いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪

ねこまんまときみどりのことり

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不遇な子供達

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「何の能力もない子が生まれてしまった。なんて日だ!」 
「嘘だわ。ああ、神様。何て酷いことを…………」


 ここは街の教会。
 五歳の魔力測定で “魔力が判定できない” と司教様に判定された、『ラミュレン』。そして項垂れる彼女の父ジョアン・アマニ伯爵と、母ミランダ。

 この世界には魔法がある。

 炎属性は、赤色に近い魔力を纏う。
 水属性は、青色に近い魔力を纏う。
 地属性は、緑か茶のどちらかに近い魔力を纏う。
 風属性は、透明に近い魔力を纏う。
 氷属性は、灰色に近い魔力を纏う。
 闇属性は、黒に近い魔力を纏う。

 髪も目もその影響を受けた色だ。
 婚姻により魔力の色が混じり、子供には色んな色の魔力が存在する可能性がある。

 特に風はプラチナ色がベースなので、大変綺麗な色味である。

 黄色や紫の混ざった色持ちなら、二つ若しくは三つの能力を有することも。

 そんな魔力溢れる世界だった。


 そんな中、ラミュレンは何の色も持たない白色アルビノの髪で、瞳だけがルビーのように、紅く輝いていた。


 ただ司教は魔力がないとは言っていない。
 ここでは判定できない、 “珍しい色” だと言ったのだ。

 それを彼女ラミュレンの両親は勘違いした。
 司教がハッキリ言わないだけで、無いのだと思い込んだのだ。
 最早、慰めの言葉にしか聞こえなかったから。

 平民の中にも色んな髪色は存在する。
 ただ魔力が少ない同士の結婚を繰り返せば、産まれてくる子供も応じて少なくなる。

 元は貴族でも平民と暮らしていけば、その血は薄まる。
 それと同じようにラミュレンのことも、魔力が無茶苦茶薄い劣等種だと思い込んでしまった。

 ただアマニ伯爵家には家訓があった。
『弱き者ほど手厚く保護をするように。魔力は巡り巡って家を守る』と女神よりお言葉を頂いてから。

 これは遥か昔の伯爵家の先祖が荒れ地を開墾し、畑と緑溢れる森を作ったことで人間も動物も暮らしやすくなり、喜んだ女神より恩恵を受けたからだ。
 その後の伯爵家には、魔力が高い子が授かり更に家は栄えた。

 しかし先々代の正妻が魔力の少ない子を産み、姑にいびられて子を殺し自死した。
 それでも特に女神の制裁がなかった為、その行動は咎められないと錯覚してしまった。
 その頃から魔力至上主義が高まり、少ない者が迫害され出した。

 その時殺された幼子も、白髪の赤い目の子であった。


 そして女神は容認したのではなく、気づいていなかっただけだ。
「あの子の血を繋いでいけば、あの地は安泰でしょう。わらわは他の地を見守りに行きましょう」

 そう言って、伯爵領から別の地を見守る旅に出ていたから。


 悪い意味で貴族然な彼女ラミュレンの両親。
 即日、彼女ラミュレンは死んだことにされ、死亡届けが国に提出された。
 利用価値のないと判断された彼女ラミュレンは、多額の金と共に乳母であったアズメロウに引き渡される。

 さすがの両親も、子を殺すのは躊躇ったからだ。

 アズメロウはそのまま、ラミュレンと共に彼女の嫁ぎ先に戻された。
 アマニ伯爵の子ラミュレンの乳母をしていたアズメロウが出戻り、驚いたのは夫のロールブラン・ナサイ男爵だ。
 彼は息子リュミアンの面倒等見ることなくメイドに全て任せ、愛人イアナとイチャつく日々を送っていた。

 特に生活にも困窮していないのに、ロールブランはアズメロウがリュミアンを産んだばかりで、母乳が出ることをアマニ伯爵の元へ売り込み乳母にした。
 体よく追い出したようなものだ。

 当然アズメロウは混乱した。
 だってそうだろう、乳母になるなんて話は聞いたことがなかった。
 アズメロウは初めての子をずっとずっと待ち焦がれ、やっとその手にしたばかりなのだ。
 離れる等考えたこともない。

 それでも夫に逆らえず、泣く泣く乳母になったのだ。

 だが勤め先から彼女アズメロウは戻って来た。


◇◇◇
 ロールブランは、蜜月の今の生活が壊れるのを嫌った。
 しかし訳ありだと瞬時に見抜く。
 口止め料と養育費が破格の金額。
 口外すればどれ程の制裁があるか分からないから、注意が必要な桁だ。
 平民一人なら、一生余裕で生きられる金額。

 欲に目がくらみ、ロールブランは口止め料と養育費をアズメロウから奪い、愛人イアナに貢ぎ込む。

 ロールブランは信頼する古参の使用人以外には、二人の関係を誤魔化す為、母子と名乗らせる狡猾さを見せた。
 彼女が乳母に行った後に入った使用人達は、アズメロウのことをよく知らずにいた為、疑われることはなかった。

 アズメロウは彼女に申し訳ないと恐縮し、ラミュレンは素直に喜んだ。




 乳母としての収入がなくなったアズメロウは、ラミュレンと共に使用人のような仕事を押しつけられていた。 
 ラミュレンは訳ありだからとロールブランから軽く扱われ、五才からアズメロウに付いてメイドとして働く日々を送る。
 最低限の衣服は支給されたが、仕事をしなければ食事も貰えない辛い時期もあった。

 ラミュレンはアズメロウといられて幸せだったが、アズメロウは幼子に、更に伯爵令嬢である彼女が不憫で仕方がなかった。

「ああ、可哀想に。手が赤ぎれているじゃない。貴女は洗濯なんてしなくて良いのよ」
「大丈夫よ、お母さん。二人でした方が早く終わるでしょ?」
「……なんて優しいの。ごめんね、貴女を巻き込んでしまって……。お金も取り返せずに、こんな弱い私で……」


 辛そうなアズメロウの手を握るラミュレンは、全てを理解していた。

「お母さん、私知ってるよ。お兄ちゃんの為なんでしょ?      
 私はお母さんがいるから平気だよ。だから泣かないで……。私がお母さんを守るから!」
「あぁ、ラミュレン。貴女は私の娘よ。けっして離さないから。娘を守るのは母の役目よ、守るなんて言わなくて良いのよ」
「うん。お母さん、ありがとう。嬉しいよぉ」

