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37話:ロスウェル子爵の尋問
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夜が過ぎ、朝日を迎えたロスウェル村は、残念ながら良い状態とは言えなかった。
建物の倒壊こそないが、地穿鹿の群れが横断したことにより、備蓄していた食料が荒らされ、砕けた瓶や雑貨が外に散らかっている。
戦場となった畑は喰血哭が暴れたせいで酷く荒れており、皆がせっかく撒いた種も苗も台無しとなっていた。
避難していた村の人たちの方は、早朝には戻ってきていた。バルドルさんたちが念入りに村の周囲を確認した後、早馬を出して移動中の皆を連れ戻したのだ。
皆夜通し歩き続けていたからか、非常に疲れた様子だった。不安や疲労を湛えたその顔は戦争から逃げる避難民を思い出し、俺は人知れず心を痛めた。
村の皆に混じって子爵家の馬車もあったが、その中にいたのは跡継ぎの長男様と奥様、フィリアの姉の姿だけだった。どうやら現領主のロスウェル子爵は館に残っていたようだ。
村の人たちの護衛には兵士だけではなくカイルたちも就いていた。
彼らと軽く話してみたところ、どうやら村の戦力をできるだけ喰血哭の足止めに回すために、領主様が任を終えたばかりの彼らに追加で護衛を依頼したようだ。
人も村も散々なありさまだが、俺にとって何より酷い事は死者が出てしまったことだった。
戦死者の遺体は昨夜のうちに集められたものの、入れるべき棺の用意ができていないため戦場に並べて寝かしてある状態だ。
「夜王の遺産」と、それによって異質な進化をした不死骸の存在さえなければ、彼らが死ぬことはなかった。意図していたものではなかったとはいえ、彼らが死んでしまったのは俺の責任だと言える。
「はあ……死者は蘇らない。そんなことは嫌というほど思い知らされてきたが、それでも願わずにはいられないな」
静かに横たわる兵士の遺体に彼らの家族が縋りつき涙する姿を、俺はただ見つめることしかできなかった。
誰に聞かせるでもなく呟いていると、そんな俺の背後から誰かが近付いて来る。振り向くとそこには、フィリアとバルドルさんの姿があった。
「フィリア? バルドルさんまで……」
彼女は屋敷に戻っていたはずだが、いったいなぜここにいるのだろうか?
「ちょっとあんたに用事があって……それよりアゼル、もう動いて大丈夫なの?」
「ああ、一晩休んだおかげで魔力はだいぶ回復した。怪我の方は相変わらずだが、見た目ほど酷くはないさ」
「その怪我を心配していたんだけど……強がらずに修道院で治療してもらったほうがいいんじゃない?」
「大丈夫さ。今の修道院は治療が必要な人でごった返しているだろ? 治癒の魔術が効き難い俺に魔力を消費するよりも、多くの人のために使った方が村のためになる……それよりも、用事ってなんだ? わざわざバルドルさんまで一緒になって」
「俺はお付き……というよりも、本来は俺が子爵様からの言伝を預かっていたのだがな……フィリア様がお前と村の様子を見に行きたいとおっしゃって、それを子爵様が許可したのでな」
またいつものわがまま……という感じではないのだろうな。フィリアも戻ってきた村の人の状態が心配だったのだろう。
しかし、領主様からの言伝とはいったい……?
