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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
闇の公主。
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「そういうことだから。ヴェルスブルクに嫁に行きなさい。あそこの新王は相当な美形だぞ、よかったな」
闇華が盲愛し妄愛し猛愛している異母兄王は、妹の気持ちなど忖度せずにそう言い放った。外向けの傲岸な態度は演技だから、今は本来の「にいさま」のはずなのに。
秀麗な美貌に華やかな笑みを湛えたその様子から、闇華の輿入れ先が決まったことを純粋に喜んでくれているのはわかる。確かに、十七歳で婚約者もいないというのは、シルハーク王家では嫁き遅れと陰口を叩かれる年齢だが。
「にいさま」
「闇華様。婚儀まで、日程の余裕はありません。母君様に、輿入れのご報告をなさいませ」
にいさまの腹心である蓮范が、優しげな笑顔で勧めてきた。その声には、「反抗するな、面倒だから」という本音をあからさまに滲ませている。
「闇華は、ヴェルスブルクになど行きたくありません」
誰が負けるか、と闇華ははっきり反抗した。にいさま――梨樹が「え?」と問い返すより先に、蓮范がにこやかに遮った。
「ヴェルスブルクの新王陛下の妃に適した年齢の公主は、シルハーク王家では闇華様しかおいでになりません。まさか、香華様に嫁げとは、お思いではありませんでしょう?」
憎らしい言い方だ。亡き父の正妃腹の異母姉妹である香華は、闇華とは同い年だから、ヴェルスブルクの新王との歳は釣り合う。しかし香華には乳兄弟で幼なじみの恋人がいて、にいさまは、その身分違いの結婚を許した。
「闇華? 嫌なのか? なら、無理にとは言わないぞ」
「にいさま!」
にいさまの優しい言葉に、闇華がぱっと顔を輝かせた瞬間、蓮范が低く呟いた。
「簡単に絆されないで下さい、陛下。和睦の条件のひとつとして、あちらから提示された内容ですよ」
「ヴェルスブルクが求めてきたのは、新王の妃になれる姫、だろ? 闇華を名指ししてきたわけじゃない」
「では、どなたを輿入れさせるのです? 瑞璃様では幼すぎますし、雪華様は……」
「雪華は駄目だ。あれは俺の跡を継いで、シルハークの女王になる」
亡くなった長兄の忘れ形見を、にいさまは自分の後継者として大切にしている。闇華が少し妬ましく思うくらい、気にかけている。相手が一歳になったばかりの赤子でなければ、露骨に嫉妬したかもしれない。叔父と姪の結婚なら、シルハーク王家では珍しくもないのだから。
「では、やはり闇華様しかいらっしゃらないではありませんか。傍系の姫君では、あちらは納得なさいますまい」
「俺が頭を下げればいい。あっちは王妃になれる器量の姫が欲しいんだ。直系ならいい、適当な姫で構わないってわけにはいかない。代わりに、傍系でも出来のいい姫なら問題ないはずだ。後は、俺が頭を下げれば済む。もちろん、俺の養女にして「公主」の体裁を調えるくらいはするが、謝罪は必要だろうよ」
「陛下」
「いざとなれば、アレクシアに協力してもらえば、あっちの王妹も折れて」
その名前を聞いた時、闇華は反射的に答えていた。
「にいさま、妾、嫁ぎます」
「闇華?」
「にいさまを困らせるのは、闇華の本意ではありません。ですから、嫁ぎます」
――違う。正確には、にいさまがあの少女に会うのが嫌なのだ。
先代神竜王と共に、シルハーク王家の離宮に暮らす、ヴェルスブルクの公爵令嬢。未来視の姫。神竜王召喚者。いくつもの異名を持つあの少女を、にいさまがかなり気に入っていることは、闇華にはわかっていた。
「闇華は嫁ぎます。その旨、ヴェルスブルクにお伝え下さいませ」
「闇華。嫌ならいいんだぞ。俺は、おまえも、香華同様に好いた相手と結婚してほしい」
――それなら、にいさまと結婚したい。
闇華は、ずっと――小さな頃からずっとそう言っていたのに、相手にしてくれなかったのはにいさまではないか。
幼い頃は「闇華が十五になったらな」と笑って頷いてくれていた。
神竜王姫の血の濃いにいさまへの婚姻の申し込みがある度に、「俺には闇華がいるから」と断ってくれていた。
それが、女の成人である裳着を終えた十二の夏には、「兄上より先に結婚するわけにはいかないからな」と申し訳なさそうに言葉を濁すようになり、その兄上が結婚した後は、「闇華はまだ十五になってないだろ」と困った顔をして――兄上が亡くなった後は、憑かれたように戦ばかりして、闇華が住む後宮には来てくれなくなった。
