血染めの世界に花は咲くか

巳水

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38話:己のすべきこと

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 俺は居住まいを正して、丁寧に頭を下げた。

「御見逸れしました。保身のために謀ったこと、ここに謝罪申し上げます。ご指摘の通り、私の固有魔術ユニークマジックの名は別にあります。本当の名を【血濡魔術ブラッティー・マジック】と言います」
「【血濡魔術ブラッティー・マジック】……聞いたことがない名だが、名前から察するに血に干渉する魔術か?」
「はい……領主様は「血塗れ夜王」の名を聞いたことはありますか?」
「無論だ。寧ろ知らぬ者の方が珍しいだろう。かく言う私も、幼少の頃はその名を聞かされて悪戯を窘められたものだ」

 幼少の記憶を思い出したのか、領主様の表情が一瞬だけ柔らかくなった。貴族として育った彼でも、血塗れ夜王の悪名を聞いて育ったのか。
 ここまで名が広まっているとなると、一周回って誇らしさが湧きそうになる。所業は到底誇れたものではないがな。

「今更信じていただけるかはわかりませんんが、俺と喰血哭ブラッドハウルに直接的な繋がりはありません。ですが……俺たちは同じ血塗れ夜王に由来する力を持っていました。私は血塗れ夜王と同じ魔術である【血濡魔術ブラッティー・マジック】を。喰血哭ブラッドハウルは血塗れ夜王が作り出した魔槍を……私と喰血哭ブラッドハウルの関係を敢えて表すとするならば、「血塗れ夜王の呪い」を受けた者同士と言ったところでしょう。互いに、何か惹かれるものがあったのかもしれません」

 呪い――咄嗟に出た言葉であったが、そう表現するのが相応しいだろう。
 過去からの呪い。犯した罪から来る呪い。
 あの腐屍者ゾンビ罪よって血塗れ夜王に殺され、長い間彷徨うこととなった。
 一方俺は、国を滅ぼした罪によって、血塗れ夜王過去の俺に襲われることとなった。
 因果が巡り、罪業が帰結した――これを呪いと言わずしてなんと言う?

「血塗れ夜王か生み出された喰血哭ブラッドハウルと、それを生み出した魔術……【血濡魔術ブラッティー・マジック】……なるほど、君が隠したくなる気持ちもわかる。水属性魔術でも血液を液体という括りで操ることはできるが、やはり好んで血液を利用する者はいない。見た目的、倫理的な理由もあるが、血塗れ夜王の伝説が忌避感を抱かせる一要因になっているのも否定できない。それがただの伝説であれば一笑に付せたが、風に聞くがただの伝説ではないことを伝えている」

 俺の説明に領主様は納得してくれたようだ。先ほどまでの険が僅かに和らいだのを感じた。

「君と喰血哭ブラッドハウルとの関係はひとまず納得した。寧ろよく、ここまで隠し通したものだと感心するよ。だがなぜ、槍を持ち出して森へ向かったのだ?」
「実は、失踪したコーネルを探してました。というのも、喰血哭ブラッドハウルの到来がコーネルの仕業ではないかと考えたんです。ここから先の話は、信じてもらえるかわかりませんが実は……」

 そこからはコーネルとのやり取りを可能な限り話した。
 コーネルを釣りだすために槍を持ち出したこと。コーネルが血追いの徒の信者であったことと、喰血哭ブラッドハウルを村にけしかけた理由。そして、俺がコーネルを殺したこと。
 領主様がどこまで見て、どこまで知っているかわからないが、俺が血塗れ夜王の生まれ変わりであるということを除けば、コーネルとの会話の内容はすべて話した。
 俺がコーネルを殺したと言った時は、領主様は驚きで目を見開いたが、俺を糾弾するでもなく何故か納得したように静かに頷いた。

「そういうことであったか……しかし無茶をする。潜んでいるコーネルを見つけ出してしまうとは……」
「そう難しくはありませんでしたよ……静かな森の中で大声で喚いていましたから。森で狩りをする者にとって、あれほど見つけやすい獲物はそういませんよ」
「しかし彼はBランクの冒険者であり腕の立つ魔術師だ。倒すにしてもそう上手くいく者ではあるまい?」
「それこそ問題ありません。昨晩の俺の戦いを見ていたのであれば、おわかりでしょう? 幼少の頃から魔術を偽り、村の人の前で魔術を使わないで済むように剣技を磨き、そして今日まで皆から隠し続けていた身です。魔術でしか戦えない者に後れを取るつもりはありません」

