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28【騎士の帰還】
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ルカーシュ救出までの道のりは、たいへん険しかった。シモンは騎士服の上に外套を羽織り、日の出から陽が沈むまで馬とともに歩き続けた。すべてはルカーシュを見つけ、安全に取り返すためだ。
アラバンドの最北の地に、冬が到来していないことは救いだった。雪が降っていれば、さすがに山道はたどれない。厳しい道を行くのは、困難だっただろう。街道を使えば安全ではあるが、遠回りになってしまう。それでは単独で行動している意味がない。
山脈を越えると、広い大地の向こうに草原が広がった。騎乗して、草原の中を駆け抜けていく。心地よい風はここがアラバンドであることを忘れるほどだった。
かつて敵国であったはずなのに、川や山はかたちは違えど、グロッスラリアとは何ら変わらない。騎士として敵と対峙したときも、やはり同じ人間だと感じることも多かった。それでも、殺気のある相手に丸腰になるほどの間抜けではない。殺気には殺気を返し、ねじ伏せるのが勤めだと思っていた。
朽ちた街道を辿り、魔女がいたという集落は荒れ果てていた。今では建物は遺跡となり、人の気配はない。丘の上に、屋敷がたたずんでいた。黒い窓と苔むした岩壁。静まり返った庭を横切り、扉の前に立った。
さすがに正面突破するのは難しいかと考えた時に、窓が白く光りだした。普通の光ではない。真っ白く、何度もシモンを襲ってきた。
――ルカーシュはここにいる!
応援を待ってから、動くのが正解だ。
しかし、扉の向こうで「シモン!」と呼ぶ声がした。もはや、考える余地はない。ルカーシュを救うのは自分だ。シモンは扉に向かって、足蹴りを始めた。
◆
ルカーシュの安全を確保して、早々に帰還できるように、馬車に乗せた。
離れることに躊躇いはあったし、側にいられないのは辛い。それでもルカーシュを一早く、嫌な記憶があるはずのこの場所から連れ出したかった。
シモンは残り、他の騎士とともに後始末に動いた。
亡骸となったゾルターンを運び出し、その場で頭を証拠として、持っていくことにした。命を奪ったものとして(相手が罪人であろうが、その事実は変わらない)、墓を作ってやった。殺すのに失敗したゾルターンの短剣を突き刺して、シモンの役割は終わった。
魔女の血を引いていたのは事実だったかもしれない。ゾルターンの生い立ちを調べると、養子になって今の名を得たと記されていた。本当にルカーシュと同等の力があったかどうかは、知るすべもないが、魔物を食していたことは確かだった。
力を得るためか、ルカーシュに触れるためだったのか。シモンも諦めが悪い方だが、ルカーシュを自分本位で縛り付けたいとは思わない。人一倍、自由を奪われて、外の世界から離されて生きてきたルカーシュを、痛めつけたいとは思わない。
もっと、自由でいてほしい。好きなもののためなら、大きく一歩踏み出せるような人になってほしい。シモンが枷となるなら、一時は苦しいかもしれないが、解放するのもいいだろう。
ルカーシュはそれだけ自由を手にする権利がある。
シモンは休まず馬を走らせたかったが、夕闇が迫ってくる頃だった。一刻も早く、ルカーシュに追いつきたかったのに、誤算である。残りの騎士たちで野営の準備がはじまり、シモンはその地で足踏みすることになった。
結局、シモンがグロッスラリア王国に着くまで、三日以上も経っていた。ラデクに報告するために王都に寄り、またいくらか時間を無駄にした。眠気は不思議となく、馬を替えてもらい、また王都を発った。
ルカーシュはすでに戻っているはずだ。見慣れた村の中を歩くと、のどかな村人たちが歓迎してくれた。子どもたちも騎士服姿のシモンに興味津々だったが、臭いが強烈だったため、近づいては離れた。
そんなに酷い臭いなのかと、脇を気にしながらも、シモンは歩みを止めなかった。靴底が長旅で薄くなっていて、躓きやすくなっていた。馬の手綱を門兵に頼むと、駆け足になっていた。
使用人の出迎えに手を挙げて応えて、一番会いたい人の部屋へと駆けていく。子どもではあるまいしと苦笑が聞こえてきそうだが、今のシモンには他人の目など気にする暇もない。
――早く、早く!
