俺も昼飯の支度に切り替える」

この離宮は、使用人の数がとても少ない。爺やとプリシラの子達とその家族、それに、古参の料理長とその弟子、庭師とその家族くらいだ。だから、連携がとてもいい。

「ええい!早く出さんか!居るのは分かっているんだ!!!」

「第二王子殿下、ですから、「贈り人よ。俺が、化け物の元から連れ出してやる!返事をしろ!俺は、第二王子だ。安心して出てこい!」」

うわー、最悪だ。こういうタイプが一番苦手なんだよね。ぎゅっと膝を抱える手に力を込めた。

バタン!

バタン!

「何処に居る!聴こえるなら、返事をしてくれ!助けに来た!」

複数人の足音が聴こえる。扉を開いて中を確認して廻っているようだ。なんて、横暴な人なんだろう。爺やに怪我がなければいい。

1階を見終えて、バタバタと2階へ上がったようだ。2階には私とミカエル様の私室があるだけだ。

「この部屋に女物のドレスがある。ここが贈り人様の滞在されている部屋だな。やはり、居るではないか!さっさと連れてこい!」

最低。人の部屋に勝手に入った上に、クローゼットを開けるなんて!まずい。ウォークインクローゼットの一番奥に、ここに来たときに着ていた和装が仕舞ってある。見つかると厄介だ。私をここに隠してくれた料理長に感謝だ。もし、あの着物が見つかっても、ここなら、ミカエル様が来るまで少しは時間が稼げる。見つかれば、問答無用で連れていかれるだろう。あんな奴のところになんて、絶対にいかない。

膝を両手をぎゅっと組んでミカエル様を待つしか出来ない。あいつらはまだ探している。粗方の部屋を見終えたのか、今度は、使用人達の部屋まで探そうとし始めた。どうやら、着物は見つかっていないようだ。

「何をしている?ここは、私の離宮だ。勝手な真似は止めてもらおう」

漸く、待ち望んでいた声が耳に届いた。すぐにでも駆け寄りたいが、今は、我慢だ。

「はっ!贈り人様を閉じ込めている化け物が!お前の元から救いに来てやったんだ。さあ、贈り人様を解放しろ!」

ムカムカする。ムカムカする。ムカムカする!!!

「贈り人とは、何のことだ?」

「嘘をつくな!貴様と父上が話しているのを聞いた。何処に閉じ込めている!」

「ハァ、話しのわからない者は困るな。例え、贈り人が本当に居るとしても、礼儀のなっておらん者に渡すつもりはない。礼儀を学んでから出直すことだ」

「殿下、今は、引き下がりましょう。先触れもなく伺ったのはこちらです。使者を立て、贈り人様をお迎えにあがった方が心証がよろしいかと。さすれば、贈り人様も快くこちらに来てくださるはずです」

「ぐぅ。わかった。贈り人よ!明日、今日と同じ頃に俺が直々に迎えに来よう。必ず助けるから、支度をして待っているがいい」

「おらぬと言っておるだろうが。耳まで悪いとみえる」

誰が行くかぁ!!!!!

やっと、招かれざる客が居なくなった。ここから出ようとしたが、震えて足に力が入らない。思っている以上に怖かったらしい。今更、身体まで震えてきた。どうしよう?

「プリシラ、スミレは何処に居る?・・・・え!」

ミカエル様の驚いた声がした。

「ここで俺と料理をし始めたときにあの方達が見えたんで、そこに隠しました」

「そうか。スミレ、もう出てきてもいいぞ」

「・・・・ウック」

涙まで出てきて、声を出せない。

カタン

「スミレ?」

暗闇に光が差し込んだ。ぽんぽんと頭の上で何かが弾む。

「怖かったな」

耳許で聴こえるその声の主に無言で抱きついた。安心して涙が止まらない。怖かった。ミカエル様は、泣き止まない私を抱き上げて、自分の私室へと連れていってくれた。私の部屋は、あいつらに荒らされていて片付けの最中だ。

「あの・・人の・とこ・・ヒック・・行きたく・・な・い。こ・わい。ここが・・いい。・・・・ウック」

「スミレは、スミレの好きなところにいればいい。無理にどこかへはやらない」

「ほん・と・・グス、に?」

「ああ」

心の安寧のため、絶賛、抱きつき中だが、ミカエル様の膝の上で少し落ち着いてきた。ここに来てから、ミカエル様には甘えてばかりだ。あちらでは、泣くことも人にすがることもなかった。唯一、甘えることができた父とも最近では、殆ど会うことはなかった。ここは世界一安心できる場所だと私のどこかが認識して、感情を制御するのが難しい。

「あの人、明日も来るって。だ。会いたくない。怖い」

「そうだな。ここに贈り人はいない。居るのはスミレだ。あやつはスミレが贈り人だと名乗り出ても、貴女があやつを拒めば、贈り人とは認めないだろう。今まで女性に袖にされたことがないから、自尊心を踏みにじられたと感じて、貴女に敵愾心を抱くかもしれぬ。会わない方がいいだろう」

ミカエル様に迷惑をかけているのは重々承知している。でも、あの傲慢で乱暴な人の前では萎縮して震えてしまう。異母兄を彷彿とさせるあの人は、私にとって、敵に等しい。何より、怖い。

「さあ、もう落ち着いたであろう?調理場で何か作る予定ではなかったか?まだ、昼食までには時間があるし、作ってはどうだ?」

「ミカエル様は、何処にも行かない?」

「ああ、暫くはスミレの傍にいよう。そうだな。昼まで私は、執務室にいることにしよう」

そして、私は調理場へ、ミカエル様は執務室へと別れた。
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