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各国の要人が招かれた、ヴィルシェーズ王家主催の夜会。
イルマがデビュタントした年は、丁度ヴィルシェーズ現国王が在位十年という節目の年であった。その祝いに、各国から要人が招かれていた。式典が終わり、国王の祝いという名目上の、実際は要人をもてなす夜会へと場を移す。
そんな会場で、少々騒ぎが起こっていた。
イルマ・キャステットについて。
「ちょっとあなた。今夜は各国の要人が集まる場よ。それは何なの?あなた、ご自分の国を潰す気なのかしら?即刻置いてらっしゃい。出来ないならわたくしに寄越しなさい。置いてきて差し上げるわ」
イルマに苦言を呈しに来た集団。世界が平伏すヴァロッサリカ帝国の、筆頭侯爵家の娘ヤーナ・ドゥグルターニュとその取り巻き、そして帝国貴族に擦り寄るヴィルシェーズ王国の子女たちだ。イルマを嘲笑していた者たちも、眉どころか顔まで顰めてイルマを蔑んだ目で見ている。
この夜会、たくさんの要人の中、特に誰もが敬意を払う人物が、式典に続き参加する。
帝国の皇太子、アントラシット・ヴァロッサリカ。
青銀の髪に、金の瞳。琥珀色の肌をした、世界が平伏す帝国の次期皇帝。
そんなアントラシットの色をしたストールを、イルマが持っているのだ。
ヤーナの苦言に、イルマは静かに視線を返す。
その騒ぎを、良識ある者たちは、静かに見つめていた。
「イルマ・キャスケット様。姉が姉ならあなたもあなたね?常識がないからわからないのかしら?」
「ああ、この方が、いつも男性に囲まれているという。この国にわたくしの親戚がおりますの。よくよく噂を耳にしますわ」
「婚約者のいる方にも見境なく、ねえ」
「高位貴族の方たちにも色目を使っているもの。はしたない」
イルマへの攻撃が始まるが、イルマはそれに微かに目を細めただけで、すぐにまた視線を会場の人の波に戻した。
「ええ。そうですわね」
そう一言だけ返した声は心なしか震え、どこかいつもと感じが違うイルマに、集団は肩透かしを食らったようだ。
「と、とにかく!わたくしのアントラシット様の色を手にするなんてあり得ない、不敬よ!さっさと寄越しなさいっ!」
ヤーナがイルマの手を掴むと、その手をやんわり離す手があった。
「これ以上は帝国の恥となりましょう、ドゥグルターニュ様」
ウィスタリア公爵家、ホツマだった。
「何も言わないあなたたちの方が恥でしてよっ」
「なぜ何も言わないのか、本当にわかりませんか」
王家主催の夜会。さらに、各国の要人を招いている。国の威信にかけて、おかしなことなど出来るはずもない。イルマがアントラシットの色を持ってこの場にいることは、おかしなことではない、ということになる。
会場の人々が何も知らされていなくとも、王城の警備が彼女を通したのだから、それを国が認めていると常識で考えたらわかること。それがわからずに騒ぐ者たちを、良識ある者たちは冷たく見つめる。ヤーナは曲がりなりにも帝国の侯爵家。それを諫められるのもまた、同等の家格かそれ以上の者だ。騒ぎが大きくなる前に、この国の公爵家であるホツマが気付いて動いたのだった。
「それが、どのような色かおわかりでしたら、わかりましょう。イルマ・キャステット嬢が、どういう立場であるのか」
ヤーナは悔しそうに唇を噛む。その人の色を纏えるのは、妻もしくは婚約者のみだ、と。
「そ、そんな、まさか、だって」
ヤーナは震えながら後退り、キッとイルマを睨みつけると、
「こんなの認めませんわっ」
と怒って足早に去って行った。
「ドゥグルターニュ様に認められなくても、ねえ?」