「今回の戦いでアゼルが活躍したことを聞いて、お父様が直接感謝を言いたいから一度屋敷に来て欲しいんだって。もちろん、怪我の状態が良ければだけど……」
感謝、ねえ……おそらく額面通りではないだろう。
とは言え、俺に拒否する意思はない。今後の予定のためにも、こういった用事は早めに処理したい。
「招待に応じるよ。すぐにでも向かわせてもらう」
「……いいけど。ねえ、本当に怪我は大丈夫なの?」
「平気平気。血は止まっているし、少し痛むだけだ。何だったら戦闘中に受けた治療の分、喰血哭と戦う前よりもマシになっているくらいだ」
そう言ってフィリアをとりあえず納得させ、俺たちは領主の館へ向かった。
館に付くと俺は前回の客室ではなく、二階の執務室へ案内された。屋敷は変わらずきれいな状態だったが、前回と比べて兵士の数が少ない。おそらく館の警備に必要な最低限の人数だけを残して、他は村の方で様々な処理をしているのだろう。
「お父様、アゼルを連れてきました」
「フィリアか……入りなさい」
フィリアが扉を開けると、窓辺の執務机に腰かける領主様が出迎えた。机の上には書類の山が溜まっており、俺たちが来る直前まで事務仕事に追われていたことが伺えた。
「やあアゼル君……重体なのに呼び寄せてしまったことに加え、まともな出迎えも出来ずにすまないね」
「いえ、お気になさらず。フィリア――様にも言いましたが、見かけほど状態は酷くありません。寧ろ重要な執務の邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「それこそ君が気にすることではないよ。さて、ずっとそこに立たせるわけにもいかない。急ごしらえの物で申し訳ないが、そこの椅子に掛けて楽にしてくれ」
わざわざ俺のために用意したのか、執務机の前にはテーブルと対面に置かれた二脚の椅子が置かれていた。机の上にはティーセットが添えられていたが、何故かそのカップは二つしか用意されていなかった。
「あら……お父様、カップが足りないようだけど? それに椅子も二人分しか無いし……」
「そのことだが、二人ともしばらく席を外してくれ。今回私は、彼と二人きりで話がしたいのだ」
フィリアの疑問に領主様はそんなことを言い出した。二人とも聞かされていなかったのか、驚いた表情をする。
「な、なんで? ただお礼を言うだけじゃ――」
「もちろんそれが本題だが、それとは別に個人的な話があってな。他の者には聞かれたくないんだ」
「…………」
やはり、か。おそらく昨晩のことを、バルドルさんか他の兵士から聴いたのだろう。
今回俺は制限を掛けず派手に動いたからな、色々と気になることがあるのだろう。
「でも、それは……ええっと」
「フィリア……大丈夫だ」
俺の魔術の本当の名前を知るフィリアが何とかかばおうとしてくれるが、美味い言い訳が思いつか無いのか言い淀む。おそらくフィリアも領主様が聞きたいことに察しがついたのだろう。
そんな彼女を俺は短い言葉で宥める。ここで変に食い下がると、却って不信感を与えてしまうだろう。
フィリアは不安そうだったが、結局何も言えないことを悟り退室した。バルドルさんも何か言いたげだったが、領主様と俺を交互に見た後、結局何も言わずに彼女と同様に退室する。
ひとり残った俺は、心中で溜息を吐き中央の椅子に腰を下ろす。
領主様は扉がしっかりと閉まっていることを確認すると、執務机から移動し俺の対面に座った。
「さて……まずは、礼を言わせてほしい」
椅子に座るなりそう言って、領主様は頭を下げた。
「い、いえ、そんな……やれることをやっただけですよ」
何を問い詰められるのかと警戒していた俺は、彼の予想外の行動に動揺する。
