亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

文字の大きさ
21 / 32

21【生きる力】

しおりを挟む
 膝を落として、しばし固まっていたシモンだったが、ふらふらと寝台に近寄った。何もない枕に向かって、拳を落とす。込めた想いは怒りだった。

 ――誰に攫われた? 無事なのか? これからどうすればいい? 頭が回らない。

 ――ああ、くそ!

 悪態をつきながら、何度も拳を振り下ろす。そんなことで現状は変わらないのだが、何かに当たらないとやりきれない。

 遅れて、アルノシュトが部屋にやってきた。

「シモン先輩、ルカーシュ様は攫われました」
「わかっている」

 頭では理解しているし、何かしなくてはと焦ってはいる。

「ルカーシュ様がいなくなったのと同時に、ゾルターンも消えました」
「ゾルターン?」

 ゾルターンは護衛の一人だった。シモンと交代するかたちで、ここに来たはずだ。業務以外で話したことはない。顔の覚えがいい方のシモンでも、すぐには思い出せなかった。

 ルカーシュと接触するのも簡単だっただろうが、ゾルターンの目的がわからない。誰かに雇われたというのが有力だが、そもそも誰の差し金なのか、見当がつかない。壊滅したはずの残党がまだいたのだろうか。

「同僚のゾルターンがこんなことをするなんて」

 アルノシュトは心を打ちのめされたように悲痛な声を上げた。純粋であるがゆえに、裏切られた気持ちが強かったのだろう。

「騎士が裏切ることはよくある」

 シモンはそういう場面をよく見てきた。情勢の安定しているグロッスラリアでは少ないが、潜入してきた他の国や地域なら、大金をつかまされた騎士が裏切ることはあった。騎士をやめた奴らが敵に回ることもあった。

「それでも、ゾルターンに騙された自分が許せなくて」

 個人で勝手に後悔するのはいいのだが、そんなことをしている暇はない。ルカーシュの行方を探さなければならない。

 シモンは話している間も何か痕跡がないかと、辺りを見回していた。拳を下ろしている時に、枕の下の固さに気づいた。枕を退かしてみると、一冊の本があった。

 見覚えのある本だった。この本は普通の本ではない。開けてみると、中が四角く空洞になっている。隠し本というらしい。ルカーシュはこの中に大事だといって、贈った花を入れていた。

 それに気づいたシモンが花瓶に飾るのを薦めたのだった。

 開くと空洞の中に紙が入っていた。破った紙の端に文字が書かれている。

『私の身に何かがあっても、シモンは気に病まないでほしい。私がいなくても幸せでいてほしい』

 紙片を握り潰さずに済んだのは、空洞に残された小瓶を見つけたからだった。贈った花は花瓶には飾られていないため、すっかり萎れて捨てられたのだと思っていた。

 小瓶の中には小さく白い花が入っていた。ルカーシュのようだとシモンが摘んだ花だ。形は留めているが、押し潰されたように平面になっていた。

 アルノシュトが覗き込んできた。「これは植物標本ですね」とさも知っているように言ってくる。「よほど、残しておきたかったんでしょうね」と言われて、照れくささを感じた。小瓶を手の中に握り込む。

 何にしても、紙片にあるようなシモンの気持ちには応えられない。ルカーシュのいないところで幸せになることは、もうシモンには考えられない。

  後戻りはできなかった。後戻りもしたいとは思わない。先にだけ進みたい。

「ゾルターンの故郷は? 生い立ちも知りたい」
「王都にゾルターンのことも含めて、すでに知らせを送りました。闇雲に探すことはできないと思うので」

 アルノシュトは信頼を裏切っていなかったようだ。自分の失態を受けて、どう信頼を取り戻せばいいかと考えたのだろう。

 頭の怪我に触らないようにねぎらって肩を叩いた。知らせが来るまで待つしかない。張っていた気がすべて解けて、シモンは膝を折った。

「すまん。もう、しぬ……」

 そう言い残したシモンは、ルカーシュの寝台にうつ伏せに倒れ込むと、気絶したように眠った。



 しばしの休憩の後に、知らせがやってきて、ゾルターンの情報も教えてくれた。なぜか、ラデクが情報とともにやってきた。アルノシュトに会うなり、冷ややかなはずのラデクの顔が歪んだのは見間違いではなかっただろう。

