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20【絶望】
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――早く、早く。
焦る気持ちで、シモンは馬を走らせていた。容赦なく暮れていく空に、もう少し猶予が欲しいと乞いたくなる。
城を出るまでに、あまりにも時間をかけ過ぎた。
早くルカーシュの元に帰りたいのに、ラデク騎士団長にいいように使われた。結局、二つの組織を潰すまで任務は続いた。
新アラバンド派の組織は予定通りに壊滅したものの、旧アラバンド派の組織の動きは慎重だった。
あの日、玄人の振りをして近寄ってきた女には、嘘の居場所を伝えた。そこから協力してほしいと頼み、まるで致しているように喘ぎ声をあげてもらった。
指一本も触れていないのに、あの喘ぎ方は名演技だった。外で張っていた男も容易に騙せただろう。
シモンが女に骨抜きにされて、居場所を吐いたように見せられれば、すべては計画通りだ。
後は、偽の場所に張り込めばよかった。
王族が使っているという別邸は、警備するには面倒な広さを誇っていた。そうだとしても、ひとつ手薄な場所を作っておけば、そこに目をつけて侵入してくるだろう。守る場所が絞れれば、護衛も楽になるという算段だった。
信憑性を持たせるためには、護衛のシモンもその場にいなくてはならなかった。
偽のルカーシュ(従騎士から選抜された)は背格好も似ていたし、髪色も白銀に染めていたのだが、全然そそられなかった。向こうもシモンに何かとつきまとわれて、引き攣った顔をしていた。
元々、シモンは女好きで、男に惚れたことはない。偽のルカーシュを相手に花を摘んで渡した時も、あの時のようなくすぐったさはなかった。
本当のルカーシュは、花さえも自分の指で触れたら、壊してしまうかもしれないと怯えていた。
確かめるように一度、花弁を撫でてから、茎に触れる。そこでようやく息を吐く。慈しむように目を細めて、口元に笑みを浮かべる。その慎重な手つきと柔らかな眼差しは、神聖な儀式のようだ。
隣で見ていたシモンは心の底で劣情を抱いたものだ。ルカーシュは煽る気など当然無いだろう。決して悪くない。シモンが勝手に色気のある目で見ていただけだ。
「歩きましょうか」と、この手を取るのも、本物のルカーシュ相手がいい。
ルカーシュの不幸な身の上話に同情したのは事実だ。どうにか自分がしてあげたいという気持ちが働いた。花や散歩は無意識だったが、釣りや看病の時は、すでに「ルカーシュのため」を想っていた。
今までなら、不幸な女性を見ると、自分の母親と重ねていた。
もし周りの誰かが手を差し伸べていたなら、母親の中で何かが変わっていたかもしれないと思う。心に余裕ができて、自分のような子かいたことを少しは案じてくれたかもしれない。
幼い頃のシモンが母親のことを片時も忘れなかったように、母もそう想ってくれたらどんなにいいだろう。
騎士として独り立ちしてからは、そのことを強く感じるようになった。決して恋愛感情から来るものではなかった。
ルカーシュ相手には違う。触れるようになって、笑いかけられるうちに、シモンが何かをしてあげている側ではなくなった。
むしろルカーシュから、してもらっている側になった。触れる許可をくれたり、笑ってくれて、シモンを受け入れようとがんばってくれる。その姿が健気で可愛くて、ますます劣情が大きくなった。
ルカーシュと離れてみて、わかる。どうしようもなく惚れているのだと。
長きにわたって滞在したおかげで、ようやく新アラバンド派の連中を締め上げた。アジトを割り出し、一網打尽にした。
ルカーシュを脅かすものは、今のところは無くなったといっていい。喜ばしいのに、胸騒ぎがした。自分の知らないところで何かが起きているような予感だ。
ラデクから労いの言葉をもらう前に、シモンは城を飛び出した。馬車を待つ時間が惜しく、馬を借りて王都を駆けた。嵐がやってきても、その中を寝ずに馬を走らせた。
目の前がちかちかとうるさい。頭も重い気がする。こんな疲労感は、久しぶりだった。身体がどんなに悲鳴を上げていても、止まるという選択肢はない。
この目でルカーシュの無事を確認できるまで、進むしかない。「お帰り」と言ってもらえるまで、この手で抱き締めるまでは本当の安心はない。
◆
シモンが着いた時、朝焼けに照らされた屋敷は静まり返っていた。敷地内に入ると、嵐のせいで、石畳の溝に集まった小枝のかたまりや、へばりついた石や葉っぱが目についた。
雨の染み込んだ土は黒く、複数の足跡や車輪の跡などが残されていた。馬の手綱を一時的に柱に括り付け、シモンは開け放たれた扉をくぐった。
騎士たちは怪我の手当てをされて項垂れていた。シモンは足を止めて、話を聞こうとしたとき、奥からアルノシュトが駆けてきた。頭に包帯をし、足取りはふらついていて、壁に寄りかかった。
「し、シモン先輩、すみません! ルカーシュ様が!」
話の全容がわからなくても、その慌てようから、現状を悟った。それでも自分の目で確かめなければ、納得はできない。アルノシュトの視線を除けて、シモンはルカーシュの部屋へと向かった。
どくどくと心音が高鳴り、血潮が頭に上っているのがわかる。ノックも忘れて、勢いよく扉を開け放った時、部屋の中はもぬけの殻だった。