蹴り飛ばしたくなるのを堪えて、手を返して、扉を叩いた。返事を待たずに部屋の中に入っていく。慌てたような声を聞いた気がするが、今のシモンにはまったく届かない。
そして、目の前の光景に、ようやくシモンの動きは止まった。動きどころか、呼吸も止まったかもしれない。
ルカーシュは確かに部屋の中にいた。着替えの途中だったらしく、上半身だけ裸だった。不幸中の幸いか、下は穿いていたため、シモンの不躾な視線に晒されることはなかった。
項から背中までの身体の曲線をなぞるように見た。
「し、シモン、入るなと言ったのに」
慌てて上着を羽織ろうとするルカーシュに、シモンは抱き着いた。自分とは違い、湯浴みしてすぐなのか、肌が瑞々しく温かい。すべてを撫で回したくなったが、不潔な自分の手では触れられたくないだろうとシモンは思い留まった。
ひとことだけ「ただいま」と伝えたくて、ルカーシュの部屋を真っ先にたずねただけだ。シモンは腕の力を抜いて、身体を離そうとしたとき、ルカーシュの腕がそれを許さなかった。
「どうして離れようとする? また、どこか行くのか? 私はまた待たないといけないのか?」
俯いたルカーシュの頬から顎にかけて涙が溢れるのを見た。「ルカーシュ」と冷たくなった頬に手をかけて、上を向かせると、ようやく表情が見えた。
「いいえ、どこにも行きませんよ。ただ、旅から帰ったばかりで汚いだろうと」
「それなら、私が君の身体を洗おう」
「湯浴みしたばかりではないですか?」
「別に君だけが湯浴みをすればいいだろう。私は手伝うだけだ」
一緒に湯浴みをしてくれるわけではなさそうだ。シモンの期待の意味をわかっていないようで、ルカーシュは首を傾げている。そういえば、こういう噛み合わないやり取りも好きだったことを思い出す。
シモンは満面に笑みを浮かべた。ルカーシュを腕の中に閉じ込めると、頭に口づけを落とす。
「ただいま、ルカーシュ。もう待たせないから」
その言葉に胸板に顔を埋めていたルカーシュは、何度も頷いた。
アラバンドの最北の地に、冬が到来していないことは救いだった。雪が降っていれば、さすがに山道はたどれない。厳しい道を行くのは、困難だっただろう。街道を使えば安全ではあるが、遠回りになってしまう。それでは単独で行動している意味がない。
山脈を越えると、広い大地の向こうに草原が広がった。騎乗して、草原の中を駆け抜けていく。心地よい風はここがアラバンドであることを忘れるほどだった。
かつて敵国であったはずなのに、川や山はかたちは違えど、グロッスラリアとは何ら変わらない。騎士として敵と対峙したときも、やはり同じ人間だと感じることも多かった。それでも、殺気のある相手に丸腰になるほどの間抜けではない。殺気には殺気を返し、ねじ伏せるのが勤めだと思っていた。
朽ちた街道を辿り、魔女がいたという集落は荒れ果てていた。今では建物は遺跡となり、人の気配はない。丘の上に、屋敷がたたずんでいた。黒い窓と苔むした岩壁。静まり返った庭を横切り、扉の前に立った。
さすがに正面突破するのは難しいかと考えた時に、窓が白く光りだした。普通の光ではない。真っ白く、何度もシモンを襲ってきた。
――ルカーシュはここにいる!
