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36話:月の下で君に花を
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「……お前はいつも、唐突に現れるなぁ」
「あんたこそ……いつも何も言わずに、いなくなるじゃない……」
そう言う彼女の声は軽く息が上がっており、いつもの元気さが消えている。
「よくここがわかったな?」
「わからなかったわよ。家にも戻っていなかったから、心当たりある場所を手当たり次第に探し回っていたの……はあ、ちょっとそこ入れなさい」
「あん? お、おい……」
フィリアは洞の中に入り込み、俺を押しのけて隣に座った。ただでさえ狭い空洞がさらに狭くなり、互いの肩がぴたりと付く。
……いや、どういう状況だコレ?
「なあ――」
「なんで黙って居なくなったの? そんな大怪我をしたまま、ひとりでこんなところまで来て……」
俺の言葉を遮りフィリアはそう問い質した。彼女はこちらを見ていないが、その口調は平坦ながらも僅かに怒りが滲んでいた。
俺は言葉を返そうと口を開くが良い言い訳が思いつかず、結局何も答えることができず目を逸らして口を噤んだ。
そうして気まずい沈黙が二人の間に流れる。先に言葉を発したのは、やはりフィリアだった。
「ねえ、勘違いだったらいいんだけどさ……あなたが隠していることって、固有魔術に関係している、よね?」
「…………」
やはり、気付かれたか。喰血哭との戦いの最後では、戦場にまき散らされた血液に盛大に魔力を注いで干渉していたから、魔力の流れを読み取ることのできる魔術師ならば簡単に気付けただろう。
戦闘面での経験の浅いフィリアが気付いたくらいなのだから、魔術部隊の何人かは気付いている人が居る可能性が高い。
「あんたの【武具製造】は、魔力から武器を生み出すなんて単純な魔術じゃない。本当は「血液に干渉する魔術」なんでしょ?」
「…………ああ」
俺は観念して頷いた。ここまで確信を持った問い詰められ方をされては、下手な誤魔化しは無意味だ。
「その通りだ。ついでに言うと、【武具製造】も偽の名前だ……」
「まさか今の今まで私を騙していたなんてね。なんでそんなことを? そもそもどうして隠れるようなことなんか……いえ……そう、そういうことね。喰血哭は血を纏った不死骸にして、血塗れ夜王の眷属。そういえば、あんたは昔から血塗れ夜王の話が嫌いだったわね」
「いや、嫌いというか……そんな風に見えたか?」
「うん。大きくなっても血塗れ夜王の唄が聞こえる度に変な顔するから、意外と子どもっぽいなあって思ってた」
「マジか……いったいどんな顔してたんだ俺」
「血塗れ夜王の魔術は正確には記録されていないけど、歴史家の間では血液に干渉する魔術じゃないかと言われているわね。そのせいで血液に干渉する魔術は現代でも、良いイメージはないけど……まさかあなたが、血の魔術は不吉だと言われているのを真に受けて隠していたなんてね」
「悪いかよ……」
固有魔術迫害の風潮こそ薄れたが、血塗れ夜王の伝説の影響でなおも血の魔術が持つマイナスのイメージは払拭されていない。明かせば良くても奇異、高確率で忌避の目を注がれるのは避けられないだろう。
「……まさかと思うけどアンタ、固有魔術の噓がばれたから皆から隠れたんじゃないわよね?」
「ぅぐ……」
「まったく呆れた……いくら血の魔術が不吉だと思われているとは言え、皆からいじめられるとでも思った?」
フィリアは若干馬鹿にしたように言う。考えを当てられたことに気恥ずかしさを覚え、俺は思わず顔を背ける。
いじめられるという表現は少々幼稚だが、まあ皆の俺を見る目は良くない方向に変わるんじゃないかと思っている。前世での扱いが酷かったこともあり、どうしてもその時の反応を基準に考えてしまう。
生まれ変わって十六年を過ごしたが、未だ過去と現代人との認識にどれだけの温度差があるのか量り切れていないのは確かだ。
「そんなわけないじゃない。そりゃあ、子どもの頃なら少し反応が違ったかもしれないけど、喰血哭を相手に一歩も引かずに戦ったアゼルを、皆がそんな風に見るわけないわよ。今だって、いなくなったあんたを探し回っているんだからね?」
「そうなのか?」
「そうよ――だいたい、血を操る固有魔術だからって何? 確かに不吉かもしれないけど、そんなものただの迷信程度でしかないわ。そんなことを理由にアゼルを疎む人なんて、よほど古臭い考えに固執した年寄りエルフくらいしかいないわ」
