血染めの世界に花は咲くか

巳水

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44話:テストの評価と魔石

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「グゥッ……ウゥ」

 苦悶の声を漏らして最後の一体が倒れ伏す。後に残るのは五体の木陰狼シェイドファングの死体と【小焔球フレア・ボム】によって抉れた地面、そして焼け焦げた臭いだけだった。

「か、勝ったあーー!」

 フィリアが杖を掲げて勝利を喜ぶ。
 しかし俺は彼女とは反対に、微妙な気持ちを抱きながら地面に降り立った。

「まずはお疲れ。よく頑張ったな」
「ふんっ、どんなもんよ! 私を帰らせようったってそうはいかないんだから!」
「とは言え、全体の評価としては甘めに見積もっても十段階評価で四点ってところだな」
「なんでぇ⁉」

 誇らしげな調子から一転して驚くフィリアに、俺は周囲を見るように促す。

「まず周囲を荒らしすぎ。ここが誰も来ない荒野とかだったらいいかもしれないが、他の人間が通る街道をこんなにボコボコにしたらまずいだろ?」
「……あ」

 指摘されてフィリアの表情が固まる。
 自然の中に敷かれた街道は荒れやすいとはいえ、それでも人の往来を助ける大切な場である。人の往来は道の先にある町や村の発展に繋がるため、当然その地の管理者の主導で定期的に道の点検を行っている。
 道の安全は商人などの安全に繋がるため、その道が荒れていれば危険だと判断され自然と人は寄り付かなくなる。
 魔物という脅威を相手にそこまで気を回せと言うのは無理な話ではあるが、今回の相手はEランクだ。いきなり無茶を放り投げたから仕方が無いとは思うが、もう少しやり様はあったと思う。

「あと、火っていうのもな……初めてのひとりでの戦闘って事とフィリアの得意属性を鑑みれば十分許容できることではあるが、近くの木に引火したら大変なことになっていたな」
「うぐ……」

 実際には、少ない火種で生木を燃やすのは難しいが、これが乾燥した地域や水分量の少ない木であった場合はこの辺りが火に包まれることになる。
 魔術で生み出した火は時間経過で消えるとは言え、その熱で発火した物はあくまで自然の現象。攻撃性が高いからと言って火属性魔術を乱発したら、自分も仲間も危険に晒してしまうのだ。

「とは言え、お前のように魔力に含まれている属性が火に傾いている人も多い。森の中だから火魔術を使うな、とは言わないさ。お前のことだから、【湧水フォンテ】以外にも引火した時の消火の術は持っているだろう? 極度に意識する必要はないが、周囲にはもう少しだけ気を付けたほうが良いかな」
「……ごもっともです」
「それから――」
「まだあるのぉ⁉」

 当然だ。今言ったのは、気にはなるが許容できる範囲のことだ。何だったら要点さえ覚えておけば、無視したって良い。
 これから言うのは戦闘面での評価であり、こちらは今後改善してもらう必要がある。

「魔術のチョイスが微妙だった。【小焔球フレア・ボム】も悪いとは言わないが、魔術の影響範囲を過信して当たりもしないのに連発したのは減点だ」

 俺だったら二、三発撃って当たらなかったら、別の手段を考える。
 敢えて【小焔球フレア・ボム】を当てることに固執するとしたら、木陰狼シェイドファングを直接狙うのではなく、周囲を囲うように放って逃げ場を無くして確実に当てる。【小焔球フレア・ボム】の弾速と木陰狼シェイドファングの走行だと木陰狼シェイドファングの方が早いため、進行方向を先読みして放っても見た後で避けられる。

「そんで最大の問題が、周囲の警戒が疎かになっていたことだ。俺の注意がなければ近付いて来る木陰狼シェイドファングぶ気付かず、そのまま首を噛まれて死んでいたぞ?」
「やっぱそれよね……あれは生きた心地しなかった」

 フィリアもその点には危機感を覚えたのか、俺の指摘に対し素直に落ち込んだ様子を見せた。
 ただでさえ気配や音を潜めるのが得意な木陰狼シェイドファングに、自身の【小焔球フレア・ボム】の爆発音で隠密の助長をした。
 木陰狼シェイドファングが群れで狩りをするのを知らなかったか、知っていたが失念していたかは俺にはわからないが、フィリアが接近する仲間に気付かなかったのは事実だ。