応援を待ってから、動くのが正解だ。
しかし、扉の向こうで「シモン!」と呼ぶ声がした。もはや、考える余地はない。ルカーシュを救うのは自分だ。シモンは扉に向かって、足蹴りを始めた。
◆
ルカーシュの安全を確保して、早々に帰還できるように、馬車に乗せた。
離れることに躊躇いはあったし、側にいられないのは辛い。それでもルカーシュを一早く、嫌な記憶があるはずのこの場所から連れ出したかった。
シモンは残り、他の騎士とともに後始末に動いた。
亡骸となったゾルターンを運び出し、その場で頭を証拠として、持っていくことにした。命を奪ったものとして(相手が罪人であろうが、その事実は変わらない)、墓を作ってやった。殺すのに失敗したゾルターンの短剣を突き刺して、シモンの役割は終わった。
魔女の血を引いていたのは事実だったかもしれない。ゾルターンの生い立ちを調べると、養子になって今の名を得たと記されていた。本当にルカーシュと同等の力があったかどうかは、知るすべもないが、魔物を食していたことは確かだった。
力を得るためか、ルカーシュに触れるためだったのか。シモンも諦めが悪い方だが、ルカーシュを自分本位で縛り付けたいとは思わない。人一倍、自由を奪われて、外の世界から離されて生きてきたルカーシュを、痛めつけたいとは思わない。
もっと、自由でいてほしい。好きなもののためなら、大きく一歩踏み出せるような人になってほしい。シモンが枷となるなら、一時は苦しいかもしれないが、解放するのもいいだろう。
ルカーシュはそれだけ自由を手にする権利がある。
シモンは休まず馬を走らせたかったが、夕闇が迫ってくる頃だった。一刻も早く、ルカーシュに追いつきたかったのに、誤算である。残りの騎士たちで野営の準備がはじまり、シモンはその地で足踏みすることになった。
結局、シモンがグロッスラリア王国に着くまで、三日以上も経っていた。ラデクに報告するために王都に寄り、またいくらか時間を無駄にした。眠気は不思議となく、馬を替えてもらい、また王都を発った。
ルカーシュはすでに戻っているはずだ。見慣れた村の中を歩くと、のどかな村人たちが歓迎してくれた。子どもたちも騎士服姿のシモンに興味津々だったが、臭いが強烈だったため、近づいては離れた。
そんなに酷い臭いなのかと、脇を気にしながらも、シモンは歩みを止めなかった。靴底が長旅で薄くなっていて、躓きやすくなっていた。馬の手綱を門兵に頼むと、駆け足になっていた。
使用人の出迎えに手を挙げて応えて、一番会いたい人の部屋へと駆けていく。子どもではあるまいしと苦笑が聞こえてきそうだが、今のシモンには他人の目など気にする暇もない。
――早く、早く!
蹴り飛ばしたくなるのを堪えて、手を返して、扉を叩いた。返事を待たずに部屋の中に入っていく。慌てたような声を聞いた気がするが、今のシモンにはまったく届かない。
そして、目の前の光景に、ようやくシモンの動きは止まった。動きどころか、呼吸も止まったかもしれない。
ルカーシュは確かに部屋の中にいた。着替えの途中だったらしく、上半身だけ裸だった。不幸中の幸いか、下は穿いていたため、シモンの不躾な視線に晒されることはなかった。
項から背中までの身体の曲線をなぞるように見た。
「し、シモン、入るなと言ったのに」
慌てて上着を羽織ろうとするルカーシュに、シモンは抱き着いた。自分とは違い、湯浴みしてすぐなのか、肌が瑞々しく温かい。すべてを撫で回したくなったが、不潔な自分の手では触れられたくないだろうとシモンは思い留まった。
ひとことだけ「ただいま」と伝えたくて、ルカーシュの部屋を真っ先にたずねただけだ。シモンは腕の力を抜いて、身体を離そうとしたとき、ルカーシュの腕がそれを許さなかった。
「どうして離れようとする? また、どこか行くのか? 私はまた待たないといけないのか?」
俯いたルカーシュの頬から顎にかけて涙が溢れるのを見た。「ルカーシュ」と冷たくなった頬に手をかけて、上を向かせると、ようやく表情が見えた。
「いいえ、どこにも行きませんよ。ただ、旅から帰ったばかりで汚いだろうと」
「それなら、私が君の身体を洗おう」
「湯浴みしたばかりではないですか?」
「別に君だけが湯浴みをすればいいだろう。私は手伝うだけだ」
一緒に湯浴みをしてくれるわけではなさそうだ。シモンの期待の意味をわかっていないようで、ルカーシュは首を傾げている。そういえば、こういう噛み合わないやり取りも好きだったことを思い出す。
シモンは満面に笑みを浮かべた。ルカーシュを腕の中に閉じ込めると、頭に口づけを落とす。
「ただいま、ルカーシュ。もう待たせないから」
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