 この日二人は、本当の母娘になった。
 ラミュレンはいつも不安だったが、アズメロウの胸に抱かれて安堵の涙を流した。

 彼女こそ、いつも一人になることを怯えていたから。
 両親から捨てられ、いつかアズメロウも離れていくのかもしれないと、辛い思いを重ねて生きていたのだ。



 一方その時。
 彼女の息子リュミアンは跡継ぎとして、今まで通りの生活を過ごしていた。
 リュミアンは知らなかった。
 自分の母がアズメロウだと言うことを。

 理由は簡単。
 ロールブランはアズメロウと離婚するつもりだったので、彼女をリュミアンに近寄らせなかったからだ。
 跡継ぎのできた今、もうアズメロウはいらない。
 適当な理由を付けて、生家の子爵家に戻そうと考えた。

 愛する人イアナがいれば、妻などいなくても良い。
 …………そこには、誤算があった。
 イアナはアズメロウがいなければ、自分が妻の座に座れると思った。彼女イアナは彼の指示(避妊の指示)を破り、妊娠していた。


 リュミアンはもういらない。
 イアナの子が男爵家を継げば良い。

 かくしてリュミアンは、イアナの雇った殺し屋に狙われ出した。

 最初は誘拐未遂、次は猛獣をけしかけられ、馬車の車輪が壊れる事故にもあいだした。
 余りにも不自然。
 護衛がいるから、辛うじて命に別状はないが。


 今までは気にしていなかった、イアナの憎しみに満ちた視線にリュミアンは気づいていた。
 その理由にも。


 何処にでもいる頭の足りないメイドが囁くからだ。

「リュミアン坊っちゃんはお可哀想な人だ。父親には愛されず、坊っちゃんを愛する母親は近寄らせてもらえないんだもの」

「本当にね。たぶん坊っちゃんは愛人のイアナを、母親だと思っている筈だわ」

「母親のアズメロウ様は、イアナのドレスを買う為にメイドの仕事をさせられているし、乳母で勤めていた伯爵家からはラミュレン様を押し付けられて返されるし。
 その預かり代だって、ラミュレン様に使われることなく、旦那様が使い込んでいるんだもの」

「ねえ、なんでアズメロウ様は離婚しないの? 私なら耐えられないわ」

「それはさあ、リュミアン様の為でしょ。次期当主が迫害されないように。最大の弱味でしょ」

「でもさあ。最近のリュミアン様、事故や誘拐とか物騒よね。後少しで、酷い怪我や死んでも可笑しくなかったらしいよ」

「そうそう。それにあんた気づいた? あの愛人の腹、絶対妊娠してるでしょ?」

「案外旦那様と愛人が組んで、坊っちゃんを亡き者にしようとしてるのかもよ」

「ええっ、まさか! 愛人の子じゃあ、この家を継げないでしょ?」

「ばっかねえ、あんた。妻をメイドにする男よ。どんなことでもするでしょ!」

「愛人の子を奥様の子として届ければ、何ともないと思ってるんじゃない」

「バレたら捕まるわよ。それくらいなら、愛人の子をそのまま後継者にすれば良いじゃない」

「さすがに、後ろ盾もない娼婦が母親じゃ駄目でしょ? いくら旦那様でも、そのぐらい弁えてる筈よ」

「でも……イアナ妊娠してるわ」

「何考えてるのかねえ? 産ませないとは思うけど……」

 後味が悪くなったのか、それ以上は語らず仕事に戻り出すメイド達。




 事の始まりは、若いメイドが使う可愛いペンを廊下で拾ったリュミアンが、届けてやようと親切心で厨房に行く時だった。
 リュミアンはそこで、イアナが母親ではなく父親の愛人だと言うお喋りを耳にしてしまった。
 厨房に入る前の廊下で。
 きっとこんな場所に来る筈がないと、メイド達の気が緩んでいたんだろう。

 ペンを届ける気力は抜け、落ちていた場所にそれを置いて自室のベッドで頭を抱える。
 情報量が多すぎた。
 知りたい覚悟もなく、一方的に与えられた事実。
 そのまま一睡もできず、朝を迎えた。

 メイド達は、お喋りを聞かれたことに気づいていなかった。
 リュミアンの表情が暗いことにも気づかない。

 そう、この家でリュミアンを気遣う者は、傍にいなかったのだ。

 そこからリュミアンは、自力で情報を調べ始めた。
 この家で何が起きているのかを。
 産まれた時からこれが常識と思っていた閉塞感が、崩れる瞬間だった。


 いくら放任と言えど、後継教育は行っていたロールブラン。
 家庭教師より可能な限り知識を吸収し、この国の常識を生家と比べていくことで、さらに絶望を深くするリュミアン。

(どうやら僕の父様は、駄目な人らしい。母上から全ての尊厳を奪い、本邸で愛人を囲うなど……)

 知識を得る毎に父親への失望が深まる中、とうとう経営も手伝わされることになったリュミアン。
 まだ、齢7歳の時だっだ。
 優秀だと家庭教師より報告を受け、試しに任せた事務処理が完璧だったからだ。

 成長する先から、商売を生業とするこの男爵家の事業計画の算定・概要などを息子リュミアンに任せていく父親ロールブラン

(何れ継ぐのは息子リュミアンなのだ。少しくらい早くても問題ないだろう)と。


 皮肉にもロールブランが行うよりも、リュミアンが経営する方が利益率が高くなった。
 幼い時に、父親と愛人が本邸で我が物顔で暮らす異常性に気づき、何が正しいのかを貪欲に学んできたからに、他ならないからなのだが。


 ロールブランは悔しさもなく、これ幸いとリュミアンに仕事をさせてイアナと旅行に行き始めた。

 徐々に男爵家を掌握していくリュミアン。
 リュミアンは本邸から少し歩いた距離にある、別邸で執務を行っている。
 今、リュミアンの隣には、幸福そうな笑顔のアズメロウがいる。
 そこにはラミュレンも微笑んでいた。

 勿論リュミアンも、笑顔に決まっている。


 既に男爵家の実権を握るリュミアンだが、ここ最近父親ロールブランの愛人イアナからの迫害が顕著である。
 たぶん妊娠したことで、気が大きくなっているのだろう。


 以前はメイド達のお喋り情報だけだったが、正式に探偵ギルドに依頼して、リュミアンは確認した。

 イアナが彼を狙う犯人だ。

 だがイアナを溺愛している父親に言っても、「そんな訳ないだろう」と、一笑に付されるだろう。

「お兄ちゃんが心配だよ。今度はどんな目に合うか分からないじゃない!」
「そうよ、リュミアン。私達はこの家なんてどうだって良いのよ。安全な場所に隠れましょう」
「……ありがとう、二人とも。でも、後片付けはキッチリしないとね」

