神様の成れの果て

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9. 暗転

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 兄さんがお猪口を持ちながら「おいで」と呼ぶ。

「兄さん?」

「おやすみ。墨怜、また明日ね」兄さんはそれだけを言うと、僕の頭を撫でて慈しみのある笑みを浮かべた。

 やっぱり兄さんも、猿喰に負けないくらい綺麗な人だよなぁ。組長を務めているとは到底思えない程の妖艶さがある。

 そんなとこを考えながら、僕もおやすみとだけ残して居間を後にした。自室の扉を手に掛け、後ろを付いてきた猿喰の方を見る。

「じゃあ、僕はもう寝るね」

「……」

「猿喰?」

 一向に喋らない猿喰に疑問を抱く。それどころか微動だにしないので思わず顔を覗こうとした。暫くして猿喰の白髪が揺れる。

「さっき言ったこと、本気ですから」

「え? それはどういう……」

「俺、逆井さんから呼ばれているのでもう行きますね。おやすみなさい。坊」

 猿喰は兄さんと同様に頭を撫で、その場から離れた。僕は猿喰の足音が遠ざかるまで立ち尽くすことしかできなかった。

 何だったんだ、一体。

 途端に頬が熱くなる。今日は色んなことがありすぎて疲れが露わになってきたのかもしれない。
 きっと明日なら、いつもの日常に戻っている筈だ。

 そう思い込み、僕は急いでベットに潜り込む。毛布に包まり、未だ鳴り止まない鼓動を強く抑えた。

「猿喰のばか」

 そう呟いた独り言は誰にも聞こえることはなかった。



 次の日の放課後。

 下校支度をしていると、携帯が振動を起こす。通知を見ると猿喰から連絡が入っており、「急用が入ってしまい、迎えに行けません」と可愛らしいマスコットが泣いてるスタンプを添えて送られてきた。

 仰々しさと可愛さが合間って思わず顔がニヤけてしまう。

墨怜: 大丈夫だよ。連絡ありがとう。

綺人:寄り道しないで帰ってくださいよ?

