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本編
和睦の条件。
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私とリヒト殿下のぎくしゃくした関係は、意外なところから破られた。
リヒト殿下の即位式まで、公式には国王不在のヴェルスブルク。最速で準備は進められているけど、国際情勢はこっちの事情など汲んでくれません。
政務は、特例で(前例を探しまくったらしい)、王の裁可を待たずに宰相になったアトゥール殿下のもと、私のお父様をはじめとする大臣達が協議して行っている。そこに、シルハークからの書状が届いた。正式な和平の証として、私をリーシュの王妃に迎える、という通告。
その書状が読み上げられた直後、お父様は卒倒したという。……ほんと、爆弾娘で申し訳ないわ。でも、リーシュは何を考えてるのよ!
「悪い話ではないと思いますよ、アレクシア」
「え?」
「少なくとも、あなたを問答無用でリヒト殿下の妃にすることは避けられる。私の姫がお望みのように」
アトゥール殿下は、わざわざ学園まで来て私に報告してくれた。貴賓室ではなく、談話室のひとつを借り切って。
「先に、ローゼンヴァルト宮にお戻りなさい」
ローランには、自分で言えということだ。アトゥール殿下は、物腰は優しいけれど、本質はそんなに甘い人ではない。
「……はい」
それでも、エージュの為だからか、私には結構優しい。ローゼンヴァルト宮で報告してもいいのに、先に教えてくれる――ローランに説明する為の、心の準備時間をくれる。
「シルハーク王への返答までの猶予期間は、三日です。三日で、御心を決めなさい」
実際問題、シルハークとの和平を無駄にはできないから、私はリーシュに嫁がなくてはならない。たかが公爵家の娘の身柄ひとつだ。新王の好意より、他国の国王の要求の方が優先される。
――あの馬鹿王、どうしてくれよう。
奇しくも、以前にレンファンが言っていた言葉と全く同じことを考えながら、私は早退届を提出し、ローゼンヴァルト宮に戻った。
瀟洒な宮殿で出迎えてくれた執事さんに、エージュが待っていると言われ、彼女の私室――ちゃんと蔵書室に近い一室を確保している――の扉を叩いた。
「お帰りなさい、アリー」
名乗っていないのに、エージュは私だとわかっていたかのように、扉を開けてくれた。ふわりと手を取られ、中へと招き入れられる。
エージュは、私をソファに座らせ、紅茶を淹れてくれた。
「……まだ、神竜王陛下をお呼びできないわね」
「エージュ」
「どうしてもあなたを出迎えるとおっしゃるから、乙女の会話の邪魔はなさらないでと申し上げたの」
それは、ローランには、ラウエンシュタインの屋敷で「話し終わるまでそこで待ってろ」と言われた記憶が甦るだろう恐怖の台詞だ。引き下がるのも頷ける。
「エージュは、どうしたいの?」
「わたくし? わたくしは、あなたのしたいようにさせるだけよ。わたくしの望みはあなただもの」
自分の分の紅茶にはたっぷりのブランデーを注いで、エージュは私の向かいに腰かけた。そして、芳醇なブランデーの香りを楽しんでいる。
「あなたは、アトゥール殿下からわたくしへの納采だもの。誰にもあげないわ」
モノ扱いはやめてほしい。
私の恨みがましい目に気づいてか、エージュは小さく笑った。
「本当よ。リヒト殿下にはそう申し上げたわ。シルハークの王だろうとヴェルスブルクの王だろうと、アリーは渡しません、と」
力強く言った後、「例外は、神竜王陛下だけ」と言い添えた。
「ねえ、アリー。シルハーク王の申し出は、断ってもいいのよ。あなたが嫌がることなら、わたくしが阻止してあげる。リヒト殿下とのこともね。あなたを王太子妃になど嫌だと、わたくしが泣いて喚けばいいだけだもの」
エージュの、私への親愛の強さはそれなりに知られている。親友を兄に取られたくないと、幼子のように泣き喚いても、誰も不審には思わないくらいには。
「それでも足りないなら、わたくしは王女の身分を返上するからあなたを奪わないでと、リヒト殿下を泣き落としてみせるわ」
「リヒト殿下でなくとも、心身を投げ出して落としにかかった女性の涙に勝てる男はいませんね」
不意に入口から声がした。アトゥール殿下が、笑いを噛み殺しながら立っている。
「私の姫。あなたは、本当にアレクシアが大切なのですね」
「ええ。わたくしは、アリーだけが大切なのですわ」
「不実な御方だ。私の前でそのように」
「偽ることの方が不実でしょう」
狐狸の化かし合いのような会話。これが、半年後には夫婦となる二人のものだとは、麗しい一対の誕生を夢見ている乙女達には言えない現実だ。
「わたくしからの愛など欲していらっしゃらないのに、わたくしがアリーを愛することはお咎めになりますの?」
「いいえ、私の姫。せめて、尽力には褒美をいただきたいだけですよ」
尽力?
