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22【魔女の集落跡】
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ルカーシュが意識を取り戻した時には、弓型の幌がかかっている馬車の中にいた。
椅子はなく、床板の上に横たわっている。腰は紐で縛られている。足と手には革の枷がかけられていて、簡単には逃げられないようになっていた。
馬車が揺れる度に、床板と接触している身体に振動が伝わる。車輪がでこぼこ道を行くと、身体が激しく揺れた。
車内にゾルターンの姿はなかった。今頃は御者台で馬を操っているのだろうか。首だけ上げてみても、ルカーシュの目線からは馬車の外は見えづらい。
――どこに向かっているのだろう。
意識を失う前のやり取りを思い返しても、ゾルターンのはっきりした目的はわからなかった。
殺すならいつでも殺せたはずだ。散歩の時にふたりきりだったこともある。
まだルカーシュに利用価値があるのだろうか。もしあるとしたら、少しの間は生かしてくれるかもしれない。
それはいつ潰えてもおかしくない希望だった。
何度も攫われてきて、その度に諦めてきた。結局、足掻いても自分の力だけではどうにもならないことを知っている。今回も変わらないだろう。
気づいたかどうか自信はないが、シモン宛の言葉を紙片に書き残していた。
『私の身に何かがあっても、シモンは気に病まないでほしい。私がいなくても幸せでいてほしい』
心からの言葉だった。緊急時にいたっても、シモンのことしか考えていない自分に苦笑する。
言いたいことはすべて書いた。自己満足でしかないが、シモンには届かなくても、いいと思っていた。
ただ小瓶に入れた花を持ってこれなかったのは、自分としては失態だった。
母以外の人から贈り物をされたのは初めてだった。枯れていくのが悲しくて、植物標本にした。アルノシュトから助言をもらい、完成したときには嬉しかった。
シモンがいない夜には、小瓶の花を色んな角度から眺めた。手垢がつくと、その度に息を吐きかけて、布で綺麗に拭いた。
心の拠り所がなくなると、自分一人で現実を真正面から受け止めないとならない。
――とにかく、今は無駄な抵抗をしないことだ。
揺られながら、とにかく現実から目を逸らしたくて、目を瞑った。
◆
どれほどそうしていただろうか。馬の嘶きの後に、幌の隙間が暗くなって、屋根の下に入ったようだった。
車輪の動きが止まり、床板の振動が無くなった。静けさに包まれた頃に、靴音が近づいてきた。幌馬車の後ろに回り込んだのは、ゾルターンだった。外套に付いた頭巾を首の後ろに落としている。
幌の影がかかっても、血を浴びたような瞳は変わらず、ルカーシュを見下ろした。
「目を覚ましましたか。ちょうど良かったです。起こす手間が省けました」
ゾルターンは身体を屈めながら、馬車に入り込むと、ルカーシュの腰に巻き付いた紐を強引に引っ張った。薄着のせいで腰の紐が締まって痛い。床板の剥けた部分が膝や腕に擦り傷を残した。
荷台の後ろ端に座らされて、重りとともに足枷を外された。抵抗したせいか、白い足首の皮膚は赤く擦れていた。
「歩けそうですか?」
拘束した本人が、紳士然として話しかけてくる。ルカーシュは黙って、顎を引いた。改めて見下ろすと、自分のひどい姿に気づいた。薄手の寝巻きのままで、布を巻いただけの足は泥を濃く吸っていた。
ゾルターンの手が伸びたが、ルカーシュは腰をひねって避けた。自分の足で立ち、馬車から離れる。
石造りの二階建ての建物は古めかしく、壁は苔むしている。洞穴のように暗い窓がいくつか見えた。
「君の目的は何なんだ? どうして、私に固執する?」
「あなたと私が魔女の末裔だからというのでは理由になりませんか?」
ルカーシュは納得できずに首を振った。
「私も未だによくわからないのですが」と、ゾルターンは建物を見上げながら、遠い目をした。
「少し昔話をしてもいいでしょうか」
ルカーシュの答えなど待たずに、ゾルターンは話し始めた。
「これまで私は魔女の血を隠して生きてきました。でなければ、私も両親のように殺されていたでしょう」
まったく心のこもっていない平坦な話し方だった。違和感を持ちつつも、ルカーシュは特に相槌を打たなかった。
「ここにはかつて、魔女の集落がありました。皆、ひっそりと暮らしていただけなのに、アラバンドの奴らは魔女は異端だと集落に火を放ちました。利用価値のある女性達は捕虜となり、すべてが焼けました。その時、私は実父により、地下牢に入れられていました。結果的に奴らに見つかることなく、助かったのです。生き残った私はグロッスラリアの王都で倒れていたところを養父母に拾われて、普通の人間として育ちました。幸いにも小さい頃から魔女の力を抑える訓練をしていたので、制御するのは容易でした」
ルカーシュはその訓練をする前に母を亡くしてしまった。だから、制御ができないのだと、改めて残念に思った。
突然、ゾルターンがルカーシュを真正面から捉えた。瞳の中がマグマのような熱で揺らいだのがわかった。
「あなたを一目見た時から魔女の血を引くものだと気づきました。そして同時に、私のものにしたいと強く思いました」
伸ばされた手から逃げたくて後ろに退くと、ゾルターンの顔が歪んだ。苦しみや痛みが眉間や口元に表れている。まるでこの男も人間であるかのように、感情表現を映し出す。
「やはり、あからさまに抵抗されるのは堪えますね」
それでもルカーシュは触れられたくなかった。シモン以外の手を許したくない。ゾルターンは「まあ、いいでしょう」とため息混じりに言ってから、扉を開けた。
