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番外編
メルナーゼの兄妹編
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家族は、メルナーゼはおとなしい子だと思っている。
両親は、自分たちがしてきたことを省みず、従順で手のかからない子だと、都合良くそう思っていた。
「コイツが王太子の婚約者、ですか?どうしてまた」
「この人には無理なのではありませんか?王太子妃、ひいては王妃となるのでしょう?これほど自分を持たない人間に務まるものとは思えませんけれど」
兄妹には、メルナーゼ本人を目の前にしてもこう言ってしまえる程度の存在だった。
メディテラーネがメルナーゼとなった翌日。
「部屋の日当たりが少々悪いですね。姫様、すぐに改装いたします。サロンにてお茶の用意をいたしますので、ごゆるりとおくつろぎください」
宰相であった執事が、早速動き出す。
お茶をしている間に、彼女好みの部屋に仕上げる。執事は恭しくその手を取ると、サロンまでエスコートし、お茶を調えた。
「姫様、お茶が終わるまでにお迎えに上がります。しばし、お側を離れることをお許し下さい」
側にいられないことはその身を切り裂かれるよりもつらいことであるが、彼女の身の回りを調え、少しでも快適に過ごしてもらえるようにすることが、今の最優先事項である。彼女が僅かにでも心やすくいられるなら、自分の気持ちなど二の次三の次。
「メイド、私は席を外す。姫様に誠心誠意仕えろ。いいな」
三人のメイドが、昨日の出来事は夢ではなかったのだと顔を青ざめさせながら、慎重に頭を下げた。
部屋の場所を変えるなどという面倒を、主にかけることなど出来ない。今の部屋を、主の過ごしやすい空間に作り替える。
執事は、部屋の隣とその隣の壁を消した。
「もう一つ、使うか」
さらにもう一つ、部屋の壁を消す。元々の部屋と合わせて、四つ分の空間となった。
「幅はよし。次は上だな」
メルナーゼの部屋は二階の端だった。家族の居住区は三階なのだが、メルナーゼだけ、使用人たちと同じ階だった。使用人たちとの部屋の位置とは真逆ではあったが。
執事は重力魔法で三階の家具などを落下しないよう止めながら、天井を消す。合計八部屋分と、その廊下部分を使った広い空間が出来上がった。いらないものは、まとめて三階の廊下に置いておく。あとで使用人たちに片付けさせればいい。また、部屋に入る扉にも拘るため、もう一部屋をなくして広い空間にし、主を迎えるに相応しい扉を作る。だが、しっくりこないようだ。
「いっそのこと、全部無くすか」
中央にある階段の左右で、メルナーゼと使用人の部屋は別れる。執事は一つ頷くと、メルナーゼ側の部屋を、主の部屋以外すべてなくした。これで、主を迎えるに相応しい入り口になった。
そこへ。
「おい!貴様、何をしているんだ!」
メルナーゼの兄が、額に青筋を浮かべて執事に近付いて来た。後ろからは公爵夫妻が慌てて走って来ている。
「急に部屋の床がなくなって追い出されたぞ?!何をしている!」
床を抜いた三階部分は、公爵夫妻と兄の部屋の一部だったようだ。夫妻と兄は部屋にいたようで、三階にあった不要なものとして廊下に追い出されていた。怒り狂った兄が執事の所へ走り出す。夫妻は止めようと慌てて後を追いかけたが、間に合わなかった。
「貴様、使用人の分際で」
そこで言葉が途切れた。
「邪魔をするな。ブチ殺すぞ」
一刻も早く主の下へ駆けつけたい執事は、魔法で扉にもう少し手を加えつつ、近付いた兄を容赦なく蹴り飛ばした。吹っ飛んだ兄に巻き込まれる形で、夫妻も跳ね飛ばされた。
「これ以上邪魔をするならその首刎ね飛ばす」
はったりではないと教えるように、風魔法で兄の頬を深く切り裂いた。兄は気を失った。
「その愚物をさっさと連れて行け。同じ目に遭いたいか」
夫妻にそう言葉を投げつけると、夫妻は急ぎ立ち上がり、兄を抱える。その背中に、
「ここに足を踏み入れるなよ?どうしてもと言うときは許可を取れ」