私の疑問符に、アトゥール殿下は愉しげに頷いた。
「シルハーク王から、婚姻の申し込みを得てきたのは私ですから」
「それが尽力ですか?」
諸悪の根源でしょうと言いたい私に、アトゥール殿下は首を振った。
「王太子殿下の妃は断れても、シルハーク王からの申し込みは断れませんよ。先の戦の、和睦の条件ですから」
余計に悪い。そう思った私に、殿下は言い聞かせた。
「ですからね、アレクシア。王太子妃は断れる。シルハーク王妃は断れない。つまりあなたは、シルハークに行くしかない」
黙っていたエージュが、静かに苛立ちを口にした。
「結局、わたくしは、あなたを手放すことでしか守れない。そうおっしゃりたいのでしょう、アトゥール殿下」
「エージュ?」
「傍にいてほしいわ。わたくしから離れないでほしいわ。あなたさえいれば、わたくしは何もいらない」
エージュの私への感情は、執着に近い。刷り込みなんだろうか。私にしか執着できないくらい、エージュは誰からも愛されなかったの? エージュに恋した沢山の殿方は、愛してはくれなかったの?
当事者ではない私にはわからない。わかるのは、エージュは私からの愛情しか信じていないことだ。リヒト殿下からの愛情すら、兄妹でなければ愛していないのだと、拒んでいる。
「エージュ」
「わかっているわ、大丈夫よ、あなた以外にもわたくしを愛してくれる酔狂な人はきっといるわ。だけど、アリー」
――わたくしが愛されたいのは、あなただけなの。
その言葉に涙はなく、溜息もなく。
ただ、切なさだけがあった。
「シルハークにお行きなさい、アリー。そうでないと、あなたはリヒト殿下の妃にされてしまうわ。ラウエンシュタイン公爵に命が下ったら、止められない」
だけど、それはシルハークに行っても同じだ。相手がリヒト殿下からリーシュに変わるだけ。
「――シルハーク王には、協力を願ったの」
リーシュからの婚姻の申し入れ。それは、エージュが私の恋を守る為の一手だった。
「アレクシア。私の姫は、あなたの為なら国をも棄てる。国益よりあなたを優先する。宰相として、私はあなたには国外に出ていただきたいのですよ」
私がいたら迷惑。だからシルハークに行け。アトゥール殿下は、私が決断する為に、わざと冷たい言葉を、優しく紡ぐ。
「アトゥール殿下」
「何かな、アレクシア」
「エージュはあげません。だから、殿下」
私からエージュを奪いたいなら、私以上にエージュを愛して、愛されて下さい。
私の言葉に、アトゥール殿下は苦笑した。知っていましたかと、薄い蒼の瞳が問いかけてくる。
――ええ、知っていました。殿下が、父を廃してまで私を守ったエージュの気強さに惹かれ始めていること。だけどエージュはまだ干物女子。私からの愛しか信じない。だから、今は、エージュをお願いしますとは言えないし、言わない。
「アリー?」
わかっていないエージュにも、私は黙って微笑み返した。親友の恋なら応援するけど、親友への恋は、当人が頑張れば?というのが本心。カインやオリヴィエよりは、婚約している分、アトゥール殿下は有利なんだし。
「……公私ともに、私はあなたを国外に出した方がいいようですね」
アトゥール殿下は、今度は溜息まじりに独白した。邪魔はしませんよ。応援もしないだけです。
シルハークに行く。
私はそう決めた。私なんかに好意を持ってくれたリヒト殿下には申し訳ないけど、だからこそ、私はシルハークに行くのだ。リーシュは、私に恋してはいないから。
エージュが考え、アトゥール殿下が橋渡しし、リーシュが受けた。私が好きなのはローランだと知っている三人が、協力した。なら、それはきっと私の恋の為になることだと、今は自惚れておく。
「ありがとう、エージュ」
「感謝なさいね。ずっとずっと、わたくしに感謝し続けるのよ。あなたの恋を叶えたのはわたくしで、わたくしにそうさせたのはあなたなのだから」
その理屈なら、私は私自身にも感謝するべきではなかろうか。