まさか貴族であるロスウェル子爵がただの平民である俺に向かって頭を下げるとは……人としては尊ぶことではあるが、国から爵位を貰った貴い身分を持つ彼の頭は、そんな軽々しく下げて良いものではない。貴族同士ならともかくとして、ましてや平民などには……。
「君の活躍はバルドルや他の兵士たち、そして娘からも聞いている。君がいなければ、被害はもっと大きくなっていた……いや、それどころか成す術なく村は滅んでいただろう。君の功績は、まさに英雄と言っても差し支えない」
「勿体なきお言葉です」
「謙遜する必要はない――だが、いくつか気になることがある」
そう言うと領主様の視線が鋭くなり、雰囲気も僅かに緊迫したものに変わった。
「君は喰血哭を打ち倒した直後に、姿をくらましたようだね。森の中にいたと聞いていたが、なぜけがの治療もせずにそんなところへ?」
「……他に魔物の脅威ないかを調べていました。喰血哭程の魔物が大暴れしながら森を進んでいたことを考えると、南の森から夜狩熊のような高ランクの魔物が追い立てられているかもしれませんでしたから。戦場には血が広がっていたので、飢えた魔物が臭いに釣られて出てきたら、危険だと思った次第です」
勿論嘘だが、この場を誤魔化すにはこれ以上の理由を思いつかなかった。一聴するともっともらしく聞こえるが、その実かなり無理がある理由付けだ。
ここら辺に生息する魔物は最大でCランク程度。直前までAランクの喰血哭が暴れていたのだから、その気迫に当てられて大半の魔物は離れていくだろうから、別の魔物がすぐに現れる可能性はかなり低い。
もっともその懸念があったとしても、何も言わずに立ち去るのは不自然である。
俺自身でもかなり怪しい証言であると思うが、だからと言って素直に「コーネルを殺しに行きました」と本当の理由を話すわけにもいかないから仕方がない。
今の俺にできることは、嘘が露呈しないようにすまし顔を維持することだけだ。
しかし次に来た質問を聞いたとき、一瞬にしてその余裕を崩されてしまった。
「……喰血哭、もとい腐屍者の身体には赤い魔槍が刺さっていたようだな? 誰の目から見ても尋常ではない魔力が込められていたが、不思議なことに戦場を探しても見つからなかった。それがどこにあるかわかるかな?」
槍はコーネルの死体と同じ場所に放置したままだ。しかも槍に込めた紋様と魔力は、魔法界域【血染めの月下舞踏】に転用したことですっかり消えて、魔道具としての機能は無くなってしまった。血も抜けて赤くもなくなったため、見つかっても同じ物とは思われないかもしれない。
コーネルは事件の黒幕にして血追いの徒という狂信者集団の一員であったのだが、しかしそれを知るのは現状俺だけ。他の者にとってまだ彼は、依頼途中で逃げ出した無責任な冒険者止まりだ。奴の死体が見つかるとなると、また別の問題が上がってしまう。
それ故に俺はやはりこう言うしかなかった。
「知りません……」
「ふむ……」
領主様は机に肘をつき口元を隠すように両手を組んだ。変わらず鋭い目つきで俺を見るが、俺も負けじと見つめる。今ここで視線を逸そうものなら、自ら嘘だと言うようなものだ。
とは言えこのままでは、俺に対する疑いは強まるばかりだ。
「最近物忘れをするようになってね……君の固有魔術……あれはなんと言ったかな? 良ければもう一度、教えてくれると助かるのだがね?」
先ほどの質問からは、明らかに逸れた質問。しかし無関係であるとは俺も、領主様も思ってはいない。
「……私の固有魔術は、武具製造と言います」
「その能力は?」
「魔力から剣や盾、甲冑といった武具を創造する能力です」
「そうだったな。確かにそう聞いていたのを思い出したよ。しかし……昨晩見せた君の固有魔術からは、先ほどの説明と少しばかり齟齬があるように感じたのだが、それについて何か説明する事はあるか?」