 心配する二人を他所よそに、悪い顔で返すリュミアン。




◇◇◇
 その日も領地視察へ向かう、リュミアンの馬車を襲う一団が現れた。

「絶対成功させろよ。あの馬車のちびガキを殺れば、金貨10枚が手に入るんだ。馭者も護衛も殺っちまえ」
「「「「おおっ、行くぜ!!!」」」」

 そこに、別の馬に乗った一団も加わった。
「何だあいつら? イアナさんに頼まれている、俺の獲物取るんじゃねえよ。てめえら、行くぞー!」
「「「「勿論だ、親方!!!」」」」

 ガチャン、ガチャンと剣がぶつかり合う音が響いている。

 領地に行く道は、王都より行き来は少ない。
 かといって、当然皆無ではない。
 巻き込まれないように、皆その場を走り去って行く。

 二組のならず者達が、領主の馬車を襲撃しているのだ。
 当然見ていた者は、騎士団へ報告に向かう。
 加勢したくとも剣も握ったことのない者には、助けを呼ぶしか道はない。

 騎士団が到着した頃には、馭者も護衛も次期領主リュミアンも死んでいた。
 顔を判別できぬ程傷つけられて。
 辛うじて着用している衣類で判別した形。

 背格好は同じようなので、疑う騎士はいない。

 二つのならず者達の痕跡は、残っていなかった。
 確かに次期領主の背格好は同じ。
 だが騎士団を呼んだ領民は気づいていた。

(余計なことには口を出すべきではない)


 リュミアンは、次期領主としても幼子としても好感を持たれていた。

「確か今10歳になったばかり。みんなの話を聞いて、税も下げてくれていた」
「神童とはリュミアン様のことだ。毎日遅くまで、息が切れるまで歩き回って視察してくれた。そうして、必要な手助けをしてくださった」

「自分も成人していないのに、お土産と言って時々子らに果物を人数分くれてたなぁ。
 あの時は、美味しい美味しいと喜ぶ子を見れて嬉しかったよ。今度は稼いで、お父ちゃんも食べようって。ぐすっ」

「ああ、果物は高い。私腹どころか、こんな次期(領主)様の話は聞いたことねえ」

 領民達は頷いて、黙りを決めた。
 いつも見ていた領民達は、リュミアンの服を着ている顔の腫れ上がった男が別人だとすぐに分かった。

 こうするには訳があったんだろうと。
 この領地を治める補佐となる代官は、リュミアンから手紙を預かっていた。
 何れこんな日が来るだろうと。
 その時はここに連絡して欲しいと、ある子爵の名が書かれていた。




◇◇◇
「何てことだ! 俺の優秀な跡取りが殺されるなんて! 護衛も護衛だ。子供一人守れないとは、一体どこのどいつだ」

 怒りに震えるロールブラン。
 息子が亡くなっても、浮かべる涙は無いようだ。
 それよりも、護衛の家族へ慰謝料でも取ろうと言う考えだった。

 既にリュミアンにより、以前の護衛と馭者にはここを辞めてもらい、違う場所で働いて貰っている。
 今日の護衛と馭者の名は、平民で姓はない。
 それどころか住所も架空で、家等ない山の中の架空の集落だ。
 誰が探しても見つけられないのだ。


 嫡男と言えど男爵家なので、王都に死亡届けを出した後は簡易に葬式を行うに留めた。
 領民は最後のご奉公とばかりに、墓のある場所にたくさんの花を備えた。
 花屋なんてなく、自宅の庭や山に咲いている花だが、祈りを込めていた。

 その様子を見た神父や商人達は、如何にリュミアンが愛されていたかを実感していた。
 顔が潰されていたので、土へ納棺する前に顔を見られないお別れだったが。

「リュミアン様は素晴らしい方でした」
「お世話になりました、うっ」
「いつも感謝していました」
「お兄ちゃん、元気でね」
「大好きだよ、兄ちゃん」等など。

 賛辞が止まらず続いていく。

 まるで今までが悪かったみたいで、ロールブランに不快さが募る。
(失礼な奴らだ。税でも上げてやる!!! 見てろよ!)

 息子が褒められて卑屈になる男、それがロールブランだった。





◇◇◇
「これで踏ん切りついたな。母上、お世話になります」
「息子は黙って親に頼るものよ。……まぁ、今まであまりできなかったけれど。でもこれからは頼って頂戴ね」
「お兄ちゃん、私も頑張ってお料理するよ!」

 荷馬車に揺られ、静かな農道を移動する楽しげな三人家族。
 その姿はどうみても、畑から家路につく農民そのものだ。
 手拭いのほっかむりをして、顔もよく見えない。

 言わずと知れたアズメロウ、リュミアン、ラミュレンである。


 思えば三人の交流は、リュミアンが七歳になる前に厨房でのメイド達のお喋りへと収束する。
 翌日の朝、リュミアンはアズメロウへ書いた手紙を、彼女の部屋の机に置いてきた。
 まだ母だと確定してないので、使用人達が食事で出払う頃を見計らい、こっそりと。
 ラミュレンと同室だったので、個室の使用人部屋で暮らしていたアズメロウ。
 当主夫人の部屋は、イアナが使っていた。


 手紙の内容には、アズメロウが自分の母であるか知りたい旨を。
 父にイアナが母か聞いても、はぐらかされていたこと。
 そして彼女イアナからは、接触されたことも会話も殆どなく、曖昧に微笑まれていたこと。
 偶然にメイドのお喋りで、アズメロウが母だと聞いたこと。

 もし真実なら、夜中に自分リュミアンの私室を訪れて欲しいと添えて。


 みんなが寝静まったその夜、二人は再会を果たす。
 産後七日で手から離された愛しい我が子。
 出会った途端に、リュミアンを抱きしめたアズメロウ。

「ああ、ごめんね。寂しい思いをさせて」
「良いんです、母上。きっと事情があったのでしょう」

 言葉少なに、互いの暖かさに触れた瞬間だった。

 父親ロールブランの所業は、思った以上の胸くその悪さだった。
 元々がアズメロウの生家が、洪水被害の為に男爵家に借金をしていたことで結ばれた政略結婚。
 後数年もすれば返済できる額だったのに、半ば強奪のようになされ結ばされた。

 アズメロウの両親レラップ子爵夫妻は反対したが、拒めば一括返済せよと詰め寄られれば、アズメロウは応じるしかない。

「大丈夫ですよ、父上、母上。こんなこと政略結婚等、何処にでもある話です。
 嫁ぎ先で幸せになれるように、私も努力します。
 お二人と、領民の幸せを願っておりますから」

 そう言って、お互いを涙で抱きしめながらの結婚だったのに。
 美しい赤毛の品のある容姿のアズメロウは、借金さえなければ瑕疵のない印象の良い娘だ。
 そんな彼女を無理に娶ったのに、冷たいロールブラン。
 彼は金髪で緑目の美丈夫。
 当時28歳になった彼に結婚を焦らす両親へ、半ば当て付けた結婚だった。

