亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ

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29【宴の夜】

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 ルカーシュは張り切ってシモンの湯浴みを手伝った。服の両袖をまくり上げて、布で身体を擦っていく。他人の身体を洗うのは初めてだった。

 シモンは腕の力を抜いて、椅子に腰掛けていた。ルカーシュと目が合うと、目元を緩めて笑ってくれる。

 そのくすぐったさに堪らなくなって、ルカーシュは「後ろを向くがよい!」と普段より厳かな言葉選びになった。

 背中や肩の傷を見つけたとき、ルカーシュは一瞬、言葉を失った。シモンは人間である。ゾルターンのような化け物ではない。怪我が治ったとしても、傷を負った跡はこうして残っていくのだ。

 手を止めて、うつむいたルカーシュに、シモンは「どうしたんですか?」と声をかけてきた。首を振って何でもないと言おうとして、やめた。今心にある言葉は仕舞わず、きちんと声に出しておきたい。

「私のつけた傷が、こうやってシモンの身体に残ると思うと、辛くてな」

 肩に置いたままのルカーシュの手を、シモンが力強く握ってくる。

「騎士に傷はつきものです。しかも、その傷を負うことで誰かを救えたのなら、勲章になるんですよ。騎士をやっていると、救えないこともあるので。でもこの傷は……」

 シモンは自分が負った傷の記憶をすべて言い当てられるようだ。横顔だけでも自慢げに語ってくるので、ルカーシュは好意的に受け止めた。労いの気持ちも込めて、さらに強く身体を擦り始めた。



 護衛の騎士たちが遅れながらに現れて、宴の準備が進められた。

 宴はもちろんのこと、ルカーシュが一緒に食事を取ることはまずなかった。茶会の席くらいはあったが、シモンの立場を鑑みて、人目のあるところでは控えていた。

 シモンは騎士である。ルカーシュは王弟で幽閉されている身である。周りが理解してくれたとしても、表向きの立場は守らなくてはという、二人の中で暗黙の了解というのがあった。

 その了解を覆したのは、ルカーシュの一声だった。

 シモンどころか、使用人も同じ食卓を囲もうと提案したのだ。慰労会と言うべきか。アルノシュトの快気祝いでもあるし、シモンの帰還を祝うためでもある。会を開く名目を増やしていき、村人も呼ぼうと提案したとき、さすがにシモンが止めた。

「そこまではしなくてもいいでしょう。今日だけで済むとは思いませんし」

 村人まで巻き込んだら、今宵だけの宴どころか、祭りにまで発展してしまう。今日は、見知った者たちだけで、酒や食事をしましょうと提案されて、ルカーシュは素直に受け入れた。世間知らずな自分に呆れながらも、こういう時に思い留まらせてくれるシモンの存在をありがたく感じた。

 準備は進められて、普段はルカーシュだけが使っている食卓の上に、皿が並べられた。豪奢な皿もあるが、使用人たちが使っている素朴な皿も並ぶ。

 ルカーシュは普段使う皿ではなく、シモンが使っている皿に興味があった。同じ食器を使って食べたいという欲が、初めて湧いた。こっそりアルノシュトの皿と自分の皿を変えたのは秘密である。

 かくして、宴は始まった。ルカーシュは奥の席で、隣にはシモンが並ぶ。アルノシュトはシモンの右隣。他の騎士や使用人たちも続々と席に着いた。

 酒を飲み、歌を歌い(ルカーシュは手拍子をして体を揺らすだけだった)、功績を称え合った。

「今回のことではルカーシュ様もよく耐え抜かれました」
「はじめは、敵国の王弟なんかって思ってましたが、ルカーシュ様は偉ぶったところがなくて、いいです」

 酒が進んだことで、護衛の騎士たちからも率直な意見が聞けた。褒められたことがないので、ルカーシュは頬を染めながら「ありがとう」と呟くように言う。

「シモンも君たちも、よく私を見つけてくれた」

 シモンを含めた騎士たちは、アラバンドの北端まで遠征してくれた。

「それはアルノシュトががんばったんですよ。ゾルターンの生い立ちを王都まで問い合わせてくれて、思ったより早く場所がわかりました」

 シモンが種を明かすと、アルノシュトは酔っ払っただけではなく、顔を赤らめた。

「騎士としてあんな不覚を取って、ルカーシュ様と合わせる顔がありません。本来なら、この席で酒を飲むなど……」
「それはもう話しただろう」シモンが呆れ顔で言う。

 ルカーシュがここに戻ってきてすぐにアルノシュトの容態が気になっていた。包帯を頭に巻いたアルノシュトの顔を見て、心から安心したのを覚えている。あの時にかけた言葉を忘れたとは言わせない。

「君はできることをした。私がシモンを信じて自分の力を解放したのは、君の『信じてほしい』という言葉があったからだ。君のおかげで助かった。ありがとう」

 アルノシュトは目を潤ませると、泣き顔は見せまいと、無理矢理笑ってみせた。隣のシモンが、アルノシュトの杯に、次の酒を注いで労った。

 酒はすするくらいしか飲めないので、ルカーシュは各々の食べ方を観察した。騎士の食べ方を習って、焼いた肉にかぶりつくのだが、すぐに顎が疲れてしまった。見かねたシモンが横から肉を小刀(騎士の面々は小刀を携帯している)で切り分けていき、食べやすいようにしてくれた。

「君は本当に私を見ていてくれるな」

 困ったと言わなくても、シモンは察知してくれる。

「そりゃ、ずーっと見てますからね」

 シモンは卓に頬杖をついて、ルカーシュを見つめてきた。口元だけ笑うと、普段とは違う色気を感じる。

 深緑の瞳が自分の一挙手一投足を見つめている場面を想像すると、ルカーシュの身体は急に熱くなってきた。少量の酒でも、発火する身体ではあるが、これは酔いとは違う気がする。

 先に視線を外したのはシモンの方だった。ルカーシュは惚けていた自分を恥じた。ますます身体が熱い。

「酔いが回ってきたな」

 シモンは酒を煽ってから、席を立つ。周りから非難の声が上がった。まあまあと手で制しながら、シモンはルカーシュに向けて苦笑した。

「すみませんけど、先に休ませてもらいます。たぶん、寝台に上がったら寝ちゃうと思うんで」

 ルカーシュはシモンを寝かせてあげたいと思いながらも、まだ側にいたいという気持ちが強かった。

「わ、私も疲れたので休む。皆は好きなだけ羽目を外してくれ」

 周りの面々は酔うのに忙しく、ルカーシュやシモンが一緒に消えても文句は言わなかった。

 食堂を出ると、シモンが「いいんですか?」と聞いてきた。ルカーシュは子供のようにムッとしてから、その腕に自分の両腕を回した。

「君と一緒に寝たいんだ」

 それはルカーシュにとって単なる添い寝の提案だったとしても、これまで我慢を強いられていたシモンがどう取ったのかを知るのは、自室に戻った時だった。
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