 シモンは知らぬふりをしながら、ラデクからの情報を頭に叩き込んだ。

 ゾルターンの生まれ育ったアラバンド最北の地は、険しい山々に囲まれている。今はグロッスラリアの領土にはなっているが、辺境も辺境だった。領主も常駐する騎士も、どこからか左遷された者ばかりと聞く。

 はるか昔の言い伝えでは、その辺りに魔女が住んでいたという。迷信といえばそれまでだが、目の前で見た人知を超えた力は、魔女という存在がいたことを示しているように思えた。

 アルノシュトもついていくと言ったが、ぞんざいに断った。怪我をしている者は足手まといでしかない。留守の間も世話をされた愛馬に跨ると、不満そうなアルノシュトに笑いかけた。

「せいぜい、大好きな騎士団長様に、甘やかされろ」

 こちらはルカーシュ不足だというのに。アルノシュトの肩を抱きながら、ラデクは真剣な顔をして頷いた。

「ルカーシュ王弟殿下はきっと大丈夫だ。殺すつもりなら、すぐにやっている。他に目的があるのかもしれない」

 ゾルターンの目的には関心はない。殺すつもりはないという点にはシモンも異論はない。だからこそ、知らせを待ってから、出発しようと思った。王都からの応援も約束されて、シモンは馬にまたがった。

「絶対にルカーシュ様と一緒に、帰ってきてくださいね」

 アルノシュトの涙目を眺めて、ルカーシュに伝えてやりたかった。

 ――ほら、ルカーシュ様はもう一人じゃない。友もいるし、ずっと守りたいと思ってる俺みたいな人間もいる。だから、絶対に死ぬな。何度攫われたって、俺が助け出してやるから。

 その想いは、ルカーシュの生きる力を留まらせてくれると信じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

無能と捨てられたオメガですが、AI搭載の最強ゴーレムを作ったら、執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「マスターは私が守ります。……そして、愛します」 現代日本でAI研究者だったカイルは、過労死の末、魔力至上主義の異世界へ転生する。しかし、魔力を持たない「オメガ」と判定され、実家の公爵家から辺境のゴーレム廃棄場へと追放されてしまう。 生き残るため、カイルは前世の知識と特異能力「論理構築」を使い、泥人形のゴーレム・オルトを作成。AIを搭載されたオルトは、やがて自我に目覚め、カイルを溺愛する最強の「アルファ」へと進化していく――。 無機質からの激重感情×内政チート! スパダリ化したゴーレムと共に、荒れ地を楽園に変え、かつての家族を見返す痛快異世界BLファンタジー!

【本編完結】おもてなしに性接待はアリですか?

チョロケロ
BL
旅人など滅多に来ない超ド田舎な村にモンスターが現れた。慌てふためいた村民たちはギルドに依頼し冒険者を手配した。数日後、村にやって来た冒険者があまりにも男前なので度肝を抜かれる村民たち。 モンスターを討伐するには数日かかるらしい。それまで冒険者はこの村に滞在してくれる。 こんなド田舎な村にわざわざ来てくれた冒険者に感謝し、おもてなしがしたいと思った村民たち。 ワシらに出来ることはなにかないだろうか? と考えた。そこで村民たちは、性接待を思い付いたのだ!性接待を行うのは、村で唯一の若者、ネリル。本当は若いおなごの方がよいのかもしれんが、まあ仕方ないな。などと思いながらすぐに実行に移す。はたして冒険者は村民渾身の性接待を喜んでくれるのだろうか? ※不定期更新です。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。 ※よろしくお願いします。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

処理中です...