亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

文字の大きさ
20 / 32

20【絶望】

しおりを挟む
 ――早く、早く。

 焦る気持ちで、シモンは馬を走らせていた。容赦なく暮れていく空に、もう少し猶予が欲しいと乞いたくなる。

 城を出るまでに、あまりにも時間をかけ過ぎた。

 早くルカーシュの元に帰りたいのに、ラデク騎士団長にいいように使われた。結局、二つの組織を潰すまで任務は続いた。

 新アラバンド派の組織は予定通りに壊滅したものの、旧アラバンド派の組織の動きは慎重だった。

 あの日、玄人の振りをして近寄ってきた女には、嘘の居場所を伝えた。そこから協力してほしいと頼み、まるで致しているように喘ぎ声をあげてもらった。

 指一本も触れていないのに、あの喘ぎ方は名演技だった。外で張っていた男も容易に騙せただろう。

 シモンが女に骨抜きにされて、居場所を吐いたように見せられれば、すべては計画通りだ。

 後は、偽の場所に張り込めばよかった。

 王族が使っているという別邸は、警備するには面倒な広さを誇っていた。そうだとしても、ひとつ手薄な場所を作っておけば、そこに目をつけて侵入してくるだろう。守る場所が絞れれば、護衛も楽になるという算段だった。

 信憑性を持たせるためには、護衛のシモンもその場にいなくてはならなかった。

 偽のルカーシュ(従騎士から選抜された)は背格好も似ていたし、髪色も白銀に染めていたのだが、全然そそられなかった。向こうもシモンに何かとつきまとわれて、引き攣った顔をしていた。

 元々、シモンは女好きで、男に惚れたことはない。偽のルカーシュを相手に花を摘んで渡した時も、あの時のようなくすぐったさはなかった。

 本当のルカーシュは、花さえも自分の指で触れたら、壊してしまうかもしれないと怯えていた。

 確かめるように一度、花弁を撫でてから、茎に触れる。そこでようやく息を吐く。慈しむように目を細めて、口元に笑みを浮かべる。その慎重な手つきと柔らかな眼差しは、神聖な儀式のようだ。

 隣で見ていたシモンは心の底で劣情を抱いたものだ。ルカーシュは煽る気など当然無いだろう。決して悪くない。シモンが勝手に色気のある目で見ていただけだ。

 「歩きましょうか」と、この手を取るのも、本物のルカーシュ相手がいい。

 ルカーシュの不幸な身の上話に同情したのは事実だ。どうにか自分がしてあげたいという気持ちが働いた。花や散歩は無意識だったが、釣りや看病の時は、すでに「ルカーシュのため」を想っていた。

 今までなら、不幸な女性を見ると、自分の母親と重ねていた。

 もし周りの誰かが手を差し伸べていたなら、母親の中で何かが変わっていたかもしれないと思う。心に余裕ができて、自分のような子かいたことを少しは案じてくれたかもしれない。

 幼い頃のシモンが母親のことを片時も忘れなかったように、母もそう想ってくれたらどんなにいいだろう。

 騎士として独り立ちしてからは、そのことを強く感じるようになった。決して恋愛感情から来るものではなかった。

 ルカーシュ相手には違う。触れるようになって、笑いかけられるうちに、シモンが何かをしてあげている側ではなくなった。

 むしろルカーシュから、してもらっている側になった。触れる許可をくれたり、笑ってくれて、シモンを受け入れようとがんばってくれる。その姿が健気で可愛くて、ますます劣情が大きくなった。

 ルカーシュと離れてみて、わかる。どうしようもなく惚れているのだと。

 長きにわたって滞在したおかげで、ようやく新アラバンド派の連中を締め上げた。アジトを割り出し、一網打尽にした。

 ルカーシュを脅かすものは、今のところは無くなったといっていい。喜ばしいのに、胸騒ぎがした。自分の知らないところで何かが起きているような予感だ。

 ラデクから労いの言葉をもらう前に、シモンは城を飛び出した。馬車を待つ時間が惜しく、馬を借りて王都を駆けた。嵐がやってきても、その中を寝ずに馬を走らせた。

 目の前がちかちかとうるさい。頭も重い気がする。こんな疲労感は、久しぶりだった。身体がどんなに悲鳴を上げていても、止まるという選択肢はない。

 この目でルカーシュの無事を確認できるまで、進むしかない。「お帰り」と言ってもらえるまで、この手で抱き締めるまでは本当の安心はない。



 シモンが着いた時、朝焼けに照らされた屋敷は静まり返っていた。敷地内に入ると、嵐のせいで、石畳の溝に集まった小枝のかたまりや、へばりついた石や葉っぱが目についた。

 雨の染み込んだ土は黒く、複数の足跡や車輪の跡などが残されていた。馬の手綱を一時的に柱に括り付け、シモンは開け放たれた扉をくぐった。

 騎士たちは怪我の手当てをされて項垂れていた。シモンは足を止めて、話を聞こうとしたとき、奥からアルノシュトが駆けてきた。頭に包帯をし、足取りはふらついていて、壁に寄りかかった。

「し、シモン先輩、すみません! ルカーシュ様が!」

 話の全容がわからなくても、その慌てようから、現状を悟った。それでも自分の目で確かめなければ、納得はできない。アルノシュトの視線を除けて、シモンはルカーシュの部屋へと向かった。

 どくどくと心音が高鳴り、血潮が頭に上っているのがわかる。ノックも忘れて、勢いよく扉を開け放った時、部屋の中はもぬけの殻だった。

 匂いはあるのに、本人はいない。

 シモンの膝が崩れ落ちた。誰かを失ったことで、目の前が絶望で暗くなるという経験は初めてだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

無能と捨てられたオメガですが、AI搭載の最強ゴーレムを作ったら、執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「マスターは私が守ります。……そして、愛します」 現代日本でAI研究者だったカイルは、過労死の末、魔力至上主義の異世界へ転生する。しかし、魔力を持たない「オメガ」と判定され、実家の公爵家から辺境のゴーレム廃棄場へと追放されてしまう。 生き残るため、カイルは前世の知識と特異能力「論理構築」を使い、泥人形のゴーレム・オルトを作成。AIを搭載されたオルトは、やがて自我に目覚め、カイルを溺愛する最強の「アルファ」へと進化していく――。 無機質からの激重感情×内政チート! スパダリ化したゴーレムと共に、荒れ地を楽園に変え、かつての家族を見返す痛快異世界BLファンタジー!

【本編完結】おもてなしに性接待はアリですか?

チョロケロ
BL
旅人など滅多に来ない超ド田舎な村にモンスターが現れた。慌てふためいた村民たちはギルドに依頼し冒険者を手配した。数日後、村にやって来た冒険者があまりにも男前なので度肝を抜かれる村民たち。 モンスターを討伐するには数日かかるらしい。それまで冒険者はこの村に滞在してくれる。 こんなド田舎な村にわざわざ来てくれた冒険者に感謝し、おもてなしがしたいと思った村民たち。 ワシらに出来ることはなにかないだろうか? と考えた。そこで村民たちは、性接待を思い付いたのだ!性接待を行うのは、村で唯一の若者、ネリル。本当は若いおなごの方がよいのかもしれんが、まあ仕方ないな。などと思いながらすぐに実行に移す。はたして冒険者は村民渾身の性接待を喜んでくれるのだろうか? ※不定期更新です。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。 ※よろしくお願いします。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

処理中です...