呟くオスヴィンに、側にいたホツマは、困ったように肩を竦めた。
「いや、たぶんあれは誤解して、ああ、それより」
ホツマは、失礼、とイルマの手を取る。
「掴まれた手は、何ともありませんか、イルマ・キャステット嬢」
イルマはホツマに謝辞を述べ、何も問題はないと柔らかく微笑むと、
「帝国の、皇太子殿下、は、まだ、ですの」
再び会場を見回してイルマはそう呟き、先程の愛らしい姿はどこへやら、血走った目で入場口を凝視した。
直に王族が入場するという頃。
ヴァロッサリカ帝国皇太子、アントラシットが会場入りをした。女性たちの色めく声は、すぐに別の声にとって代わる。
一斉にその視線は、アントラシットの隣へと注がれていた。
「な、な、なぜ、どういうこと?」
誰の呟きだったのだろう。
アントラシットの色、青銀のドレスには芸術のような金糸の刺繡が施され、胸元と耳を飾る金細工はアントラシットの家紋を見事に模る。額に揺れる琥珀は、帝国の皇族のみが身に着けることを許された特別な琥珀。
それらを身に纏う者。
嗤っていた者たちは、驚きに言葉を失い、目はこぼれんばかりに見開かれ。
弁えていた者、親しくしていた者たちは、納得したように頷いた。
アリア・キャステット。
淡く弧を描く口元に、凛とした立ち姿。十人並みの容姿を最大限に美しく見せる魅せ方を知り尽くした、アントラシットの色を纏う、彼女がいた。
二分化した空気の中、王族たちが間を置かず入場し、動揺冷めやらぬ中、夜会は開催された。
国王の挨拶が終わり、夜会が始まってすぐ。
「少々失礼する」
帝国の皇太子、アントラシット・ヴァロッサリカが動いた。
「宴が始まって早々だが、皆に報告がある」
その声に、誰もが固唾をのむ。
「今宵は」
「いけませんわ、アントラシット様!」
その皇太子の言葉を遮る者がいた。
*つづく*
イルマがデビュタントした年は、丁度ヴィルシェーズ現国王が在位十年という節目の年であった。その祝いに、各国から要人が招かれていた。式典が終わり、国王の祝いという名目上の、実際は要人をもてなす夜会へと場を移す。
そんな会場で、少々騒ぎが起こっていた。
イルマ・キャステットについて。
「ちょっとあなた。今夜は各国の要人が集まる場よ。それは何なの?あなた、ご自分の国を潰す気なのかしら?即刻置いてらっしゃい。出来ないならわたくしに寄越しなさい。置いてきて差し上げるわ」
イルマに苦言を呈しに来た集団。世界が平伏すヴァロッサリカ帝国の、筆頭侯爵家の娘ヤーナ・ドゥグルターニュとその取り巻き、そして帝国貴族に擦り寄るヴィルシェーズ王国の子女たちだ。イルマを嘲笑していた者たちも、眉どころか顔まで顰めてイルマを蔑んだ目で見ている。
この夜会、たくさんの要人の中、特に誰もが敬意を払う人物が、式典に続き参加する。
帝国の皇太子、アントラシット・ヴァロッサリカ。
青銀の髪に、金の瞳。琥珀色の肌をした、世界が平伏す帝国の次期皇帝。
そんなアントラシットの色をしたストールを、イルマが持っているのだ。
ヤーナの苦言に、イルマは静かに視線を返す。
その騒ぎを、良識ある者たちは、静かに見つめていた。
「イルマ・キャスケット様。姉が姉ならあなたもあなたね?常識がないからわからないのかしら?」
「ああ、この方が、いつも男性に囲まれているという。この国にわたくしの親戚がおりますの。よくよく噂を耳にしますわ」
「婚約者のいる方にも見境なく、ねえ」
「高位貴族の方たちにも色目を使っているもの。はしたない」
イルマへの攻撃が始まるが、イルマはそれに微かに目を細めただけで、すぐにまた視線を会場の人の波に戻した。
「ええ。そうですわね」
