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11. 錯綜
しおりを挟む「……はい?」
自分でも驚く程の低い声が出た。坊は尋常じゃない程ビビり散らす。華奢な肩が未だに震え続けているのが分かった。
「だって僕もう高校生だし、それに猿喰におんぶに抱っこなんて恥ずかしいでしょ?」
「何を言うんです? そんな訳ないでしょう。何せ俺は坊に頼られたいし、身を委ねられたいしです。俺はあなたがいないと………」
「そう言うところ、そう言うところだよ!!!」
らしくない荒々とした声が耳を劈く。瞬きの間に続けて鼻を啜る音も聞こえ始める。坊の大きな黒い瞳から大粒の涙が頬を伝う。
一瞬だけ心臓が止まりかけ、急いで彼の涙を拭こうと目元に手を伸ばすとパシンと払い除けられた。
……拒絶された?
「僕の気持ちなんて分かんないくせに!! そうやって僕のこと弄んでるんでしょ?! 思わせぶりに期待しちゃってるのも辞めたいし、自分だけが振り回されてるのが馬鹿みたいでさぁ!!」
「坊……? 一体何を言って……」
「もう、もう、うんざりなんだ!!! 猿喰なんて大っ嫌い!!!」
……大嫌い……?
坊が……?
俺を……?
「今、何と言って……」
頭が真っ白だ。その瞬間、幼い頃の記憶が鮮明に蘇る。
勝手に期待を押し付けられ、みんなから「神様」だと崇め称えられたあの日々。両親の能天気さと金の事しか考えてない卑劣さを体で身に染みた最悪な日常。
『何が神様なんだよ!! お前なんて大嫌い。お前なんて死んじゃえばいいんだ!!!』
……一体、どこで何を間違えたんだろう。
もしかして、坊との時間を避けてまで仕事に費やしたこと?
それとも、俺が坊と出会った最初から?
「……はは」
乾いた笑いが口から垂れる。
「猿喰……?」
「あぁ。いえ、何でもありません。きっと坊も色々あって疲れてるんですよね。だから、そんな事を言うんですね」
「違う。僕はただ……」
「良いんです。だけど、一人で考える時間も必要ですよね。これからは暫くの間、登下校の付き添いもしませんし、自分で熟す事も必要ですよね」
「え?」
「確かに坊ももうすぐ成人しますし、俺なしでも生きられる様にしないと。組長にも甘やかしすぎだと怒られますし。坊の言う通りです」
咄嗟に出た適当な言い分を吐き捨て、「じゃあ、おやすみなさい」とだけ残し俺は坊の傍を去った。後ろで声がしたが、そのまま歩き続ける。
坊が俺を要らないと言うなら、俺が居ない生活を精々過ごしていけばいい。
そして、俺が居なきゃ生きていけないと思い知ればいい。
我ながら子供じみた感情が生じてしまったが、それも仕方のないこと。
間違えたら正せば良い。
その資格は俺にはある。だって、俺は坊の「神様」何だから。
……墨怜が俺から離れるなんて許さない。
絶対に。
◆
【霧雨視点】
とあるマンションの八階。そこの一番奥にオレの家がある。リビングには歩くスペースがない程、大量の資料が床にばら撒かれている。
知人から電話を受けながら目の前の資料を手に取る。電話越しからの返事にほくそ笑んだ。
「うんうん。そう、上手くいったんやな。じゃあ、次もよろしく頼むわ」
そう言ってるスマホの切断ボタンを押した。ほっと安堵した束の間背後から書類を渡される。振り返るとオレよりも背丈のある男性が見下ろしていた。
「こちら、例の件の資料になります」
「おおきにな」
「……そろそろ辞めにしませんか。霧雨さん」
「んー?」
「会長から何件ものメールが来ております。確認しなくても良いんですか?」
「……どーせ、大した連絡じゃないやろうし。釣瓶も少し休んでええよ」
近くのソファに指をさすと、釣瓶と呼ばれた彼は黙り込んでしまった。いつものことであるため、知らないふりをした。
オレの名前は泰泉寺霧雨。泰泉会会長の息子だ。
オレは今東京に上京中やけど、遠隔でもできる雑務を任されたりすることもある。
