神様の成れの果て

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10. 決断

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 視界が涙で一杯になり、練太郎くんがどんな表情をしているのか分からない。きっと焦っているんだと声色で分かった。

「練太郎くんごめんね……」

 僕、失恋しちゃった。

 なんて言える訳もなく口から嗚咽を漏らすことしか出来なかった。練太郎くんに顔を見られたくなく、そっぽ向いて涙を拭う。

 瞬間に後ろから手が伸びて、僕のことを抱き締めた。

「怖かったな。すまない、早く助けに行けなくて」

「ううん。練太郎くんが助けに来てくれて嬉しかった。ありがとう……」

 そう零すと抱き締める腕が強くなった気がした。

 ◇

 井戸口邸。
 正門の前に辿り着き、練太郎くんにお礼を言う。

「ここまででいいよ。送ってくれてありがとう」

「いや、良いんだ。俺がしたくてしたことだから」

 学校から家まで、徒歩だと時間がかかるから大変なのに練太郎くんはどこまでも謙虚だ。

「思ったんだが、墨怜の家は凄く大きいな」

「あ! えっと、そのね………」

 まずいまずい!
 練太郎くんに僕の家がヤクザの集まりだってバレちゃう!!

 何か対策しなければと一人あたふたする。僕の顔が強張っていたのを察した練太郎くんが気にかける。

「何かあったのか?」

「え?! い、いやぁ? そんなことないよ。きっとさっきので武者震いが治らなくて……」

「いやそうじゃない。俺には別の事で思い悩んでいるように見える」

 図星を突かれ心臓が勢い良く跳ねる

「……やっぱり、練太郎くんは優しいね。ドキドキしちゃうなぁ」

「……それ、告白した奴の目の前でいうか?」

「え?! あ、いや! 違うのこれは」

 変なことを口走ってしまったと後悔し、思わず俯く。不意に手を握られすぐそばには練太郎くんの凛々しい顔があった。

「俺を頼ってくれ」

 練太郎くんは徐々に顔を近付ける。僕が間違えて動けば唇に当たってしまいそうな程の近距離だった。

 そうしている内に背中から聞き慣れた声がした。

「あれ、坊じゃないですか」

「け、ケラト?! どうしてここに?!」

 僕は練太郎くんを押し除け、平然を装う。

「どうしてって……坊の帰りが遅いから迎えに行こうと思ってたんです。ほら、猿喰さんが予定があって迎えに行けないと言ってたでしょー?」

 勢い良く振り返るとケラトが正門から顔を出していた。今の会話を聞かれた様子もなく、彼は惚けた顔で僕たちを見つめていた。

「もしかして、お友達?」

「初めまして。手塚練太郎です。いつも墨怜さんにと仲良くさせて貰っています」

「おぉ、これまた礼儀正しい人だ。俺は伏見ケラトって言います~~。いつも坊……墨怜がお世話になってます」

 ケラトが誤魔化したことで練太郎くんが疑問も抱くことはなく、そのまま納得した。

「伏見さんは墨怜の従兄弟なのか?」

「あ、そうそう! そうなの!!」

 練太郎くんの思い付きに僕は勢いよく食い付く。ケラトも同じように首を上下に振って、話を合わせてくれた。

「そうか」と納得して練太郎くんはそれ以上は探らなかった。

「じゃあ、俺はこれで」

「うん。送ってくれてありがとう、練太郎くん」

「あと。墨怜。何かあったら連絡してくれ。いつでも待ってる」

「……うん。ありがとう」

 僕のことをこんなにも気にかけてくれる彼に胸がじんわりと温かくなった。僕の反応が気に入ったのか、練太郎くんは微笑んで「じゃあな」と屋敷を離れた。

 普段は見せない柔らかな笑顔に思わず息が止まりかけた。

「はぁーーー! やっと美味しい空気が吸えますねーー」

 思い切りの深呼吸が聞こえて、僕はハッと肩を上げる。隣ではケラトが腕を伸ばして気持ち良さそうにしている。

「ケラト……! ごめんね、話を合わせてくれて」

「大丈夫ですよーー。これくらい簡単ですから。それにしても練太郎くん、カッコいい人ですよねー。俺たちより頭ひとつ分身長デカかったし、猿喰さんや逆井の兄貴と同じくらいじゃないですか?」