いいな、と声をかけた。夫妻は振り返りながらこくこく頷き、去って行った。
邪魔者がいなくなると、主の好みを知り尽くす執事は、次々と部屋を作り替えていく。
「魔法か。しかし便利だな。姫様をお待たせしなくて済むことが何よりだ」
改装はもちろん、家具一つ手配することにも時間がかかった前の世界とは雲泥の差だ。素材さえあれば、簡単に作り替えられる。
もっと魔法を勉強して、素材を必要としない、無から生み出せるようにしたいものだ。
昨日用意させた白い毛足の長い敷物の大きさを変えながら、そんなことを考える。
仕上げに天井を見つめ、手を翳すと、三つのシャンデリアが美しい光を放ちながら、空間を飾った。
懐中時計を確認する。三十分おきに様子を見に行こうと考えていた執事だったが、二十五分ですべてが終わった。
「姫様に、私の手でお茶を楽しんでいただける」
部屋の会心の出来に頷き、一杯淹れただけで主の側を離れなくてはならなかったために喜んだ。
甘い物に飽き始められたことだろう。チーズをお持ちしよう。
主の下へ、足を急がせた。
丁度その頃。
メルナーゼはソファで横になりながら、ゆったりと紅茶を手に取る。
その様子を、メイドたちは固唾をのんで見守る。
カップを口に近付けると、メルナーゼが不快そうに目を細めた。メイドたちは青くなる。
「本当に、お茶の一つも満足に淹れられないなんて」
口をつけられることのなかったカップが滑り落ちる。カップを叩きつけたり投げつけたりはしない。元々その手には何も持っていなかったかのように、ただ滑り落ちていく。床に落ちたカップは割れ、紅茶が飛び散った。
「も、申し訳ございませんっ」
「その謝罪に意味はあって?」
何度も聞かされる謝罪の言葉に、意味などない。同じ過ちを繰り返す、反省のない謝罪など不要だ。あまりの使えなさに、メルナーゼが動こうとして。
「おかしいわね。あなたがどうしてこのサロンを使っているのかしら」
サロンの入り口で、メルナーゼの妹が不快そうに眉を顰めた。メイドたちは慌てて頭を下げる。
「おまえたちも何をしているの。その人に構っている場合ではないでしょう。やることはたくさんあるのよ」
妹の後ろに控えていた侍女たちが動き出す。
「さあさ、お退きください。今からこのサロンはお嬢様がお使いになるのですから」
侍女の発言に、メルナーゼの視線が、その発言をした侍女を捉えた。メイドたちは青ざめる。
「い、いえ、今はメルナーゼ様がお使いですっ。どうぞ、時間を改めるか、もう一つのサロンをご利用くださいませっ」
「まあ!おまえ、誰に口を利いているかわかっているの?!」
侍女が目をつり上げる。だが、今のメルナーゼを知るメイドも負けられない。再び口を開こうとして、
「茶葉によって湯温や蒸らす時間が異なることは当然」
入り口から聞こえた声にハッとする。
「だが、それは初歩に過ぎん。主の体調や気分、その時に食べているものによって細かく変えていく。誠心誠意仕えるとは、そういうことだ」
妹や侍女を押しのけ、執事が姿を現す。
甘い物に飽きる頃だろうと思っていたが、執事が出るときにメルナーゼが口にした分から何一つ手をつけられていなかった。それは、執事が淹れたお茶の次、二杯目が口にされていないことを指す。茶も満足に淹れられないメイドたちの出来の悪さに内心毒づくが、そんな者たちに大事な主を任せるしかなかった自分を呪いたくなった。
そこへ、耳障りな声がした。
「驚きだこと。ねえ、あなた、何様のつもりかしら。メイドたちもあの人に頭など下げなくてよろしい。それから執事、わたくしを押しのけるなど。立場を弁えなさい」
メルナーゼの態度に嫌悪を表し、メイドたちの変わりように眉を顰め、執事の愚行に怒りを滲ませた妹。しかし当然の如く、二人の視界には入らない。
「姫様、遅くなり申し訳ございません」
メルナーゼの側で躊躇いもなく平伏す執事に、妹たちはギョッとした。
両親の言っていたことは、こういうことだったのだと理解する。