そう一言だけ返した声は心なしか震え、どこかいつもと感じが違うイルマに、集団は肩透かしを食らったようだ。
「と、とにかく!わたくしのアントラシット様の色を手にするなんてあり得ない、不敬よ!さっさと寄越しなさいっ!」
ヤーナがイルマの手を掴むと、その手をやんわり離す手があった。
「これ以上は帝国の恥となりましょう、ドゥグルターニュ様」
ウィスタリア公爵家、ホツマだった。
「何も言わないあなたたちの方が恥でしてよっ」
「なぜ何も言わないのか、本当にわかりませんか」
王家主催の夜会。さらに、各国の要人を招いている。国の威信にかけて、おかしなことなど出来るはずもない。イルマがアントラシットの色を持ってこの場にいることは、おかしなことではない、ということになる。
会場の人々が何も知らされていなくとも、王城の警備が彼女を通したのだから、それを国が認めていると常識で考えたらわかること。それがわからずに騒ぐ者たちを、良識ある者たちは冷たく見つめる。ヤーナは曲がりなりにも帝国の侯爵家。それを諫められるのもまた、同等の家格かそれ以上の者だ。騒ぎが大きくなる前に、この国の公爵家であるホツマが気付いて動いたのだった。
「それが、どのような色かおわかりでしたら、わかりましょう。イルマ・キャステット嬢が、どういう立場であるのか」
ヤーナは悔しそうに唇を噛む。その人の色を纏えるのは、妻もしくは婚約者のみだ、と。
「そ、そんな、まさか、だって」
ヤーナは震えながら後退り、キッとイルマを睨みつけると、
「こんなの認めませんわっ」
と怒って足早に去って行った。
「ドゥグルターニュ様に認められなくても、ねえ?」
呟くオスヴィンに、側にいたホツマは、困ったように肩を竦めた。
「いや、たぶんあれは誤解して、ああ、それより」
ホツマは、失礼、とイルマの手を取る。
「掴まれた手は、何ともありませんか、イルマ・キャステット嬢」
イルマはホツマに謝辞を述べ、何も問題はないと柔らかく微笑むと、
「帝国の、皇太子殿下、は、まだ、ですの」
再び会場を見回してイルマはそう呟き、先程の愛らしい姿はどこへやら、血走った目で入場口を凝視した。
直に王族が入場するという頃。
ヴァロッサリカ帝国皇太子、アントラシットが会場入りをした。女性たちの色めく声は、すぐに別の声にとって代わる。
一斉にその視線は、アントラシットの隣へと注がれていた。
「な、な、なぜ、どういうこと?」
誰の呟きだったのだろう。
アントラシットの色、青銀のドレスには芸術のような金糸の刺繡が施され、胸元と耳を飾る金細工はアントラシットの家紋を見事に模る。額に揺れる琥珀は、帝国の皇族のみが身に着けることを許された特別な琥珀。
それらを身に纏う者。
嗤っていた者たちは、驚きに言葉を失い、目はこぼれんばかりに見開かれ。
弁えていた者、親しくしていた者たちは、納得したように頷いた。
アリア・キャステット。
淡く弧を描く口元に、凛とした立ち姿。十人並みの容姿を最大限に美しく見せる魅せ方を知り尽くした、アントラシットの色を纏う、彼女がいた。
二分化した空気の中、王族たちが間を置かず入場し、動揺冷めやらぬ中、夜会は開催された。
国王の挨拶が終わり、夜会が始まってすぐ。
「少々失礼する」
帝国の皇太子、アントラシット・ヴァロッサリカが動いた。
「宴が始まって早々だが、皆に報告がある」
その声に、誰もが固唾をのむ。
「今宵は」
「いけませんわ、アントラシット様!」
その皇太子の言葉を遮る者がいた。
*つづく*
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