 搦め手は上手かったが、俺を殺すならば最低でも上級魔術の出力がないと相手にならんだろう……というのは、さすがに傲慢が過ぎるか?
 不意打ちでまんまとナイフを食らったのは事実だから、安易に侮るのは今後のためにも良くないか。

「そうか……しかし安心したよ。君が喰血哭ブラッドハウルを操って村を襲ったのではないかと懸念していたが、どうやら私が勘繰りすぎていたようだ。すまなかったな」

 領主様はすっかり険が取れた表情で、俺に謝罪した。
 どうやらこれまでの話で俺のことを信用してくれたようだが、すっかりその警戒を解いてくれたことに俺は少し驚く。
 
「ずいぶんとあっさり信じてくれるのですね? 俺が……こほん、私が嘘を言っていると疑わないのですか? もしかしたら私も、血追いの徒の一員かもしれませんよ?」
「はは、無理に一人称を改める必要はない。途中から崩れていたのは気付いていたが、私の質問に誠実に答えてくれたのだと感じた。そもそも、嘘を言っている者はそんな風に言わない」
「それはまあ、そうですが……大きなお世話でしょうが、そんな調子では他の貴族から足をすくわれますよ?」
「なに、こう見えて人を見る目は娘にも負けていないつもりだ。だがそれ以上にアゼル君――君は自分が思っているよりも素直な男だ。少なくとも、隠し事や腹芸ができる性格ではないぞ?」

 そう言って領主様は穏やかに笑った。
 フィリアにも似たようなことを言われたが、俺ってそんなに顔に出ているのだろうか? いや、この親子が鋭いだけだな。隠し事は前世では常だったが、それを見抜かれたことはほとんどない。
 後の行動で露呈するのは別だがな。

「しかしあの血追いの徒か。噂には聞いていたが、このような所にまで来るとはな」
「領主様は奴らのことを知っているのですか?」
「ああ。と言っても直接会ったのは今回が初めてだ。奴らを端的に表現すると、殺戮を好む異常者の集団だ。奴らが血塗れ夜王を信奉していることと、何らかの手法を用いて殺した者の血を回収することは知られているが、その目的は依然として謎に包まれている。逆にアゼル君は血追いの徒についてどこまで知っている?」
「コーネルから聴いたこと以上のことは何も……そもそも、そんな馬鹿げた教団があるなんて今まで知りませんでした」

 今思い出しても不愉快だな。俺を神輿に担いで、殺しを愉しむなんて。
 俺自身は前世での体験から、教会というものに見切りをつけている。奴らは精霊の愛や人への慈悲を説くくせに、固有魔術使いなどおれたちを異端として排除するのだから。
 もちろんすべてがそうではないだろうし、今と昔とでは考え方が大きく変わっていることはエルミナさんたちを見て理解している。
 だが前世で排され、奪われた身としては、宗教というものを信じることができない。そんなろくでもない宗教の中でも、血追いの徒は群を抜いてしょうもないと思う。

「そうか……君の話をあっさりと信じた理由でもあるのだが、実はコーネルが血追いの徒であるというのは今朝の時点でわかっていたのだ。そして、君が血追いの徒ではないこともね」
「それは、いったいどうやって……もしかして、会話も聞こえていましたか?」

 俺の動向を追われていたなら、死体の場所なぞ筒抜けだ。おそらく力を失った槍共々、兵士に回収させたのだろう。
 コーネルとのやり取りを見られていたとなると、後は俺の話に嘘がないかの確認をするだけだ。俺の話に嘘があれば、領主様は俺を容疑者として捕らえただろう。
 だがすべてを見聞きしていたとなると、かなりマズイ。俺が魔法界域を使っていたところも、せっかく隠していた俺の前世のことについても聞かれていたことになる。

「いや、実は私は君の動向を追えてはいなかったのだ」
「はい? いやでも、魔術で俺を見ていたんじゃ……?」
「見てはいた。しかし私が見れていたのは、喰血哭ブラッドハウルとの戦闘の風景だけだ。恥ずかしいことに喰血哭ブラッドハウルが倒された瞬間、私も気が抜けてしまってね。夜で暗かったということもあり、戦場に広がっていた喰血哭ブラッドハウルの大量の血液が消えていたことに気付くのが遅れてしまった。君と槍がいなくなったことを知ったのは、大方の後処理が終わった後だったのだ」
「……つまり俺が森に居たことと、コーネルと接触したところは見ていなかったと?」

 いや、それどころか俺が槍を持ち出したことにも確証がなかった?

