亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

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21【生きる力】

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 膝を落として、しばし固まっていたシモンだったが、ふらふらと寝台に近寄った。何もない枕に向かって、拳を落とす。込めた想いは怒りだった。

 ――誰に攫われた? 無事なのか? これからどうすればいい? 頭が回らない。

 ――ああ、くそ!

 悪態をつきながら、何度も拳を振り下ろす。そんなことで現状は変わらないのだが、何かに当たらないとやりきれない。

 遅れて、アルノシュトが部屋にやってきた。

「シモン先輩、ルカーシュ様は攫われました」
「わかっている」

 頭では理解しているし、何かしなくてはと焦ってはいる。

「ルカーシュ様がいなくなったのと同時に、ゾルターンも消えました」
「ゾルターン?」

 ゾルターンは護衛の一人だった。シモンと交代するかたちで、ここに来たはずだ。業務以外で話したことはない。顔の覚えがいい方のシモンでも、すぐには思い出せなかった。

 ルカーシュと接触するのも簡単だっただろうが、ゾルターンの目的がわからない。誰かに雇われたというのが有力だが、そもそも誰の差し金なのか、見当がつかない。壊滅したはずの残党がまだいたのだろうか。

「同僚のゾルターンがこんなことをするなんて」

 アルノシュトは心を打ちのめされたように悲痛な声を上げた。純粋であるがゆえに、裏切られた気持ちが強かったのだろう。

「騎士が裏切ることはよくある」

 シモンはそういう場面をよく見てきた。情勢の安定しているグロッスラリアでは少ないが、潜入してきた他の国や地域なら、大金をつかまされた騎士が裏切ることはあった。騎士をやめた奴らが敵に回ることもあった。

「それでも、ゾルターンに騙された自分が許せなくて」

 個人で勝手に後悔するのはいいのだが、そんなことをしている暇はない。ルカーシュの行方を探さなければならない。

 シモンは話している間も何か痕跡がないかと、辺りを見回していた。拳を下ろしている時に、枕の下の固さに気づいた。枕を退かしてみると、一冊の本があった。

 見覚えのある本だった。この本は普通の本ではない。開けてみると、中が四角く空洞になっている。隠し本というらしい。ルカーシュはこの中に大事だといって、贈った花を入れていた。

 それに気づいたシモンが花瓶に飾るのを薦めたのだった。

 開くと空洞の中に紙が入っていた。破った紙の端に文字が書かれている。

『私の身に何かがあっても、シモンは気に病まないでほしい。私がいなくても幸せでいてほしい』

 紙片を握り潰さずに済んだのは、空洞に残された小瓶を見つけたからだった。贈った花は花瓶には飾られていないため、すっかり萎れて捨てられたのだと思っていた。

 小瓶の中には小さく白い花が入っていた。ルカーシュのようだとシモンが摘んだ花だ。形は留めているが、押し潰されたように平面になっていた。

 アルノシュトが覗き込んできた。「これは植物標本ですね」とさも知っているように言ってくる。「よほど、残しておきたかったんでしょうね」と言われて、照れくささを感じた。小瓶を手の中に握り込む。

 何にしても、紙片にあるようなシモンの気持ちには応えられない。ルカーシュのいないところで幸せになることは、もうシモンには考えられない。

  後戻りはできなかった。後戻りもしたいとは思わない。先にだけ進みたい。

「ゾルターンの故郷は? 生い立ちも知りたい」
「王都にゾルターンのことも含めて、すでに知らせを送りました。闇雲に探すことはできないと思うので」

 アルノシュトは信頼を裏切っていなかったようだ。自分の失態を受けて、どう信頼を取り戻せばいいかと考えたのだろう。

 頭の怪我に触らないようにねぎらって肩を叩いた。知らせが来るまで待つしかない。張っていた気がすべて解けて、シモンは膝を折った。

「すまん。もう、しぬ……」

 そう言い残したシモンは、ルカーシュの寝台にうつ伏せに倒れ込むと、気絶したように眠った。



 しばしの休憩の後に、知らせがやってきて、ゾルターンの情報も教えてくれた。なぜか、ラデクが情報とともにやってきた。アルノシュトに会うなり、冷ややかなはずのラデクの顔が歪んだのは見間違いではなかっただろう。

 シモンは知らぬふりをしながら、ラデクからの情報を頭に叩き込んだ。

 ゾルターンの生まれ育ったアラバンド最北の地は、険しい山々に囲まれている。今はグロッスラリアの領土にはなっているが、辺境も辺境だった。領主も常駐する騎士も、どこからか左遷された者ばかりと聞く。

 はるか昔の言い伝えでは、その辺りに魔女が住んでいたという。迷信といえばそれまでだが、目の前で見た人知を超えた力は、魔女という存在がいたことを示しているように思えた。

 アルノシュトもついていくと言ったが、ぞんざいに断った。怪我をしている者は足手まといでしかない。留守の間も世話をされた愛馬に跨ると、不満そうなアルノシュトに笑いかけた。

「せいぜい、大好きな騎士団長様に、甘やかされろ」

 こちらはルカーシュ不足だというのに。アルノシュトの肩を抱きながら、ラデクは真剣な顔をして頷いた。

「ルカーシュ王弟殿下はきっと大丈夫だ。殺すつもりなら、すぐにやっている。他に目的があるのかもしれない」

 ゾルターンの目的には関心はない。殺すつもりはないという点にはシモンも異論はない。だからこそ、知らせを待ってから、出発しようと思った。王都からの応援も約束されて、シモンは馬にまたがった。

「絶対にルカーシュ様と一緒に、帰ってきてくださいね」

 アルノシュトの涙目を眺めて、ルカーシュに伝えてやりたかった。

 ――ほら、ルカーシュ様はもう一人じゃない。友もいるし、ずっと守りたいと思ってる俺みたいな人間もいる。だから、絶対に死ぬな。何度攫われたって、俺が助け出してやるから。

 その想いは、ルカーシュの生きる力を留まらせてくれると信じた。
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