 家格はアズメロウが上であるも、借金のことを時々に会話に出され息が詰まる毎日の彼女アズメロウ
 ただ、ロールブランの両親は優しい人だった。
 我が儘な息子に、嫌な顔一つ見せず尽くしてくれるアズメロウを好ましく思い、本当の娘のように接していた。
 笑顔が増えていく彼女に、無性に腹立たしくなるロールブラン。

「持参金もない、貧乏娘を引き取ってやったのに、良い気になるなよ」

 使用人のいる前で、大声で言い放つロールブラン
 そんなことをすれば、侮られ軽く扱われるのはきっと分かっていただろうに。

 そして両親にも、領地へ引っ込むように命令した。
 既に男爵位を継承し、当主を引き継いでいたロールブランは、アズメロウを味方のない状態に置いたのだ。
 自分だけを頼る、従順な妻となるように。

 そんな仄暗い思考をもたげる中で、偶然に出会ったのが娼婦イアナだった。
 幼くて可愛い顔に豊満な乳房、細い腰に夢中になった。
 この姿で既に25歳は越えていると聞く。


 ロールブランの言い分を全て肯定し、体を籠絡していく彼女イアナ
 だがそれは、彼女の仕事の一つでしかなかった。
 真実の愛と溺れたのはロールブラン。
 太いパトロンを掴んだと喜ぶイアナ。

 そんな中で、アズメロウは出産した。
 彼女にそっくりな赤毛の男の子。
 真実の愛に邪魔な彼女アズメロウは、斯くして伯爵家の乳母になったのだ。
 アズメロウはリュミアンと離れたくないと泣いたが、後継者となる息子は連れて行かせないと拒まれた。
 普通は乳兄弟として育つものなのに、無理やり引き裂かれた母子。

 そんなこともあり、アズメロウはラミュレンへ娘のように愛情を注いだ。
 リュミアンも幸せであって欲しいと、いつも願いながら。


 そして5年後、唐突に戻ったアズメロウとラミュレン。
 ラミュレンのことを公にできないのを逆手に取り、「もし勝手に母の名乗りをすれば、浮気相手に捨てられ子を産んだはしたない女だと息子に伝える」と脅されたのだ。
 大人になれば違うと理解できても、幼子にトラウマを負わせられない。
 その上で逃げたり勝手に名乗れば、「母親のようにふしだらにならぬように」と、虐待めいた教育もすると言うのだ。

 自分になら我慢できても、愛し子にされるのは堪えられない。
 だから甘んじて、メイドとして過ごしていたのだった。
 男爵家のメイド達も、同情くらいはしても敬うことはしない。
 苛烈なロールブランに逆らう怖さと、一部には男爵夫人なのに虐げられ、自分よりも下だと愉悦に浸る気持ちがあったからだ。

 この時、ラミュレンの境遇についても伝えられた。

 自分達の状況とラミュレンの境遇に、涙が溢れる。
 強者の都合で振り回される人生。

「母上、もう少し辛抱してください。僕が早期に実権を握ります。そうすれば母上もラミュレンも、僕の手で守りますから」

 アズメロウは無理をしないように伝えた。
 この手で愛し子を抱きしめて、名乗りをできたことで十分だと言う。
 しかしリュミアンは、首を左右に振る。

「自分の為にそうしたいのです」
 そう宣言し、動き出したのだ。

 元々聡い子のリュミアンは、己れの目的の為に邁進する。
 誰にも愛されず、ただ生きていただけの自分ではもうない。
 愛し愛される存在が、すぐ傍にいるのだから。

 そんなことがあり、実権を掌握していったリュミアン。
 既に八歳時には居を別邸に移していた。

 そこには魔法薬で髪色を変え、眼鏡をかけたアズメロウとラミュレンだけがいる。
 家庭教師も別邸に通い、本邸からはリュミアンの気配は消えていた。

 次々と仕事を覚えるリュミアンに、ロールブランは満足し、ある程度の融通は受け入れた。
 何より愛しのイアナを、息子の目がない中愛せるのだ。
 好都合だとさえ思えた。

 極力ラミュレンは人前に出ず、食事を取りに行ったり本邸とのやり取りはアズメロウが行った。
 本邸のメイド達は、アズメロウもラミュレンもいなくなった部屋を見て、とうとう追い出されたかと思った。  
 だから当主であるロールブランに、二人が不在であることを伝える者はおらず、下手なことを言って損をしないように触れないでいたのだ。

 アズメロウは嫁いで数年で乳母に出され、こちらに戻っても関わりは薄かった。
 魔法薬で髪を染め眼鏡をすれば、気づかれない程に。
 さらにメイクでそばかすを足し地味で野暮ったくすれば、いなくなった奥様の代わりに雇われたのだろうと思われただけだった。


 そして彼が全権を掌握し、ラミュレンが10歳になった時、彼女から溢れる光が発せられた。
 茶に染めていた髪はプラチナブロンドに輝き、毛先は薄紫に染まっていた。
 瞳の色も茶に近い赤へと変わっていく。

「お母さん、私どうしたのかしら? 怖いわ」

 怯えるラミュレンに、アズメロウは落ち着いて答えた。
「大丈夫ですよ。ラミュレンは魔力が多すぎるから、きっと女神様が10歳まで力を封印してくれたのね。
 とっても清々しい空気に満ちているわ。
 それにこの髪色は、恐らく地属性以外を持っているでしょう。
 …………でも心配だわ。
 これがバレたら狙われるでしょうね。
 こんなに可愛い子が、さらにたくさんの魔力持ちだと知られたら」

「本当だね、母上。ラミュレンはすごく綺麗だ」
「私は全然変わらないよ。お願いだから捨てないで」

 不安げなラミュレンに、捨てる訳ないと伝えれば安心していたようだ。
 優しく抱きしめて、
「生まれて来てくれてありがとう。誕生日おめでとう」と言えば、「ありがとう。お母さん、お兄ちゃん」と泣き出していた。

 ここまで強い力でなくとも、普通の魔力があれば捨てられなかった筈のラミュレン。
 でもそれは可能性の話。
 ラミュレンがここに来なければ、きっとリュミアンは寂しく一人ぼっちのままだったろう。


 そんなこともあり、三人はここを去る予定にしたのだ。
 因みにラミュレンの髪は、この後魔法薬で茶に染めることが出来た。
 かつらの作成も視野に入れていたので、一安心である。

 リュミアンは男爵家で得た収入で、自分とアズメロウとラミュレンの給料を捻出していた。
 ロールブランは、二人に給料を支払っていなかったからだ。
 そもそも、働かなくても生活できる資金は持たされた筈なのに。
 理不尽を通り越して横領である。
 完全に犯罪だ。

