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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
光の王。
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「闇華。息災でな」
「はい。にいさまも」
闇華がこの国を手に入れるまでは、どうかお元気で。ずっと、誰のものにもならないで。
「リヒト王は、裏表のない性格らしい。アレクシアが言っていた。容姿を裏切って、かなりの猪突猛進型だそうだ。手綱はしっかり握れよ」
「はい」
「ナルバエス大公――シルヴィスだったか。そいつはいい奴だけど対処には気をつけろ、とも言っていた。リヒト王の為なら何でもするらしい」
「はい」
「……俺が一番危惧してるのは、その大公じゃなくて、別の大公の妃になる姫様なんだけどな……」
にいさまは苦笑した。そして、銀の瞳が闇華を見つめる。――真正面から見つめられた記憶は、もう遠い彼方だ。
「……にいさま?」
「幸せにな、闇華」
「はい」
言われなくてもそうなるつもりだ。もちろん、闇華の幸せに不可欠なにいさまの傍で。
「陛下。闇華様」
そろそろ出立の時間だと、控えていた蓮汎が声をかける。その声に頷いたにいさまが、片腕だけ伸ばして、闇華を抱き締めた。
「……ごめんな。おまえの気持ちに応えてやれなくて」
「にいさま?」
「駄目なんだ、俺。神竜の血が恐ろしい」
そっと告げられた言葉よりも、ただ、にいさまの腕の力強さと、抱き寄せられた胸の広さが、闇華の心を占める。
「……闇華が、妹でなければ、妃にして下さった?」
「それはない。闇華は、俺にとってずっと妹だ。大事な妹だ」
ひどい。夢を見ることさえ許してくれない。香華や、他の異母妹達と同じ扱いだなんて、闇華は嫌だ。
「おまえは、一番大事な妹だ」
妹。あくまで妹。にいさまにとって、闇華はどうしたって「妹」でしかない。女にはなれない。
幼い頃から、何かある度、「にいさま」と呼べば、すぐに来てくれた。泣いていれば、泣き止むまで傍にいてくれた。闇華が笑えば、嬉しそうにしてくれた。――それは全部、「妹」だから。
「にいさま」
「リヒト王に言っとけ。おまえを泣かせたら、経済制裁してやると」
「陛下」
「うるさい」
蓮汎の咎める声を一蹴して、にいさまは闇華をもう一度強く抱き締めた。
「幸せに。――俺の、大切な闇華」
優しい、泣きたくなるほど恋しい声がそう告げる。切ないくらいに幸せだったのに。
続いたにいさまの言葉は、闇華をズタズタに傷つけた。
「王妹には気をつけろよ。あの姫様は、アレクシア以外は心底どうでもいいと思ってるからな」
あの王妹殿下も凄いが、誑し込んだアレクシアが何より凄えわと呟いたにいさまは、別れの時にすら、にいさまの心を占めた少女に嫉妬した闇華の心など気づきもせぬまま、腕を離した。
ヴェルスブルクの王宮は、シルハークとはずいぶん造りが違っていた。闇華が王太子と結婚したら、その後はすぐに即位式になるのだという。忙しないことだ。
大神官だと名乗った、銀髪の気品ある老人が、闇華の案内係だった。輿入れといっても、挙式は少しばかり先になる。闇華自身を見てからでないと、「挙式によい日」が決まらないのだという。闇華には、どうでもいいことだ。それより、慣例だとかでシルハークから一人の侍女も連れて来られなかったことが重要だ。後で何か理由付けをして、乳姉妹の聖を呼び寄せたい。
「――公主。貴女は、今日よりヴェルスブルクの女主となられる。その意味は、おわかりか」
「妾は、シルハークの公主ではなく、ヴェルスブルクの王太子妃、ひいては王妃として振る舞わねばならぬということか?」
言われるまでもないと言外に含ませると、大神官は静かに頭を垂れ、謝罪の意を示した。
「異国人であることは、生涯変わらぬ。けれど、妾はこの国に属す者となる。その程度の覚悟は、当たり前にしておるわ」
「お怒りはご尤も。なれど、それを御理解なさらぬ御方を、未来の国母としてお迎えするわけには参りませぬゆえ」
大神官の声は、闇華の明らかな怒りにも揺らがない。シルハークでは、王族を怒らせることは徹底的に避けられていた――何せ、神竜王の末裔だ――ので、闇華は大神官に興味を持った。
「そなた。名は?」
「レフィアスと、呼ばれておりましたな」
「……そうか」
その名で呼んでくれるなという意図のある答えに、闇華は少し笑った。自分は歓迎されていないことが、よくわかったからだ。
ならば何故、婚儀の申し入れをしてきたのか――それは、この大神官ではなく、王太子本人、あるいは宰相とやらに訊けばいい。
「公主。その先に、王太子殿下がおいでになります。ここからは、御一人で」
「今までも、一人であったようなものだがな」
闇華の嫌味にも、大神官は静かな水面のように落ち着いていた。ゆったりと微笑んで、「公主は独り言がお好きか」と受け流された。それが、全く不快ではなかった。先程より深く笑って、闇華は歩を進めた。
重厚な分厚い木材と、繊細な金細工で造られた大きな扉。その前に、闇華は一人で立った。大神官は、闇華より数歩離れた場所から動かない。控えていた武官が、重々しい音を立てて、扉を押し開いていく。
