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人目を惹く容姿ではない。
よくいる茶色の髪に、茶色の瞳。
印象にも残らないほど、特徴のない顔。
いつだって壁の花になって、彼女は佇んでいた。
社交シーズン。
この時季は、毎日のようにどこかで夜会が開かれ、多くの貴族が社交を楽しむ。
ここ、ヴィルシェーズ王国の王都までは魔物の脅威は届かない。騎士や冒険者が有能であればあるほど。魔物の生息域を、拡大させることはないからだ。
故に、貴族たちは憂いなく着飾り、社交に勤しめる。
社交、即ちあらゆる情報収集。今宵、また新たな情報を手に入れる男が一人。
「ウィスタリア小公爵様、いかがされましたの?」
ウィスタリア公爵家嫡男ホツマを囲む女性の一人が、ふと視線を移したホツマにそう声をかけた。
「ああ、いえ、あちらの女性、どなたかをお待ちなのかと」
数度、見かけたことはあったが、誰かにその素性を聞くタイミングがなかった。丁度良いと、ホツマは声をかけてくれた女性に聞いてみた。
「女性?ああ、キャステット子爵家のアリア様ですわね」
囲んでいた女性たちも、壁の花になっているアリアを振り向き、ヒソヒソと話をする。
「キャステット子爵のアリア嬢と言ったら、あの?」
「ええ、あの、アリア様ですわ」
噂があった。
自分には前世の記憶がある。
前世の自分は王女だった。
前世で約束した恋人を待っている。
生まれ変わった自分を、早く見つけてもらいたい。
婚約を結ぶための見合いの席で、そんなことを言うのだと。
アリア・キャステットは、夢見る少女だと失笑、或いは嘲笑されていた。
誘いを断られるのは、本物の王子ではないからだ。万が一殿下たちがアレにお声がけするようなことがあれば、喜んで飛びつくはずだ。何せアレは、お姫様らしいからな。
ご自身を鏡で見たことがあるのかしら。どのようにしたら、あのような夢を見られるのかしら。本当にお可哀相な方ね。
口さがない者たちは、そうアリアを嗤っていたが。
ホツマは、一見柔和な人物だ。公爵家嫡男という立場にしては、物腰も柔らかく、人当たりも穏やか。けれど、その立場に相応しく、彼は人を見る目があった。
「彼女が、そうなのか」
夜会や行事で姿を見る度、ホツマは、何となく気になっていた。
そして彼女の素性を知り、より気になるようになった。噂は本当なのではないかと思うほど、誰からの誘いも断り、壁の花になり続ける彼女のことが。
* * * * *
ヴィルシェーズ王国は、デビュタントを迎えてから見合いを行う。そして、見合いを申し込んだ者が、申し込んだ家に訪れて見合いをする。
そのため、必然、見合いの家族と顔を合わせることになる。
「まあ。お待ちいたしておりました。お初にお目にかかります。アリアお姉様の妹、イルマと申します。本日はお姉様を、よろしくお願いします」
柔らかなミルクティー色の髪に、好奇心に輝くヘーゼル色の瞳がキラキラとした、非常に愛らしい容姿のイルマは、ニッコリと笑った。
アリアの見合い相手は、イルマを見て頬を染める。
姉妹を見る人たちの反応は、いつだってそうだ。親の望む婚約者像と本人の望む婚約者像には、いつだって隔たりがある。婚約をする本人は、平凡な姉アリアに、関心を示さない。庇護欲をそそるような愛らしい妹イルマの関心を引きたがる。
アリアの見合い相手も、イルマが見合いの相手かと思うほど、イルマにばかり話しかける。相手の両親は、軌道修正を図ろうとアリアに話を振るが、気付けばまた息子はイルマへ話しかけているという有り様だった。申し訳なさそうな相手の両親と、完全なるアルカイックスマイルのアリアたちの両親。そんな互いの両親が、見合いを諦めた頃だ。
「お姉様には前世の記憶がありますの。お姉様はね、前世、王女様でしたのよ」
「「イルマッ?!」」
突然の発言に、両親は驚いて大きな声を出してしまう。しかしイルマは構わず続ける。
「お姉様は前世で添い遂げた旦那様とお約束をしたのです」
胸の前で祈るように手を組み、頬は紅潮している。
「再び一緒になろうと。お姉様は、王女様だった頃の恋人を、旦那様を待っておりますのよ!ね、お姉様!」
アリアを振り向き、キラキラと目を輝かせる。
「早く出会って欲しいですわあ。生まれ変わったお姉様を、早く見つけてもらいたいのです。妹として、お姉様の幸せを願っておりますもの!」
見合い相手が呆然としていることに気付いていないのか、イルマは熱く語り続ける。両親は額を押さえて項垂れ、相手の両親の頬は引き攣っている。
何を言っているのだろう。本当に姉を思っているのだろうか、幸せを願っているのは本心なのか。
相手の両親の、そんな胸中が察せられる。
そして呆然としていたアリアの見合い相手は、純真なイルマにおかしなことを吹き込んでいる姉として、アリアを冷ややかな目で見る始末。
そんな周囲に構うことなく、イルマの独壇場は続く。最早見合い相手が誰なのかわからない、と言うより、何の場なのかがわからない。一通り話して満足したのだろうか。イルマは、やっと姉の見合い相手たちの顔を見た。
「あなた様は、お姉様の運命ですの?」
クリッと可愛らしく首を傾げたイルマは、本当にとても可愛かった。
互いの両親だけが大いに心労を抱えた初めてのアリアのお見合いは、こうして幕を閉じた。
* * * * *