「……大変申し訳ありませんが、おっしゃる意味がよくわかりせん」
俺なりに懸命にしらを切るが、領主様はこれまでの問答で何かを確信したようだ。
迂遠な問答では埒が明かないと判断したのか、領主様はついにこの会話の核心へ踏み込んだ。
「単刀直入に聞く。アゼル、君は森で何をしていた? 君と喰血哭はどういった繋がりがある? 事と次第によっては、私は君を捕らえなければならない」
「っ…………」
声を荒げるでもなく、領主様は変わらず静かな口調を維持していた。しかしそこには確かな威圧感があり、俺は思わず緊張し息を飲み込んだ。
それが領主様が俺を招いた理由であり、ここまでの会話で探ろうとした事柄だったのだろう。
予想はしていたが、まさか昨日今日でこんなことになるとは……。
「喰血哭との関係、ですか……なぜ私と繋がりがあると思われたのでしょうか?」
怪しまれている以上、嘘を重ねても自分の首を絞めるだけだ。
しかし気になるのは、戦場に居なかった領主様がなぜこうも早く気付いたのか。しかも俺の固有魔術のことと、喰血哭の関係まで追及されるなど思いもしなかった。
あの場に居た者であれば、俺の魔力と喰血哭が体内に隠し持っていた槍の魔力との繋がりに気付いてもおかしくない。しかしその場にいなかった者が、その繋がりに気付いたのは不自然だ。
否定したい気持ちがあったとは言え術を施した俺でさえも、喰血哭の本体が出てくるまで前世と繋がりがあったことに気付かなかったのだ。事情を知らない者が俺たちの関係性に気付くには、よほど魔力感知と魔力による個人の識別能力にが優れていなければならない。
しかしそれは犯罪捜査に卓越した魔術師にしか不可能な専門的な技能だ。少なくとも俺にはできない。
あの戦場にそれほどの魔術師はいなかったはずだが、いったいどうやって……。
「【万里往く旅浪の視座】という魔術を知っているかね?」
「オルクス……? いいえ、知りません」
「この魔術は、主に鳥などの使い魔に掛ける風と水の複合上級魔術なのだ。その効果は「使い魔の視界を共有し、遠方を覗き見る」というものだ。もちろん、観測できる距離には限度があるがね」
「っ……なるほど」
「そうだ。察しの通り、私は戦場を使い魔を通じて見ていた。こう見えて私は若い頃、軍の指揮官を務めたことがあってね。この魔術はその時に修めたものだ」
俺も先生の下で魔術を学び、戦場で多くの魔術に触れた身だが、そのような魔術は聞いたことがなかった。もちろんすべての魔術を知っていると嘯くつもりはないが、こう見えて前世で兵役し将軍まで上り詰めた身だ。最前線に立つばかりではあったが、有益な軍用魔術は一通り知っているつもりだ。
そんな俺が聞いたことがないとなると、この魔術は俺が死してからの二〇〇年の間にできた新たな魔術だろう。こんな状況でなかったら詳しく聴きたいところだ。
しかし、遠方から見ていたとなると、問題はどこまで見ていたかだな。
「君の戦いは私が直接、上空より見ていた。喰血哭は私の想定よりも遥かに恐ろしい存在だった。おそらく、村の兵士では勝利するどころか十分と持たずに全滅していたことだろう。今回の戦いで勝利を収めることができたのは、ひとえに君の魔術によるものが大きい。だが同時に、君の魔術には不審な点もあった……」
上空から見ていたとなると、さぞ多くの物が見えたことだろう。ともすれば身近にいた兵士よりも多くのことを……。しかも上級の魔術まで扱えるとなると、魔力の感知能力も並みの物ではない。となると当然……。
