それこそ求めていたものなのです

らがまふぃん

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 すぐにその噂は社交界を駆け巡る。
 退屈な貴族社会では、おもしろい話があるとすぐに広まる。
 噂の真偽を確かめようとする、からかい目的の見合いなど言語道断。何とかふるいにかけた見合いでも、同じことの繰り返し。
 噂は噂ではなくなった。
 夢見る少女、アリア・キャステット。
 それが、社交界での認識となった。
 「夢見る少女、には見えないな」
 ポツリとこぼれたホツマの言葉に、女性たちは真剣な顔で告げる。
 「だからこそ、ですわ」
 「キャステット子爵令嬢様には、大層お可愛らしい妹様がいらっしゃるそうで」
 「今年デビュタントなさるのよね」
 「まだ見ぬ妹様にばかり注目が集まるから、ねえ」
 「現実がお見えにならなくなってしまったのね」
 平凡な姉は、愛らしい妹に対抗すべく自身に注目を集めるために妄言を吐くようになり、それが真実だと思うようになった可哀相な人だ、と言いたいらしい。
 ホツマは、そんなことを面白おかしく、自身の想像や思い込みまで交えて話す人々を、冷静に見ていた。
 「なるほど。とても興味深いお話、ありがとうございました。では私は友人に挨拶がありますので、失礼しますね」
 穏やかに離れていくホツマに、子女たちは秋波を送りながら見送った。



 「相変わらずだな、ホツマ」
 「先に挨拶できずにすまない、オスヴィン」
 子女たちから抜け出したホツマに声をかけてきた友人オスヴィンは、からかうようにホツマにグラスを掲げて挨拶をすると、ホツマも返す。
 オスヴィンの家、バシュラール伯爵家の夜会に公爵家のホツマが参加しているのは、ホツマがオスヴィンと親しくしているからだ。
 貴族の爵位は、下から、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵となる。自身の爵位と同等もしくは下の家に下限はないが、上の爵位は一つ上までが招待できる範囲、とこの国の暗黙の了解がある。余程親しいなどの例外があるなら別だが。つまり今回、二つ上のホツマを招待できたことは、ホツマとオスヴィンの結びつきに他ならない。
 ホツマはオスヴィンに、アリア・キャステットを視線で示した。
 「ねえ、オスヴィン。彼女のこと、知っているかい?」
 オスヴィンは、意味深に笑った。
 「実に興味深いよ、彼女は」
 「興味深い?」
 ホツマがそう返すと、オスヴィンは、とにかくまずは話してみるといいよ、とホツマと連れ立って、噂のアリアに近付いて行った。



 アリアから少し離れた壁に、二人並んで立っている。
 軽い挨拶だけをアリアと交わし、今。ホツマは難しい顔をしていた。
 「ね?興味深いだろう?」
 興味深い。確かにそうだ。今見聞きしたことと、あの噂。
 ホツマは、さりげなくアリアを見た。
 はっきり言ってしまえば、確かに容姿は十人並み。特別目を引くものではない。
 オスヴィンと話をしながら、なんとなく視界の端にアリアを入れていると、時々彼女は話しかけられる。話しかけるその面々にも、密かに驚いたのだった。



………
……




 アリアの一つ下の妹イルマもデビュタントを迎え、夜会に顔を出すようになった。
 平凡な顔立ちで碌な話を聞かないアリアと違い、愛らしいイルマには、あらゆる家からよく夜会への招待状が届く。
 「お姉様の運命の相手はどこかしら」
 そう言って、イルマは天真爛漫に振る舞う。貴族らしくないその言動と、天使のような見た目のイルマは、常に男性に囲まれていた。正義感に駆られたのか、純粋なイルマを妄言で惑わすと、アリアを貶める発言をする者も少なくない。
 「もう。わたくしが、嘘かどうかも見抜けないおマヌケさんだと仰りたいの?お姉様は嘘をく方ではありませんっ。お姉様を悪く言う方は嫌いですっ」
 ツン、とそっぽを向くイルマも愛らしい。けれど、嫌われるのはいただけない。表向きは、アリアを悪く言わなくなった。
 一方、他の子女たちは面白くない。礼儀を欠くことがあっても、デビュー間もない者たちは大目に見られることは多々ある。けれど、男を侍らせ、貴族らしからぬ振る舞いをするイルマに、女性陣の目は厳しい。
 「イルマ様のお姉様は、どのような方をお探しでしたかしら」
 「見目の麗しい王子様をお待ちでしたわよね」
 「この国の男性は、お眼鏡には適わないのかしら」
 格上も格上、筆頭公爵家ムーレヴリエの一人娘ネレーアとその取り巻きに、こうしたからかい交じりの言葉を投げかけられても、イルマは頬を膨らませて反論する。
 「お姉様は白馬の王子様を待っているだけですぅ⤴。この国にいるかいないかなんて、すべての男性にお会いしていないのにわかるはずないですぅ⤴」
 語尾を上げ調子で伸ばしてプリプリと怒るイルマを、ネレーアたちは、可哀相なものを見るような目で見る。
 「あなた、お姉様にすっかり毒されて。もっと現実に目を向けなくては、お姉様のようにつまはじきにされるわよ?」
 「アリア様はね、あなたに嫉妬して気狂いのような真似をしているの。それを信じてはダメよ」
 「お姉様は嘘なんていていないわっ。わたくしに嫉妬するなんてあり得ないっ。お姉様を侮辱するなんてっ」
 「まあっ。人の忠告しんせつは素直に受け取るものよっ」
 「あなたは騙されているだけ。何故それがわからないのかしら」
 「あなたのお姉様のお話が妄言ではないという証拠でもあるの?」
 「そんなのお姉様を見ていればわかるものっ」
 ネレーアたちは失笑する。
 こんなやり取りが、よく見かけられた。
 気狂いの姉と、その姉に毒された残念な妹。キャステット子爵家の次代は散々な評価だった。
 「こんばんは、イルマ・キャステット嬢」
 「まあ。ウィスタリア小公爵様、ご機嫌麗しく」
 そういう状態で、なぜかホツマに名を覚えられ、声までかけられることで、イルマはますます女性陣からの風当たりは強くなっている。さらに、他にも何人かの高位貴族の男性陣に、よく声をかけられていた。大した話でもなく、世間話を二、三言交わすだけだが、挨拶をされることすらない女性陣には、イルマを攻撃するに足る、充分な理由となっていた。
 そんな夜会から帰宅すると、ホツマや他の高位貴族のことを、よくアリアに話して聞かせていた。
 「お姉様。本日の夜会に、ウィスタリア小公爵様がいらっしゃいましたの。お会いすると、いつも声をかけてくださって。それに、興味深いお話をしてくださるわ。相変わらずご婚約者様はいらっしゃらなくて、ご友人のバシュラール伯爵令息様とよく一緒にいらっしゃるのよ。今回も――」
 アリアは、そんなイルマの話を、いつも少し困ったように聞いていた。


………
……






*つづく*
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