匂いはあるのに、本人はいない。
シモンの膝が崩れ落ちた。誰かを失ったことで、目の前が絶望で暗くなるという経験は初めてだった。
焦る気持ちで、シモンは馬を走らせていた。容赦なく暮れていく空に、もう少し猶予が欲しいと乞いたくなる。
城を出るまでに、あまりにも時間をかけ過ぎた。
早くルカーシュの元に帰りたいのに、ラデク騎士団長にいいように使われた。結局、二つの組織を潰すまで任務は続いた。
新アラバンド派の組織は予定通りに壊滅したものの、旧アラバンド派の組織の動きは慎重だった。
あの日、玄人の振りをして近寄ってきた女には、嘘の居場所を伝えた。そこから協力してほしいと頼み、まるで致しているように喘ぎ声をあげてもらった。
指一本も触れていないのに、あの喘ぎ方は名演技だった。外で張っていた男も容易に騙せただろう。
シモンが女に骨抜きにされて、居場所を吐いたように見せられれば、すべては計画通りだ。
後は、偽の場所に張り込めばよかった。
王族が使っているという別邸は、警備するには面倒な広さを誇っていた。そうだとしても、ひとつ手薄な場所を作っておけば、そこに目をつけて侵入してくるだろう。守る場所が絞れれば、護衛も楽になるという算段だった。
信憑性を持たせるためには、護衛のシモンもその場にいなくてはならなかった。
偽のルカーシュ(従騎士から選抜された)は背格好も似ていたし、髪色も白銀に染めていたのだが、全然そそられなかった。向こうもシモンに何かとつきまとわれて、引き攣った顔をしていた。
元々、シモンは女好きで、男に惚れたことはない。偽のルカーシュを相手に花を摘んで渡した時も、あの時のようなくすぐったさはなかった。
本当のルカーシュは、花さえも自分の指で触れたら、壊してしまうかもしれないと怯えていた。
確かめるように一度、花弁を撫でてから、茎に触れる。そこでようやく息を吐く。慈しむように目を細めて、口元に笑みを浮かべる。その慎重な手つきと柔らかな眼差しは、神聖な儀式のようだ。
隣で見ていたシモンは心の底で劣情を抱いたものだ。ルカーシュは煽る気など当然無いだろう。決して悪くない。シモンが勝手に色気のある目で見ていただけだ。
「歩きましょうか」と、この手を取るのも、本物のルカーシュ相手がいい。
ルカーシュの不幸な身の上話に同情したのは事実だ。どうにか自分がしてあげたいという気持ちが働いた。花や散歩は無意識だったが、釣りや看病の時は、すでに「ルカーシュのため」を想っていた。
今までなら、不幸な女性を見ると、自分の母親と重ねていた。
もし周りの誰かが手を差し伸べていたなら、母親の中で何かが変わっていたかもしれないと思う。心に余裕ができて、自分のような子かいたことを少しは案じてくれたかもしれない。
幼い頃のシモンが母親のことを片時も忘れなかったように、母もそう想ってくれたらどんなにいいだろう。
騎士として独り立ちしてからは、そのことを強く感じるようになった。決して恋愛感情から来るものではなかった。
ルカーシュ相手には違う。触れるようになって、笑いかけられるうちに、シモンが何かをしてあげている側ではなくなった。
むしろルカーシュから、してもらっている側になった。触れる許可をくれたり、笑ってくれて、シモンを受け入れようとがんばってくれる。その姿が健気で可愛くて、ますます劣情が大きくなった。
ルカーシュと離れてみて、わかる。どうしようもなく惚れているのだと。
長きにわたって滞在したおかげで、ようやく新アラバンド派の連中を締め上げた。アジトを割り出し、一網打尽にした。
ルカーシュを脅かすものは、今のところは無くなったといっていい。喜ばしいのに、胸騒ぎがした。自分の知らないところで何かが起きているような予感だ。
ラデクから労いの言葉をもらう前に、シモンは城を飛び出した。馬車を待つ時間が惜しく、馬を借りて王都を駆けた。嵐がやってきても、その中を寝ずに馬を走らせた。
目の前がちかちかとうるさい。頭も重い気がする。こんな疲労感は、久しぶりだった。身体がどんなに悲鳴を上げていても、止まるという選択肢はない。
この目でルカーシュの無事を確認できるまで、進むしかない。「お帰り」と言ってもらえるまで、この手で抱き締めるまでは本当の安心はない。
◆
シモンが着いた時、朝焼けに照らされた屋敷は静まり返っていた。敷地内に入ると、嵐のせいで、石畳の溝に集まった小枝のかたまりや、へばりついた石や葉っぱが目についた。
雨の染み込んだ土は黒く、複数の足跡や車輪の跡などが残されていた。馬の手綱を一時的に柱に括り付け、シモンは開け放たれた扉をくぐった。
騎士たちは怪我の手当てをされて項垂れていた。シモンは足を止めて、話を聞こうとしたとき、奥からアルノシュトが駆けてきた。頭に包帯をし、足取りはふらついていて、壁に寄りかかった。
「し、シモン先輩、すみません! ルカーシュ様が!」
話の全容がわからなくても、その慌てようから、現状を悟った。それでも自分の目で確かめなければ、納得はできない。アルノシュトの視線を除けて、シモンはルカーシュの部屋へと向かった。
どくどくと心音が高鳴り、血潮が頭に上っているのがわかる。ノックも忘れて、勢いよく扉を開け放った時、部屋の中はもぬけの殻だった。
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