四代前に、当時の神竜王姫を王妃に迎えて以降は、神竜の血を薄れさせまいと、近親婚ばかりのシルハーク王家。闇華の母も、妾妃とはいえ、父の従妹姫にあたる。にいさまの正妃の座には、父の正妃腹の香華が一番近かったけれど、彼女には許嫁ができた。だから、戦が落ち着いたら、にいさまは約束通り、闇華を妃にしてくれると思っていたのに。
「闇華?」
「……嫌では、ありません。にいさまのお役に立ちたいのです」
どこまでも鈍感な、大好きなにいさま。――大嫌いな、敏い、にいさま。
蓮汎の溜息は、聞こえないことにした。
「母様」
「闇華か。おまえがここに来るとは珍しいこと。如何した?」
亡き父の後宮は、そのままに残されている。当代である梨樹の正妃が決まるまでは、その「後宮」は存在するだけで機能はしない。よって、今、シルハークの「後宮」で最も力を持っているのは、父の正妃だった美英様だ。それに次ぐのが、闇華の母である玲蓉だ。
「闇華の輿入れが決まりました」
「……輿入れ? 入内ではなく?」
「はい」
「闇華。おまえは、陛下の正妃となるべき血筋ですよ。それが、入内ではなく輿入れとは、如何なることか」
母の、怒りの滲む疑問は尤もだ。誰よりも、闇華自身がそう思っている。けれど、その言葉に頷くことはできない。闇華は、にいさまに約束したのだから。
「ヴェルスブルクの新王に嫁ぎます」
「ヴェルスブルク!?」
「母様。はしたない」
小さく咎めた娘の声にはっとして、玲蓉は今更だが女官達を下がらせた。手に持った扇で、闇華に近づくように示す。
「先日の戦、優位に攻めていながら退いてやった国に対して、王妹をくれてやるなど。陛下は、ヴェルスブルクにどんな弱味を握られておいでか」
優雅さを演出するはずの扇は、留め金ごと砕かれた。シルハークの王家に連なる者は、神竜王の末裔だ。女であっても、その膂力は常人とはかけ離れている。
「母様。にいさまを責めないで。にいさまは、嫌なら嫁がずともよいと仰せ下さった。嫁ぐと答えたのは闇華です」
「では、誰がシルハークの王妃となる!? おまえ以外の誰が!」
「……それは」
俯いた闇華に、母は一番嫌な予想をぶつけた。
「まさか、あの娘? 和睦の条件として、第二王妃にすると迎えた、神竜王の召喚者。あの娘を、第二王妃ではなく、第一王妃――正妃とするおつもりではあるまいな?」
「……あの姫は、先代神竜王のものだと、にいさまは」
「陛下は、外の血を欲しておられる。神竜王の血を誰よりも濃く継いだ御身でありながら、血はもう限界だと。ゆえに、生涯独身で通すと。後継には雪華がおるからな」
初めて聞く内容は、不思議なほどすとんと闇華の胸に落ちた。――ああ、だからにいさまは、闇華との約束を忘れたふりをなさるのだ。
そんなに疎ましくておいででしたか。この神竜の血は。
そんなに嫌っておいででしたか。神竜の血が惹き合うことを。
――そんなに、闇華の想いは邪魔でしたか。
「母様」
涙はなかった。ただ、決意だけがあった。
「……闇華は、ヴェルスブルクの王妃となります。そして」
シルハークを手に入れる。王家ごと。
「ヴェルスブルクとシルハーク。ふたつの国を、闇華の血で支配してみせましょう」
――にいさま。
にいさまが、闇華を厭っても、拒んでも、――妾は、あなたを手に入れる。
闇華が盲愛し妄愛し猛愛している異母兄王は、妹の気持ちなど忖度せずにそう言い放った。外向けの傲岸な態度は演技だから、今は本来の「にいさま」のはずなのに。
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「にいさま」
「闇華様。婚儀まで、日程の余裕はありません。母君様に、輿入れのご報告をなさいませ」
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憎らしい言い方だ。亡き父の正妃腹の異母姉妹である香華は、闇華とは同い年だから、ヴェルスブルクの新王との歳は釣り合う。しかし香華には乳兄弟で幼なじみの恋人がいて、にいさまは、その身分違いの結婚を許した。
「闇華? 嫌なのか? なら、無理にとは言わないぞ」
「にいさま!」
にいさまの優しい言葉に、闇華がぱっと顔を輝かせた瞬間、蓮范が低く呟いた。
「簡単に絆されないで下さい、陛下。和睦の条件のひとつとして、あちらから提示された内容ですよ」
「ヴェルスブルクが求めてきたのは、新王の妃になれる姫、だろ? 闇華を名指ししてきたわけじゃない」
「では、どなたを輿入れさせるのです? 瑞璃様では幼すぎますし、雪華様は……」
「雪華は駄目だ。あれは俺の跡を継いで、シルハークの女王になる」
亡くなった長兄の忘れ形見を、にいさまは自分の後継者として大切にしている。闇華が少し妬ましく思うくらい、気にかけている。相手が一歳になったばかりの赤子でなければ、露骨に嫉妬したかもしれない。叔父と姪の結婚なら、シルハーク王家では珍しくもないのだから。