昨夜の晩餐、何故か顔色の悪い両親にどうしたのか尋ねると、二人は首を振りながら、今後メルナーゼと執事には関わらないようにとだけ言い聞かせられた。父親の左手小指に、包帯が巻かれていたので尋ねても、何でもない、としか返されなかった。その様子から、メルナーゼと執事が関わっているであろうと推察は出来たが、何故そんな事態になったのかはまったくわからない。そんな両親に、兄妹は顔を見合わせ首を傾げるばかりだったのだが。
「ねえ、おまえが、お父様の手を、怪我させたの?」
「姫様、すぐにお茶をご用意いたします」
しかし執事は答えることなく、立ち上がり、淀みなくお茶を用意する。視線でメイドにカップを片付けるよう促す。わずかな欠片の一つでも残っていたら一族郎党首を差し出せ、とその目に込めて。メイドたちは必死になる。公爵家に仕える者ではあるが、誰に従うべきか、間違えてはいけない。
カップを片付けるメイドたちは、メルナーゼの視界に入らないよう床に這いつくばり、欠片同士がぶつかって耳障りな音を立てないよう、かつ迅速に布に包んでいく。そんなメイドたちなどいないかのように、執事は恭しく紅茶を差し出す。
その異様な光景に、妹と侍女たちが何も言えないでいると、執事の向こうにいるメルナーゼと、目が合った。
「ねえ、わたくしに、退け、と言ったわね」
妹たちの全身に、ゾワリと悪寒が走る。
「条件次第では、退いて差し上げてよ?」
メルナーゼは、紅茶を一口、含んだ。
「自力で奪ってみなさいな。ただし」
笑っていない目で、笑う。
「わたくしだって、抵抗はしましてよ」
「自分の居場所は自分で勝ち取る。間違っていませんわね」
上から滴り落ちてくる赤に、妹は涎を垂らしながら、引き攣った笑いを浮かべていた。正気でなど、いられるはずがない。肉の塊となって天井からぶら下がるのは、メルナーゼに退けと言った侍女。残る侍女は、仕える妹を置き去り逃げ出した。
「さあ、いつまでおまえたちは、自分の居場所を守り続けられるかしらね」
公爵家の使用人という立場を。公爵令嬢という立場を。
「時間の問題かしら」
*おしまい*
次話は王城での出来事を予定しています。
両親は、自分たちがしてきたことを省みず、従順で手のかからない子だと、都合良くそう思っていた。
「コイツが王太子の婚約者、ですか?どうしてまた」
「この人には無理なのではありませんか?王太子妃、ひいては王妃となるのでしょう?これほど自分を持たない人間に務まるものとは思えませんけれど」
兄妹には、メルナーゼ本人を目の前にしてもこう言ってしまえる程度の存在だった。
メディテラーネがメルナーゼとなった翌日。
「部屋の日当たりが少々悪いですね。姫様、すぐに改装いたします。サロンにてお茶の用意をいたしますので、ごゆるりとおくつろぎください」
宰相であった執事が、早速動き出す。
お茶をしている間に、彼女好みの部屋に仕上げる。執事は恭しくその手を取ると、サロンまでエスコートし、お茶を調えた。
「姫様、お茶が終わるまでにお迎えに上がります。しばし、お側を離れることをお許し下さい」
側にいられないことはその身を切り裂かれるよりもつらいことであるが、彼女の身の回りを調え、少しでも快適に過ごしてもらえるようにすることが、今の最優先事項である。彼女が僅かにでも心やすくいられるなら、自分の気持ちなど二の次三の次。
「メイド、私は席を外す。姫様に誠心誠意仕えろ。いいな」
三人のメイドが、昨日の出来事は夢ではなかったのだと顔を青ざめさせながら、慎重に頭を下げた。
部屋の場所を変えるなどという面倒を、主にかけることなど出来ない。今の部屋を、主の過ごしやすい空間に作り替える。
執事は、部屋の隣とその隣の壁を消した。
「もう一つ、使うか」
さらにもう一つ、部屋の壁を消す。元々の部屋と合わせて、四つ分の空間となった。
「幅はよし。次は上だな」
メルナーゼの部屋は二階の端だった。家族の居住区は三階なのだが、メルナーゼだけ、使用人たちと同じ階だった。使用人たちとの部屋の位置とは真逆ではあったが。