「お前はあの戦場で、喰血哭から流れ出た血液に魔力を流していたな? それも膨大な量を。そしてその血から君は数々の武器を生み出し、喰血哭を討伐して見せた。血に干渉する魔術と、全身に血を纏わせた喰血哭……アゼル、お前の持つ固有魔術は本当に【武具製造】という名前なのか?」
やはり気付かれていたか……ここまで来ると、もはや隠し通すことはできないか。
俺は諦めたように深呼吸をして、僅かに思考をする。
領主様は俺のことを不審に思いながらも、こうして二人きりで話す場を設けた。俺がもし領主様に仇成す人間であったらば、この行いは危険そのものだ。
しかし彼はそれを承知した上で、俺にここまで話してくれた。それはつまり、俺のことを僅かにでも信じてくれているからではないだろうか。
もしそうであるならば、俺はそこに賭けてみようと思う。
建物の倒壊こそないが、地穿鹿の群れが横断したことにより、備蓄していた食料が荒らされ、砕けた瓶や雑貨が外に散らかっている。
戦場となった畑は喰血哭が暴れたせいで酷く荒れており、皆がせっかく撒いた種も苗も台無しとなっていた。
避難していた村の人たちの方は、早朝には戻ってきていた。バルドルさんたちが念入りに村の周囲を確認した後、早馬を出して移動中の皆を連れ戻したのだ。
皆夜通し歩き続けていたからか、非常に疲れた様子だった。不安や疲労を湛えたその顔は戦争から逃げる避難民を思い出し、俺は人知れず心を痛めた。
村の皆に混じって子爵家の馬車もあったが、その中にいたのは跡継ぎの長男様と奥様、フィリアの姉の姿だけだった。どうやら現領主のロスウェル子爵は館に残っていたようだ。
村の人たちの護衛には兵士だけではなくカイルたちも就いていた。
彼らと軽く話してみたところ、どうやら村の戦力をできるだけ喰血哭の足止めに回すために、領主様が任を終えたばかりの彼らに追加で護衛を依頼したようだ。
人も村も散々なありさまだが、俺にとって何より酷い事は死者が出てしまったことだった。
戦死者の遺体は昨夜のうちに集められたものの、入れるべき棺の用意ができていないため戦場に並べて寝かしてある状態だ。
「夜王の遺産」と、それによって異質な進化をした不死骸の存在さえなければ、彼らが死ぬことはなかった。意図していたものではなかったとはいえ、彼らが死んでしまったのは俺の責任だと言える。
「はあ……死者は蘇らない。そんなことは嫌というほど思い知らされてきたが、それでも願わずにはいられないな」
静かに横たわる兵士の遺体に彼らの家族が縋りつき涙する姿を、俺はただ見つめることしかできなかった。
誰に聞かせるでもなく呟いていると、そんな俺の背後から誰かが近付いて来る。振り向くとそこには、フィリアとバルドルさんの姿があった。
「フィリア? バルドルさんまで……」
彼女は屋敷に戻っていたはずだが、いったいなぜここにいるのだろうか?
「ちょっとあんたに用事があって……それよりアゼル、もう動いて大丈夫なの?」
「ああ、一晩休んだおかげで魔力はだいぶ回復した。怪我の方は相変わらずだが、見た目ほど酷くはないさ」
「その怪我を心配していたんだけど……強がらずに修道院で治療してもらったほうがいいんじゃない?」
「大丈夫さ。今の修道院は治療が必要な人でごった返しているだろ? 治癒の魔術が効き難い俺に魔力を消費するよりも、多くの人のために使った方が村のためになる……それよりも、用事ってなんだ? わざわざバルドルさんまで一緒になって」
「俺はお付き……というよりも、本来は俺が子爵様からの言伝を預かっていたのだがな……フィリア様がお前と村の様子を見に行きたいとおっしゃって、それを子爵様が許可したのでな」
またいつものわがまま……という感じではないのだろうな。フィリアも戻ってきた村の人の状態が心配だったのだろう。
しかし、領主様からの言伝とはいったい……?
