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15【王弟のために】
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王都行きの馬車の中は、シモンにとって退屈で仕方なかった。しかも王都へ直行するのではなく、遠回りをしたため、通常より時間がかかった。
ラデクからの書簡によると、遠回りするのは、ルカーシュの居場所を特定されないようにとの配慮らしい。紋章付きの馬車を人目に晒しながら、進んでいった。
それにしても目的地までの道のりはたいへん長い。後に引き返すと考えると気が遠くなる。これが馬上であるなら、自然を肌に感じられて、気が紛れたかもしれない。
ラデクからの書簡を無視して、何かと後回しにしてきたツケなのか。
シモンを逃さないために作られた、移動式の監獄のように思えた。
それでも王都に着くまで、大人しく座っていられたのは、ルカーシュのおかげだった。
ルカーシュのあらゆる表情を思い出すと、どんな退屈な車窓も輝いて見えた。王都で土産でも買っていこうかと、柄にもないことを思いつく。本か、手袋なら(外すのは自分だ)喜ぶかもしれない。受け取った時のルカーシュの顔を想像するだけで、心が浮き立った。
馬車は城まで直行し、シモンをルカーシュからも遠ざけたばかりか街まで遠ざけている。
あっという間に目的地に着くと、馬車から追い出された。来て早々、あの堅物団長と顔を合わせなくてはならない状況は、気が重い。少しだけ遠回りして、慣れ親しんだ騎士の訓練所に足を伸ばした。
懐かしい顔ぶれに挨拶をして、最近の噂話を耳にした。聞けば、王都では新アラバンド派などという集団が暴れているという。無能な王族の血を絶やし、別の場所に国を興すのを目的にしている組織らしい。
なるほど、ラデクは、この集団がルカーシュの命を狙っていることを知らせたいのだろう。
幽閉先でのんびり過ごしている間に、王都では大変なことになっていたらしい。
「しかし、お前、こんなところで道草食っていて、いいのか?」
同僚に指摘されて、曖昧に笑う。
「あー、駄目だろうなぁ」
いよいよ、騎士団長に知らせるやつも出てきそうなので、大人しく執務室に向かうことにした。
執務室には相変わらず、眼鏡を顔面に張り付けた団長が難しい顔をしていた。まさに使命を与えてやろうというように指を組み、顎をつけている。
「で、何のようですか? わざわざ呼びつけたりして」
ラデクの顔は痩せていた。目の下には隈ができていて顔色が悪い。早く寝ろと身体が訴えているのだろう。
「君は、私が書簡を送っても、平気で無視をする」
「いやー、読んではいますよ。ただわざわざ王都まで戻るのは面倒で……」
「これはルカーシュ王弟殿下にとっても大事な話だ」
ルカーシュの名を出されると、シモンも戯けてはいられない。顔つきを変えたシモンに、ラデクは眼鏡ごしの目を見開いた。口元に含み笑いを貼り付けて、「なるほどな」と勝手に納得している。
「ルカーシュ王弟殿下は君を変えたようだ」
「いや、俺がルカーシュ様を変えたんですけどね」
実際、ルカーシュの表情はやわらかくなった。真っ赤に染まる顔も、近くにいるシモンだけが眺めることを許されている。
「どちらにせよ、変わったのは間違いない」
シモン本人にはまったくわからなかったが、客観的な見方をすれば、そうなのだろう。変わったとしても、特に嫌な気はしない。
「で、話って何なんです? ルカーシュ様の命が狙われているっていうのは知ってますけど」
「新アラバンド派だけではなく、王弟殿下を新たな国王とし、再建を目論む集団も出てきた。王都ではそのふたつの組織がぶつかって面倒なことになっている。王弟殿下の居場所を探っている者もいる」