「アリー、離れてもわたくしを忘れないで。わたくし、ずっとあなたを想い続けるわ。愛し続けるわ。一時だって忘れないわ」
愛してると繰り返しながら、エージュは私を見ない。その薄い肩を、アトゥール殿下が壊れ物を扱うように抱き寄せた。
「ずっと、誰よりもあなたを愛しているわ。いつかあなた以外を愛したとしても、わたくしが一番に愛しているのはあなたよ。あなただけよ」
「うん」
「わかっていないくせに。わたくしがどれだけあなたを愛しているか、わかっていないから、アリーはわたくしに笑うのよ」
エージュは、アトゥール殿下の腕の中から抜け出て、私に抱きついた。
「シルハークの王には、きちんとお願いしてあるわ。何もかも、あなたの為になるように」
「エージュが手配してくれたことなら、私、何でも信じる」
たとえ太陽を三つ用意したと言われても、信じるわ。
「ごめんなさい。ずっと一緒にいられなくて」
「アリー?」
「ローランよりエージュを選ぶって言えなくて、ごめんなさい」
詫びた私に、エージュは馬鹿ねと笑った。
「わたくしは、あなたの一番でなくていいの。あなたにとって二番でも三番でもそれ以下であっても、わたくしがあなたを一番愛しているというだけのことよ」
エージュの、この愛は――たぶん、ローランと同じだ。私が一番最初にエージュに愛情を示したから、私にこだわる。
でもね、エージュ。前にも言ったけれど、あなたの世界は箱庭じゃない。最初は私だけだったあなたの世界に、今は、リヒト殿下もシルヴィスもカインもオリヴィエも――アトゥール殿下もいる。沢山、いるのよ。
干物女子には結構キツい、逆ハーレム状態ですよ。
私? リヒト殿下とシルヴィス以外は「お友達」の範囲の好感度だから問題ない。
「ただ、ね」
エージュは、珍しく言い淀んだ。どうしようかなーというように私を見て、笑って誤魔化した。
「……神竜王陛下は、最後まで聞いて下さらなかったの。あなたがシルハークに嫁ぐだろうと言った時点で、お怒りになってしまったから」
「わかった。ローランには、私から説明する」
「ええ。お願いね」
私に抱きついているエージュの頬にキスを返して、私は自分の部屋に向かった。
リヒト殿下の即位式まで、公式には国王不在のヴェルスブルク。最速で準備は進められているけど、国際情勢はこっちの事情など汲んでくれません。
政務は、特例で(前例を探しまくったらしい)、王の裁可を待たずに宰相になったアトゥール殿下のもと、私のお父様をはじめとする大臣達が協議して行っている。そこに、シルハークからの書状が届いた。正式な和平の証として、私をリーシュの王妃に迎える、という通告。
その書状が読み上げられた直後、お父様は卒倒したという。……ほんと、爆弾娘で申し訳ないわ。でも、リーシュは何を考えてるのよ!
「悪い話ではないと思いますよ、アレクシア」
「え?」
「少なくとも、あなたを問答無用でリヒト殿下の妃にすることは避けられる。私の姫がお望みのように」
アトゥール殿下は、わざわざ学園まで来て私に報告してくれた。貴賓室ではなく、談話室のひとつを借り切って。
「先に、ローゼンヴァルト宮にお戻りなさい」
ローランには、自分で言えということだ。アトゥール殿下は、物腰は優しいけれど、本質はそんなに甘い人ではない。
「……はい」
それでも、エージュの為だからか、私には結構優しい。ローゼンヴァルト宮で報告してもいいのに、先に教えてくれる――ローランに説明する為の、心の準備時間をくれる。
「シルハーク王への返答までの猶予期間は、三日です。三日で、御心を決めなさい」
実際問題、シルハークとの和平を無駄にはできないから、私はリーシュに嫁がなくてはならない。たかが公爵家の娘の身柄ひとつだ。新王の好意より、他国の国王の要求の方が優先される。
――あの馬鹿王、どうしてくれよう。
奇しくも、以前にレンファンが言っていた言葉と全く同じことを考えながら、私は早退届を提出し、ローゼンヴァルト宮に戻った。