 リュミアンは自分の得た資金で投資し、投資先を育てていく。
 その投資先の株を男爵家が購入することで、男爵家にも利益が生じる仕組み。
 元々大きくなった投資先の取締役が、名を伏せて活動していたリュミアンである。
 利益率は桁違いだ。
 その利益でさらに投資先を見つけ出し、大きくしていった。
 偏に優秀な家庭教師のお陰である。


 そのやり方を教えてくれたのが、家庭教師のアンディだ。
 彼はリュミアンの境遇にいたく同情していた。
 アンディは自由に過ごす男爵位を持つ、ニフラン侯爵家の次男だった。
 緑の癖っ毛に高身長で、黒い伊達眼鏡で素顔を隠している。
 近くにいれば、彼の美しさは隠しようもない程だ。

 彼自身が投資家で富豪であるも、それを隠し野良の家庭教師を気取り、放蕩息子を演じていた。
 彼も人生に退屈していた一人である。
 金や地位で群がる人に飽き飽きしていたのだ。

 それがある時リュミアンを見つけた。

 悲惨な境遇なのに貪欲な向上心で、経営手腕を発揮していくのだから。
 何をするのか、どうしていくのか目が離せない。

 結果、自分の右腕のようなポジションにしての今だ。


 ある時リュミアンは、アンディに全てを告げて協力を仰いだ。
 喜色満面に表情筋が動くのを実感するアンディ。
 あまり表情が変わらず、いつも張りつけた笑顔だと言われているのに。

「捨てられた姫君に、不遇の母子かぁ。スゴいよ君達。演劇にでもなりそうじゃないか。
 あ、ああ。協力なんて、勿論だよ。
 するする、頼ってよ」

 いつも瞑りがちな上がったつり目が、愉快そうにさらにぎゅっと瞑られていた。
 と言うか大笑いされている。

「あははははっ。君良いよ、想像以上だ! ありがとうな」

 端正な美しい顔で、スラリとした隙のないアンディ・ニフランは、大笑いしながら仲間に加わった。

(なんか変なこと言ったかなぁ? いつもと違いすぎるよ)

 若干の不安を胸に、イアナの馬車襲撃作戦に乗っかる計画を立てるアンディとリュミアン。
 あの襲撃の際二番目に現れたならず者は、アンディの支援する冒険者ギルドの者だった。

「本妻の息子を殺そうなんて、鬼畜の所業だぜ。
 俺達が動かなければ今後も危ねーから、ちゃんと痕跡残しとくぜ。
 心配すんなリュミアンよ」

 お願いしますと、深く頭を垂れるリュミアン。
 それを優しく見つめる冒険者達だった。
 そこでイアナの名を連発し、この襲撃が彼女の起こしたことだと知らしめた。

 あの時の死体は、イアナの雇ったならず者達。
 それ以外の者は推して知るべしだ。
 奴らだって皆殺し予定だったのだ。
 それをされる覚悟はあったと信じたい。


 そして葬儀をあげられたリュミアン。
 リュミアンの執務机には、今までの事業内容や収支報告書が纏められていた。
 勿論優秀な彼は、赤字なく領地や投資先から利益を得ていた。
 あくまでも・・・・・、彼だから上手くいっていたこと。

 今後アンディと言う後ろ盾もおらず、何よりリュミアンの信用で成り立っていた事業が、継続できるかは謎である。

 そして目撃者の話で、リュミアンを殺したのがイアナだと露見した。
 問い詰めれば、首肯するイアナ。

「だって、貴方を一番愛しているのは私なのよ。私達の子に男爵家を継がせたかったの」

 可愛い仕草で、ロールブランの胸で縋りつくイアナ。
 彼女の腹には、自分と彼女の愛の結晶がいる。
 だがロールブランは、首を横に振るだけだ。

「君の子ではここ男爵家を継がせられない。
 分かるだろう? 次期当主が娼婦の子ではダメなんだ。
 この子は当主にはできないが、大事に育てていこう」

 その言葉にイアナは激昂した。
 いつの間にか、優しくしてくれるロールブランを愛していたからだ。

「何でよ…………愛してるんでしょ、私のこと。
 今更、勝手なこと言わないでよ。
 あんたは、奥さんも息子も虐げてたじゃない。
 なのに、私の子供はだめって。
 待ってても奥さんにもしてくれないし、どうせ私のことも捨てる気なんでしょ? 
 そんな奴なら…………」

 イアナは腰に隠していたナイフで、ロールブランの左腹を突き刺した。

「ぐはっ、イ、イアナ何を」

 衝撃で踞るロールブランは、泣きながら踵を返す彼女を動けず見つめていた。
 彼女のことは愛していた。
 だから一緒に子供を育てていこうと、伝えたのに。

 そこで意識をなくしたロールブラン。
 目覚めた時に執事から、イアナが騎士団に逮捕されたことを聞いた。
 イアナの件で騎士団がロールブランを訪ねてきた。
 ロールブランである貴方も、共闘したのかと。

 イアナのことは、多くの人がならず者から聞いたと証言していた。
 今更揉み消せないだろう。


 だがロールブランが後継者教育を熱心にしていたことや、イアナに避妊させていたことを知る使用人により疑いは逸れた。
 呑み仲間にも「さすがに平民の子じゃあ、後を継がせられない」との証言も得ていたようだ。
 “娼婦には”とは言わなかったが、この時程彼女の生まれを惜しんだことはなかった。
 だってみんなが知っている。

「彼女が産んだ子は、一生娼婦の子だと指をさされるだろう。
 その子が爵位を継いでも辛いだけだと、何故イアナは気づかないのか。
 結婚すれば良かったのか? 
 リュミアンに爵位を譲ればいつかはできただろう。
 紙一枚のこと等、俺にはどうだって良かったのに。
 ……ああでも、リュミアンはいない。
 そのリュミアンを殺したのは、ああっ、何でこんなことに…………」

 結局イアナは、出産後に死刑にされることになった。

「ロールブランは何処? ねえ、なんで帰れないの? 
 私はあの人に愛されているのよ。
 私があの家の女主人なのよ。
 出してよ、出して。
 出せー、ちくしょー!!!」

 日に日に錯乱するイアナは、檻の中を徘徊し時々絶叫を繰り返す。
 その日も大声で暴れていて、駆けつけると血だまりの中で出産していた。
 まだ二か月も早い、未熟児だった。
 泣き声はなかったが、口と鼻の血を拭き取りお尻を叩けば産声をあげる。
 職員が安心する中、イアナも僅かの時間だけ正気に戻っていた。

