亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

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14【嫉妬】

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 ルカーシュがシモンに対して、何か大事なことを告げようとした最中、扉のノック音が割って入ってきた。

 何もこんな時に、とシモンは扉を睨む。ルカーシュが応答すると、そのまま話は立ち消えになった。

 邪魔をしてきたのが、後輩騎士のアルノシュトだった。

 ラデク騎士団長を心から敬愛しており、女に疎い、純真な青年だ。これでも年齢はシモンより三つ下の二十二歳である。

 その手にはルカーシュに頼まれたのか、本を抱えている。挨拶もそこそこに部屋に入ってきて、卓の上に重ねた。

 公爵家の三男というのは伊達ではなく、立ち姿や仕草は洗練されている。体躯も並外れて良く、顔つきは老けているが優しめだ。短い黒髪と太めの眉は意志の強さを表している。

 目にかけている後輩で、信頼もしている。自分の留守を守れるのは、アルノシュトの他にいないとも思っている。

 しかし、一つだけ気に入らないことがある。アルノシュトがルカーシュと打ち解けていたことだ。シモンですら、気軽に話すようになるまで、時間がかかったというのに。

 本や歴史に詳しいアルノシュトは、ルカーシュの話し相手として、まさしく適任なのだろう。先程のいい雰囲気など忘れたように、ルカーシュは本の話をし出した。先月借りた本の感想を言っている。

 シモンの存在を忘れているかのように二人だけで盛り上がった。

 おもしろくない感情が積もりに積もって、シモンはわざと大きめに咳払いをした。そのかいあって、ふたりは話をやめて、シモンに注目した。

「で、用はそれだけか?」

 ルカーシュとの時間を邪魔をしておいて、その程度の用事だったのなら許さない。

 アルノシュトは話しすぎましたねと、ルカーシュに微笑みながら(シモンは不機嫌に眉尻を動かした)、自らの腰袋を探った。出てきたのは、一通の書簡だった。

「フェルバーン団長から、一度、王都へ戻ってこいとの命令です」

 アルノシュトの手から、シモンは乗り気なく書簡を受け取った。封筒の裏を返せば、騎士のみが使える紋章の封蝋がされている。

 ここにもラデクからの絶対厳守の命令が書かれているのだろう。シモンは封すら開けずに、自分の帯革の隙間にねじ込んだ。

「猶予は?」
「ただ早急に、と。迎えの馬車も来てます」

 王都への用事は、報告だけでは済まないかもしれない。十年ほど騎士にたずさわっているシモンは、独特の嫌な予感がした。何かの前触れには、野生の勘が働くのだ。

 バルトルト前団長が捕われた時も、死神事件の時も。今、この瞬間も妙な動悸がした。

 シモンは眉間に力を入れて、ルカーシュの表情を確かめた。しばらくの間、自分がいないことを、この人は少しでも淋しいと感じてくれるだろうか。耐えてくれるだろうか。

 期待に反して、ルカーシュは王族然としていた。上に立つものの威厳を感じさせながら、冷静な声でたずねている。

「では、シモンはこれから王都へと向かうのか。しばらくこちらに戻ってこられないと?」
「ええ、その間、私ともう一人が護衛の任に就きます」

 なぜかシモンではなく、アルノシュトが答えた。最近のシモンといえば、自分の食事以外の時間は、ほとんど護衛を交代しなかった。ルカーシュの食事のときも側に控えている。

 アルノシュトの自信満々な態度に、シモンは内心で悪態をつきたくなる。

 ――お前に俺の代わりが務まるものか。ルカーシュ様は俺がいなければ、散歩にも出られない……。

「朝、昼は散歩を日課にしているので、付き添いを頼む。夜は本を読むだけだから、部屋の外に出てもらって構わない」
「散歩、健康的でよろしいですね! 寝る前には、何を読んでいらっしゃるんですか?」

 ふたりはまた楽しそうに会話を弾ませている。

 散歩に誘ったのはシモンだった。閉じこもりがちのルカーシュを外に出した。それを習慣化させたのもシモンだ。シモンがいなければ、ルカーシュは散歩にもいけないはずだった。

 それなのに、別の男と散歩に出ると言っている。呑気に笑みまで向けている。

 奥歯を噛み締めて耐えていたが、アルノシュトが「ルカーシュ様」と呼んだ時、限界を迎えた。

 後輩騎士の肩に手を置き、シモンは唸るような低い声で威嚇した。

「アルノシュト、引き継ぎをしたいんだが」

 特に引き継ぐ必要はなかったが、こちらは早急に王都へ向けて発たなければならない。それを理由に、急がせた。

「では、ルカーシュ様。行ってまいります」
「ああ」

 シモンが言うべき言葉をアルノシュトに先を越されてしまい、ルカーシュには何も言わなかった。アルノシュトが元気に部屋を出ていく。シモンも後を追おうとしたとき、服の裾を掴まれた。

 ルカーシュの前髪が影を落としている。

「君は私に何も言わず、行こうというのか」
「え、いや、そんなことは」
「これでも淋しい気持ちを隠して、元王族らしく務めた。シモンが困らぬようにと。次の者と上手くやっていけるように、話も頑張ったのだ。褒めてほしい」

 顔を上げたルカーシュは顔を赤く染めている。白い肌に散らされた赤に、先ほどの怒りが嘘のように消えていった。アルノシュトは目障りに違いなかったが、「次の者」と呼んだルカーシュを前にして、シモンは機嫌をすっかり直した。

「それは、たいへん申し訳ないことをしました」

 許されたわけでもないのだが、子供にするように頭を撫でた。白銀の髪は艶やかで、新雪のように思えた。冷たくはなく、ルカーシュの温かさを少し伝えてくれる。

「俺が留守の間、いい子で待っていてください」
「うん、待ってる」

 時々出てくる身分を越えた言葉は、シモンの心を強く突いてくる。

 ――この可愛さはなんなんだ?

 思わず腕の中に閉じ込めると、ルカーシュは小さな声で「シモン?」と、たじろいた。

 抱き締めたのは可愛さと、寂しさが大きく振れて、そうしたいと思ったからだ。本当はルカーシュより数十倍も、シモンのほうが寂しく思っている。

「俺も寂しいです。何だか、もう会えないような気になって」

 実際、ルカーシュの温もりが消えてしまいそうで怯えている。大げさだと笑う声も、シモンを見つめる穏やかな目も、どこかに行ってしまいそうで、怖い。

「シモン、大丈夫だ。これは今生の別れではないのだから」

 嫌な感じがする、というのでは理由にはならないだろう。

 「そうですね、また会えますし」と、想いを断ち切るようにルカーシュを腕の囲いから解放した。

 自ら距離を取ると、敬礼をして部屋を後にした。一度も後ろを振り返らなかったのは、少しの決意も揺るがせたくなかったからだ。
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