「その通りだよ。くくっ、言っただろう? 君は腹芸には向かない性格だと」

 ……やられた。つまり俺は、断片的な情報を推測と織り交ぜた当てずっぽうな質問で、自白を誘導されたというわけか。
 初めに俺にとって都合が悪いであろう情報を小出しにして「怪しんでいるぞ」という言外に伝え、俺の反応を確かめる。後から【万里往く旅浪の視座オクルス・リンカータ】という未知の魔術で見ていたと伝えて、俺に対し情報はすべて筒抜けだという印象持たせる。
 するとどうなるか。俺は領主様が全てを知っていると勘違いし、まんまとぺらぺらと情報を吐いてしまったというわけだ。
 こうなると領主様のやることは単純だ。俺の態度を見て、信じるに値するかどうかを見定めることに注力できるというわけだ。
 その結果が――俺はわかりやすい性格だった、という評価が下ったというわけか。

「村の南側に、喰血哭ブラッドハウルに刺さっていたものと同じ形状の槍と、酷い状態の人間の死体が放置されたいたと、今朝兵士から報告があった。身に纏っていた衣服から、失踪したコーネルだと判明したが、なぜそのような状態で転がっていたのかわからなかったのだ……まさか君が始末していたとはな」
「うぐ……会話を聞いていなかったとすると、どうしてコーネルが血追いの徒だとわかったのですか?」
「血追いの徒にはある共通点があるのだが、それが何かわかるか?」

 共通点? なんだろうか。イカレた思想を持っていることか?
 それか【渇紅紋かっこうもん】を付与した魔道具を持っていることか? だがコーネルが持っていた物は俺が破壊してしまったから、後から調べてもわからないよなあ。
 しばらく悩んだが、思いついたものはどれもしっくりこなかった。

「実は血追いの徒に所属している者は皆、心臓の位置に教団の紋章である三日月と彼岸花の刺青が刻まれているのだ」
「刺青? 一人の例外もなくですか?」
「うむ。これは過去に捕らえられた信徒からの引き出した信頼のおける情報でな、どうやら彼らにとっても特別なものであるらしい。なんでも入信時に教団の教祖から直々に刻まれるのだとか。コーネルの死体にも胸の位置にはっきりとい教団の刺青が刻まれていたと、死体を調べたバルドルが報告した」
「うわー……」

 自分で叩き潰して放置してなんだが、ところどころ中身が零れ出た死体をよく調べられたものだ。俺は見慣れているが、だからと言って気分がいいものではない。普通の感性を持つ人は最悪の気分だろう。

「私も軽く状態を聞いただけだが、よくもまあ手酷くやったものだな……馬車に潰された蛙のようだったと、あのバルドルが顔を強張らせていたぞ?」
「すみません。頭に血が上ると苛烈になってしまう性格でして……」

 それはもう、苛烈に。とにかく徹底的に潰すし、終わるまで止まれないし、止まらない性格なのだ。
 だがコーネルを叩き潰すという選択は不幸中の幸いだったな。顔や皮膚が残っおかげで、俺の潔白が証明されたのだし。

「アゼル君に刺青がないのは、修道長のエルミナが保障している……だがそうだな、君さえ良ければいちおう最終確認をさせてもらえると助かる」
「わかりました…………これでどうでしょう?」
「すまないな……むっ」

 服を下から捲り身体を見せると、領主様は一瞬だけだが顔を顰めた。
 俺の胸に刺青どころか傷の類はない。だが少し視線を下ろすと、俺の腹にはコーネルから刺された傷がついていた。傷口はしっかりと縫って上から清潔な布を当てているが、やはり真新しい傷であるため僅かに布に血が滲んでいる。左腕の怪我も相まって、少々痛々しく見えてしまう。

「ありがとう、もう大丈夫だ」
「すみません……御目溢しをしてしまいましたね」
「いいや、むしろこちらが謝ることだ……」

 両者の間に、ほんの少しの気まずい沈黙が流れる。
 領主様から申し訳なさが伝わるが、俺も腹の傷のことはすっかり忘れていた。覚えていれば、ひと言の警告ぐらいはできたのに……。
 互いの気まずさと誤魔化すように、ほぼ同時に手元の紅茶を持ち上げ喉を潤す。