「では、やはり闇華様しかいらっしゃらないではありませんか。傍系の姫君では、あちらは納得なさいますまい」
「俺が頭を下げればいい。あっちは王妃になれる器量の姫が欲しいんだ。直系ならいい、適当な姫で構わないってわけにはいかない。代わりに、傍系でも出来のいい姫なら問題ないはずだ。後は、俺が頭を下げれば済む。もちろん、俺の養女にして「公主」の体裁を調えるくらいはするが、謝罪は必要だろうよ」
「陛下」
「いざとなれば、アレクシアに協力してもらえば、あっちの王妹も折れて」
その名前を聞いた時、闇華は反射的に答えていた。
「にいさま、妾、嫁ぎます」
「闇華?」
「にいさまを困らせるのは、闇華の本意ではありません。ですから、嫁ぎます」
――違う。正確には、にいさまがあの少女に会うのが嫌なのだ。
先代神竜王と共に、シルハーク王家の離宮に暮らす、ヴェルスブルクの公爵令嬢。未来視の姫。神竜王召喚者。いくつもの異名を持つあの少女を、にいさまがかなり気に入っていることは、闇華にはわかっていた。
「闇華は嫁ぎます。その旨、ヴェルスブルクにお伝え下さいませ」
「闇華。嫌ならいいんだぞ。俺は、おまえも、香華同様に好いた相手と結婚してほしい」
――それなら、にいさまと結婚したい。
闇華は、ずっと――小さな頃からずっとそう言っていたのに、相手にしてくれなかったのはにいさまではないか。
幼い頃は「闇華が十五になったらな」と笑って頷いてくれていた。
神竜王姫の血の濃いにいさまへの婚姻の申し込みがある度に、「俺には闇華がいるから」と断ってくれていた。
それが、女の成人である裳着を終えた十二の夏には、「兄上より先に結婚するわけにはいかないからな」と申し訳なさそうに言葉を濁すようになり、その兄上が結婚した後は、「闇華はまだ十五になってないだろ」と困った顔をして――兄上が亡くなった後は、憑かれたように戦ばかりして、闇華が住む後宮には来てくれなくなった。
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「闇華?」
「……嫌では、ありません。にいさまのお役に立ちたいのです」
どこまでも鈍感な、大好きなにいさま。――大嫌いな、敏い、にいさま。
蓮汎の溜息は、聞こえないことにした。
「母様」
「闇華か。おまえがここに来るとは珍しいこと。如何した?」
亡き父の後宮は、そのままに残されている。当代である梨樹の正妃が決まるまでは、その「後宮」は存在するだけで機能はしない。よって、今、シルハークの「後宮」で最も力を持っているのは、父の正妃だった美英様だ。それに次ぐのが、闇華の母である玲蓉だ。
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「……輿入れ? 入内ではなく?」
「はい」
「闇華。おまえは、陛下の正妃となるべき血筋ですよ。それが、入内ではなく輿入れとは、如何なることか」
母の、怒りの滲む疑問は尤もだ。誰よりも、闇華自身がそう思っている。けれど、その言葉に頷くことはできない。闇華は、にいさまに約束したのだから。
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優雅さを演出するはずの扇は、留め金ごと砕かれた。シルハークの王家に連なる者は、神竜王の末裔だ。女であっても、その膂力は常人とはかけ離れている。
「母様。にいさまを責めないで。にいさまは、嫌なら嫁がずともよいと仰せ下さった。嫁ぐと答えたのは闇華です」
「では、誰がシルハークの王妃となる!? おまえ以外の誰が!」
「……それは」
俯いた闇華に、母は一番嫌な予想をぶつけた。
「まさか、あの娘? 和睦の条件として、第二王妃にすると迎えた、神竜王の召喚者。あの娘を、第二王妃ではなく、第一王妃――正妃とするおつもりではあるまいな?」
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「陛下は、外の血を欲しておられる。神竜王の血を誰よりも濃く継いだ御身でありながら、血はもう限界だと。ゆえに、生涯独身で通すと。後継には雪華がおるからな」
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そんなに疎ましくておいででしたか。この神竜の血は。
そんなに嫌っておいででしたか。神竜の血が惹き合うことを。
――そんなに、闇華の想いは邪魔でしたか。
「母様」
涙はなかった。ただ、決意だけがあった。
「……闇華は、ヴェルスブルクの王妃となります。そして」
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