「ああ、可愛い。可愛いわ。私の赤ちゃん」


 職員が抱く赤ん坊の頬を撫で、名を付けることもなく離される母子。

「連れていかないで、私の子よ。初めて自分の家族ができたのに。
 ああ、何でこんな。
 こんなの望んでなかった。
 私はロールブランと娘と幸せになる筈なのよ。
 返して、返してよ! 私の赤ちゃんよ!!!」

 数日後、彼女は泣きながら死刑になった。
 ロールブランがいくら死刑回避の嘆願しても叶わず、腹部の傷で動けないまま面会も出来ずの別れとなった。

 彼は刺されても彼女が好きだった。
 本当に、真実の愛だったのかもしれない。
 せめて彼女の子供を育てたいと願うも、リュミアンの成育環境を知る者より却下された。

「娼婦や人殺しの子と責められるより、平民の孤児として生きる方が彼女赤ん坊の為に良い。
 手離してあげるのも愛ですよ」

 神父に言われ、泣きながら引き下がるロールブラン。

 彼も彼女も強欲過ぎた。
 爵位を捨てて生きる道や、愛人として終える選択もあったのに。
 全てを手に入れられる錯覚を起こしたのだ。
 そもそも人として一握りの優しさがあれば、実息に追い詰められはしなかった。

 まさに自業自得なのだ。



 荷馬車で移動していたリュミアン、アズメロウ、ラミュレンの三人は、アズメロウの故郷レラップ子爵領へ到着した。
 荷馬車を手配してくれた人もアンディ側の猛者だ。
 山一つ越えるまでに、山賊、魔獣、猛獣にあったが、誰にも傷一つない。
 初めてにして、快適安全な旅だった。
 木の荷馬車の板を捲れば、布団やら調理道具が出てくる。
 人気がない所では板を外していたので、お尻が痛まず快適だったのだ。

「アズメロウ、お帰りなさい」
「ああ、やっと会えたな……。お帰り、うっ」

 やせ形で白髪も多くなった泣き顔の両親が、馬車を迎えてくれた。
 アズメロウも涙が頬に伝っている。

「父上、母上、戻りました。心配かけてしまい、すみませんでした」
「謝るのはこちらの方よ、貴女は顔をあげて。ねっ」
「そうだぞ。領地そして不甲斐ない俺の為に苦労をかけた。
 よくぞ無事でいてくれた。
 もう何もせず、のんびりしてくれ」

 そんなやり取りが続き、アズメロウはリュミアンを紹介した。

「息子のリュミアンです。
 とても頭が良い子で、男爵家の運営は彼がしていたの。
 私の給料も彼がくれたのよ」

「初めまして、リュミアンです。お祖父様とお祖母様に会えて嬉しいです」
「そして伯爵家のラミュレンよ。可愛いでしょ?」

「初めまして、ラミュレンです。よろしくお願いします」

「可愛いわ、二人とも。今日はご馳走ね」
「ああ、ああ。子供が二人も。とびきり可愛いな」

 一瞬で表情が崩れるレラップ夫妻。
 到着時から気になって、そわそわしていたらしい。

 リュミアンもラミュレンも、祖父母から抱きしめられて吃驚していた。
 けれどとても暖かい気持ちだ。
 ああ、受け入れてもらえたんだなぁ。

 リュミアンもラミュレンも嬉しくて、抱きしめあって泣きじゃくった。
 いくら知恵が回っても、所詮は10歳になったばかりだ。
 今までは目的の為にガムシャラだったが、やっと力が抜ける場所に落ち着いたのだ。

 名前と身分については、洪水で行方不明になった人の身分を貰うことになった。
 死亡届けは出されていないので、正式に使えるそうだ。
 この場所は辺境に近いので、王都から詳しい調査も来ないだろう。
 支援金さえ渋られたのだと、文句は言わせない勢いのレラップ夫妻だ。

 男の子の身分を貰うことになったレカミ男爵、女の子の身分を貰うことになったサファリ男爵に挨拶すると、役に立てて良かったと言って貰えた。
 災害時行方不明者の権利時効は10年らしく、どちらの夫妻も1年探し回り、その後泣く泣く行方不明の届けを提出していた。もうすぐ期限も切れて、死亡届けを出す予定だったと言う。

 二人の戸籍上の両親となる男爵達。
 亡くなった人の分も尽くしていこうと思う、彼ら(リュミアンとラミュレン)だった。


 リュミアンは名を伏せて保有していた投資先からの利益で、子爵領地の川の堤防や建物をどんどん建てていく。大工も大勢呼んで復興が進む。

 ラミュレンは魔力を使い、土地の清浄化や魔物が入って来ないように結界を張っていった。

 アンディが遊びに来た時に、土地に加護を与えればニョキニョキと作物が実っていく。

「スゴいですね、土属性の加護は。私にはない魔力でした」
「いやいや、土以外全部持ってる子に言われてもねぇ」

「あの自慢じゃないですよ、だってここは農業が多い土地だから」
 からかわれてアタフタするラミュレン。

「家の子をからかわないでくださいね。ご飯できましたよ」
「「「「はーい」」」」


 子爵令嬢アズメロウは、男爵家でメイドをしていたので、お料理が超得意だ。
 元々センスもあったのだろう。
「美味しいよ、アズメロウ嬢。こんなの胃袋捕まれちゃう」
 ホクホク顔で、サンドイッチを摘まむアンディ。

「お母さんを取らないで」とか、
「先生に渡したら、苦労するだけだ。母上だめです」と、後ろから物凄く口撃されるアンディは笑う。

「ここにいれば退屈しないねぇ」
「ここの人は、みんな良い人ですよ。腹の探りあいもないですしね。
 まあ、ちょっと、いやだいぶん田舎ですけど」
 屈託なく笑うアズメロウに、ポカンと口を開けるアンディ。

「綺麗な笑い顔だ。アズメロウ嬢」
 はにかみながら話せば、嬢はいらないと言われる。

「アズメロウ、今幸せ?」
「はい、そうですね。今すごく幸せです」
「そっか、そっかー」

 初夏まだ遠くも、風も暖かくなってきた昨今。
 また新しい恋の予感の今日この頃。

「先生帰らないの? ここらに家庭教師できるような、金もってる子いないよ」
「心配いらんよ、リュミアン。僕はお金持ちだからね。
 暫くここにいたいから、学校でも作って先生でもやるよ。
 アズメロウも手伝ってくれるってさ」

「な、そんな。聞いてないよ、母上本当?」
「まあ。学校ができたら、アルバイトに行こうかなと」

「私も魔術教えるよ。きっと何人かは魔力持ちの子いると思うし。いなければ、魔獣狩りでも行ってくるよ」
「ば、馬鹿。女の子がそんなのダメだ。傷でもできたらどうするの?」