執事は重力魔法で三階の家具などを落下しないよう止めながら、天井を消す。合計八部屋分と、その廊下部分を使った広い空間が出来上がった。いらないものは、まとめて三階の廊下に置いておく。あとで使用人たちに片付けさせればいい。また、部屋に入る扉にも拘るため、もう一部屋をなくして広い空間にし、主を迎えるに相応しい扉を作る。だが、しっくりこないようだ。
「いっそのこと、全部無くすか」
中央にある階段の左右で、メルナーゼと使用人の部屋は別れる。執事は一つ頷くと、メルナーゼ側の部屋を、主の部屋以外すべてなくした。これで、主を迎えるに相応しい入り口になった。
そこへ。
「おい!貴様、何をしているんだ!」
メルナーゼの兄が、額に青筋を浮かべて執事に近付いて来た。後ろからは公爵夫妻が慌てて走って来ている。
「急に部屋の床がなくなって追い出されたぞ?!何をしている!」
床を抜いた三階部分は、公爵夫妻と兄の部屋の一部だったようだ。夫妻と兄は部屋にいたようで、三階にあった不要なものとして廊下に追い出されていた。怒り狂った兄が執事の所へ走り出す。夫妻は止めようと慌てて後を追いかけたが、間に合わなかった。
「貴様、使用人の分際で」
そこで言葉が途切れた。
「邪魔をするな。ブチ殺すぞ」
一刻も早く主の下へ駆けつけたい執事は、魔法で扉にもう少し手を加えつつ、近付いた兄を容赦なく蹴り飛ばした。吹っ飛んだ兄に巻き込まれる形で、夫妻も跳ね飛ばされた。
「これ以上邪魔をするならその首刎ね飛ばす」
はったりではないと教えるように、風魔法で兄の頬を深く切り裂いた。兄は気を失った。
「その愚物をさっさと連れて行け。同じ目に遭いたいか」
夫妻にそう言葉を投げつけると、夫妻は急ぎ立ち上がり、兄を抱える。その背中に、
「ここに足を踏み入れるなよ?どうしてもと言うときは許可を取れ」
いいな、と声をかけた。夫妻は振り返りながらこくこく頷き、去って行った。
邪魔者がいなくなると、主の好みを知り尽くす執事は、次々と部屋を作り替えていく。
「魔法か。しかし便利だな。姫様をお待たせしなくて済むことが何よりだ」
改装はもちろん、家具一つ手配することにも時間がかかった前の世界とは雲泥の差だ。素材さえあれば、簡単に作り替えられる。
もっと魔法を勉強して、素材を必要としない、無から生み出せるようにしたいものだ。
昨日用意させた白い毛足の長い敷物の大きさを変えながら、そんなことを考える。
仕上げに天井を見つめ、手を翳すと、三つのシャンデリアが美しい光を放ちながら、空間を飾った。
懐中時計を確認する。三十分おきに様子を見に行こうと考えていた執事だったが、二十五分ですべてが終わった。
「姫様に、私の手でお茶を楽しんでいただける」
部屋の会心の出来に頷き、一杯淹れただけで主の側を離れなくてはならなかったために喜んだ。
甘い物に飽き始められたことだろう。チーズをお持ちしよう。
主の下へ、足を急がせた。
丁度その頃。
メルナーゼはソファで横になりながら、ゆったりと紅茶を手に取る。
その様子を、メイドたちは固唾をのんで見守る。
カップを口に近付けると、メルナーゼが不快そうに目を細めた。メイドたちは青くなる。
「本当に、お茶の一つも満足に淹れられないなんて」
口をつけられることのなかったカップが滑り落ちる。カップを叩きつけたり投げつけたりはしない。元々その手には何も持っていなかったかのように、ただ滑り落ちていく。床に落ちたカップは割れ、紅茶が飛び散った。
「も、申し訳ございませんっ」
「その謝罪に意味はあって?」
何度も聞かされる謝罪の言葉に、意味などない。同じ過ちを繰り返す、反省のない謝罪など不要だ。あまりの使えなさに、メルナーゼが動こうとして。
「おかしいわね。あなたがどうしてこのサロンを使っているのかしら」
サロンの入り口で、メルナーゼの妹が不快そうに眉を顰めた。メイドたちは慌てて頭を下げる。
「おまえたちも何をしているの。その人に構っている場合ではないでしょう。やることはたくさんあるのよ」
妹の後ろに控えていた侍女たちが動き出す。
