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番外編
神様の気持ち
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セリュレエンが蔑ろにされているのに助けないのは、早く死を願って欲しかったから。
ねぇ、セリュレエン。助けてあげられなくてごめんね。でもね、キミが戻って来たら、これまで誰も受けたことのないほどの愛を、キミにあげるよ。キミが戻ってくるなら、世界と引き替えにしたって構わないんだ。それだけキミを愛しているんだから、少しでも誰かに好意なんて持たないでね。
そんな穢れたキミは、いらなくなっちゃうから。
干渉できることの中でも、姿を見せることはそれなりに力が必要だ。頻繁に顕現できないのは、それだけの力が溜まっていないから。世界を維持するだけでも結構な力が必要となる。維持を止めると、緩やかに崩壊していく。秩序が保たれなくなっていき、やがて争い、人々は疲弊し、滅んでゆく。
それでも、セリュレエンの助けとなるべく時々顕現することは出来た。けれどそうすることで、希望を持たれては困る。誰からも見向きもされていないのだ。拠り所にされたら堪ったものではない。いつかまた会いに来てくれる、自分を助けてくれる存在がいる、と希望に縋り、生に執着してしまっては困るのだ。
代わりに誰かに助けさせるなんて以ての外。論外。選択肢にすら上がらない。セリュレエンを思っていいのは自分だけなのだから。
一刻も早く、自分の元に戻したい。
それだけが、神の願いだった。
けれど、セリュレエンがこっちに来るように率先して動くことはない。虐げられるセリュレエンを見て、世界が滅んでもいいと思うくらいには怒っていたのだから。
“ねえ、メルナーゼ。キミのカタルシス、大いにいいと思うよ”
顕現した神は地上を去る際に、メルナーゼとなったメディテラーネにそう言い残した。
顕現に呆然としていた者たちが正気になり、神の言葉を考えたとき、少しは頭の回る者たちは青ざめた。
今のメルナーゼが、何にカタルシスを感じるのか。それを感じるために、何をしようとしているのか。
そんな不安しか生まない一石を投じ、神は去ったのだ。
神に謀られたことに不満を覚えていたメディテラーネだったが、少し冷静になって神の行動を振り返ってみると、何だかおかしくて笑ってしまった。
「子どものようですわ」
メディテラーネを思いの外気に入った神は、時々メディテラーネを自身の世界に呼んで、お茶をすることがあった。顕現するよりも遥かに少ない力で人を呼ぶことが出来るからだ。
記念すべきかどうかはわからないが、その初めてのお茶会の時。
顕現した日の帰りの馬車の中で宰相にも言った言葉を、お茶を飲みながら本人にも言った。
「子ども?」
神は目を丸くさせながらメディテラーネに問い返す。
「ええ。去り際に嫌がらせの一言を落としたのは口実で、単純におまえは、彼女を見せびらかしたかっただけでしょう?」
メディテラーネへの伝言を口実に。その伝言による不安は、今後人々に大きな広がりを見せるだろう。口実に過ぎないものの方が重要であることは、人間の視点だ。神の視点では、どちらが重要であったか。
神は頬を膨らませて、いいでしょ別に、とそっぽを向いた。やはり子どもだ。
だがそれ故、メディテラーネにはわからなかった。
「ねえ、メルナーゼが大切なら、助けるように動いたら良かったのではなくて?こんな回りくどいことをしたのは何故かしら」
世界に干渉できるなら、メルナーゼが幸せになれるよう動いたら良かったのではないかとのメディテラーネの問いに、神は驚いたように答えた。
「ええ?そんなの、魂に器がそぐわないからだよ」
“メルナーゼ”の肉体は、神のお気に召さないものだったようだ。
「おまえの最高傑作の魂には、最高の体を、と言うことかしら」
メディテラーネの言葉に、神は満足そうに頷いた。
「そう。ほら、美しいだろう?」
神の膝枕で眠るセリュレエンの頬を、愛おしく撫でる。魂と体がもっとしっかり定着するまで、もうしばしの時間が必要だ。そのため、セリュレエンは眠っていることの方が多い。それでも、待ち望んだ愛しい子が側にいるだけで、神はその時間さえ嬉しくて仕方がないのだ。
メディテラーネは呆れたようにその様子を見つめ、神の問いに首を傾げた。
「残念ながら、わたくしにはわからないわ」
その答えに不服そうな創造主は、若干据わった目でメディテラーネに問う。
「なら、キミが美しいと思うものは何なの」
メディテラーネは思い馳せるように、少し遠くを見るように言った。
「わたくしが美しいと思うものは、滅びゆくものだけですもの」
創造主は呆れたように溜め息を吐いた。
「それじゃあ、セリュレエンの価値をわかるはずがないね」
おどけるように肩を竦めてみせる神に、メディテラーネは笑う。
「世界が崩壊するとき、キミはどんな表情を見せてくれるのかな」
その言葉に、メディテラーネは美しく微笑んだ。
