天使は女神を恋願う

紅子

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自覚

スミレは、毎晩、テラスのソファーで眠るようになった。初日にそこで眠ったことが原因だろう。私は、適当な時間にスミレを抱えてベッドに戻すのが日課となった。

1度だけプリシラが、スミレを連れ戻そうとしたが、目を覚ましてしまった。元々、眠りが深くないのだろう。申し訳なさそうに自らベッドに戻ったが、眠れずにいたようだ。それ以来、私がその役を買ってでている。他の男が彼女を運んで、途中で目を覚ましたら、怯えて彼女を追い詰めてしまうかもしれない。それに、彼女に他の男が触れるのは、我慢ならない。これが、嫉妬というものなのだろう。自分にこのような感情があったことに驚いた。まだ、出逢って間もないというのに・・・・。

明け方までスミレの隣で温もりを感じながら就寝する。今では、その温かさに短時間でも深く眠れるようになり、調子がいい。そして、スミレに気づかれないよう、起きる前には部屋を後にする。


この数日で分かったのは、スミレは、執務において、とても優秀だということ。あちらの世界で、植物と家畜のことを学び、研究していたと言っていた。農業についても詳しく、土木関係にも明るい。本人は、学園を卒業後、どこかの田舎で自給自足をしたいと本を読み漁っていただけで経験の伴わない机上の空論だと謙遜していたが。それでも、ここ数ヵ月私を悩ませていた問題の殆どに解決の目処がたったのだから、やはり、贈り人の持つ知識がこの世界を発展させてきたのは、大袈裟ではない。

だが、その為に、贈り人は慣れ親しんだところから引き離されるのだ。女神様のご意志とはいえ、残酷だ。

・・・・そう言えば、スミレから家族のことを聞いたことがないと思い当たった。元の世界に帰れるのか?と聞かれたこともない。が、本人が話すまではそっとしておくべきだろう。



その日もいつものように、スミレに送り出されて騎士団の訓練所へと向かった。ここは、仮面さえ取らなければ、誰も私に怯えない。常に魔獣と対峙し、それを屠っているだけあって、免疫ができているのだろう。昼までの時間を自分の訓練と騎士達の訓練に費やす。私は、武闘と身体能力強化の神力を授かっているだけあって、騎士達の訓練程度では、準備運動にもならない。

訓練を始めて少したった頃、調理師見習いのベルンが息を切らせながら駆け込んできた。

「殿下!大変です!第二王子殿下が急に見えて!」

それだけで事情を察した私は、まだ何か言っているベルンを置き去りにして、マントも忘れて自分の離宮に急いだ。通常なら20分程かかる距離も本気を出せば、5分とかからない。

離宮に着いてみると、異母弟のガルクローグが屋敷中を家捜ししているところだった。あやつは、私と父上の話を耳にしたらしく、贈り人を助けるために来たとぬかした。その贈り人は、その方から逃げるために隠れておるのだがな。あやつと共に私の密偵が来ていたので、僅かな動きでここから連れ出すように指示した。ガルクローグの離宮に勤める者の4割は私の密偵だ。それにも気づけぬ愚か者を相手にするのは疲れることこの上ない。上手く連れ出してくれたが、明日も来ると宣言していった。面倒なことだ。

「プリシラ、スミレは何処に居る?」

隠れているであろうスミレの居場所を調理場のプリシラに尋ねると、食料庫を指差している。

「え!」

確かに見つかりにくいとは思うが・・・・。

スミレに、出てこいと呼び掛けても返事がない。そっと食料庫を開けると、丸くなって震えているスミレがいた。私に気づいたスミレは、勢いよく抱きついてきて、大泣きし始めた。よほど怖かったとみえる。私は、スミレが抱きついて離れないことを言い訳にして、自室に連れていくことにした。

こんなにも自分を頼ってくれる存在は、今までいなかった。私は、この温もりを手放すことが出来るのだろうか?