「さあさ、お退きください。今からこのサロンはお嬢様がお使いになるのですから」
侍女の発言に、メルナーゼの視線が、その発言をした侍女を捉えた。メイドたちは青ざめる。
「い、いえ、今はメルナーゼ様がお使いですっ。どうぞ、時間を改めるか、もう一つのサロンをご利用くださいませっ」
「まあ!おまえ、誰に口を利いているかわかっているの?!」
侍女が目をつり上げる。だが、今のメルナーゼを知るメイドも負けられない。再び口を開こうとして、
「茶葉によって湯温や蒸らす時間が異なることは当然」
入り口から聞こえた声にハッとする。
「だが、それは初歩に過ぎん。主の体調や気分、その時に食べているものによって細かく変えていく。誠心誠意仕えるとは、そういうことだ」
妹や侍女を押しのけ、執事が姿を現す。
甘い物に飽きる頃だろうと思っていたが、執事が出るときにメルナーゼが口にした分から何一つ手をつけられていなかった。それは、執事が淹れたお茶の次、二杯目が口にされていないことを指す。茶も満足に淹れられないメイドたちの出来の悪さに内心毒づくが、そんな者たちに大事な主を任せるしかなかった自分を呪いたくなった。
そこへ、耳障りな声がした。
「驚きだこと。ねえ、あなた、何様のつもりかしら。メイドたちもあの人に頭など下げなくてよろしい。それから執事、わたくしを押しのけるなど。立場を弁えなさい」
メルナーゼの態度に嫌悪を表し、メイドたちの変わりように眉を顰め、執事の愚行に怒りを滲ませた妹。しかし当然の如く、二人の視界には入らない。
「姫様、遅くなり申し訳ございません」
メルナーゼの側で躊躇いもなく平伏す執事に、妹たちはギョッとした。
両親の言っていたことは、こういうことだったのだと理解する。
昨夜の晩餐、何故か顔色の悪い両親にどうしたのか尋ねると、二人は首を振りながら、今後メルナーゼと執事には関わらないようにとだけ言い聞かせられた。父親の左手小指に、包帯が巻かれていたので尋ねても、何でもない、としか返されなかった。その様子から、メルナーゼと執事が関わっているであろうと推察は出来たが、何故そんな事態になったのかはまったくわからない。そんな両親に、兄妹は顔を見合わせ首を傾げるばかりだったのだが。
「ねえ、おまえが、お父様の手を、怪我させたの?」
「姫様、すぐにお茶をご用意いたします」
しかし執事は答えることなく、立ち上がり、淀みなくお茶を用意する。視線でメイドにカップを片付けるよう促す。わずかな欠片の一つでも残っていたら一族郎党首を差し出せ、とその目に込めて。メイドたちは必死になる。公爵家に仕える者ではあるが、誰に従うべきか、間違えてはいけない。
カップを片付けるメイドたちは、メルナーゼの視界に入らないよう床に這いつくばり、欠片同士がぶつかって耳障りな音を立てないよう、かつ迅速に布に包んでいく。そんなメイドたちなどいないかのように、執事は恭しく紅茶を差し出す。
その異様な光景に、妹と侍女たちが何も言えないでいると、執事の向こうにいるメルナーゼと、目が合った。
「ねえ、わたくしに、退け、と言ったわね」
妹たちの全身に、ゾワリと悪寒が走る。
「条件次第では、退いて差し上げてよ?」
メルナーゼは、紅茶を一口、含んだ。
「自力で奪ってみなさいな。ただし」
笑っていない目で、笑う。
「わたくしだって、抵抗はしましてよ」
「自分の居場所は自分で勝ち取る。間違っていませんわね」
上から滴り落ちてくる赤に、妹は涎を垂らしながら、引き攣った笑いを浮かべていた。正気でなど、いられるはずがない。肉の塊となって天井からぶら下がるのは、メルナーゼに退けと言った侍女。残る侍女は、仕える妹を置き去り逃げ出した。
「さあ、いつまでおまえたちは、自分の居場所を守り続けられるかしらね」
公爵家の使用人という立場を。公爵令嬢という立場を。
「時間の問題かしら」
*おしまい*
次話は王城での出来事を予定しています。
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