「うーん、その時は仕方ないからリュミアン貰ってね」
「もー、馬鹿。12歳の子供がそんなこと言うな!」
「はーい」

 どう考えても、男達が振り回されているのだった。
 まだまだ土地は発展するよ、のんびり楽しんでいこう。



◇◇◇
 所変わって、ここはアマニ伯爵領。
 近年なかった瘴気が、領地を蔓延していた。

「領主様、助けてください。土地に瘴気が出て、作物が全滅です」
「ここらも全部、ダメです」

「何か食べ物を、苗も援助してください」
「このままでは、何を植えても死んでしまう。浄化を願います」

 アマニ伯爵家には家訓があった。
『弱き者ほど手厚く保護をするように。魔力は回り回って家を守る』

 家訓に従い援助を続けるが、全く先が見えない。
 能力のある者を派遣するも、焼け石に水である。
 瘴気に惹かれ、魔獣も集まる始末だ。

「どうして急に。女神様助けてください」

 神殿で祈りを捧げる伯爵達や領民達。


 呼ばれて現れた女神が驚く。

「な、何これ? 確か12歳になる聖女が生まれている筈なのに。
 それでなくても、先々代にも聖女がいて、その血筋があればこんなことになってないわよ。
 聖女は、12歳になる女の子よ。
 何処にいるの? ここから離れたの? 連れておいで!」 

 凄まじい剣幕に、何も言えないジョアンとミランダ。
「えーと、ラミュレンは、娘は死にました。申し訳ありません」
 平謝りする二人。


 でも女神は嘘だと責めた。
「馬鹿にするでない。この国から、聖女の気は感じられるぞ。
 まさか、捨てたのか? 
 女神の加護を帯びた女子を!」

「いえ、あの。実は乳母と旅行に行っておりまして」
「速攻、呼び戻せ」
「それが何処にいるのか?」

 しどともどろになるジョアン。
 ミランダは諦めて、全てを話した。
 子の魔力が少なく、養子に出したことを。

「馬鹿なことを。“弱き者ほど手厚く保護を”とあれだけ言ったのに。
 聖女は莫大な魔力を持つので、制御できる年まで魔力は寝かせてある。
 また魔力のせいで体に負担がかかり、幼き時は弱い子が多いのだ。
 その分だと、先々代の子も捨てられたのか?」

 言葉を濁す、伯爵夫妻。
 でももう嘘はつけない。
 先々代の正妻が魔力の少ない子を産み、姑にいびられて子を殺し自死したことを、素直に告げた。

「お前達は馬鹿だなあ、せっかく先祖が頑張ったのに。
 一度の過ちはあっても、今世で言い伝えを守り仕えれば、ここで生きられたのに」


「遥か昔の伯爵家の先祖が荒れ地を開墾し、畑と緑溢れる森を作ったことで人間も動物も暮らしやすくなり、喜んだ女神より恩恵を受けた話。

 これはその時代の聖女と領主が、瘴気に立ち向かい努力した姿を見て、わらわが手を貸したのだ。
 未来永劫あやつらの子孫が栄えるようにと。

 栄華はここで終わりだ。
 まもなく瘴気でここは満たされる。
 避難するが良い。
 わらわの気持ちは複雑じゃが、罰しはせんよ。
 効力切れと思え。
 ……但し縋るようなら容赦せん。
 違えたのは人間そちらだからな。
 まあ、くよくよするな。
 元の形に戻るだけだ。
 さらば、人間よ」


 その後の伯爵家は、人の住めない土地を国へ戻し爵位も返上した。
 今はチリヂリとなり、領民は他の領地へ移り住んだ。
 領民は複雑だったが、懸命に尽くしてくれた伯爵に不満は言わなかった。
 当の伯爵夫妻が一番辛そうにしていたから、何も言えなかったのだ。
 それがさらに追い詰めることになるなんて、想像できる筈もなく…………。


「あの子さえ、あの子さえ見つかれば、全てうまくいくのだ。必ず見つけ出す」

 ミランダは辛い旅路の途中で、病気になり儚くなった。
 ジョアンは、今もラミュレンを探している。


 訪れたアズメロウの嫁ぎ先のナサイ前男爵は、既に爵位を妹夫婦に渡し、両親と隠居生活を送っていた。

 アズメロウからはリュミアンがいない男爵家にはいられないと、離縁届けが使者と共に届き手続きは済んでいるそう。
 魂の抜けたように話すナサイ前男爵は、アズメロウとラミュレンの行き先に心当たりはないようだ。

 レラップ子爵領へ行くも、白髪の赤い目の子はいないと言われた。
 アズメロウは領地の何処かにいると言われ、探したが見つからない。
 アズメロウはあの時とは違い、髪も切りハツラツとしていた。

 そのアズメロウは、レラップ子爵夫妻の隣でラミュレンと話を聞いていたが、全く気づかれる素振りはない。
 レラップ子爵はラミュレンへの仕打ちを知り、決して渡さないと息巻いていたが、とんと的はずれで脱力していた。

 きっとジョアンにとって、ラミュレンは白髪の赤目の厄介者の印象しかないのだろう。
 ぼろぼろの格好で、その地を去ろうとするジョアン伯爵。

 レラップ子爵は引き留めて、食事をさせて風呂に入れ、丁重にもてなした。
 そして新しい服を寄付し、旅賃もいくらか渡す。
 着ていた衣装も洗濯して持たせた。
 暫く振りの暖かいもてなしに、目から涙が伝う。

「本当は分かっているんです。こんなこと無駄だって。
 でも、妻も死んで、家族もバラバラになって。
 何かせずにいられなくて。
 どうしたら良いか分からないんです。
 ううっ、ああっ」

 ああ、ミランダ夫人は亡くなったのね……。
 ラミュレンのことが心配になり、みんなチラチラ彼女を見つめる。
 でも彼女は平気そうだった。

 レラップ子爵は、隣の領地で働けるように紹介状を書いた。

「確かに貴方は間違ったかもしれない。けれど領地の経営は瘴気が出るまでは優秀だったと聞いています。
 人の下で仕える気があれば、働いてごらんなさい。
 きっといろいろ見えてきますよ」

 そう言って送り出したのだ。

 レラップ子爵は、最初はラミュレンの仕打ちに怒鳴りたい気分だった。
 でも、弱い姿を見て考えたのだ。

 彼がいなければ、ラミュレンにも会えなかったと。
 だから、誠意を込めてもてなした。

「一応、ラミュレンの父親だからな。まあ、今後の活躍に期待だ」

 そう言ったレラップ子爵に、ラミュレンもアズメロウも抱きついた。
 優しすぎるよと。

「でもそんなお祖父様だから、みんな大好きなんです。ありがとう。やっと、さようならができた気分です」
「良いんだよ。もし会いたければ「良いの、もう。はっきり分かったの。私はここの子だって」……そうか、そうか、ぐすっ」


 ラミュレンは泣いていた。
 これが何の涙かは、自分でもはっきり分からない。
 血縁上の母の死と、血縁上の父との別れのせいか?
 それとも人が良すぎる祖父のせいか?