落ち着きを取り戻したスミレと別れて執務室へ来てはみたが、急ぎの書類はない。久しぶりにのんびり出来るかと思っていた矢先、爺から「第三王子殿下が面会を求めております」と告げられた。

第三王子は、私の同母の兄弟で、今年17歳になる。彼が、成人し婚姻する際に、私は王太子の座を降りる。このことは、私と父上しか知らない。彼を側妃から守るために下した決断だ。私に否やはない。世継ぎどころか婚姻すら出来ない私では、国王としての資格はない。私は王族のまま彼を支えることを選んだ。彼の婚約者も私に対して無闇に恐れたりしない聡明な女性だ。ふたりには、周りにも本人達にもそうとは分からないように、帝王学を叩き込んだ。彼の誕生日にそれを彼とその婚約者は知ることになる。

私は、来年にはここを出て、王宮の隅、禁足地に隣接する離宮に住まいを移す。そして、ただの王族となる。

やっと、解放される。

私が入室の許可を出すと、早速、第三王子であるレイナードが入ってきた。

「兄上、お久しぶりです。ここへ来る途中でガルクローグ兄上とすれ違いましたが、まさかここに来ていたのですか?」

「ああ、私の留守に前触れもなくやって来て、勝手に上がりこんでいた。父上には、報告済みだ」

「は?それは・・・・」

何とも言えず、呆れた顔をしている。

「それで、私に用とは?例の件か?」

「はい。先程、父上に伺いました。それで、どんな方かなぁと思って」

興味津々の顔で尋ねてくる。

ぱさり、と書類をレイナードの前に置く。

「読んでみるがいい」

不思議顔で読み始めたレイナードだったが、読み進めるうちに、驚きの顔へと変わっていった。

「こんな方法が・・・・」

「それは、かの方の知識を元に私がこちらの実情に合うよう作ったものだ」

「やはり、兄上は素晴らしい。私ではここまでの策には至りません」

「いや、その方でもこの程度は出来るだろう。他にも数件、同様の案件がある。かの方の知識をそのまま書き付けてある故、その方がこちらの実情に合うよう、作り直してみよ。期限は、一月だ」

「やってみます。ところで、何やら、芳しい香りがするのですが・・・・。今までにない良い香りです」

失敗した。こんなにも香りが漂うとは知らなかった。私は今、苦虫でも潰したような顔だろう。仮面をつけていてよかった。

これは、スミレが食べたいと言っていた菓子の香りだろう。この世界では、砂糖の流通が始まってまだ日が浅い。王宮だから用意できたが、未だ貴族達でも難しいだろう。その砂糖を使ったレシピを料理長に授けてくれると言う。鍛冶屋に発注していた変わった調理具が昨日届いて、大喜びしていた。「これで、美味しいお菓子が食べれる。ミカエル様、楽しみにしていてください!」と握りこぶしを振り上げていたのを思い出した。

口の端にふと笑みが漏れる。

が、どうすべきか?
ちらりとレイナードをみれば、涎を垂らさんばかりの顔だ。このまま帰すことは、・・・・無理だろうな。仕方ない。爺を呼ぶか。

「お呼びでございますか?」

「ああ。出来たのか?」

「はい。二種類ございまして、どちらもご用意しておりますので、後程お持ちいたします」

「それは、外に出してもいい物か?」

「聞いて参ります」

それから数分して、爺がひとつの箱を持って戻ってきた。

「こちらでしたら、良いそうです」

その箱から微かに何とも言えぬ芳香が漂ってくる。渡したくはないが・・・・。

「料理長が作った物にございます」

そうか。なら、よかろう。

「レイナード、この香りの元は、これだ。持ち帰るがいい」

「これは?」

「クッキーと言う甘い食べ物でございます。ですが、砂糖漬け程甘くはございません。非常に程よい甘さで、止まらなくなる美味しさです。料理長より、3日程で食べきるようにとのことでございます」

「爺、食べたのか?」

「大変に美味しゅうございました」

これでもかと言うほどのいい笑顔で言われた。その笑顔にイラッとする。

「レイナード、もう用は済んだであろう。爺」

わたしは、それだけ言って執務室を後にした。
さっさと帰れ!

「いえ、あの・・・・、お会いさせては・・・・。兄上・・・・」

「ささっ、レイナード殿下。お帰りはこちらです。その箱のことはなるべく内密に。ささ、どうぞ」

レイナードがスミレに会いに来たのはわかっていたが、あえて気づかない振りをした。会わせたくはない。ガルクローグ程ではないが、レイナードも見栄えはいい。それに、ガルクローグと違って、性格も問題ない。二人並んでも、遜色ないどころか、お似合いだと言わざるを得ない。スミレが、レイナードに惹かれるのが怖かった。

私は、こんなにも心根も容姿も醜い。スミレに好かれる要素など何ひとつ持ち合わせていない。ガルクローグの言うように、この離宮に閉じ込めてしまえれば、どんなに幸せだろう。私だけがスミレを見つめ、私だけがスミレに映る。

「フッ」

何処までも自分勝手な欲望に自嘲して、自室でスミレが昼食を運んでくるのをを待った。

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