つまり、どちらの集団もルカーシュに危害を与えかねない連中ということだ。殺されるか、攫われるか。
シモンは理不尽さに怒りがこみ上げてくるのがわかった。ルカーシュはただ、アラバンドで王弟として生まれただけだ。人々の思惑のために利用されていい人ではない。自由であるべきだ。
許されるなら、未来永劫、シモンの横で笑って過ごしてほしい。ただ穏やかに、誰からも乱されずに。
「それで、俺は何をすればいいんですか?」
「君を囮にする」
「なるほど、ルカーシュ様がいない場所へと敵を誘導すると」
「一網打尽にできれば、どちらの集団も壊滅させられる」
ラデクは計画を事細かく説明した。シモンは頭に描きながら、提案もしていく。
「君には、夜の王都を適当に歩いてもらいたい。できれば、治安の悪い場所が望ましい。君が一人の時に接触してくる者がいるかもしれない」
「買収された振りをするのもいいですね。そういうの、俺の得意分野ですし」
ルカーシュの前ではできなかったが、通常ならば、表情を繕うことは容易い。密偵をさせるなら、騎士の中ではシモンが適任だった。
「危険ではあるが――」
「ルカーシュ様のためなら、何だってしますよ」
シモンは嘘偽りなく、心からそう言った。
またしてもラデクは目を見開いた。これまでのシモンを知っている者なら、驚くのも無理はない。
これまで誰かのために生きてきた試しがなかった。騎士としても国や民のために生きたことはない。自分の家だった孤児院に恩を返すために、給金の良し悪しで騎士を選んだだけだ。
ルカーシュに会わなければ、恋や愛などによって突き動かされなかっただろう。
「本当に変わったのだな」
ラデクは微笑んでいた。目を細めて見てくる感じも、慣れなくて居心地が悪くなる。ここに立つのがアルノシュトならば、ありがたく拝んで、手をすり合わせるかもしれない。
「やるなら、早くしましょう。今すぐにでも終わらせて帰りたいので」
一刻も早くルカーシュのもとに戻りたい。真面目な話を終わらせた後に、ラデクはシモンの顔を胡散臭そうに見た。
「しかしながら、君の顔はなぜそんなに、腫れているんだ?」
その理由だけはどうしても、上司の前でも口を割ることはできなかった。
ラデクからの書簡によると、遠回りするのは、ルカーシュの居場所を特定されないようにとの配慮らしい。紋章付きの馬車を人目に晒しながら、進んでいった。
それにしても目的地までの道のりはたいへん長い。後に引き返すと考えると気が遠くなる。これが馬上であるなら、自然を肌に感じられて、気が紛れたかもしれない。
ラデクからの書簡を無視して、何かと後回しにしてきたツケなのか。
シモンを逃さないために作られた、移動式の監獄のように思えた。
それでも王都に着くまで、大人しく座っていられたのは、ルカーシュのおかげだった。
ルカーシュのあらゆる表情を思い出すと、どんな退屈な車窓も輝いて見えた。王都で土産でも買っていこうかと、柄にもないことを思いつく。本か、手袋なら(外すのは自分だ)喜ぶかもしれない。受け取った時のルカーシュの顔を想像するだけで、心が浮き立った。
馬車は城まで直行し、シモンをルカーシュからも遠ざけたばかりか街まで遠ざけている。
あっという間に目的地に着くと、馬車から追い出された。来て早々、あの堅物団長と顔を合わせなくてはならない状況は、気が重い。少しだけ遠回りして、慣れ親しんだ騎士の訓練所に足を伸ばした。
懐かしい顔ぶれに挨拶をして、最近の噂話を耳にした。聞けば、王都では新アラバンド派などという集団が暴れているという。無能な王族の血を絶やし、別の場所に国を興すのを目的にしている組織らしい。
なるほど、ラデクは、この集団がルカーシュの命を狙っていることを知らせたいのだろう。
幽閉先でのんびり過ごしている間に、王都では大変なことになっていたらしい。
「しかし、お前、こんなところで道草食っていて、いいのか?」
