「君は大丈夫だろ?」と可哀想な元恋人を選択した夫。~今さら復縁を迫っても、愛は既に錆び付いています~

水上

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第24話:計画

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「奥様! あんたなら分かるでしょう! あのポンプの寿命はとっくに過ぎてる! 今変えなきゃ取り返しがつかねえ!」

 ヴィクトリアは、ドノバンの悲痛な叫びを正面から受け止めた。
 彼女の脳裏には、ポンプの構造図と、過去のトラブル事例が鮮明に浮かんでいる。

 ドノバンの言う通りだ。
 異音がしているなら、あと二十四時間以内に停止する確率は九十パーセントを超える。

 だが、ヴィクトリアは表情を凍らせたまま、静かに首を横に振った。

「……ドノバン。決定を下すのは私ではありません」

「奥様……ッ!」

「当主であるアッシュフォード様が『様子を見る』と判断されたのです。現場はそれに従いなさい」

「な……、見殺しにするってのかよ! 俺たちを!」

「言葉を慎みなさい」

 ヴィクトリアの声は鋭く、冷たかった。

「これは業務命令です。……それに、シルヴィア様のご意見も一理ありますわ。経費削減は重要な課題ですもの」

「奥様……、嘘だろ……?」

 ドノバンの目から、信頼の色が消え、代わりに絶望と軽蔑の色が浮かんだ。
 あの賢明で、現場思いだった鉄の女はもういない。

 ここにいるのは、夫の顔色を伺うだけの人形だ。
 そう判断されたのだ。

「……へっ、分かりましたよ」

 ドノバンは申請書をひったくるように回収し、床に唾を吐き捨てんばかりの勢いで踵を返した。

「何かあっても知りませんからね! 俺は警告しましたからね!」

 捨て台詞を残し、ドノバンは出て行った。
 乱暴に扉が閉まる音が、屋敷を揺らした。

「なんて野蛮な男だ……」

 ギルバートは不快そうに顔をしかめたが、すぐに気を取り直してシルヴィアに微笑みかけた。

「でも、シルヴィアは偉いね。ちゃんと経費のことを考えてくれて。金貨五十枚も浮いたよ」

「えへへ、褒められちゃった! 私、お役に立てて嬉しいです!」

「ああ、君は本当に優秀な助手だよ。ヴィクトリアも見習うといい」

 二人はキャッキャと笑い合い、勝利の余韻に浸っている。
 ポンプが壊れる未来など、彼らの想像力の範疇にはないのだ。

 ヴィクトリアは無言でペンを握り直した。
 指先が微かに白くなっている。

 彼女はドノバンの絶望した顔を忘れないだろう。
 現場の職人たちとの信頼関係は、今この瞬間、完全に崩壊した。

 彼女が二年かけて築き上げた絆が、切れたのだ。

(……これでいい)

 ヴィクトリアは心の中で呟いた。
 現場がヴィクトリアに失望し、アッシュフォード家に敵意を持つこと。

 それもまた、彼女の計画の一部だ。
 彼女がいなくなった後、現場の人間が誰に従うか、あるいは誰を見限るか。

 それは明白だ。

「……記録しておきましょう」

 ヴィクトリアは手元の『真・運営管理要綱』に、淡々と一行を書き加えた。

『○月×日、第三坑道排水ポンプ交換申請を、当主判断により却下。推定される損害リスク:中規模水没及び操業停止三日間』

 インクが紙に染み込んでいく。

 それは、アッシュフォード家の破滅へのカウントダウンが進む音のようでもあった。
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