 僕が返信をすると、数秒も経たないうちに既読が付く。

「全く、疑り深いんだから」

 僕は「分かった」とだけ返信をし、教室を出た。廊下を歩いている最中にピタリと立ち止まりあることを思い出した。

「そういやルーズリーフがあと二、三枚しかないんだった。どうしよう、本屋さんが近いから買いに行こうかな」

 だけど、猿喰に怒られないかなぁ。寄り道するなって釘を刺されたし。

 何処で何をするにも猿喰の許可が必要で一人で行こうとすれば勝手に着いてくるのだ。猿喰は僕のお母さんか何かか、と勘違いしてしまいそうになる。

 別に猿喰が居なくても一人で買い物には行けるし。
 それに、知らない人に誘拐されなければ良い話だ。
 
 僕が極道一家の人と言うこともあり、井戸口組に恨みを持った人たちが腹いせで誘拐された事件は多々あった。

 幸い無事に救出され事なき終えたと思うが、実際僕を誘拐した犯人たちがどうなったかは分からない。この頃から猿喰の過保護さは徐々に磨きがかかっていた。

「人気の少ない所は避けて歩けば大丈夫……」

 もう僕は猿喰を付き添いにいなくたって行ける。意を決して僕は自宅とは反対方向へと歩き出した。

 商店街へと近付く度、人の声の騒々しさに安堵してしまう。行きつけの本屋に辿り着き、お目当ての品を買うことができた。

 あとは帰るだけ。
 来た道に沿って帰れば家に辿り着く。

「てかこれじゃ、知らない道を一人で歩く小学生みたいじゃん!」
 
 具体的な想像に一人で突っ込む姿はあまりにも哀れだ。

 こんな所、猿喰にでも見られたら……。

「……猿喰?」

 僕は数メートル先を歩く白髪ロングの姿を見つける。白とは対照的な黒いスーツの彼に、僕は瞬時に彼だと察する。

 ……どうして猿喰がここに居るんだろう。

「確か今日は、急用が入ったって……」

 言ってた筈。

 そう言葉を漏らす前に、猿喰の傍に居る見知らぬ人物の存在に気付き息を落とした。

 華やかな着こなしの女性が猿喰の隣を歩いていた。

「……え」

 息を殺すと、遠くから「綺人」と猫撫での声が聞こえる。

「ねー綺人。私、あんなキャピキャピしたクラブ苦手だったの~~。だから、何処か二人きりになれる所いこーよー」

「はいはい。分かってるよ」

「やったぁ。綺人大好き」

 二人はそんな会話を繰り返し、どんどん先へと進む。

 確か、その先にはホテルがあった筈。
 そこまで考えた所で僕は強い焦燥感に襲われる。買ったばかりのルーズリーフを床に落としていた。

 頭が真っ白だ。

 同時に心臓がひっくり返ったかのような気持ち悪さが治らない。吐いてしまいたかった。その後、どのようにして帰路に着いたのかよく覚えていない。

 夕暮れも夜へと迫り、視界が狭まれる。ぼんやりと歩いているとドンっと誰かとぶつかった。

「いてっ」

「あ? おい、何処見て歩いてるんだ」 

 不機嫌そうな声が降りかかり、覚束ない意識が上がる。視線を移すとガタイのいい男性たちが僕を見下ろしている。

「ご、ごめんなさ」

「あーっ、いってぇ。これ腕折れたわ」

 男は態とらしく右腕を摩り蹲み込んだ。まさかそんな反応をされるとは思わず口をぱくぱくさせるしかなかった。他の男性二人が僕に向かって「あーあ」と落胆した。

「こりゃあ、大変だなぁ。かわいそー」

「……」

「おーい? 黙ってないで何か言ったらどうなのー? おい!!!」

 男の怒鳴り声にビクリと肩が跳ねる。

 あ、ヤバい。

「おいおい、何逃げようとしてんの?」

「は、離してください……」

 掴まれた腕が痛む。引っ張っても身動きが取れず、綱引きのように重心を後ろに預けるしかなかった。

 こう言う状況は、いつも猿喰が居たからどうにかなったがこの状況はマズい。僕の抵抗も虚しく、男たちは僕を引き摺って何処かに連れ去ろうとする。
 僕は喉奥から懸命に声を上げた。

「だ、誰か!! 助けて……!」

「はは、こいつ今になって助けを求めてるよ」

「残念だったなー。ここには俺たち以外誰もいねーのによ」

 ドンっ!!

 鈍い音と共に、目の前にいた男性が倒れる。一体何が起きたのか分からず辺りに視線を彷徨わせる。

「おい、お前大丈夫か……?! クソ、誰だテメェ」

 他の男性が呼びかけるも気絶しているのか、返事がない。

「あなた達こそ一体何をしているんですか」

 聞き覚えるのある声に僕は耳を疑う。

「練太郎くん……?」

「おい、テメェの知り合いかよ」男が突然腕を引っ張るため痛みが走る。練太郎くんは「墨怜!」と叫ぶ。

「おらぁ!!」

 もう一人の男性が練太郎くんの背後から襲いかかる。しかし、練太郎くんは彼の攻撃を交わし投げ技を喰らわせる。

「ぐっ」という我慢した声と共に男性は地面へと叩き付けられる。練太郎くんは何食わない顔で僕らを見つめた。

「大丈夫だ。急所は外しているし、死にはしない」

「クソ……。覚えていろよ!!」

 残りの一人は僕を突き放し、そそくさと走っていった。思い切り地面に倒れる。
 痛む頬を抑え立ち上がろうとすると、後ろから「大丈夫か」の声と共に支えられる。

「練太郎くん……」

「怪我は……頬に少し擦り傷ができたな……。近くに公園があるからそこで冷やそう」

「いや、いいよ! 僕平気だし」

 一刻も早くこの場から抜け出したかった。不良に絡まれた恐怖も拭い切れないし、猿喰のことだってある。
 感情がもうぐちゃぐちゃだった。

 何より、練太郎くんにこんな惨めな姿を見られたくなかった。

「墨怜?! おい、大丈夫か……?!」
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