「フィリア……」
「あんたは村を、私たちを守るために命を賭して戦った。皆あんたに感謝してるんだから――だからあんたも、いつまでもこんな所に隠れてないのっ」
そう言ってフィリアは子どもを窘めるように、俺の額をピンッと指で軽く弾いた。その行動に面食らって呆然とする俺を見てフィリアは微笑を浮かべると、そのまま立ち上がった。
「お前は、気持ち悪くはないのか? 俺のこの力が……生き物の血を浴びる魔術が……」
「そうねえ……私はどちらかというと好奇心が勝るわね。この魔術はどんなことができるんだろう、って。少なくとも私は、昔からあなたの魔術に興味津々だったわよ?」
言いたいことを言い終えて満足したのか、フィリアは静かに歩を進めて洞の外へと出ていく。
その言葉と後ろ姿を見て、なぜか俺は全身の力が抜けた。そして不意に、言う必要もないことが口を衝いて出た。
「俺の固有魔術――本当の名前は【血濡魔術】って言うんだ」
「え?」
今度はフィリアが面食らう番だった。俺は彼女に向けて軽く左腕を持ち上げると、血に染まった袖から茎も葉も赤い一輪の赤い薔薇を咲かせる。
魔力も枯渇しかけているいうのに、なぜこんなことをしているのか。俺自身もよくわからないが、なんとなく「知って欲しい」とそう思ったのだ。
「この魔術は血液そのものを操るんじゃなく、血に塗れた物――具体的には表面が全体の五、六割以上の血が付いた物を自在に操る能力だ」
馴染んだ武器ではなく、今まで作ったことのない薔薇の形状にしたのは特に理由はない。ただ言外に、俺の魔術が武器以外にも作れるということを示すためだった。【武具製造】は武器しか作れないと言い続けていたからな。
「ただの布を鋭い刃にすることも、柔らかな草を強固な盾にすることもできる。一度形にしてしまえば、血を落とすか破壊されない限り、俺の手を離れてもその状態を維持し続ける」
「【血濡魔術】……ずっと前からアゼルの出す武器が空中ではなく、身体の中から出ているように見えていたから気になっていたけど……なるほど、こういう仕組みだったのね」
フィリアはいつぞやの時と同じように、まじまじと俺が生み出した薔薇を見つめている。
ことあるごとに俺の固有魔術を見たがっていたが、以前から俺の固有魔術に対し疑問は感じていたのか。
フィリアは薔薇に手を伸ばし、初めは指先で軽く突き、害がないとわかると丁寧な手つきで花弁を撫でる。その瞳には一切の忌避感はなく、ただ純然な好奇心で輝かせていた。
……ああ、そうか。彼女は純粋に、魔術が好きなんだな。
「でも、どうして急に教えてくれたの?」
「なんとなく、としか言えないな。強いて理由をつけるなら信用しているからだな。ああ、念のため言っておくが、固有魔術の本当の名前は家族にも言ってないから、他の人には秘密にしてくれ。もっとも、兵士の中にも気づいた人はいるだろうから、あまり意味はないだろうがな」
そう言いながら俺は袖から薔薇を切り離しフィリアに差し出す。彼女は一瞬きょとんとし、戸惑いながらその薔薇を受け取った。
「え、くれるの?」
「随分熱心に見てたからな。薔薇の形をしてはいるが、所詮は汚い血の布だ。興味が無くなったら適当に捨てておけ」
何の能力もない血生臭いだけの布切れだが、その薔薇は破壊するか水に濡れるかしない限りその形を保つ。
彼女が与えてくれた優しさに対し、今の俺が送れる唯一の礼だ。
「村に帰るか。探してくれている皆に謝らないといけないしな」
「……そうね。帰りましょう」
そう言って俺たちは村へ向かって歩いていく。今回の後始末のために村はしばらく忙しくなるだろう。俺もこの先の、やるべきことを果たすための準備をしなくてはならない。やるべきことは目白押しだ。
だが今だけは、ただ青白い月明りを浴びながら、布団の中でゆっくりと眠りたい。それくらいの贅沢はしても良いだろう。
「あんたこそ……いつも何も言わずに、いなくなるじゃない……」
そう言う彼女の声は軽く息が上がっており、いつもの元気さが消えている。
「よくここがわかったな?」
「わからなかったわよ。家にも戻っていなかったから、心当たりある場所を手当たり次第に探し回っていたの……はあ、ちょっとそこ入れなさい」
「あん? お、おい……」
フィリアは洞の中に入り込み、俺を押しのけて隣に座った。ただでさえ狭い空洞がさらに狭くなり、互いの肩がぴたりと付く。
……いや、どういう状況だコレ?
