それこそ求めていたものなのです

らがまふぃん

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 会場中の目が集まった。
 ヴァロッサリカ帝国貴族、筆頭侯爵家の娘ヤーナ・ドゥグルターニュだった。
 帝国の公爵家は、すべて王族の血縁。よって、貴族の最高位は、侯爵となる。その最高位、まして帝国の筆頭ともなれば、畏敬の念を抱く者のはずなのだが。
 「そちらは、前世は王女だとかお姫様だとか妄言を吐いているような方と伺っておりますのよっ」
 会場中が静まり返る。
 式典の時にもアントラシットに、あれこれと世話女房のようなことをしていた娘だ。帝国でも、自分がアントラシットの婚約者だと言わんばかりの振る舞いをしていた。それをアントラシットは毅然と跳ね返し、皇族からもそのような事実はないときっぱり否定されている。にもかかわらず、その名を呼び、言葉を遮り、あまつさえ他国で騒ぎを起こす。帝国の筆頭に名を連ねる者の所業に、誰もがヤーナを遠巻きにした。
 そんな彼女が他国の行事に同行できた理由は、ひとつ。
 他国で問題を起こすようであれば、筆頭侯爵家から子爵へ降格、ドゥグルターニュ家三代に渡り皇城への出入りを禁止する、と厳しい条件の元、騒ぐヤーナに同行を許した。それは、皇族、まして皇太子への嫁入りは、出来なくなるということ。
 だが、ヤーナはそれすら理解できなかったようだ。いや、自分は正しいと、信じている故か。
 「アントラシット様、目をお覚まし下さいませ!」
 愛する人を守ろうとする健気な娘でも演じているのだろうか。そこへ、それを援護するような声が上がる。
 「その噂は事実ですわ、皇太子殿下!」
 ヴィルシェーズ王国公爵家のネレーアだ。彼女は、貴族の最高位とは思えない、いろいろと残念な人物だった。その立場に物を言わせ、多くの者たちを虐げ嘲笑ってきた、性格に問題のある人物であった。イルマがデビューをしてからは、よくイルマと衝突している姿が目撃されている。
 容姿と生まれに自信しかない残念子女ネレーアは、昼間に式典で見たアントラシットの地位と美しさを欲した。そして、夜会で自分のものにしようと考えていた。それが、“あんな気狂いの女が、なんて、何かの間違いに決まっている”と、認めたくない気持ちから、暴挙に出た。
 「この国の者ならば誰もが知っております。その女は誰からも相手にされない、虚言癖のある女。殿下は騙されているのです!」
 アントラシットとお近づきになるために、アリアの噂を利用する。頭のおかしい人間から、不敬を承知で止めた勇気ある女性として見初めてもらう。そう考えたのだ。
 ここで我に返ったムーレヴリエ公爵夫妻が、慌ててネレーアを止めに入る。その口を塞ぎ、この場から離そうとするが、令嬢らしからぬ凄まじい抵抗をされてうまくいかない。それに気づかないまま、ネレーアからの援護に気をよくしたヤーナは悦に入り、まるで自国のように声高らかに命令を下す。
 「おまえ!アントラシット様の色を纏うなんて無礼にもほどがあるわ!即刻処刑よ!衛兵!この愚か者を連れて行きなさい!」
 筆頭に生まれつくと、おかしなことをしないといけない呪いにでもかかるのかな。
 多くの者が、二人の振る舞いにそんな風に遠い目をした。
 その時。
 「ククッ。妄言?虚言、ねえ?」
 アントラシットが、冷たく嗤った。
 「貴様ら。本来ならその発言、即刻首を刎ねるものだ。だが私は今、とても気分がいい。私の言葉を遮ったことも赦そう。その首繋がっていたくば、く去れ」
 射殺してしまえるほどの冷たい視線に、ヤーナはもちろん、あれほど暴れていたネレーアも腰を抜かした。さらには衆人環視の中、青ざめて失禁してしまった彼女たちの未来は、ないも同然となる。まあ、このような場で騒ぎを起こす時点でも同じことではあったが。
 アントラシットは、もう二人のことなど忘れたように、隣にいる、ようやく出会えた愛しい人をより引き寄せた。
 アントラシットは語る。真っ直ぐに、愛しい唯一を見つめながら。
 「私の前世は勇者であった」
 会場中が静まり返る。
 前世、と言った。どこかでも聞いた話だ。
 「魔王、などというものはいないが、とにかく魔物が多かった。私が勇者と呼ばれたのは、上級と言われる魔物は愚か、特級と言われる魔物も屠ることが出来たからだ」
 人々の、息をのむ音が聞こえた。
 もしや、アントラシットの前世とは。
 「欲しいものは何でも手に入った。けれど、私が欲したものは、たったひとつ」
 帝国の皇太子、アントラシット・ヴァロッサリカが膝をつく。
 「待たせてごめんね、リア」
 嘲笑の対象、アリア・キャステットに、愛を乞う。
 「ラジ」
 震える唇で、アリアはその名を紡ぐ。
 それを聞いて、会場は息をのんだ。
 強い魔物、それも、国を脅かすものさえ単騎で打ち取る、それが、前世のアントラシットが勇者と呼ばれた所以。
 英雄ラジェル。
 ならば、その英雄が求める、アリア・キャステットは。
 ラジと呼ばれたアントラシットは、泣きそうな笑顔を浮かべた。
 恭しくアリアの手を取り、ひどく愛おしそうに、そこにくちづけを落とす。
 アリアの頬に、一粒、涙が伝う。
 「以前のようなわたくしではありませんのよ。華やかな黄金の髪も、国宝と謳われたあおい瞳も、白磁のようだと称賛された肌も、何一つ、持ち合わせてはおりません」
 本当にいいのか、というようなアリアの言葉に、アントラシットは顔を上げ、うっとりと見つめる。
 「ふふ、愛しいリア。ボクを試しているの?」
 アントラシットは立ち上がると、躊躇いなくその小さな体を抱き締めた。
 ああ、アリア・キャステットは。
 「前世むかし今世いまも、欲しいものは、リア、キミだけ」

 ヴィルシェーズ王国先々代王姉、リアンネーゼ・ヴィルシェーズ。
 かつて、勇者と並び称賛された聖女、その人だ。

 「リアがリアであることに、うつわは関係ないよ」
 バサリとマントでアリアを覆う。
 「リア、リア」
 マントの中。額に、瞼に、鼻先に、頬に、アントラシットのくちづけが降る。
 誰にも見せないように。
 誰も見て欲しくなくて。
 「ボクのリア」
 愛しく、唇が重なった。





*つづく*
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