同僚に指摘されて、曖昧に笑う。
「あー、駄目だろうなぁ」
いよいよ、騎士団長に知らせるやつも出てきそうなので、大人しく執務室に向かうことにした。
執務室には相変わらず、眼鏡を顔面に張り付けた団長が難しい顔をしていた。まさに使命を与えてやろうというように指を組み、顎をつけている。
「で、何のようですか? わざわざ呼びつけたりして」
ラデクの顔は痩せていた。目の下には隈ができていて顔色が悪い。早く寝ろと身体が訴えているのだろう。
「君は、私が書簡を送っても、平気で無視をする」
「いやー、読んではいますよ。ただわざわざ王都まで戻るのは面倒で……」
「これはルカーシュ王弟殿下にとっても大事な話だ」
ルカーシュの名を出されると、シモンも戯けてはいられない。顔つきを変えたシモンに、ラデクは眼鏡ごしの目を見開いた。口元に含み笑いを貼り付けて、「なるほどな」と勝手に納得している。
「ルカーシュ王弟殿下は君を変えたようだ」
「いや、俺がルカーシュ様を変えたんですけどね」
実際、ルカーシュの表情はやわらかくなった。真っ赤に染まる顔も、近くにいるシモンだけが眺めることを許されている。
「どちらにせよ、変わったのは間違いない」
シモン本人にはまったくわからなかったが、客観的な見方をすれば、そうなのだろう。変わったとしても、特に嫌な気はしない。
「で、話って何なんです? ルカーシュ様の命が狙われているっていうのは知ってますけど」
「新アラバンド派だけではなく、王弟殿下を新たな国王とし、再建を目論む集団も出てきた。王都ではそのふたつの組織がぶつかって面倒なことになっている。王弟殿下の居場所を探っている者もいる」
つまり、どちらの集団もルカーシュに危害を与えかねない連中ということだ。殺されるか、攫われるか。
シモンは理不尽さに怒りがこみ上げてくるのがわかった。ルカーシュはただ、アラバンドで王弟として生まれただけだ。人々の思惑のために利用されていい人ではない。自由であるべきだ。
許されるなら、未来永劫、シモンの横で笑って過ごしてほしい。ただ穏やかに、誰からも乱されずに。
「それで、俺は何をすればいいんですか?」
「君を囮にする」
「なるほど、ルカーシュ様がいない場所へと敵を誘導すると」
「一網打尽にできれば、どちらの集団も壊滅させられる」
ラデクは計画を事細かく説明した。シモンは頭に描きながら、提案もしていく。
「君には、夜の王都を適当に歩いてもらいたい。できれば、治安の悪い場所が望ましい。君が一人の時に接触してくる者がいるかもしれない」
「買収された振りをするのもいいですね。そういうの、俺の得意分野ですし」
ルカーシュの前ではできなかったが、通常ならば、表情を繕うことは容易い。密偵をさせるなら、騎士の中ではシモンが適任だった。
「危険ではあるが――」
「ルカーシュ様のためなら、何だってしますよ」
シモンは嘘偽りなく、心からそう言った。
またしてもラデクは目を見開いた。これまでのシモンを知っている者なら、驚くのも無理はない。
これまで誰かのために生きてきた試しがなかった。騎士としても国や民のために生きたことはない。自分の家だった孤児院に恩を返すために、給金の良し悪しで騎士を選んだだけだ。
ルカーシュに会わなければ、恋や愛などによって突き動かされなかっただろう。
「本当に変わったのだな」
ラデクは微笑んでいた。目を細めて見てくる感じも、慣れなくて居心地が悪くなる。ここに立つのがアルノシュトならば、ありがたく拝んで、手をすり合わせるかもしれない。
「やるなら、早くしましょう。今すぐにでも終わらせて帰りたいので」
一刻も早くルカーシュのもとに戻りたい。真面目な話を終わらせた後に、ラデクはシモンの顔を胡散臭そうに見た。
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