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しおりを挟む「ふっざけるな!!」
その時だった。
空気をビリビリと震わせて。その叫び主は両腕をダラリと垂らしたまま、こちらを睨みつけていた。
「て、テルディス!?」
「父上、騙されてはいけない!精霊王が、聖女が、こんな残酷な事をすると思うか!?慈愛に満ち、人々を幸せに導くはずの存在が、こんな、こんな……!!」
「黙れテルディス!これ以上精霊王様を怒らせては……!」
「あ、それは正解かもね♪」
テルディスの叫びに慌てる王。
だがスピニスはポンと手を打って、ニコニコと笑って言ってのけたのだ。
驚いたのは王だ。
スピニスの言ってる意味が分からずポカンとなった。
「は?え、精霊王様……一体何を……」
「私はねえ、正確には精霊王ではないんだよね」
「はああああ!?」
ギョッとしたのはその場に居た全員だろう。
崇拝すべき神のような存在、精霊王。そう思っていた相手が違うとなれば、話は変わるから。
「ななな何だと、私を謀ったのか!?では貴様は一体何者だと言うのだ!このような事件を起こして……!」
血管が切れそうなくらいに王の顔は真っ赤だ。
と、その時、ハッと何かに気付いたような顔をする。
「そうか、貴様……魔王だな!?そうか、そういうことか、だからこのような事を……きっさまあ!よくも騙したな!精霊王の姿を真似るなどと、なんと卑劣な……!」
「う~ん、面白いくらいの変貌ぶりだなあ」
罵る言葉などものともせず、状況を面白がってスピニスはケラケラ笑って見せた。
「スピニス、戯れは……」
話が進まないから。
そう言えば、スピニスは肩をすくめて笑いを収めた。
「そうだね、答え合わせといこうか……。う~ん、何から言えばいいか……ああ、そうだ。ねえ王様、どうして聖女が数百年も現れなかったと思う?」
「なんだと?」
化けの皮を剥いだ……と思ってる相手が未だ飄々としてる事に不快感を隠さず。王は眉根を寄せてスピニスを睨んだ。
「そんなこと儂が知るか!」
「あはは~そっか、そこまでは王家にも伝わって無かったかあ。まあ教えてないから当然か」
「どういう……」
「聖女ってのはね、清くて聖なる存在……じゃあ駄目なんだよね」
スピニスは語る。
王家には、おそらく聖女とは清らかな心を持った聖なる者しか選ばれないと伝えられてるのだろう。そしてそれは半分正解だ。
「けれど半分は間違い」
「どういうことだ」
「清く美しい穢れなき真白な心を持つ……うん、これは確かに必要。でもね」
そこでスピニスは一呼吸間を置いて。
そして再び口を開いた。
「その心は、白も黒も等しく必要なんだ」
「!?」
「よく分からない?まあそうだろうね、口で説明するのは難しいんだよね~。でもね、聖女ってのは全て何でも許せる清く白い心じゃ成り立たないんだ。正義には正義を邪悪には邪悪を、白には白を黒には黒を。目には目を歯には歯を……それが出来てこその聖女なんだ」
人は誰しも善悪を持つ。だがそれはけして等しくはならない。
善の部分が多いか、悪の部分が多いか。そしてそれらの配分は簡単にコロコロと変わっていく。人とはそんなアンバランスな存在。
「聖女はそのバランスがいいんだ。善も悪も等しく持っている……なかなかそんな子が現れなくてね。リーナもまだまだ未熟だけど……この数百年の中では、最も有望かな?それに何より……私が惹かれたからね」
「スピニス……」
「まだキミも聖女としては甘いところがあるけれど、何大丈夫。私と共にあれば、きっとキミは完全なる聖女になれるよ」
そう言って、優しく額にキスを落とし。
そうして、スピニスは王に目を向けた。
「さて、そこで私の話に戻ろう。私はね、確かに精霊王だ。だがそれは半分なんだよね。聖女と同じく……いや、本来は私こそがそういう存在で、そんな私と共にあるために、聖女もまた半分ずつ持たねばならないんだけど。つまりね……私は半分だけ精霊王なんだ」
「戯言を……」
「嘘だと思うかい?嘘では無いよ、真に私は精霊王。でもね、真実はもう一つあるんだ」
コキッとスピニスが首を鳴らす。
「面倒だから見た目はこれで統一してたんだけど。そうだな、久々に変化してみよう」
そう言って、スピニスは手で顔を覆った。
覆って……それは始まった。
「な……!?」
驚く王とテルディスの眼前で。
スピニスは変化する。
その容貌を。
身に纏う気配を。
見る見るうちにその銀髪は闇よりも深い黒となり。
白磁の肌は浅黒く染まり。
「はあ……」
ため息と共に顔から離された手。
そこに見えるは……
「ひい!」
王が腰を抜かしてその場に尻もちをついた。
彼が目にしたもの。
それは聞いてはいたけれど、私も初めて見るもので。
血のように真っ赤な目に。
口から覗く牙が、まるで別人のようで。
けれど確かにそれはスピニスだった。
彼は精霊王であり、そして──
「これが『俺』の黒、俺の半分に存在する、悪。魔王としての、俺だよ」
そう言って、ニヤリと壮絶な笑みを浮かべるのだった。
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