「こほん……アゼル君、改めて感謝する言わせてくれ。君の働きにより多くの者が命を救われたよ」

 そう切り出して、領主様は再び頭を下げる。
 最初の感謝は俺への疑惑があった。しかしその疑いが晴れたためか、今は感謝は確かな温もりを感じた。

「いいえ……むしろ俺からも礼を言わせてください。こんな俺を信用していただき、ありがとうございます」

 俺は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。その右手は無意識のうちに、左胸――心臓の位置へと添えられた。
 かつて先生は言っていた。心臓に手を添える礼は、心臓を他人へと捧げる意を持ち、最上級の敬意を示す行為だと。
 前世での主君、グラディア皇帝に対しても出会った最初にしかやらなかった。前世の俺が彼のような貴族に仕えていたならば、俺はもっと別の結末を迎えていたかもしれない。

「ふむ……どうだろう、アゼル君。君さえ良ければ我が家で働かないか?」

 そんな俺の思いを知ってか知らずが、領主様はそんな提案をしてきた。

「……ここで、ですか?」
「ああ。今回のことで、私は防衛に関して暢気が過ぎたと、深く反省している。いくら地形恵まれているとは言え、ここは国の辺境だ。いつ何が起こってもおかしくはない。今後は兵の育成や、防壁などの設備にも力を入れたいと考えている。少々癖はあるが、君の力は非常に頼もしく思っている。是非とも兵士として――ふむ、そうだな。フィリアの護衛として、その能力を振るって欲しいと考えているのだが、どうだろう?」
「それは…………」

 このような提案をされるのは少し予想外だ。
 ああは言ったが、正直なことを言うと貴族の下で働くのはかなり抵抗がある。ロスウェル子爵が良い人であるのは否定しないが、やはり誰かに従って戦う気にはどうしてもなれない。

「せっかくの申し出ですが、その話は辞退させていただきたく……」
「む……強要するわけではないのだが、理由を聞いても構わないかな? 自分で言うのもなんだが、騎士という職は金払いも良いし名誉もある。君ほどの能力があれば、次期兵士長すら夢ではないぞ?」

 確かにその通りだ。領主様直々の提案ともくれば、これ以上の名誉はない。
 このまま家業を継ぎ農民として生きるよりは、騎士として領主様に仕える方が将来は安泰だ。
 だが俺は、他にやるべきことができたのだ。

「旅に出ようと、思いましてね……領主様、喰血哭ブラッドハウルに刺さっていた槍をご覧になりましたか?」
「……ああ、見た。使い魔の目を通じて、かつ暗闇の下ではあったが、それでもあの異様な魔力を感じとれた。だが――」
「コーネルの側から回収された槍は、形は同じでもただの槍になっていた――でしょう?」
「その通りだ。話の流れから察しはついたが、もしや君が?」
「はい……俺の魔術で破壊しました。そしてコーネルが言うには、血追いの徒の本拠地には同じような物が二〇〇個以上もあるそうです」
「……まさか、血追いの徒を追いかけるつもりか⁉ 馬鹿な、無謀が過ぎる! いったい何のためにそんな無茶をするというんだ……?」

 領主様が驚きのああまり、僅かに腰を浮かした。どうやら、俺の回答は彼の予想を超えていたようだ。
 正直、今回の件がなければ旅に出ようなんて考えは出てこなかった。
 血追いの徒と夜王の遺物の存在を知らなければ、俺は知らないまま死ぬまでこの村で生き続けていただろう。
 だが俺は知ってしまった。知ったからには、責任を取らなくてはならない。

「時折、夢に見るんです。赤い血が、赤い月が……朽ちた身体が……」
「アゼル君、何を言って……」

 この十六年で、時折考えることがあった。
 何故俺は、前世の記憶と【血濡魔術ブラッティー・マジック】を保持したままなのか。何故【夜闇呪文ノクターン・スペルス】が肉体から消えていたのと同じように、記憶も【血濡魔術ブラッティー・マジック】も消えなかったのか。
 そこには何か意味があるんじゃないか、と。

「夜王の遺物は、帝都の人間を殺すためだけに生み出された道具たち。グラディア帝国が滅んだ以上、道具としての役目は終わっているんです。それがいつまでも残って、無関係の人間を殺してちゃ駄目なんですよ」

 前世の俺が作り出した道具も。ロスウェル村を襲った血追いの徒も。かつての俺がこの世に残した血の呪い。
 血と死の遺物――それらをすべて破壊しなければ、また無関係な人が死ぬ。
 俺の――クロウ・アルヴィンの復讐は終わっているんだ。復讐の残骸が、本来の目的から外れて人を殺し続けるなんてあってはならない。