瀟洒な宮殿で出迎えてくれた執事さんに、エージュが待っていると言われ、彼女の私室――ちゃんと蔵書室に近い一室を確保している――の扉を叩いた。
「お帰りなさい、アリー」
名乗っていないのに、エージュは私だとわかっていたかのように、扉を開けてくれた。ふわりと手を取られ、中へと招き入れられる。
エージュは、私をソファに座らせ、紅茶を淹れてくれた。
「……まだ、神竜王陛下をお呼びできないわね」
「エージュ」
「どうしてもあなたを出迎えるとおっしゃるから、乙女の会話の邪魔はなさらないでと申し上げたの」
それは、ローランには、ラウエンシュタインの屋敷で「話し終わるまでそこで待ってろ」と言われた記憶が甦るだろう恐怖の台詞だ。引き下がるのも頷ける。
「エージュは、どうしたいの?」
「わたくし? わたくしは、あなたのしたいようにさせるだけよ。わたくしの望みはあなただもの」
自分の分の紅茶にはたっぷりのブランデーを注いで、エージュは私の向かいに腰かけた。そして、芳醇なブランデーの香りを楽しんでいる。
「あなたは、アトゥール殿下からわたくしへの納采だもの。誰にもあげないわ」
モノ扱いはやめてほしい。
私の恨みがましい目に気づいてか、エージュは小さく笑った。
「本当よ。リヒト殿下にはそう申し上げたわ。シルハークの王だろうとヴェルスブルクの王だろうと、アリーは渡しません、と」
力強く言った後、「例外は、神竜王陛下だけ」と言い添えた。
「ねえ、アリー。シルハーク王の申し出は、断ってもいいのよ。あなたが嫌がることなら、わたくしが阻止してあげる。リヒト殿下とのこともね。あなたを王太子妃になど嫌だと、わたくしが泣いて喚けばいいだけだもの」
エージュの、私への親愛の強さはそれなりに知られている。親友を兄に取られたくないと、幼子のように泣き喚いても、誰も不審には思わないくらいには。
「それでも足りないなら、わたくしは王女の身分を返上するからあなたを奪わないでと、リヒト殿下を泣き落としてみせるわ」
「リヒト殿下でなくとも、心身を投げ出して落としにかかった女性の涙に勝てる男はいませんね」
不意に入口から声がした。アトゥール殿下が、笑いを噛み殺しながら立っている。
「私の姫。あなたは、本当にアレクシアが大切なのですね」
「ええ。わたくしは、アリーだけが大切なのですわ」
「不実な御方だ。私の前でそのように」
「偽ることの方が不実でしょう」
狐狸の化かし合いのような会話。これが、半年後には夫婦となる二人のものだとは、麗しい一対の誕生を夢見ている乙女達には言えない現実だ。
「わたくしからの愛など欲していらっしゃらないのに、わたくしがアリーを愛することはお咎めになりますの?」
「いいえ、私の姫。せめて、尽力には褒美をいただきたいだけですよ」
尽力?
私の疑問符に、アトゥール殿下は愉しげに頷いた。
「シルハーク王から、婚姻の申し込みを得てきたのは私ですから」
「それが尽力ですか?」
諸悪の根源でしょうと言いたい私に、アトゥール殿下は首を振った。
「王太子殿下の妃は断れても、シルハーク王からの申し込みは断れませんよ。先の戦の、和睦の条件ですから」
余計に悪い。そう思った私に、殿下は言い聞かせた。
「ですからね、アレクシア。王太子妃は断れる。シルハーク王妃は断れない。つまりあなたは、シルハークに行くしかない」
黙っていたエージュが、静かに苛立ちを口にした。
「結局、わたくしは、あなたを手放すことでしか守れない。そうおっしゃりたいのでしょう、アトゥール殿下」
「エージュ?」
「傍にいてほしいわ。わたくしから離れないでほしいわ。あなたさえいれば、わたくしは何もいらない」
エージュの私への感情は、執着に近い。刷り込みなんだろうか。私にしか執着できないくらい、エージュは誰からも愛されなかったの? エージュに恋した沢山の殿方は、愛してはくれなかったの?