「命のやり取りでは、先に隙を見せたほうが死ぬ。たとえ相手が格下だろうが、そいつの武器で身体が傷付くのなら、常に殺される可能性が付きまとう……常に気を張っているのも良くないが、死角には特に注意を払っておけ」
「はい、気を付けます……」
「……まあとは言え、良かった点もある」

 思った以上に気落ちしてしまったため、今度は良いと思った点を教える。

「俺の助けがあったとはいえ、その後の防御魔術の展開は素早かった。俺が仕留めてしまったが、あの時は防御も間に合っていたから俺が手を出すまでもなかった。身を守るための行動は、早ければ早いほど生存力が上がる。咄嗟に防御魔術が使えるのは戦闘においてかなりの強みだ」

 あの展開速度は、ちょっとやそっとの努力で身につくものではない。魔術学園で練習していたのか、この数日で習得したのか。いずれにせよ、反射で出せるようになるために厳しい特訓をしたのだろうな。

「それから【炎矢フレイム・アロー】の精度も、思ったほど悪くはない。矢の速度も他の魔術師のより少し速いし、少しアドバイスしただけで徐々に安定し始めた」

 二回の戦闘を見た感想としては、多分フィリアは本番にめっぽう強いタイプだ。
 普段は当たらないなどと言っていたが、もう十分に実戦でも使用できる。今はまだ練度が甘いから無理だろうが、どこかで纏まった時間を取って訓練させれば、放った矢を操って追尾させることもできるようになるだろう。

「赤点ギリギリだが、テストは合格。このまま頑張れば、一人前になるのもそう遠くない話だ。今はまだ危険な魔物も出ないし、危なくなっても俺が助力するから、しばらくは安心して経験を積んでいけ」

 そう言って俺はフィリアの頭を軽く撫でる。
 人には「褒められて伸びる者」と「叩いて伸びる者」がいると言うが、基本的に人間は褒めなければ能力が伸びないと俺は思っている。
 子どもなんかは特にそうだが、良いところは素直に、かつしっかり褒めて個人の自己肯定感を上げてやらなければ、将来自身の無い人間に成長してしまう。
 出来たところはよく「褒める」。失敗しても「努力を認める」。間違いを犯したら「叱る」。
 人間を育てるのにはこの三点を上手く使うのが何よりも重要なのだ。失敗は成功の母とも言うのだし、失敗しない人間などいない。駄目だったのは本人もわかっているのだから、どうすれば成功するのかを導いてやればいい。叱るという手段は、やってはいけないことをやったときにやるものだ。
 ……まあ、それが実践できるかどうかは、教育者の器量次第だがな。

「むう、なんか子ども扱いされてる気がする。もう十六歳なのに……同い年なのに」
「……そう言えばそうだったな」

 若干照れが混じったような微妙な表情で不満を漏らすフィリアに、俺は思わず呟いた。
 幼馴染とは言えみだりに女性の頭を触るのは、かなり失礼な行いだったな。ましてやそれが年頃の娘となるとなおさらだ。
 前世は若い姿で不老不死となったとはいえ、その精神は三〇〇年を生きた人間だ。人との交流は皆無だったために精神が老いることもなかったが、それでも自分の方が年上だという認識がどうしてもある。
 前世で部下を教育した経験があるもののほぼ男だったため、女性の教育となると不慣れからかついつい子どもの教育をイメージして接してしまう。

「悪い、以後気を付ける」

 悪いと思ったら素直に謝罪する。なんだかんだそれが一番、衝突が少なくて済む。
 幸いそこまで不快に思っていなかったようで、フィリアはすぐにいつもの調子を取り戻した。

「それより、この道どうしようか? 死体の処理もしなきゃだし……」
「そうだな、地面を均す魔術は使えるか?」
「ごめん。土魔術は基礎の【岩弾ロックボルト】を授業で聞いたくらいで、他の魔術は知らない……」
「まあ、お前の適性を考えるとそうだよな。なら消火の魔術は? さっきは習得していると仮定して言ってしまったが、実際のところどうだ?」
「そっちは使える。でも何で消火?」
木陰狼シェイドファングの死体の処理をしてほしい。森の奥――は、ちょっと危ないか。仕方ない、ちょいとマナーが悪いが街道の上で焼いてくれ。街道の修復は俺がやる」
「わかった」

