裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上

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第6話: 繋がる道と、途絶える外交

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 ヴォルフラム辺境伯領の夏は短いが、その雨は激しい。
 連日の豪雨により、領内を流れる大河が氾濫した。
 報告を受けたレオンハルトとルチアが現場へ駆けつけると、そこには無惨な光景が広がっていた。

「……また、今年も流されたか」

 レオンハルトが雨に打たれながら、濁流を見つめて舌打ちをした。
 川の向こう岸にある集落へ続く、唯一の木造橋が跡形もなく消えていた。
 これで対岸の集落は完全に孤立したことになる。

「あの集落は、領内でも有数の果樹園がある。だが、こうして橋が落ちるたびに物流が止まり、収穫した果実が腐っていくのを指をくわえて見ているしかないんだ」

 悔しげに拳を握るレオンハルトの横で、ルチアは濁流の勢いと川幅を目測し、脳内で計算式を走らせていた。

「木材では限界があります。吸水による重量増加、腐食による強度低下。この川のせん断力に耐えるには、素材から変えなければなりません」

 ルチアは濡れた眼鏡を拭うこともせず、力強く言った。

「閣下、鉄を使いましょう。私が、絶対に流されない鉄橋を架けてみせます」

 ルチアが設計したのは、トラス構造の橋だった。
 部材にかかる負荷を分散させ、少ない材料で最大の強度を得る。
 さらに、素材には湿気に強い耐候性合金を使用し、表面には防錆塗装を施す。

 建設工事は急ピッチで進められた。
 ルチアの精密な設計図と、レオンハルトの統率力によって、巨大な鉄の骨組みが川を跨いでいく。
 そして、雨季が明けるのと同時に、赤茶色に塗装された巨大な鉄橋が完成した。

 開通式の日。
 対岸の集落から、多くの住民が橋を渡ってきた。

 その先頭には、集落の長老の姿があった。
 彼は、堅牢な鉄の手すりを何度も撫で、足元の安定感を確かめるように踏みしめながら歩いてきた。

「……夢のようだ。びくともしねえ」

 長老の前に、レオンハルトが進み出た。
 彼の背後には、湯気を上げる屋台が並んでいる。

「待たせたな。物流の復活を祝して、今日は宴だ。向こう岸へ売りに行くはずだった果実、少し傷んで売り物にならんやつがあっただろう? それを全部俺が買い取った」

 レオンハルトが差し出したのは、果実の甘みと酸味を活かした豚肉の煮込み料理だった。
 スパイスの香りが食欲をそそる。

「こ、これは……、わしらの果物か?」

「ああ。火を通せば甘みが増す。このレシピを携えれば、都でも高く売れるぞ。新しい商談のネタだ」

 長老は震える手で皿を受け取り、一口食べた。
 そして、涙を流しながらルチアとレオンハルトを見上げた。

「うめえ……。本当に、うめえ……。この橋があれば、わしらはもう飢えずに済む。街へ作物を売りに行ける。これで……」

 長老は深々と頭を下げた。

「これでやっと、孫に新しい服を買ってやれます。本当に、ありがとうございました」

 橋は単なるインフラではない。
 人の生活と、希望を繋ぐ血管なのだ。
 物流が滞れば、経済という血液が止まり、組織は壊死する。

      *

 北の辺境で新たな橋が繋がった頃、王都では重要な橋が断絶しようとしていた。

 王城の謁見の間。
 東の大国、オリエント帝国の外交大使が、真っ赤な顔で怒鳴り声を上げていた。

「どういうことだ、アルゲン王太子! 我が国が貴国と同盟を結んでいる最大の理由は、あの特殊耐熱合金の供給にあるのだぞ!」

 大使は、持参した布包みを床に叩きつけた。
 ガシャン、と鈍い音がして転がったのは、ひどく変形し、溶解した金属の塊だった。

「先日納品されたピストンだ。試運転からわずか十分でこの有様だ! 熱に耐えきれず溶け落ちたぞ!」

「な、何かの間違いだ……!」

 玉座の隣に立つジュリアスは、冷や汗を流しながら引きつった笑みを浮かべた。

「素材は以前と同じ、最高級の鉱石を使っているんだそ!」

「素材が同じなら同じものができるとでも? 料理人が変われば味も変わる。冶金も同じでしょう!」

 大使は冷ややかな目でジュリアスを見下した。

「かつてルチア嬢が監修していた合金は、一〇〇〇度の高温でもミクロン単位の歪みすら出なかった。彼女の不純物の制御技術と結晶構造の均一化は、まさに神業だったのだ。……それを理解していなかったのは、貴国だけだ」

「ぐっ……、た、たかが職人一人の手腕で、外交が左右されるなど……!」

「技術こそが国力です。信頼できる品質が届かない以上、同盟の見直しも検討せざるを得ません」

 大使は踵を返した。
 静まり返った謁見の間に、ジュリアスの荒い息遣いだけが響く。
 隣に控えていたクロエが、おずおずと口を開いた。

「殿下ぁ……、あのオジサン、怖いですねぇ。でもぉ、たかが鉄屑ごときで怒らなくても……」

「黙れ!!」

 ジュリアスは叫んだ。

 初めて、彼は気づき始めていた。
 自分が愛や正義や血筋で保っていたと思っていたこの国の威信が、実は、追放した地味な女が黙々と作り出す鉄の品質によって支えられていたことに。

 外交という太い橋は、ルチアというボルトが抜けたことで、音を立てて崩れ落ちようとしていた……。
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