「なあ――」
「なんで黙って居なくなったの? そんな大怪我をしたまま、ひとりでこんなところまで来て……」
俺の言葉を遮りフィリアはそう問い質した。彼女はこちらを見ていないが、その口調は平坦ながらも僅かに怒りが滲んでいた。
俺は言葉を返そうと口を開くが良い言い訳が思いつかず、結局何も答えることができず目を逸らして口を噤んだ。
そうして気まずい沈黙が二人の間に流れる。先に言葉を発したのは、やはりフィリアだった。
「ねえ、勘違いだったらいいんだけどさ……あなたが隠していることって、固有魔術に関係している、よね?」
「…………」
やはり、気付かれたか。喰血哭との戦いの最後では、戦場にまき散らされた血液に盛大に魔力を注いで干渉していたから、魔力の流れを読み取ることのできる魔術師ならば簡単に気付けただろう。
戦闘面での経験の浅いフィリアが気付いたくらいなのだから、魔術部隊の何人かは気付いている人が居る可能性が高い。
「あんたの【武具製造】は、魔力から武器を生み出すなんて単純な魔術じゃない。本当は「血液に干渉する魔術」なんでしょ?」
「…………ああ」
俺は観念して頷いた。ここまで確信を持った問い詰められ方をされては、下手な誤魔化しは無意味だ。
「その通りだ。ついでに言うと、【武具製造】も偽の名前だ……」
「まさか今の今まで私を騙していたなんてね。なんでそんなことを? そもそもどうして隠れるようなことなんか……いえ……そう、そういうことね。喰血哭は血を纏った不死骸にして、血塗れ夜王の眷属。そういえば、あんたは昔から血塗れ夜王の話が嫌いだったわね」
「いや、嫌いというか……そんな風に見えたか?」
「うん。大きくなっても血塗れ夜王の唄が聞こえる度に変な顔するから、意外と子どもっぽいなあって思ってた」
「マジか……いったいどんな顔してたんだ俺」
「血塗れ夜王の魔術は正確には記録されていないけど、歴史家の間では血液に干渉する魔術じゃないかと言われているわね。そのせいで血液に干渉する魔術は現代でも、良いイメージはないけど……まさかあなたが、血の魔術は不吉だと言われているのを真に受けて隠していたなんてね」
「悪いかよ……」
固有魔術迫害の風潮こそ薄れたが、血塗れ夜王の伝説の影響でなおも血の魔術が持つマイナスのイメージは払拭されていない。明かせば良くても奇異、高確率で忌避の目を注がれるのは避けられないだろう。
「……まさかと思うけどアンタ、固有魔術の噓がばれたから皆から隠れたんじゃないわよね?」
「ぅぐ……」
「まったく呆れた……いくら血の魔術が不吉だと思われているとは言え、皆からいじめられるとでも思った?」
フィリアは若干馬鹿にしたように言う。考えを当てられたことに気恥ずかしさを覚え、俺は思わず顔を背ける。
いじめられるという表現は少々幼稚だが、まあ皆の俺を見る目は良くない方向に変わるんじゃないかと思っている。前世での扱いが酷かったこともあり、どうしてもその時の反応を基準に考えてしまう。
生まれ変わって十六年を過ごしたが、未だ過去と現代人との認識にどれだけの温度差があるのか量り切れていないのは確かだ。
「そんなわけないじゃない。そりゃあ、子どもの頃なら少し反応が違ったかもしれないけど、喰血哭を相手に一歩も引かずに戦ったアゼルを、皆がそんな風に見るわけないわよ。今だって、いなくなったあんたを探し回っているんだからね?」
「そうなのか?」
「そうよ――だいたい、血を操る固有魔術だからって何? 確かに不吉かもしれないけど、そんなものただの迷信程度でしかないわ。そんなことを理由にアゼルを疎む人なんて、よほど古臭い考えに固執した年寄りエルフくらいしかいないわ」
「フィリア……」
