美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

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出会い編

はじめてのおかいもの

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 学園に入学すると、すぐにアリスの誕生日となる。出会ったのは九月。昨年の四月は、誕生日に何かを贈ると知らなかった。母親にアリスの誕生日を聞かれ、知らないと答えたら無表情になった。自分の誕生日には貰っておいてそれはない、と非難の目を向けられ、ハッとする。自分の誕生日は二月。確かに貰った。とても使いやすいですよ、と万年筆を。だが、誕生日プレゼントだとわからなかったのだ。気持ちが落ち着かなかったので、その日のうちにアリスに聞いた。四月と言われ、慌てて母親に相談したことを覚えている。
 昨年の、初めての出来事を。



 愛しい大切な人への贈り物。誰かに物を贈ることも、自分で選ぶことさえも初めてのことだ。何をどうしたら良いか、途方に暮れる。
 「エリアスト。母の懇意にしている商会に話をしておくわ。アリスちゃんが帰った後に選べるように手配して貰うわね。それでいいかしら」
 「はい。お願いします」
 筆頭公爵家の夫人である母は、流行の牽引者だ。品物の目利きも凄い。後は自分が見つけられるかどうか。アリスに相応しい物を、見つけられるかどうかだ。


 「これはこれは、聞きしに勝るものですな。なんと美しい」
 母が懇意にする老舗商会の会長が白い髭を撫でながら、エリアストを見て細い目をいっぱいに開いて感嘆の息と共にそう言った。
 「婚約者様に贈るお品物と伺いました。どういった物をご要望ですかな」
 好々爺とした老人は、嬉しそうに尋ねる。孫の結婚を楽しみにしているような雰囲気を醸し出していた。
 「わからん。だからいろいろ見たい」
 「かしこまりました。心ゆくまでご覧くださいませ」
 二十人は優に着けそうなテーブルに所狭しと並べられた品物を、エリアストはひとつひとつ丁寧に見た。表情こそ変わらないが、一生懸命な雰囲気に、会長は頬を緩ませた。
 半分ほど見ただろうか。エリアストが手にした物に、会長は嬉しそうな笑みを浮かべた。


 デビュタント前の貴族は、誕生日は家族で祝う。この日だけは、アリスをディレイガルド邸に招くことは出来なかった。
 エリアストの周囲は極寒の冷気が漂っている。学園から帰っても、アリスを迎えに行くことはない。アリスの生まれた日に、一緒に祝うことが出来ない。毎日一緒にいたのに。誕生日が特別な日だと知り、その特別な日に一緒にいられないと知った。エリアストの誕生日は、もちろんアリスも一緒だった。特別な日だと思わなかったから、アリスがいるのは当然だし、公爵家も当然アリスを受け入れていた。
 「エルシィ」
 学園の帰りの馬車で、ひとり、アリスの名を呟いた。
 屋敷に着くと、なんとそこにはアリスがいた。
 会いたいと思う余りの幻覚だろうか。
 ゆっくり近づくと、微笑むアリス。
 「お帰りなさいませ、エル様」
 「える、しぃ」
 「はい、エル様」
 「なぜ、ここに」
 今日は家族で祝うのではなかったか。そういう日だと、だから、本当は凄く嫌だったけど、エルシィの幸せを考えたら、我慢、しないと、と。
 「すみません。エル様以外の送迎で来てしまって。あの、母に送ってもらったのです」
 「今日は、誕生日、では」
 「はい、左様でございます」
 「誕生日は、家族で祝う、と」
 「はい、左様でございます」
 「ではなぜ」
 「毎日、一緒にいましょうと、約束したではありませんか」
 アリスを抱き締めていた。考えるより、体が動いた。
 「エルシィッ」
 アリスは優しくその背を撫でた。
 「エル様。本日は、わたくしのお誕生日です。おめでとうと、仰ってくださいませ」
 きっとエリアストは我慢をしている。毎日来いと、強引なことをしたのは自分だというのに。だからアリスは、家族には昼間に祝いをしてもらっていた。エリアストとの約束を守るために。
 「おめでとう。おめでとう、エルシィ。おめでとう」
 アリスは満面の笑みを浮かべた。