「さあ、中へどうぞ」
歓迎を受けて、嬉しくなかったのは、これが初めてだった。
椅子はなく、床板の上に横たわっている。腰は紐で縛られている。足と手には革の枷がかけられていて、簡単には逃げられないようになっていた。
馬車が揺れる度に、床板と接触している身体に振動が伝わる。車輪がでこぼこ道を行くと、身体が激しく揺れた。
車内にゾルターンの姿はなかった。今頃は御者台で馬を操っているのだろうか。首だけ上げてみても、ルカーシュの目線からは馬車の外は見えづらい。
――どこに向かっているのだろう。
意識を失う前のやり取りを思い返しても、ゾルターンのはっきりした目的はわからなかった。
殺すならいつでも殺せたはずだ。散歩の時にふたりきりだったこともある。
まだルカーシュに利用価値があるのだろうか。もしあるとしたら、少しの間は生かしてくれるかもしれない。
それはいつ潰えてもおかしくない希望だった。
何度も攫われてきて、その度に諦めてきた。結局、足掻いても自分の力だけではどうにもならないことを知っている。今回も変わらないだろう。
気づいたかどうか自信はないが、シモン宛の言葉を紙片に書き残していた。
『私の身に何かがあっても、シモンは気に病まないでほしい。私がいなくても幸せでいてほしい』
心からの言葉だった。緊急時にいたっても、シモンのことしか考えていない自分に苦笑する。
言いたいことはすべて書いた。自己満足でしかないが、シモンには届かなくても、いいと思っていた。
ただ小瓶に入れた花を持ってこれなかったのは、自分としては失態だった。
母以外の人から贈り物をされたのは初めてだった。枯れていくのが悲しくて、植物標本にした。アルノシュトから助言をもらい、完成したときには嬉しかった。
シモンがいない夜には、小瓶の花を色んな角度から眺めた。手垢がつくと、その度に息を吐きかけて、布で綺麗に拭いた。
心の拠り所がなくなると、自分一人で現実を真正面から受け止めないとならない。
――とにかく、今は無駄な抵抗をしないことだ。
揺られながら、とにかく現実から目を逸らしたくて、目を瞑った。
◆
どれほどそうしていただろうか。馬の嘶きの後に、幌の隙間が暗くなって、屋根の下に入ったようだった。
車輪の動きが止まり、床板の振動が無くなった。静けさに包まれた頃に、靴音が近づいてきた。幌馬車の後ろに回り込んだのは、ゾルターンだった。外套に付いた頭巾を首の後ろに落としている。
幌の影がかかっても、血を浴びたような瞳は変わらず、ルカーシュを見下ろした。
「目を覚ましましたか。ちょうど良かったです。起こす手間が省けました」
ゾルターンは身体を屈めながら、馬車に入り込むと、ルカーシュの腰に巻き付いた紐を強引に引っ張った。薄着のせいで腰の紐が締まって痛い。床板の剥けた部分が膝や腕に擦り傷を残した。
荷台の後ろ端に座らされて、重りとともに足枷を外された。抵抗したせいか、白い足首の皮膚は赤く擦れていた。
「歩けそうですか?」
拘束した本人が、紳士然として話しかけてくる。ルカーシュは黙って、顎を引いた。改めて見下ろすと、自分のひどい姿に気づいた。薄手の寝巻きのままで、布を巻いただけの足は泥を濃く吸っていた。
ゾルターンの手が伸びたが、ルカーシュは腰をひねって避けた。自分の足で立ち、馬車から離れる。
石造りの二階建ての建物は古めかしく、壁は苔むしている。洞穴のように暗い窓がいくつか見えた。
「君の目的は何なんだ? どうして、私に固執する?」
「あなたと私が魔女の末裔だからというのでは理由になりませんか?」
ルカーシュは納得できずに首を振った。
「私も未だによくわからないのですが」と、ゾルターンは建物を見上げながら、遠い目をした。
「少し昔話をしてもいいでしょうか」
ルカーシュの答えなど待たずに、ゾルターンは話し始めた。
「これまで私は魔女の血を隠して生きてきました。でなければ、私も両親のように殺されていたでしょう」
まったく心のこもっていない平坦な話し方だった。違和感を持ちつつも、ルカーシュは特に相槌を打たなかった。
「ここにはかつて、魔女の集落がありました。皆、ひっそりと暮らしていただけなのに、アラバンドの奴らは魔女は異端だと集落に火を放ちました。利用価値のある女性達は捕虜となり、すべてが焼けました。その時、私は実父により、地下牢に入れられていました。結果的に奴らに見つかることなく、助かったのです。生き残った私はグロッスラリアの王都で倒れていたところを養父母に拾われて、普通の人間として育ちました。幸いにも小さい頃から魔女の力を抑える訓練をしていたので、制御するのは容易でした」
ルカーシュはその訓練をする前に母を亡くしてしまった。だから、制御ができないのだと、改めて残念に思った。
突然、ゾルターンがルカーシュを真正面から捉えた。瞳の中がマグマのような熱で揺らいだのがわかった。
「あなたを一目見た時から魔女の血を引くものだと気づきました。そして同時に、私のものにしたいと強く思いました」
伸ばされた手から逃げたくて後ろに退くと、ゾルターンの顔が歪んだ。苦しみや痛みが眉間や口元に表れている。まるでこの男も人間であるかのように、感情表現を映し出す。
「やはり、あからさまに抵抗されるのは堪えますね」
それでもルカーシュは触れられたくなかった。シモン以外の手を許したくない。ゾルターンは「まあ、いいでしょう」とため息混じりに言ってから、扉を開けた。
「さあ、中へどうぞ」
歓迎を受けて、嬉しくなかったのは、これが初めてだった。
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