*つづく*
よくいる茶色の髪に、茶色の瞳。
印象にも残らないほど、特徴のない顔。
いつだって壁の花になって、彼女は佇んでいた。
社交シーズン。
この時季は、毎日のようにどこかで夜会が開かれ、多くの貴族が社交を楽しむ。
ここ、ヴィルシェーズ王国の王都までは魔物の脅威は届かない。騎士や冒険者が有能であればあるほど。魔物の生息域を、拡大させることはないからだ。
故に、貴族たちは憂いなく着飾り、社交に勤しめる。
社交、即ちあらゆる情報収集。今宵、また新たな情報を手に入れる男が一人。
「ウィスタリア小公爵様、いかがされましたの?」
ウィスタリア公爵家嫡男ホツマを囲む女性の一人が、ふと視線を移したホツマにそう声をかけた。
「ああ、いえ、あちらの女性、どなたかをお待ちなのかと」
数度、見かけたことはあったが、誰かにその素性を聞くタイミングがなかった。丁度良いと、ホツマは声をかけてくれた女性に聞いてみた。
「女性?ああ、キャステット子爵家のアリア様ですわね」
囲んでいた女性たちも、壁の花になっているアリアを振り向き、ヒソヒソと話をする。
「キャステット子爵のアリア嬢と言ったら、あの?」
「ええ、あの、アリア様ですわ」
噂があった。
自分には前世の記憶がある。
前世の自分は王女だった。
前世で約束した恋人を待っている。
生まれ変わった自分を、早く見つけてもらいたい。
婚約を結ぶための見合いの席で、そんなことを言うのだと。
アリア・キャステットは、夢見る少女だと失笑、或いは嘲笑されていた。
誘いを断られるのは、本物の王子ではないからだ。万が一殿下たちがアレにお声がけするようなことがあれば、喜んで飛びつくはずだ。何せアレは、お姫様らしいからな。
ご自身を鏡で見たことがあるのかしら。どのようにしたら、あのような夢を見られるのかしら。本当にお可哀相な方ね。
口さがない者たちは、そうアリアを嗤っていたが。
ホツマは、一見柔和な人物だ。公爵家嫡男という立場にしては、物腰も柔らかく、人当たりも穏やか。けれど、その立場に相応しく、彼は人を見る目があった。
「彼女が、そうなのか」
夜会や行事で姿を見る度、ホツマは、何となく気になっていた。
そして彼女の素性を知り、より気になるようになった。噂は本当なのではないかと思うほど、誰からの誘いも断り、壁の花になり続ける彼女のことが。
* * * * *
ヴィルシェーズ王国は、デビュタントを迎えてから見合いを行う。そして、見合いを申し込んだ者が、申し込んだ家に訪れて見合いをする。
そのため、必然、見合いの家族と顔を合わせることになる。
「まあ。お待ちいたしておりました。お初にお目にかかります。アリアお姉様の妹、イルマと申します。本日はお姉様を、よろしくお願いします」
柔らかなミルクティー色の髪に、好奇心に輝くヘーゼル色の瞳がキラキラとした、非常に愛らしい容姿のイルマは、ニッコリと笑った。
アリアの見合い相手は、イルマを見て頬を染める。
姉妹を見る人たちの反応は、いつだってそうだ。親の望む婚約者像と本人の望む婚約者像には、いつだって隔たりがある。婚約をする本人は、平凡な姉アリアに、関心を示さない。庇護欲をそそるような愛らしい妹イルマの関心を引きたがる。
アリアの見合い相手も、イルマが見合いの相手かと思うほど、イルマにばかり話しかける。相手の両親は、軌道修正を図ろうとアリアに話を振るが、気付けばまた息子はイルマへ話しかけているという有り様だった。申し訳なさそうな相手の両親と、完全なるアルカイックスマイルのアリアたちの両親。そんな互いの両親が、見合いを諦めた頃だ。
「お姉様には前世の記憶がありますの。お姉様はね、前世、王女様でしたのよ」
「「イルマッ?!」」
突然の発言に、両親は驚いて大きな声を出してしまう。しかしイルマは構わず続ける。
「お姉様は前世で添い遂げた旦那様とお約束をしたのです」
胸の前で祈るように手を組み、頬は紅潮している。
「再び一緒になろうと。お姉様は、王女様だった頃の恋人を、旦那様を待っておりますのよ!ね、お姉様!」
アリアを振り向き、キラキラと目を輝かせる。
「早く出会って欲しいですわあ。生まれ変わったお姉様を、早く見つけてもらいたいのです。妹として、お姉様の幸せを願っておりますもの!」
見合い相手が呆然としていることに気付いていないのか、イルマは熱く語り続ける。両親は額を押さえて項垂れ、相手の両親の頬は引き攣っている。
何を言っているのだろう。本当に姉を思っているのだろうか、幸せを願っているのは本心なのか。
相手の両親の、そんな胸中が察せられる。
そして呆然としていたアリアの見合い相手は、純真なイルマにおかしなことを吹き込んでいる姉として、アリアを冷ややかな目で見る始末。
そんな周囲に構うことなく、イルマの独壇場は続く。最早見合い相手が誰なのかわからない、と言うより、何の場なのかがわからない。一通り話して満足したのだろうか。イルマは、やっと姉の見合い相手たちの顔を見た。
「あなた様は、お姉様の運命ですの?」
クリッと可愛らしく首を傾げたイルマは、本当にとても可愛かった。
互いの両親だけが大いに心労を抱えた初めてのアリアのお見合いは、こうして幕を閉じた。
* * * * *
*つづく*
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