 いつものようにエリアストの部屋に入る。扉を閉められてしまうのはまだ慣れないけれど、最初の頃の恐怖はもうなかった。
 机の上に、小さな箱がひとつ、置いてあった。エリアストはそれを手に取ると、ソファに座るアリスの前に膝をつく。
 「エルシィ、これ」
 贈り物だと気付き、アリスは言葉が紡げなくなった。目に涙の膜が張る。肩が震える。そんなアリスの様子に、エリアストはギョッとした。自分は何かを間違えたのだろうかと、焦燥感に駆られた。
 「え、エルシィ」
 するとアリスは、エリアストの首にしがみつくように抱きついた。
 「エルさ…うれし…ありが……うれし…」
 ああ、喜んでくれた。良かった。そうか、嬉しくても、人は泣くのか。
 エリアストはアリスの背に手を回し、優しく撫でた。そしてゆっくりその体を離すと、流れる涙にくちづけた。
 こんなに温かい涙もあるのか。
 エリアストは微笑んだ。
 アリスの心臓が跳ねる。こんなにも柔らかく笑ってくれたのは、初めてだ。
 「喜んでもらえたなら、良かった」
 「はい、はい。嬉しい、とても、嬉しいです。エル様のお心が、とても、言葉に尽くすことが、出来ないほどに」
 アリスは満面の笑みを浮かべると、また一筋涙が頬を伝った。
 エリアストは、贈り物を愛おしそうに抱き締めるアリスをそっと抱き締めた。アリスの頬に自分の頬をすり寄せ、頬に、耳に、首筋にくちづける。緊張に身を固くするアリスと視線を合わせる。
 「エルシィ、キスをしてもいいか」


 エリアストの贈り物、それは
 「まあ、これは」
 指輪であった。
 「エルシィ、まだ婚約指輪を贈っていなかった。誕生日のプレゼントと一緒になってしまってすまないが、その」
 珍しく言い淀むエリアストに、頬が緩む。
 「あ、あの、エル様」
 おずおずと右手を差し出すと、
 「その、つ、つけて、いただけ、ますか」
 照れ笑いをするアリスの可愛さに、エリアストは今度は断りなくキスをした。
 「もちろんだ」
 間近で微笑まれ、アリスの顔が真っ赤に染まる。
 右手を掬うように持ち上げ、軽く甲と指先にキスを落とす。そしてアリスの指に、指輪が納まった。
 七つの宝石が並んだ、シルバーの細身の指輪。手を翳して光にあてると、美しく輝いた。
 「まあ、なんて美しい」
 嬉しそうに笑うアリスに、エリアストも嬉しくなる。
 「エルシィは、リガードリングというものを知っているか」
 エリアストはアリスを抱き上げ、自分の膝に横向きに座らせながら言った。
 「リガード、敬愛、ですか?」
 エリアストは頷く。
 「商人の話だと、REGARDの言葉を、宝石の頭文字に置き換えるそうだ」
 REGARDであれば、

 Ruby:ルビー
 Emerald:エメラルド
 Garnet:ガーネット
 Amethyst:アメシスト
 Ruby:ルビー
 Diamond:ダイヤモンド

 この並びで、宝石を配置する。
 「まああ、素敵ですわね。あら、ですがエル様、こちらは宝石が違うよう」
 そこまで言って、アリスは言葉が出なくなった。

 Diamond:ダイヤモンド
 Emerald:エメラルド
 Amethyst:アメシスト
 Ruby:ルビー
 Emerald:エメラルド
 Sapphire:サファイア
 Topaz:トパーズ

 「え、エル様」
 DEAREST、最愛。
 「おまえのことだ、エルシィ」



 「今年は何を贈るのかしら、エリアスト。もしまだ決まっていないようなら、最近面白い商会を見つけたの。まだまだ小さいけれど、品質は確かよ」
 「母上のお眼鏡に適うところであれば、間違いないですね」
 「まあ、息子に褒められたわ。雨でも降らないといいけれど」



 *おしまい*
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