「今回の戦いでアゼルが活躍したことを聞いて、お父様が直接感謝を言いたいから一度屋敷に来て欲しいんだって。もちろん、怪我の状態が良ければだけど……」
感謝、ねえ……おそらく額面通りではないだろう。
とは言え、俺に拒否する意思はない。今後の予定のためにも、こういった用事は早めに処理したい。
「招待に応じるよ。すぐにでも向かわせてもらう」
「……いいけど。ねえ、本当に怪我は大丈夫なの?」
「平気平気。血は止まっているし、少し痛むだけだ。何だったら戦闘中に受けた治療の分、喰血哭と戦う前よりもマシになっているくらいだ」
そう言ってフィリアをとりあえず納得させ、俺たちは領主の館へ向かった。
館に付くと俺は前回の客室ではなく、二階の執務室へ案内された。屋敷は変わらずきれいな状態だったが、前回と比べて兵士の数が少ない。おそらく館の警備に必要な最低限の人数だけを残して、他は村の方で様々な処理をしているのだろう。
「お父様、アゼルを連れてきました」
「フィリアか……入りなさい」
フィリアが扉を開けると、窓辺の執務机に腰かける領主様が出迎えた。机の上には書類の山が溜まっており、俺たちが来る直前まで事務仕事に追われていたことが伺えた。
「やあアゼル君……重体なのに呼び寄せてしまったことに加え、まともな出迎えも出来ずにすまないね」
「いえ、お気になさらず。フィリア――様にも言いましたが、見かけほど状態は酷くありません。寧ろ重要な執務の邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「それこそ君が気にすることではないよ。さて、ずっとそこに立たせるわけにもいかない。急ごしらえの物で申し訳ないが、そこの椅子に掛けて楽にしてくれ」
わざわざ俺のために用意したのか、執務机の前にはテーブルと対面に置かれた二脚の椅子が置かれていた。机の上にはティーセットが添えられていたが、何故かそのカップは二つしか用意されていなかった。
「あら……お父様、カップが足りないようだけど? それに椅子も二人分しか無いし……」
「そのことだが、二人ともしばらく席を外してくれ。今回私は、彼と二人きりで話がしたいのだ」
フィリアの疑問に領主様はそんなことを言い出した。二人とも聞かされていなかったのか、驚いた表情をする。
「な、なんで? ただお礼を言うだけじゃ――」
「もちろんそれが本題だが、それとは別に個人的な話があってな。他の者には聞かれたくないんだ」
「…………」
やはり、か。おそらく昨晩のことを、バルドルさんか他の兵士から聴いたのだろう。
今回俺は制限を掛けず派手に動いたからな、色々と気になることがあるのだろう。
「でも、それは……ええっと」
「フィリア……大丈夫だ」
俺の魔術の本当の名前を知るフィリアが何とかかばおうとしてくれるが、美味い言い訳が思いつか無いのか言い淀む。おそらくフィリアも領主様が聞きたいことに察しがついたのだろう。
そんな彼女を俺は短い言葉で宥める。ここで変に食い下がると、却って不信感を与えてしまうだろう。
フィリアは不安そうだったが、結局何も言えないことを悟り退室した。バルドルさんも何か言いたげだったが、領主様と俺を交互に見た後、結局何も言わずに彼女と同様に退室する。
ひとり残った俺は、心中で溜息を吐き中央の椅子に腰を下ろす。
領主様は扉がしっかりと閉まっていることを確認すると、執務机から移動し俺の対面に座った。
「さて……まずは、礼を言わせてほしい」
椅子に座るなりそう言って、領主様は頭を下げた。
「い、いえ、そんな……やれることをやっただけですよ」
何を問い詰められるのかと警戒していた俺は、彼の予想外の行動に動揺する。
まさか貴族であるロスウェル子爵がただの平民である俺に向かって頭を下げるとは……人としては尊ぶことではあるが、国から爵位を貰った貴い身分を持つ彼の頭は、そんな軽々しく下げて良いものではない。貴族同士ならともかくとして、ましてや平民などには……。