そして、後ろで佇む彼は釣瓶硯。オレの世話係で、泰泉会の若頭。釣瓶はわざわざ東京にまで足を運び、オレの様子を見に来るのだ。
面倒やから毎回来なくてええのに。
以前、釣瓶にそんなことを言ったが「面倒ではありません」と堅苦しい態度で貫かれた。
ほんま、息苦しいわぁ。
スマホが振動し始め、俺は再び耳に翳す。
「もしもしー? お、上手くいったん? それは良かったー。大丈夫やって。すぐに女を用意したるから、そう簡単にはならへんよ」
「じゃあな」オレはすぐに電話を切り、大きいため息を吐いた。
「全く、どいつもこいつも下心丸出しでアカンなぁ。プライドとかないん?」
「霧雨さん」
「はいはい分かっとるって。もー、アンタはせっかちやなー」
「ですが、こんな事しても報われませんよ……。会長もきっと、そう思ってます」
オレの世話係は相変わらず心配性だ。
だけどそんなことは通用しない。
「こんなことしても意味はないって? はいはい釣瓶さんたら、分かっとるって。もう、相変わらずアンタはお節介やな~」
「ですが……」
「だけどアンタも、アイツを憎んでるのはオレと同じ気持ちなんやろ? だったら協力してよ。手伝ってくれたらコレだって弾むで」
指で金のポーズを取ると、釣瓶は眉を顰めた。
「僕は金なんかの為にしている訳ではありません。あなたが心配なんです」
「はいはい。そう」
後ろから小言を告げられ、耳を塞ぐふりをしながら資料に目を通し始める。次の書類にはとある顔写真が添付されていた。
証明写真は最近は加工して見映えをよくさせる技術が発展しているが、目の前の男性は無加工であるにも関わらず眉目秀麗なのが憎たらしい。
「猿喰《さるばみ》綺人《あやと》……」
彼の名前を呟くと、心の中に憤りがひしひしと湧く。しかし、こいつの傍にはいつも誰かがいた。
井戸口《いどぐち》墨怜《すみれ》。
井戸口組組長、井戸口 鴉《からす》の弟で、オレの友達《クラスメイト》。すみちんは自分が極道一家と言うことを隠しているみたいやが、ちょっと調べればバレバレや。
そしてもう一人の友達、手塚練太郎《れんれん》の好きな人でもある。
だけど、すみちんは猿喰綺人に密かに思いを寄せている。猿喰もまたすみちんにゾッコンなのは一目瞭然だった。
「あぁ、ええなぁ。すみちんは誰かに愛される才能があるんやなぁ」
あの二人が両思いなのははなからとっくに知っていた。れんれんが輪になって入る関係ではなかった。
だけどオレは、れんれんの恋を応援することにした。
「すみちん。堪忍なぁ。すみちんが幸せになる分にはええけれど、猿喰《コイツ》はアカン。コイツには地獄を見て貰わなくちゃいけないんや」
猿喰はオレたちに何をしてきたか罪の自覚が更々ない。ましてや一人の男子校生に強い執着心を持っている。
オレは、コイツがのうのうと幸せになるのが許せない。
「いつか、アイツを殺してやるんや」
「霧雨さん。あなた一体何を言って……!」
「まーまー。釣瓶、ちょっと落ち着いて。でも簡単に殺すのも呆気なくて面白くないやろ?」
「ちょっと耳を貸してや」釣瓶にこっちに来る様に促し、耳打ちをかます。
オレが話し終えると、「霧雨さん……」とだけ呟いた。
この部屋には現在、オレと釣瓶しかおらんのに内緒話をするのもおかしな話。いや寧ろ、二人しかいないからイケナイコトをしているみたいで胸が高かった。
猿喰を完全に地獄に葬る方法。
それは、猿喰を社会的・精神的に陥れること。
だからまずは、猿喰の心を殺すことにした。
アイツがオレの大切な人にそうしたように、オレも猿喰の大切な人を不幸にしたる。
もし、すみちんがオレの計画を邪魔しようとするならお掃除だって厭わない。
「いつか、ちゃんと会えるとええな。すみちん」
窓越しに反射されたオレの顔はいつになく揚々としていて、まるで怪物の様だった。
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