血染めの世界に花は咲くか

巳水

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45話:カルディナで宿探し

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 日もだいぶ傾き、もうじき夕暮れになるという頃。ついに俺たちは、目的の町に辿り着いた。

「ここがカルディナか。すぐ隣の町ではあるが、なんだかんだ来るのは初めてだな」

 ロスウェル村とは違い強固な壁に囲われたカルディナは、道の交差点として発展した町であり、多くの行商がここを通る。当然、その行商人を対象にした店も多く、酒場や宿屋が豊富にある。というのが俺が前もって調べた情報だ。

「やっと着いたわね。馬車で来れば半日で着くのに、歩きだとこんなにかかるものなのね」
「そりゃあ馬車は速いだろうよ……ってそうか、フィリアはここに来るのは初めてじゃないのか」
「うん、魔術学園に行くときは必ずここを通るもの。何度か停まったことがあるから、案内なら任せなさい!」

 張り切るフィリアを先頭に、俺たちは門へ近付いていく。門の側には門番らしき兵士が何人か立っており、そこで通行の手続きをする必要があるようだ。
 手続きといっても来訪の目的や出身地などを聞かれたくらいで、質問は五分とかからず終わり銅貨一枚程度の通行料を支払って門を通された。
 町に入ると多くの人の姿と無数の声が出迎える。夜が近いということもあってか、あちらこちらから客を呼び込む声が響き、食欲をそそる香りが漂っている。
 広い道路の上には行商人の荷馬車が何台も通っており、その馬車の御者に声をかける人の姿も見受けられる。きっと今来たばかりの行商人を、自分たちの宿に泊まらせようとしているのだろう。
 なんとも見ただけで活発さを感じる光景に、俺は僅かに感動のようなものを覚えた。

「どう、初めての町は?」
「……随分と賑やかだな。ロスウェル村とは大違いだ」
「それはそうよ。町と村を一緒にしちゃいけないわよ? とは言え、ここは他所と比べても活気がある方ね」

 そうだろうな。前世でもいろいろな町へ赴いたことがあるが、ここまで活気がある町は帝都くらいしか知らない。もっとも、俺が他所の町へ行くのは戦争が理由だったから、俺が行ったことがある町も本来はこれくらいの活気があったのかもしれないがな。

「それじゃあ、俺たちも宿を探すか。どこかいい宿に心当たりあるか?」
「何度か泊ったことのある宿が町の中心辺りにあるわ。確かこっちの方よ!」

 意気揚々と先導するフィリアについて行くと、辿り着いたのは他の宿屋とは一線を画す豪華な宿泊施設だった。外から中庭を覗いてみたが、門の近くで見た馬車よりも豪華な馬車が停まっている。

「どう? いい感じの宿でしょ」
「どうと言われても……良い宿という点については異論無いが……」

 そういえばすっかり忘れていたが、こいつ貴族のお嬢様だった。
 フィリアが案内した宿は、富豪や貴族が利用するような高級宿である。こういった宿は重要な客が泊まるが故に、警備もサービスもしっかりしている。安全性という面ではかなりの信頼ができるが、当然宿泊料も馬鹿にならない。
 フィリアは良いが、俺のような身分の人間が立ち入っていいものだろうか?

「それじゃあ、さっさとチェックインしちゃいましょ」
「あ、おい……仕方ないな……」

 俺の葛藤をよそに、臆した様子もなく入っていくフィリア。諦めて俺もフィリアの後に続いて宿へ入っていく。
 そして――――数分もしないうちに宿を出る羽目になった。

「……ごめん、アゼル」
「いや、気にするな……むしろ良かったよ」

 申し訳なさそうに項垂れるフィリアに、俺は眉間を指で揉みながらも慰める。
 意気揚々と受付に立ったフィリアだったが、提示された金額を見た瞬間その笑顔を張り付けたまま固まってしまった。
 その顔を見た俺は最初とんでもない金額が提示されたのかと思ったのだが、確認した見たら一泊につき銀貨五枚と、高いものの高級宿としては一般的と言える値段だった。
 少し前の俺だったらフィリアと同じ顔をしただろうが、今の俺ならなら払える金額だ。不思議に思って、フィリアに声を掛けたところ、彼女は小声で気まずそうに言った。