「あんたは村を、私たちを守るために命を賭して戦った。皆あんたに感謝してるんだから――だからあんたも、いつまでもこんな所に隠れてないのっ」
そう言ってフィリアは子どもを窘めるように、俺の額をピンッと指で軽く弾いた。その行動に面食らって呆然とする俺を見てフィリアは微笑を浮かべると、そのまま立ち上がった。
「お前は、気持ち悪くはないのか? 俺のこの力が……生き物の血を浴びる魔術が……」
「そうねえ……私はどちらかというと好奇心が勝るわね。この魔術はどんなことができるんだろう、って。少なくとも私は、昔からあなたの魔術に興味津々だったわよ?」
言いたいことを言い終えて満足したのか、フィリアは静かに歩を進めて洞の外へと出ていく。
その言葉と後ろ姿を見て、なぜか俺は全身の力が抜けた。そして不意に、言う必要もないことが口を衝いて出た。
「俺の固有魔術――本当の名前は【血濡魔術】って言うんだ」
「え?」
今度はフィリアが面食らう番だった。俺は彼女に向けて軽く左腕を持ち上げると、血に染まった袖から茎も葉も赤い一輪の赤い薔薇を咲かせる。
魔力も枯渇しかけているいうのに、なぜこんなことをしているのか。俺自身もよくわからないが、なんとなく「知って欲しい」とそう思ったのだ。
「この魔術は血液そのものを操るんじゃなく、血に塗れた物――具体的には表面が全体の五、六割以上の血が付いた物を自在に操る能力だ」
馴染んだ武器ではなく、今まで作ったことのない薔薇の形状にしたのは特に理由はない。ただ言外に、俺の魔術が武器以外にも作れるということを示すためだった。【武具製造】は武器しか作れないと言い続けていたからな。
「ただの布を鋭い刃にすることも、柔らかな草を強固な盾にすることもできる。一度形にしてしまえば、血を落とすか破壊されない限り、俺の手を離れてもその状態を維持し続ける」
「【血濡魔術】……ずっと前からアゼルの出す武器が空中ではなく、身体の中から出ているように見えていたから気になっていたけど……なるほど、こういう仕組みだったのね」
フィリアはいつぞやの時と同じように、まじまじと俺が生み出した薔薇を見つめている。
ことあるごとに俺の固有魔術を見たがっていたが、以前から俺の固有魔術に対し疑問は感じていたのか。
フィリアは薔薇に手を伸ばし、初めは指先で軽く突き、害がないとわかると丁寧な手つきで花弁を撫でる。その瞳には一切の忌避感はなく、ただ純然な好奇心で輝かせていた。
……ああ、そうか。彼女は純粋に、魔術が好きなんだな。
「でも、どうして急に教えてくれたの?」
「なんとなく、としか言えないな。強いて理由をつけるなら信用しているからだな。ああ、念のため言っておくが、固有魔術の本当の名前は家族にも言ってないから、他の人には秘密にしてくれ。もっとも、兵士の中にも気づいた人はいるだろうから、あまり意味はないだろうがな」
そう言いながら俺は袖から薔薇を切り離しフィリアに差し出す。彼女は一瞬きょとんとし、戸惑いながらその薔薇を受け取った。
「え、くれるの?」
「随分熱心に見てたからな。薔薇の形をしてはいるが、所詮は汚い血の布だ。興味が無くなったら適当に捨てておけ」
何の能力もない血生臭いだけの布切れだが、その薔薇は破壊するか水に濡れるかしない限りその形を保つ。
彼女が与えてくれた優しさに対し、今の俺が送れる唯一の礼だ。
「村に帰るか。探してくれている皆に謝らないといけないしな」
「……そうね。帰りましょう」
そう言って俺たちは村へ向かって歩いていく。今回の後始末のために村はしばらく忙しくなるだろう。俺もこの先の、やるべきことを果たすための準備をしなくてはならない。やるべきことは目白押しだ。
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