裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上

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第15話:世界一強靭で、美しい領地

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 あれから、五年という歳月が流れた。

 北の最果て、ヴォルフラム辺境伯領。
 かつては「冬になれば餓死者が出る」と言われた貧しい凍土は今、王国で最も活気にあふれる生産と美食の都へと変貌を遂げていた。

 ルチアが設計した堅牢な鉄橋には、連日多くの馬車が行き交う。
 荷台に積まれているのは、この領地の名産品である缶詰だ。
 新鮮な野菜や果物、ジビエの煮込みを長期保存可能にしたこの缶詰は、いまや軍の糧食から貴族の保存食まで、飛ぶように売れる一大ブランドとなっていた。

 かつての鉄の墓場ことスラム街は、リサイクル工場の中心地として整備され、そこから生み出される再生金属は、安価で高品質な農具として大陸全土に輸出されている。

「……ふう。今月の生産ライン、稼働率九十%で安定しています。歩留まりも向上しました」

 領主館の執務室で、ルチアは眼鏡の位置を直し、満足げにレポートを閉じた。

 彼女は、以前よりも血色が良く、その表情は自信と穏やかさに満ちている。
 髪には艶やかな銀色の輝きが戻っていた。

「ママー! みてー!」

 執務室のドアが勢いよく開き、小さな弾丸が飛び込んできた。
 四歳になる息子、アレンだ。
 レオンハルト譲りの赤銅色の髪と、ルチアと同じ知的な瞳を持っている。

「まあ、アレン。どうしたのですか? また工房へ忍び込んだのですか?」

「うん! じいじたちがね、新しいハグルマくれたの! これ、すっごく精度がいいよ!」

 アレンが得意げに掲げたのは、真鍮製の小さな歯車だった。
 彼はそれをくるくると回し、うっとりと見つめた。

「みて、この噛み合わせ! 摩擦係数がサイコーだね!」

「ふふ、素晴らしい観察眼です。将来有望ですね」

 ルチアが息子の頭を撫でていると、背後から呆れたような温かい声が響いた。

「……まったく。母親に似て、色気より機能美か」

 エプロン姿のレオンハルトが入ってきた。
 その手には、湯気の立つ大きなワゴンが握られている。
 目元の皺が少し増えたが、その逞しさと鋭い眼光は健在だ。
 ただし、その目は家族の前では驚くほど優しく細められる。

「パパ! ごはん!」

「ああ。今日は新作だ。彩り野菜と地鶏のクリームシチュー。隠し味に少量の味噌を使ってある」

 レオンハルトが手際よくテーブルに皿を並べていく。

 シチューの中の野菜は、やはり驚くほど均一なサイズに切り揃えられていた。
 アレンが目を輝かせてスプーンを握る。

「わあ! パパの人参、ぜんぶ正十二面体にカットされてる! 表面積が増えて味が染み込みやすいね!」

「よく分かってるじゃないか。さあ、食え。成長期に必要なカルシウムとタンパク質を計算してある」

 家族三人での昼食。
 ルチアはシチューを一口食べ、ほうっと息をついた。
 濃厚なクリームのコクと、味噌の塩気が絶妙に調和している。
 冷えた体が芯から温まる、完璧な味だ。

「……美味しい。レオン様の料理は、いつ食べても最適です」

「当たり前だ。お前の体調、気温、湿度のデータから、今日のメニューを決めているからな」

 レオンハルトは、ルチアの口元についたソースをナプキンで拭ってくれた。
 その自然な仕草に、結婚して数年経つ今でも、ルチアの心拍数は少し上がる。

「そういえば、王都から手紙が来ていたぞ。新しい技術大臣が、またお前に教えを乞いたいそうだ」

「あら。この前、マニュアルを送ったばかりなのに」

「それと……、例の元王太子、ジュリアスだが。北の孤島で、今は漁師の手伝いをしているらしい。網の編み方を覚えるのに必死だとか」

 レオンハルトが世間話のように言う。
 かつてルチアを苦しめた人々の名は、今では遠い異国の天気の話のように、何の影響力も持たなくなっていた。

「そうですか。……彼も、自分の手で何かを作る喜びを知れるといいですね」

 ルチアは穏やかに微笑んだ。
 恨みなど、もう欠片も残っていない。
 今の自分があまりに満たされているからだ。

 食後、三人はバルコニーに出た。

 眼下には、豊かに実った畑と、煙突から煙を上げる工場、そして笑顔で行き交う領民たちの姿が広がっている。
 この景色すべてが、ルチアの知識と、レオンハルトの統率力が作り上げた結晶だ。

「なあ、ルチア」

 レオンハルトが、ルチアの肩を抱き寄せた。

「お前がここに来た日、俺は根菜の煮物を出したな」

「はい。地味で、茶色くて……、世界で一番美味しい煮物でした」

「あの時、お前は自分を不純物だと言って泣いていたが」

 レオンハルトは、ルチアの左手の薬指に輝く指輪に触れた。
 それはダイヤモンドではない。
 ルチアが初めてこの地で精錬に成功した、特殊合金製の指輪だ。
 決して錆びず、どんな衝撃にも傷つかない、世界一強靭な指輪。

「今のお前は、不純物どころか、この領地を輝かせる核だ。お前がいなければ、俺もこの土地も、ただの荒野のままだった」

「……いいえ、レオン様」

 ルチアは首を振り、愛する夫と、足元でじゃれつく息子の姿を見つめた。

「私は、ただの石ころでした。貴方という熱に出会って、初めて溶けて、混ざり合って……、そして、家族という最強の合金になれたのです」

 ルチアはレオンハルトの頬に手を添え、背伸びをしてキスをした。
 風は冷たいけれど、二人の間には春のような暖かさがある。

「愛しています」

「……ああ。俺もだ。死ぬまで離さない」

 二人が微笑み合うと、下からアレンが「ずるーい! ぼくもまぜて!」と飛びついてきた。
 レオンハルトが豪快に息子を抱き上げ、ルチアが笑い声を上げる。

 かつて不純物として捨てられた地味な令嬢は、北の地で本物の輝きを手に入れた。

 そこは、世界で一番強靭な絆で結ばれた、世界で一番美味しい領地。
 錆びつくことのない幸福な時間は、これからも永遠に続いていくのだった。
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