 たぶん全部なのだろう。
 きっともう少し大きくなれば、消化できる心の痛みなんだろう。
 けれど今は辛いだろうに。


「心配してくれてありがとう。でも平気よ。
 私は元気がほとばしっているからね!
 大好きなみんなと、ここで生きていくんだもの!」


 心配するみんなに感謝を伝えるラミュレンは、綺麗な微笑みを浮かべたのだった。







 男爵家領地にはリュミアンの手配で、子供達に匿名で果物を送っている。
 子爵家領地ではアンディによる大活躍で、品種改良を成功におさめ、年中林檎が食べられるように、時期をずらしながらの収穫が可能となっていた。

 一部の者はリュミアンからだと気付き、心から感謝したのだった。

「リュミアン様がお元気そうで良かった」
「いつも幸せを願っておりますよ」

「果物を楽しみにしていた子達は、元気に育って頑張って働いています。いつか恩返しをしたいと言ってます」
「たぶんアズメロウ様とご一緒ですよね。遊びに行ったら驚くかな?」

「男爵家領地はリュミアン様からロールブラン様に変わった時に、一時的に混乱しましたが、その後は領主様が良い方に代わり生活は安定しました。
 領地に目をかけてくれる良い方です。
 だからもう、心配しなくて良いんですよ。
 今度はこの領地で取れた、葡萄を持って行きますから。
 食べても甘くて美味しいし、ワインにもジュースにも出来るんです。

 新しい領主である、ロールブラン様の妹ご夫婦の住んでいた地から、名残惜しくて運んで来た木だと言うことでしたが、うまく根がついたんですよ。
 きっと女神様のお陰です。
 ありがたいことです」


 どうやらリュミアンのいる場所は、特定されているようだ。まあ生きているなら、母親と暮らすと思われるのは当然のことかもしれないけどね。

 真面目な新男爵の下で、みんなも頑張っているようだ。






 そして現在のアンディは新たに桃の木を購入し、害虫に葉が負けず、さらに実が甘くなる研究を重ねている。
 それに賛同する子供達も研究チームに加わり、適性のある魔法を用いて、活躍の場を広げている。
 その様子を見て子供達を引き抜こうとし、断ると子爵領地に沿った道の通行税を高くしたり、子供を拐おうとする奴らも現れ始めた。
 襲って来た悪人達は即捕縛し、子供達の変化魔法用の練習台にして、即依頼者に送り返している。
 練習なので殆どが失敗し、気持ちの悪い未確認生物が出来上がっていた。だいたいがアシンメトリー(左右不対照)な動物で、実際にホラーでしかない。

「やだ、思ってたのと、全然違う!」
「いやいや、成功しても元オッサンだからね。忘れないように」

「「「は~い。分かりました、アンディ先生」」」
「うん、よろしい」
 子供達への危機管理もバッチリ。
 他領に侵入してくる悪人に、情けはいらないのだ。
 子供達には防犯用の魔法も教えたし、集団行動も徹底しているから死角なしだ。


 自領の平民の子供達に碌に教育も施さず、使える者を引き抜こうとする腐れ野郎達。
 この子爵家にアンディがいて、たまたま魔法教育を受けられた子供達は幸せだったが、もしアンディがいなくても大事な子供らを拐うなんてことは、子爵からすれば考えられないことだ。

 そんな優しい子爵やアズメロウが好きだから、この地にアンディが定住しているのだから。

 当然ながら通行税の高い道は通らなくなり、時々転移魔法を使いながら、別の場所で作物を売ることになる。
 改良を重ねて美味しくなった野菜や果物は、嫌がらせをした領地には売られなくなり、該当の貴族達は多くの反感を買うことになるだろう。

 一部マッドと付くような、悪知恵の働く子もいて、敵対する(意地の悪い)高位貴族の寝所に、こっそり害虫を転移させたりしているようだ。
 洪水の氾濫で補助金をケチッた国王には、大きめの蛇と時々スズメバチも添えて。

 優しい人達の代わりに、汚れ役を引き受けている彼らに憧れている子供もいるので、一定数はそちらに流れそうだ。防犯意識? が高まるのは良いことだろう。


 因みに水路の方は、アンディと弟子達が整備を終えていた。

 洪水は、アズメロウを不幸に落とした借金の原因だ。けれどそれがなければ、リュミアンは生まれていなし、アンディも彼女と出会えていないので、う~んと考えてしまう。
 取りあえず国王は蛇に咬まれとけと、今後も毒のない蛇を送っておくことに。
 こちらから送り込む時は、ベッドの下にぺっと一瞬だけ空間を繋げるので、犯人を見つけることはほぼ不可能だろう。

 これを機に他国からの暗殺未遂の訓練を兼ねて、是非とも兵士の強化訓練を頑張って欲しいと思う。
 王宮お抱えの筆頭魔導師は、どうやらなんちゃって魔導師のようで、部屋に現れる動物を呪いのせいだと断定していたようだ。
 100年経っても、アンディがやったとバレなそう。
 そんな人材で問題ないのなら、案外王都は平和なのかもしれない。




 アンディ達の嫌がらせは、リュミアン達の知らないところではあるが、アンディは自分の(仕事での)後継者が出来たと喜んでいた。


「魔獣じゃないから、良いよね。軽いジャブだよ、このくらい」

「ええ、軽いですよ。先生アンディに鍛えられたこの村の魔法使いの中には、攻撃魔法の得意な者も結構いるんですよ。
 普通の平民は、魔法を学ばないから使えないだけのようです。
 鍛えれば強くなりましたもん。
 平民の俺達でもね。
 これも貴族の政策なんですかね?」

「どうだろ? でも魔法を使えることで高給を貰える職場は、貴族が独占しているから、そう言うのはあるかもね」

「貴族ゆえの特権階級ですか?」

 頬を膨らます弟子ステアーに、アンディは堪えきれず笑う。


「くくっ、そんなに僻まないでよ。ここの子爵領地は田舎だけど、広大な山も大きな川もある。
 王都から離れているから、やりたい放題発展出来ると思わない? 僕達の力で」

「! 先生、それ良いですね。故郷の為に力を使えるんなんて!」

「でしょ。僕もこの地も、人も好きだから、協力は惜しまないよ。頑張ろうぜ」
「はい、お願いします!」


 師匠と弟子は悪い微笑みを浮かべ、熱い握手を交わした。

 数年後の子爵領は、今よりもっと無双していそう。
 戦闘力もバッチリ育って、独立も狙えるかもね!




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