「お金ない……」
「ああ?」

 思わず「何言ってんだこいつ」という感情を隠しもしない疑問符を投げつけた。
 何度も言うが、フィリアという少女はロスウェル子爵の子女だ。そんなやんごとなき身分の子どもが家を出て旅に出たのだから、当然そのための路銀も普通よりも多く持たされているはずだ。
 まさか道中で落としたのか?
 心中に沸いた俺の疑問に答えるように、フィリアは無言で自身の財布を差し出した。
 財布は上質な革を使った上品かつ丈夫な物だった。しかしその大きさは、俺の物と比べてもはるかに小さい。財布の口を開けて中身を見てみると、そこに有ったのは銅貨がほどんどで、銀貨はたったの二枚しかなかった。
 ちなみに、この国の貨幣は主に「銅貨」「銀貨」「金貨」が使用されている。銅貨一〇〇枚で銀貨一枚に両替でき、銀貨一〇〇枚で金貨一枚に替えられる。金貨以上の貨幣も存在すると聞いたこともある気がするが、まあ一生お目にかかることはないだろう。

「…………」

 思わず絶句した。
 いったい誰が想像できようか。貴族の子女がまさかこれっぽっちの路銀しか持たされず、そしてそれを忘れて得意げに高級宿に入るなんて……というか、魔石を捨てた時少し言い淀んでいたのはこれが理由か。
 どことなく哀愁が漂うフィリアに俺は何と言ったらいいかわからず、結局無言のまま財布を返した後そのまま俺たちは宿を出たのだった。

 しかし、なんだってこんな「普通の」金しか持たされなかったのだろうか?
 少し気まずかったが彼女に尋ねてみると、どうやらこの財布は領主様が手ずから用意した物だったのだそうだ。財布を受け取った時、彼女も中身の少なさに疑問を抱いて聞いたところ、こう言われたそうだ。

『旅をするとなると、今後の生活は安定性を著しく欠くだろう。当然、これまでのような生活はできん。この程度の貧しさを越えられんのでは、旅に出るなんぞ話にならん』

 それを聞いたフィリアは不満を覚えるどころか、むしろ父親からの挑発と受け取って、闘志を燃やして受け取ったのだそうだ。
 ……んで、それを忘れてこれまでの金銭感覚のまま高級宿に入ったというわけか。

「あー、あれだ……気を取り直して別の宿探そうぜ、な?」
「うん……」

 フィリアがしおらしい。こんな姿の彼女を今まで見たことがあっただろうか。いいや、ない。

――『娘をどうかよろしく頼む』――

 領主様の手紙の一文が俺の頭に甦る。まさかあの父親、これも踏まえてあの言葉を綴ったんじゃないだろうな?
 俺の現在の所持金は、銀貨八〇枚と金貨二枚だ。残りの銀貨二〇枚は俺の家の棚に隠してある。
 本当は比率を反対にしたかったが、出る際に修道長のエルミナさんの忠告を思い出して、悩んだ末に二〇枚だけを残すことにしたのだ。
 俺も金に目が眩んだ愚か者は散々見て来たからな。家族が欲深い奴に襲われて欲しくないし、逆に家族がそんな奴らのようにはなって欲しくはない。
 そういうわけで領主様から貰った報酬がほぼ手元にあるのだが、かといって贅沢な旅をするつもりは毛頭ない。旅は何かと入り用だ、削れるところは削るべきだ。
 フィリアが持っている金額も、普通の旅人が持つ路銀には十分な額だ。寧ろこのアクシデントは、俺個人としては歓迎すべきことだ。

「……まさか、本当にそこまで織り込み済みだったのか?」

 このフィリアのミスも、考えようによっては金銭感覚を矯正する切っ掛けであると言える。フィリアが高級宿に入ることを見越していたとしたら、領主様はいったいどこまで先を見据えて旅の準備をさせていたというのだろうか? ……いや、さすがに考えすぎか。