「君の活躍はバルドルや他の兵士たち、そして娘からも聞いている。君がいなければ、被害はもっと大きくなっていた……いや、それどころか成す術なく村は滅んでいただろう。君の功績は、まさに英雄と言っても差し支えない」
「勿体なきお言葉です」
「謙遜する必要はない――だが、いくつか気になることがある」
そう言うと領主様の視線が鋭くなり、雰囲気も僅かに緊迫したものに変わった。
「君は喰血哭を打ち倒した直後に、姿をくらましたようだね。森の中にいたと聞いていたが、なぜけがの治療もせずにそんなところへ?」
「……他に魔物の脅威ないかを調べていました。喰血哭程の魔物が大暴れしながら森を進んでいたことを考えると、南の森から夜狩熊のような高ランクの魔物が追い立てられているかもしれませんでしたから。戦場には血が広がっていたので、飢えた魔物が臭いに釣られて出てきたら、危険だと思った次第です」
勿論嘘だが、この場を誤魔化すにはこれ以上の理由を思いつかなかった。一聴するともっともらしく聞こえるが、その実かなり無理がある理由付けだ。
ここら辺に生息する魔物は最大でCランク程度。直前までAランクの喰血哭が暴れていたのだから、その気迫に当てられて大半の魔物は離れていくだろうから、別の魔物がすぐに現れる可能性はかなり低い。
もっともその懸念があったとしても、何も言わずに立ち去るのは不自然である。
俺自身でもかなり怪しい証言であると思うが、だからと言って素直に「コーネルを殺しに行きました」と本当の理由を話すわけにもいかないから仕方がない。
今の俺にできることは、嘘が露呈しないようにすまし顔を維持することだけだ。
しかし次に来た質問を聞いたとき、一瞬にしてその余裕を崩されてしまった。
「……喰血哭、もとい腐屍者の身体には赤い魔槍が刺さっていたようだな? 誰の目から見ても尋常ではない魔力が込められていたが、不思議なことに戦場を探しても見つからなかった。それがどこにあるかわかるかな?」
槍はコーネルの死体と同じ場所に放置したままだ。しかも槍に込めた紋様と魔力は、魔法界域【血染めの月下舞踏】に転用したことですっかり消えて、魔道具としての機能は無くなってしまった。血も抜けて赤くもなくなったため、見つかっても同じ物とは思われないかもしれない。
コーネルは事件の黒幕にして血追いの徒という狂信者集団の一員であったのだが、しかしそれを知るのは現状俺だけ。他の者にとってまだ彼は、依頼途中で逃げ出した無責任な冒険者止まりだ。奴の死体が見つかるとなると、また別の問題が上がってしまう。
それ故に俺はやはりこう言うしかなかった。
「知りません……」
「ふむ……」
領主様は机に肘をつき口元を隠すように両手を組んだ。変わらず鋭い目つきで俺を見るが、俺も負けじと見つめる。今ここで視線を逸そうものなら、自ら嘘だと言うようなものだ。
とは言えこのままでは、俺に対する疑いは強まるばかりだ。
「最近物忘れをするようになってね……君の固有魔術……あれはなんと言ったかな? 良ければもう一度、教えてくれると助かるのだがね?」
先ほどの質問からは、明らかに逸れた質問。しかし無関係であるとは俺も、領主様も思ってはいない。
「……私の固有魔術は、武具製造と言います」
「その能力は?」
「魔力から剣や盾、甲冑といった武具を創造する能力です」
「そうだったな。確かにそう聞いていたのを思い出したよ。しかし……昨晩見せた君の固有魔術からは、先ほどの説明と少しばかり齟齬があるように感じたのだが、それについて何か説明する事はあるか?」
「……大変申し訳ありませんが、おっしゃる意味がよくわかりせん」
俺なりに懸命にしらを切るが、領主様はこれまでの問答で何かを確信したようだ。
迂遠な問答では埒が明かないと判断したのか、領主様はついにこの会話の核心へ踏み込んだ。
「単刀直入に聞く。アゼル、君は森で何をしていた? 君と喰血哭はどういった繋がりがある? 事と次第によっては、私は君を捕らえなければならない」
「っ…………」
声を荒げるでもなく、領主様は変わらず静かな口調を維持していた。しかしそこには確かな威圧感があり、俺は思わず緊張し息を飲み込んだ。