当事者ではない私にはわからない。わかるのは、エージュは私からの愛情しか信じていないことだ。リヒト殿下からの愛情すら、兄妹でなければ愛していないのだと、拒んでいる。
「エージュ」
「わかっているわ、大丈夫よ、あなた以外にもわたくしを愛してくれる酔狂な人はきっといるわ。だけど、アリー」
――わたくしが愛されたいのは、あなただけなの。
その言葉に涙はなく、溜息もなく。
ただ、切なさだけがあった。
「シルハークにお行きなさい、アリー。そうでないと、あなたはリヒト殿下の妃にされてしまうわ。ラウエンシュタイン公爵に命が下ったら、止められない」
だけど、それはシルハークに行っても同じだ。相手がリヒト殿下からリーシュに変わるだけ。
「――シルハーク王には、協力を願ったの」
リーシュからの婚姻の申し入れ。それは、エージュが私の恋を守る為の一手だった。
「アレクシア。私の姫は、あなたの為なら国をも棄てる。国益よりあなたを優先する。宰相として、私はあなたには国外に出ていただきたいのですよ」
私がいたら迷惑。だからシルハークに行け。アトゥール殿下は、私が決断する為に、わざと冷たい言葉を、優しく紡ぐ。
「アトゥール殿下」
「何かな、アレクシア」
「エージュはあげません。だから、殿下」
私からエージュを奪いたいなら、私以上にエージュを愛して、愛されて下さい。
私の言葉に、アトゥール殿下は苦笑した。知っていましたかと、薄い蒼の瞳が問いかけてくる。
――ええ、知っていました。殿下が、父を廃してまで私を守ったエージュの気強さに惹かれ始めていること。だけどエージュはまだ干物女子。私からの愛しか信じない。だから、今は、エージュをお願いしますとは言えないし、言わない。
「アリー?」
わかっていないエージュにも、私は黙って微笑み返した。親友の恋なら応援するけど、親友への恋は、当人が頑張れば?というのが本心。カインやオリヴィエよりは、婚約している分、アトゥール殿下は有利なんだし。
「……公私ともに、私はあなたを国外に出した方がいいようですね」
アトゥール殿下は、今度は溜息まじりに独白した。邪魔はしませんよ。応援もしないだけです。
シルハークに行く。
私はそう決めた。私なんかに好意を持ってくれたリヒト殿下には申し訳ないけど、だからこそ、私はシルハークに行くのだ。リーシュは、私に恋してはいないから。
エージュが考え、アトゥール殿下が橋渡しし、リーシュが受けた。私が好きなのはローランだと知っている三人が、協力した。なら、それはきっと私の恋の為になることだと、今は自惚れておく。
「ありがとう、エージュ」
「感謝なさいね。ずっとずっと、わたくしに感謝し続けるのよ。あなたの恋を叶えたのはわたくしで、わたくしにそうさせたのはあなたなのだから」
その理屈なら、私は私自身にも感謝するべきではなかろうか。
「アリー、離れてもわたくしを忘れないで。わたくし、ずっとあなたを想い続けるわ。愛し続けるわ。一時だって忘れないわ」
愛してると繰り返しながら、エージュは私を見ない。その薄い肩を、アトゥール殿下が壊れ物を扱うように抱き寄せた。
「ずっと、誰よりもあなたを愛しているわ。いつかあなた以外を愛したとしても、わたくしが一番に愛しているのはあなたよ。あなただけよ」
「うん」
「わかっていないくせに。わたくしがどれだけあなたを愛しているか、わかっていないから、アリーはわたくしに笑うのよ」
エージュは、アトゥール殿下の腕の中から抜け出て、私に抱きついた。
「シルハークの王には、きちんとお願いしてあるわ。何もかも、あなたの為になるように」
「エージュが手配してくれたことなら、私、何でも信じる」
たとえ太陽を三つ用意したと言われても、信じるわ。
「ごめんなさい。ずっと一緒にいられなくて」
「アリー?」
「ローランよりエージュを選ぶって言えなくて、ごめんなさい」
詫びた私に、エージュは馬鹿ねと笑った。
「わたくしは、あなたの一番でなくていいの。あなたにとって二番でも三番でもそれ以下であっても、わたくしがあなたを一番愛しているというだけのことよ」
エージュの、この愛は――たぶん、ローランと同じだ。私が一番最初にエージュに愛情を示したから、私にこだわる。
でもね、エージュ。前にも言ったけれど、あなたの世界は箱庭じゃない。最初は私だけだったあなたの世界に、今は、リヒト殿下もシルヴィスもカインもオリヴィエも――アトゥール殿下もいる。沢山、いるのよ。
干物女子には結構キツい、逆ハーレム状態ですよ。
私? リヒト殿下とシルヴィス以外は「お友達」の範囲の好感度だから問題ない。
「ただ、ね」
エージュは、珍しく言い淀んだ。どうしようかなーというように私を見て、笑って誤魔化した。
「……神竜王陛下は、最後まで聞いて下さらなかったの。あなたがシルハークに嫁ぐだろうと言った時点で、お怒りになってしまったから」
「わかった。ローランには、私から説明する」
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