「血塗れ夜王が残したすべてを破壊する――それこそが、俺が【血濡魔術ブラッティー・マジック】を持っている理由で、それこそが――アゼルが生まれた理由なんだと思います」

 二〇〇年越しの後片付け。散らかしたまま放置した責任を取るために、俺は生まれ変わったのだと今は思う。

「……だがそれは茨の道だぞ。血追いの徒は、各国で猛威を振るっている。しかしその本拠地を掴めたことは一度もない。道半ばで倒れる可能性も――否、ほぼ確実に、目的を果たすこと能わず、苦しみの中で死ぬだろう。それでも……それでも君は、行くのか?」

 領主様の言葉が戸惑いに震えている。
 優しさからだろうか。それとも別の感情があるのか。彼は優しく俺を引き留めようとしているが、俺の意思は微塵も揺らがない。
 道半ばで倒れる? 苦しみの中で死ぬ? はん……何をいまさら。

「地獄なら、とっくに見ましたよ……」

 領主様は何度か言葉を発しようと口を動かしたが、何度動かしても言葉が出ず、やがて静かに口を閉ざした。
 その代わりに、彼は先ほど俺を尋問した時とは異なる鋭さを以って、まっすぐに俺の目を見つめ返す。フィリアと同じ琥珀色の、しかし彼女よりも深みのある瞳に、俺の姿が映っている。
 その状態でどれほどの時が経っただろうか。もしかしたら、数秒もかかっていないかもしれない。やがて領主様は深い溜息をついて、軽く目を閉じた。

「そうか……君がそう決めたのなら、私に止める権利はないか……まったく、フィリアに似て頑固なものだ」

 俺の瞳に何かを見たのか、そう言った領主様はどこか疲れた様子を見せた。おそらくいかな説得も効果がないと理解してくれたようだ。

「君の両親は知っているのか?」
「いいえ、何も。俺が旅に出ることも……俺の固有魔術ユニークマジックのことも……」
固有魔術ユニークマジックもか? 君は肉親にすら【血濡魔術ブラッティー・マジック】のことを話していないのか……?」
「ええ……だって気味が悪いでしょう? 自分の子供が血塗れ夜王と同じ魔術を使うなんて……この名前を打ち明けたのは領主様、あなたと……フィリアだけです」
「そうか……あの子も知っているのか……」
「はい。と言っても打ち明けたのは昨晩ですがね」

 それだけ言って、俺は席を立った。これ以上の話はもうないだろう。
 急に立ち上がった俺に領主様は疑問を抱いたようだったが、領主様の方も聞きたいことや話したいことは出し尽くしたのか、俺が帰る旨を伝えるそれ以上引き留めるようなことはなかった。

「そうだアゼル君……旅立ちの日程は決まっているか?」
「いいえ、特には……」
「ならばそうだな……五日後が良いだろう。私の方で修道院の方に連絡しておく。その怪我をきちんと治してから行きなさい」
「いえ、そこまでしてもらう必要は――」
「治療師は三日後に向かわせる。ああそれから、旅立つ前に家族とはしっかりと話をしなさい。今生の別れになるのかもしれないのだ、別れくらいはするべきだ」

 俺の言葉を遮って、領主様は治療の約束を取り付ける。正直に言うと三日後には出ようかと思ったのだが、修道院の治療を手配されては仕方がない。どうせ当てのない旅になるのだから、二日伸びるくらいなら誤差だろう。

「……ありがとうございます。失礼します」

 俺は一礼し、執務室の扉を開ける。

「きゃあっ⁉」
「あん?」

 扉を引くと同時に、俺の膝ほどの高さの赤いモノが妙な鳴き声を上げながら転がり込んできた。
 床に広がるそれをよく見ると、それは俺がよく知る人物だった。

「盗み聞きったあ、品がないなあ……」
「いたたた……急に開けないでよ」

 転がり込んできたのは、フィリアであった。おそらくは、扉の前で身を屈めて耳をそばだてていたのであろう。
 まさかとは思うが、ずっとそうしていたのだろうか?

「まったく、この娘と来たら……ちょうど良い、アゼル君を村まで送ってくれ」

 俺に手を引かれながら起き上がる彼女の様子に呆れながら、領主様はフィリアにそう言った。

「わ、わかったわお父様。ほらアゼル、行きましょう!」

 窘められてバツが悪くなったのか、フィリアは急かすように俺の手を引いて部屋を出る。去り際にふと領主様の顔を見たが、俺を見送る彼の顔はどこか憂いを帯びていた。
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