「その光景を見られるきっかけをくれたおまえに、初めて感謝するかもしれないわ」
*おしまい*
次話はメルナーゼの兄妹との話の予定です。
ねぇ、セリュレエン。助けてあげられなくてごめんね。でもね、キミが戻って来たら、これまで誰も受けたことのないほどの愛を、キミにあげるよ。キミが戻ってくるなら、世界と引き替えにしたって構わないんだ。それだけキミを愛しているんだから、少しでも誰かに好意なんて持たないでね。
そんな穢れたキミは、いらなくなっちゃうから。
干渉できることの中でも、姿を見せることはそれなりに力が必要だ。頻繁に顕現できないのは、それだけの力が溜まっていないから。世界を維持するだけでも結構な力が必要となる。維持を止めると、緩やかに崩壊していく。秩序が保たれなくなっていき、やがて争い、人々は疲弊し、滅んでゆく。
それでも、セリュレエンの助けとなるべく時々顕現することは出来た。けれどそうすることで、希望を持たれては困る。誰からも見向きもされていないのだ。拠り所にされたら堪ったものではない。いつかまた会いに来てくれる、自分を助けてくれる存在がいる、と希望に縋り、生に執着してしまっては困るのだ。
代わりに誰かに助けさせるなんて以ての外。論外。選択肢にすら上がらない。セリュレエンを思っていいのは自分だけなのだから。
一刻も早く、自分の元に戻したい。
それだけが、神の願いだった。
けれど、セリュレエンがこっちに来るように率先して動くことはない。虐げられるセリュレエンを見て、世界が滅んでもいいと思うくらいには怒っていたのだから。
“ねえ、メルナーゼ。キミのカタルシス、大いにいいと思うよ”
顕現した神は地上を去る際に、メルナーゼとなったメディテラーネにそう言い残した。
顕現に呆然としていた者たちが正気になり、神の言葉を考えたとき、少しは頭の回る者たちは青ざめた。
今のメルナーゼが、何にカタルシスを感じるのか。それを感じるために、何をしようとしているのか。
そんな不安しか生まない一石を投じ、神は去ったのだ。
神に謀られたことに不満を覚えていたメディテラーネだったが、少し冷静になって神の行動を振り返ってみると、何だかおかしくて笑ってしまった。
「子どものようですわ」
メディテラーネを思いの外気に入った神は、時々メディテラーネを自身の世界に呼んで、お茶をすることがあった。顕現するよりも遥かに少ない力で人を呼ぶことが出来るからだ。
記念すべきかどうかはわからないが、その初めてのお茶会の時。
顕現した日の帰りの馬車の中で宰相にも言った言葉を、お茶を飲みながら本人にも言った。
「子ども?」
神は目を丸くさせながらメディテラーネに問い返す。
「ええ。去り際に嫌がらせの一言を落としたのは口実で、単純におまえは、彼女を見せびらかしたかっただけでしょう?」
メディテラーネへの伝言を口実に。その伝言による不安は、今後人々に大きな広がりを見せるだろう。口実に過ぎないものの方が重要であることは、人間の視点だ。神の視点では、どちらが重要であったか。
神は頬を膨らませて、いいでしょ別に、とそっぽを向いた。やはり子どもだ。
だがそれ故、メディテラーネにはわからなかった。
「ねえ、メルナーゼが大切なら、助けるように動いたら良かったのではなくて?こんな回りくどいことをしたのは何故かしら」
世界に干渉できるなら、メルナーゼが幸せになれるよう動いたら良かったのではないかとのメディテラーネの問いに、神は驚いたように答えた。
「ええ?そんなの、魂に器がそぐわないからだよ」
“メルナーゼ”の肉体は、神のお気に召さないものだったようだ。
「おまえの最高傑作の魂には、最高の体を、と言うことかしら」
メディテラーネの言葉に、神は満足そうに頷いた。
「そう。ほら、美しいだろう?」
神の膝枕で眠るセリュレエンの頬を、愛おしく撫でる。魂と体がもっとしっかり定着するまで、もうしばしの時間が必要だ。そのため、セリュレエンは眠っていることの方が多い。それでも、待ち望んだ愛しい子が側にいるだけで、神はその時間さえ嬉しくて仕方がないのだ。
メディテラーネは呆れたようにその様子を見つめ、神の問いに首を傾げた。
「残念ながら、わたくしにはわからないわ」
その答えに不服そうな創造主は、若干据わった目でメディテラーネに問う。
「なら、キミが美しいと思うものは何なの」
メディテラーネは思い馳せるように、少し遠くを見るように言った。
「わたくしが美しいと思うものは、滅びゆくものだけですもの」
創造主は呆れたように溜め息を吐いた。
「それじゃあ、セリュレエンの価値をわかるはずがないね」
おどけるように肩を竦めてみせる神に、メディテラーネは笑う。
「世界が崩壊するとき、キミはどんな表情を見せてくれるのかな」
その言葉に、メディテラーネは美しく微笑んだ。
「その光景を見られるきっかけをくれたおまえに、初めて感謝するかもしれないわ」
*おしまい*
次話はメルナーゼの兄妹との話の予定です。
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