「どうしたの?」
「何でもねえよ、気にすんな――あ、そこのあんた。ちょっといいか?」

 俺はそこら辺を歩く地元民らしき男性に手頃な宿屋を教えてもらい、その場所へ向かった。
 教えられた通りに道を進み辿りついたのは簡素な木造の宿。入り口の上に吊り下げられた看板には「樫の木のリス」と書かれていた。隣には煙突の立った平たい建物が建てられており、そこからは良い香りが漂っている。おそらく酒場だろう。
 立地も町の中心と外縁の丁度中間に位置しているといった所で、治安も悪くなさそうだ。

「悪くなさそうだが、フィリアはどうだ?」
「うん、良いんじゃない? 村の宿に似た雰囲気もするし」

 フィリアからも否定的な意見は出なかったため、俺は目の前の扉を開けて宿の中に入る。
 扉の前には受付があり、そこには若い男性がひとり立っていた。

「いらっしゃい。宿泊ですか?」
「ああ。二部屋空いてるか?」
「確認するね。えーっと……うん、空いてるよ。宿泊料は一泊につき銅貨八枚ね。食事を部屋に運ぶサービスはやっていないけど、そこの酒場で食事ができる。そこもウチが経営しているところだから、腹が減ったら適当に座って注文してくれ」

 男性が指を指したのでつられて視線をそちらへ送ると、そこには既に少なくない人が食事をしていた。厨房には何人かの料理人がおり、また料理を運ぶ給仕も何人かいる。また客も多様で、地元の人間から旅人、さらには冒険者と思わしき者たちの姿も見えた。

「ふむ、随分繁盛しているんだな」
「はは、そうだろう? と言っても稼ぎの大半は酒場からだけどね。宿屋としての利益はいまいちなんだよね。実際、今泊っている人はあんまりいなくてね」

 言われて酒場を観察したところ、どうやら酒場用に別の扉が備えてあることに気が付いた。俺たちが入ってきた扉よりも大きく作られており、人が二人並んでも通れる余裕がある。
 おそらく酒場として利用する者たちはそこから入って来るのだろう。

「へえ、そうなのか。何か美味い酒でもあるのか?」
「酒だけじゃなくて料理も美味いよ! あまりの美味さに酒が止まらなくて、連日酔い潰れる奴が出るくらいだ」
「ほほう。なら食事は期待できそうだ。身体を清める湯はあるか? 外から来たばかりで少し汚れているんだ」
「あー悪いね。ウチはそういうサービスはしていないんだ。でもこの近くに公共の水浴び場があるから、身体を清めたいんならそっちに行くと良いよ」
「わかった。親切にありがとな」

 俺は自身の財布から銅貨十六枚を取り出して机に置いた。

「え、ちょっと! 私が泊まる部屋は自分で払うわよ⁉」
「気にすんな、単純に俺が支払いを分けるのが面倒なだけだ。ここは素直に奢られておけ」

 金額を数え終わった男性から部屋の鍵を二つ受け取ると、一つを適当にフィリアに向かって放る。鍵には番号が付いた札が付けられており、ついでに言うと俺たちの部屋の番号は連続していた。どうやら部屋は隣り合っているようだ。

「でも……」
「別に知らん仲じゃないんだから遠慮すんな。ほら、いつまでも受付を占領してちゃ迷惑だ。さっさと部屋に行くぞ」
「……そうね。ありがと、アゼル」

 俺は無理やり話を終わらせて酒場とは反対側、受付の横の廊下を進んでいく。フィリアは納得しきっていない様子だったが、俺なりの気遣いを汲んでくれたのか礼を言って後ろに続いた。
 廊下にはいくつもの扉があり、その途中には二階へ上がるための階段があった。どうやら一階が、二から三人が同時に泊れる大きめの部屋で、二階がひとり用の小さな部屋のようだった。
 俺たちは二階に上がり鍵に付いている番号を頼りに自身の部屋を見つけ、それぞれの部屋に入っていった。
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