――その向こうに、光の化身のような青年が立っていた。
「はい。にいさまも」
闇華がこの国を手に入れるまでは、どうかお元気で。ずっと、誰のものにもならないで。
「リヒト王は、裏表のない性格らしい。アレクシアが言っていた。容姿を裏切って、かなりの猪突猛進型だそうだ。手綱はしっかり握れよ」
「はい」
「ナルバエス大公――シルヴィスだったか。そいつはいい奴だけど対処には気をつけろ、とも言っていた。リヒト王の為なら何でもするらしい」
「はい」
「……俺が一番危惧してるのは、その大公じゃなくて、別の大公の妃になる姫様なんだけどな……」
にいさまは苦笑した。そして、銀の瞳が闇華を見つめる。――真正面から見つめられた記憶は、もう遠い彼方だ。
「……にいさま?」
「幸せにな、闇華」
「はい」
言われなくてもそうなるつもりだ。もちろん、闇華の幸せに不可欠なにいさまの傍で。
「陛下。闇華様」
そろそろ出立の時間だと、控えていた蓮汎が声をかける。その声に頷いたにいさまが、片腕だけ伸ばして、闇華を抱き締めた。
「……ごめんな。おまえの気持ちに応えてやれなくて」
「にいさま?」
「駄目なんだ、俺。神竜の血が恐ろしい」
そっと告げられた言葉よりも、ただ、にいさまの腕の力強さと、抱き寄せられた胸の広さが、闇華の心を占める。
「……闇華が、妹でなければ、妃にして下さった?」
「それはない。闇華は、俺にとってずっと妹だ。大事な妹だ」
ひどい。夢を見ることさえ許してくれない。香華や、他の異母妹達と同じ扱いだなんて、闇華は嫌だ。
「おまえは、一番大事な妹だ」
妹。あくまで妹。にいさまにとって、闇華はどうしたって「妹」でしかない。女にはなれない。
幼い頃から、何かある度、「にいさま」と呼べば、すぐに来てくれた。泣いていれば、泣き止むまで傍にいてくれた。闇華が笑えば、嬉しそうにしてくれた。――それは全部、「妹」だから。
「にいさま」
「リヒト王に言っとけ。おまえを泣かせたら、経済制裁してやると」
「陛下」
「うるさい」
蓮汎の咎める声を一蹴して、にいさまは闇華をもう一度強く抱き締めた。
「幸せに。――俺の、大切な闇華」
優しい、泣きたくなるほど恋しい声がそう告げる。切ないくらいに幸せだったのに。
続いたにいさまの言葉は、闇華をズタズタに傷つけた。
「王妹には気をつけろよ。あの姫様は、アレクシア以外は心底どうでもいいと思ってるからな」
あの王妹殿下も凄いが、誑し込んだアレクシアが何より凄えわと呟いたにいさまは、別れの時にすら、にいさまの心を占めた少女に嫉妬した闇華の心など気づきもせぬまま、腕を離した。
ヴェルスブルクの王宮は、シルハークとはずいぶん造りが違っていた。闇華が王太子と結婚したら、その後はすぐに即位式になるのだという。忙しないことだ。
大神官だと名乗った、銀髪の気品ある老人が、闇華の案内係だった。輿入れといっても、挙式は少しばかり先になる。闇華自身を見てからでないと、「挙式によい日」が決まらないのだという。闇華には、どうでもいいことだ。それより、慣例だとかでシルハークから一人の侍女も連れて来られなかったことが重要だ。後で何か理由付けをして、乳姉妹の聖を呼び寄せたい。
「――公主。貴女は、今日よりヴェルスブルクの女主となられる。その意味は、おわかりか」
「妾は、シルハークの公主ではなく、ヴェルスブルクの王太子妃、ひいては王妃として振る舞わねばならぬということか?」
言われるまでもないと言外に含ませると、大神官は静かに頭を垂れ、謝罪の意を示した。
「異国人であることは、生涯変わらぬ。けれど、妾はこの国に属す者となる。その程度の覚悟は、当たり前にしておるわ」
「お怒りはご尤も。なれど、それを御理解なさらぬ御方を、未来の国母としてお迎えするわけには参りませぬゆえ」
大神官の声は、闇華の明らかな怒りにも揺らがない。シルハークでは、王族を怒らせることは徹底的に避けられていた――何せ、神竜王の末裔だ――ので、闇華は大神官に興味を持った。
「そなた。名は?」
「レフィアスと、呼ばれておりましたな」
「……そうか」
その名で呼んでくれるなという意図のある答えに、闇華は少し笑った。自分は歓迎されていないことが、よくわかったからだ。
ならば何故、婚儀の申し入れをしてきたのか――それは、この大神官ではなく、王太子本人、あるいは宰相とやらに訊けばいい。
「公主。その先に、王太子殿下がおいでになります。ここからは、御一人で」
「今までも、一人であったようなものだがな」
闇華の嫌味にも、大神官は静かな水面のように落ち着いていた。ゆったりと微笑んで、「公主は独り言がお好きか」と受け流された。それが、全く不快ではなかった。先程より深く笑って、闇華は歩を進めた。
重厚な分厚い木材と、繊細な金細工で造られた大きな扉。その前に、闇華は一人で立った。大神官は、闇華より数歩離れた場所から動かない。控えていた武官が、重々しい音を立てて、扉を押し開いていく。
――その向こうに、光の化身のような青年が立っていた。
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