「練太郎くんは空手をやっててね、凄くかっこいいんだよ。全国にも行っちゃうほど強いんだって」

「へぇ! やっぱり、鍛えてる人は違いますねー。俺もいっぱい筋肉を付けて組長たちと肩を並べられるようにしないとですね!」

「でも、良かったです」ケラトが意味の分からないことを言い出す。僕が目を丸くして見つめると、「いやぁ」と後頭部を掻く。

「坊がそんな風に誰かのことを嬉しそうに話すのって珍しいなって」

「へ」思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 僕、そんなににやけてたのかな。頬を触るも分からなかった。僕の動作が可笑しかったのか、ケラトは名前通りケラケラと笑いながら、

「そうじゃないですよー。ただ、坊が上手く学校生活を送っていることが分かってほっとしたんです」

僕の顔に両手を当てて、頬を上下に動かした。

「今気付いたんですがどうしたんですか? 頬に擦り傷が出来てますよ」

「み、道端で転んだの!」

「ふは、坊もそんなドジを踏んじゃうんですね。だけど気をつけて下さいよー? じゃないと俺が猿喰さんたちに殺される」

「そんなことないよーー」

 二人して笑い合う中、「猿喰」という単語に不安な気持ちになったのは内緒だ。


 夜ご飯と風呂を済ませたが、猿喰は未だ帰ってくる気配ない。先程の猿喰たちの姿が過ぎる。

 今頃、あの女性とホテルで……。

 嫌な想像が上手くできてしまい、首を振って無かったことにする。それでも胸騒ぎが治らず、どうしようかと迷ってしまった。

『何かあったら連絡してくれ。待ってる』

「信じても……いいのかな」

 気がつくとスマホ画面には「手塚練太郎」の連絡先へとスクロールしていた。




【猿喰視点】

 井戸口邸の玄関を開けると、人気がなく既に静まり返っていた。照明が灯されただけの見慣れた空間に俺は溜息を吐く。

 坊はもう寝てしまっただろうか。

 様子を見に行こうと階段を上ると、奥から誰かのか細い声が聞こえてくる。

「うん、うん。そうなんだ……。ありがとう、聞いてくれて。じゃあ、また明日学校でね」


「……坊?」

 坊は窓の外を眺めながら誰かと電話をしているようだった。

 電話相手は分からないが女か?
 それとも俺の知らない男?

 どちらにしても、坊の嬉しそうな顔に腑が煮え繰り返りそうだ。やがて坊は電話を切り、俺の存在に気付いて「うわっ」と悲鳴を上げた。

「さ、猿喰……。帰ってたんだ」

「はい。ただいま帰りました」

 俺は怖がらせない様に微笑む。しかし、坊は顔をこわばらせたまま微動だにしない。俺が顔を覗き込もうとすると「待って」と小さく後退りした。

「あ、さっきまで友達と電話してたんだ。だから、ちょっと部屋の外にいたの」

 友達、ねぇ。
 その割には顔を赤くしてたような気がしますが。

「そうでしたか」

 坊の余所余所しさを見透かしながら分かったふりをする。

「さ、猿喰こそ今日は帰りが遅かったね」

「はい。今日は仕事が少し長引いてしまいましてね……。本当、大変でしたよ」

 そう、本当に骨が折れそうな程。
 しかも、唯一の楽しみの一つでもある坊との下校が出来なかったことは重罪だ。

「し、仕事……そっか」

「坊?」

 どこか納得のいってなさそうな反応に見逃さなかった。何をそんなに落胆させるのか分からなかった。

「何か、ありましたか?」
 
「猿喰。あのさ……」

 やっとの思いで、坊は噤んだ口を重く開いた。
 俺は次に出てきた言葉に息が詰まりそうになった。

「明日からもう、一緒に学校行かなくていいよ。僕のこと起こしに行かなくてもいいから」

 ……は。
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