 そう言ってフィリアは死体を一か所に集め始めた。
 俺の方はまず【血織刃けっしょくじん】で箒を作り、飛び散った土を可能な限り集め窪みを埋めていく。足りない分は森の中へ布を伸ばし、【血織刃】のシャベルで土を拝借する。
 あらかた埋め終わったら、【崩嚇槌ほうかくつい】で叩いて均す。この間僅か三分。料理が出来上がるよりも速い。
 さてフィリアの方はというと、彼女は木陰狼シェイドファングの死体を集め終わって火を点け始めるところだった。
 俺も大抵早かったが、僅かな時間で五体もの死体をひとりで集めるとは。連日の肉体作業はここでも実を結んでいるようだ。

「そういえばアゼル、血はどうする?」
「あー、今は別にいらないな。そのまま処理してくれ」
「じゃあ、火を点けるわよ――【炎昇フレア】」

 フィリアの杖から炎が放たれ、死体から火が点き煙が立ち始める。
 街道の近くで魔物と遭遇した場合は、死体はこうして火で燃やすか地に埋めるかの二種類だ。道から外れた森の中なら放置でも問題ないが、道の近くに適当に放置すると臭いに釣られて更に別の魔物が寄ってくることもあるから、きちんとした処理をするのが旅をする者のマナーだ。
 死体の処理法としては埋める方が主流だが、こちらの場合は安全かつ時間もそうかからんが、なにせ疲れる。また人の往来のある道の近くだと悪臭や、他の魔物が寄ってくることもあるため、埋める際には道から離れた場所に埋めるのが暗黙の了解になっている。
 だからフィリアのような火魔術に長けた魔術師がいるならば、このように火で焼いてしまった方が後処理が楽なのだ。

「うーん、とは言え完全に燃えるのにも時間がかかるわね」
「意外とな。埋めるよりは楽とは言え、生き物ってのは水気が多いから、燃え始めるのも、燃え尽きるのもそれなりの時間がかかる」

 俺の魔術なら埋めるのに手間も時間もかからないのだが、それをしなかったのは単純に遠くに行くのが面倒臭かったのと、フィリアに死体処理というものを知ってもらうためだ。
 幸いフィリアは平気だったようだが、いざというときに死体を見て気分を悪くされてしまうと、今後が大変だからな。
 しばらく見守り続けているとやがて火の勢いが弱くなり、消えるころには灰と骨、そして計五個の魔石が残った。俺はそれらをまとめて近くの茂みに放り投げた。

「いいの?」
「魔石のことか? 町に行けば売れるだろうが、どうせEランクの魔石だからちょっとした小遣いにしかならない。だからフィリアの予備の魔力にもならないだろうし、俺も要らない」
「魔瘴石……そういえば、教科書に書いてあったわね。確か、魔物の中にある魔石には「魔精石」と「魔瘴石」の二種類あるのよね」
「知ってたか。魔物から出る魔石のほとんどは、この魔瘴石だ」

 フィリアの言う通り、魔物の脳にある魔石には「魔精石」と「魔瘴石」の二種類ある。名前からもわかると思うが、この二種の違いは魔石に内包している魔力の性質だ。
 属性魔術と同じ精気の魔力を内包しているのが「魔精石」。固有魔術ユニークマジックと同じ瘴気の魔力を内包しているのが「魔瘴石」。それらをまとめて魔石と呼んでいる。
 これは転生してから知ったことだが、この魔石は外付けの魔力として利用することができ、魔力が枯渇した際には魔石から魔力を取り出してそのまま魔術に転用することができる。
 ただそのままでは取り出す際に魔力のロスが生じるため、緊急用の魔力として利用する魔石にはロスを抑えるための加工が必要になる。
 また魔力を抜き取った魔石は後から別の魔力を貯蔵することが可能で、その性質から魔道具を動かすためのエネルギー供給装置として利用されたりもする。ただ蓄えられる魔力量は魔物のランクに比例するため、ランクの低い安い魔石はその分消耗も早い。そのため市井においても魔石の需要はそれなりに高いのだとか。

「とは言え、今は金には困っていないだろ? 魔石を売るにしてもその売り先は限られてるから、今は余計な荷物を持たないほうが良いだろうと思ったんだ……もしかして欲しかったか?」
「あ、いや、大丈夫……そうね、お金はあるしね……はは」

 妙に歯切れが悪い言い方をしているが、あれかな? 記念として欲しかったのだろうか? だとしたら確認せずに捨てたのは悪かったなあ。
 しかし取りに行くのも面倒だから、次は注意することにしよう。
 こうして互いに奇妙な気まずさを抱えながらも、俺たちは再び歩を再開し町へと向かった。
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