それが領主様が俺を招いた理由であり、ここまでの会話で探ろうとした事柄だったのだろう。
予想はしていたが、まさか昨日今日でこんなことになるとは……。
「喰血哭との関係、ですか……なぜ私と繋がりがあると思われたのでしょうか?」
怪しまれている以上、嘘を重ねても自分の首を絞めるだけだ。
しかし気になるのは、戦場に居なかった領主様がなぜこうも早く気付いたのか。しかも俺の固有魔術のことと、喰血哭の関係まで追及されるなど思いもしなかった。
あの場に居た者であれば、俺の魔力と喰血哭が体内に隠し持っていた槍の魔力との繋がりに気付いてもおかしくない。しかしその場にいなかった者が、その繋がりに気付いたのは不自然だ。
否定したい気持ちがあったとは言え術を施した俺でさえも、喰血哭の本体が出てくるまで前世と繋がりがあったことに気付かなかったのだ。事情を知らない者が俺たちの関係性に気付くには、よほど魔力感知と魔力による個人の識別能力にが優れていなければならない。
しかしそれは犯罪捜査に卓越した魔術師にしか不可能な専門的な技能だ。少なくとも俺にはできない。
あの戦場にそれほどの魔術師はいなかったはずだが、いったいどうやって……。
「【万里往く旅浪の視座】という魔術を知っているかね?」
「オルクス……? いいえ、知りません」
「この魔術は、主に鳥などの使い魔に掛ける風と水の複合上級魔術なのだ。その効果は「使い魔の視界を共有し、遠方を覗き見る」というものだ。もちろん、観測できる距離には限度があるがね」
「っ……なるほど」
「そうだ。察しの通り、私は戦場を使い魔を通じて見ていた。こう見えて私は若い頃、軍の指揮官を務めたことがあってね。この魔術はその時に修めたものだ」
俺も先生の下で魔術を学び、戦場で多くの魔術に触れた身だが、そのような魔術は聞いたことがなかった。もちろんすべての魔術を知っていると嘯くつもりはないが、こう見えて前世で兵役し将軍まで上り詰めた身だ。最前線に立つばかりではあったが、有益な軍用魔術は一通り知っているつもりだ。
そんな俺が聞いたことがないとなると、この魔術は俺が死してからの二〇〇年の間にできた新たな魔術だろう。こんな状況でなかったら詳しく聴きたいところだ。
しかし、遠方から見ていたとなると、問題はどこまで見ていたかだな。
「君の戦いは私が直接、上空より見ていた。喰血哭は私の想定よりも遥かに恐ろしい存在だった。おそらく、村の兵士では勝利するどころか十分と持たずに全滅していたことだろう。今回の戦いで勝利を収めることができたのは、ひとえに君の魔術によるものが大きい。だが同時に、君の魔術には不審な点もあった……」
上空から見ていたとなると、さぞ多くの物が見えたことだろう。ともすれば身近にいた兵士よりも多くのことを……。しかも上級の魔術まで扱えるとなると、魔力の感知能力も並みの物ではない。となると当然……。
「お前はあの戦場で、喰血哭から流れ出た血液に魔力を流していたな? それも膨大な量を。そしてその血から君は数々の武器を生み出し、喰血哭を討伐して見せた。血に干渉する魔術と、全身に血を纏わせた喰血哭……アゼル、お前の持つ固有魔術は本当に【武具製造】という名前なのか?」
やはり気付かれていたか……ここまで来ると、もはや隠し通すことはできないか。
俺は諦めたように深呼吸をして、僅かに思考をする。
領主様は俺のことを不審に思いながらも、こうして二人きりで話す場を設けた。俺がもし領主様に仇成す人間であったらば、この行いは危険そのものだ。
しかし彼はそれを承知した上で、俺にここまで話してくれた。それはつまり、俺のことを僅かにでも信じてくれているからではないだろうか。
もしそうであるならば、俺はそこに賭けてみようと思う。
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ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
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